第7話黒の復讐者 ~前編~
勝山駅での出来事の後、ろくに話すこともなくSEMMへと戻ってきた二人。受付近くのテーブルには、空良、翔馬、シロの他に、警察への連絡などを終えて戻ってきた緋砂の姿があった。うつむき気味な雪菜の様子を見て、何があったかを悟り、緋砂は声をかける。
「翔馬君と空良に聞いたよ。 あの子に先を越されたんだろ? 凛のことが心配なのかい?」
「心配もなにもないですよー!! あの人いつも出撃手続き無視して暴走しまくって、勝手に全部仕事かっさらってくんですよー!? ちゃんと手続きしないと給料も出ないのにホント意味わかんないです!!」
雪菜が答えるよりも早く、空良が不満を爆発させる。先程からなんだかイライラしている様子ではあったが、ここまであからさまに不機嫌さを表に出すことは珍しい。
「コラ、今は雪菜に話してんだ。 悪いね。 さっき、戻ってきた凛のやつに文句言ってシカトされたもんだから、機嫌悪いんだコイツ。」
「ううん。 いいよ……。 浪もなんだかごめんね。 気になるだろうけど、凛ちゃんのことは、明日落ち着いてから話すから、ちょっとだけ待ってて欲しいな」
雪菜が困ったような申し訳ないような顔で浪に言う。いつも元気な雪菜が、これほど落ち込む理由が気にならないことはないが、今はそっとしておいてあげたい。そう考えた浪は、何も言わずにうなずいた。
「もう外も真っ暗だ。 あたしもあらかた仕事終わらせたし、車で送っていくよ。 自転車は置いてって、明日は学校歩いて行きな。 帰りは迎えに行ってやるからさ。 入り口ん所まで車持ってくるから待ってな」
緋砂はそう言うと、先に出て行く。帰り支度を始める一同だが、浪があることに気づく。
「そういや、シロはどーすんだよ。 勝手にどっか連れてくわけにはいかないし……」
「それならお前らいないうちにちゃんと話してあるぜ。 俺、新しい家見つけるまでしばらくSEMMに泊まり込みだから、一緒にいるわ。 緋砂さんも、五連星のあんたが一緒なら大丈夫だろうってさ。 本部にもSランク隊員監視の下、支部長帰還まで保留ってことで話通してあるから」
「なるほどな。 サンキュー。 じゃあ頼むけど……。 変なことすんなよ……?」
「ひどっ!! 俺をなんだと思ってんだよ!! ロリに興味はあんまり無え!!」
「少しはあんのかよ!! まあ、大丈夫だよな……。 シロ、変なことされたら迷わずヤレ」
シロが翔馬と二人きりという状況が不安な浪。浪のちょっと過激なアドバイスに、シロは無言でうなずいた。
浪はもうそろそろ緋砂の車が来る頃だろうと、空良と雪菜を連れ、支部を出る。じゃあまたな、と手を振る浪に、残された二人が手を振り返した。
支部を出た三人は出入り口のすぐ前の道に止まっていた車に目線をやって小さく手を振り、緋砂に軽く礼を言って乗り込む。流線型の赤いボディのスポーツカー。浪曰く、後部座席の乗り心地はとても悪かったそうだ。
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少し雲の多い月曜日の朝。雨は降ってはいないが、太陽は直視しても平気なくらい、微かに光を覗かせるのみだ。浪と雪菜と礼央は、HRの始まる五分ほど前のギリギリの時間に学校に着いた。
「はあ~……。 危なかったぁ……。 三人揃って遅刻なんてしたら、また薫ちゃんに教鞭スナイプされるところだったよ。 二人共なんで昨日自転車おいてきたのさ」
「この前の虫のアニマの日は、お前が自転車パンクしてたせいで歩きだったんだから、別にいいだろ。 仕事で遅くなって、緋砂さんに送ってもらったんだよ」
浪と礼央がそんな話をしていると、礼央の怖れる担任教師、
「浅木ー、安藤ー。 おい返事しろ安藤、ぼーっとすんな。 はい上山ー、久野ー。 黒峰……、は休みっと……。 坂口ー、高井ー……」
凛は同じ学校で、クラスも同じなようだ。しかし欠席が当たり前なようで、薫は席の方を見ず、返事を聞きながらひたすら出席表にチェックを入れている。うつむいたまま座っている雪菜は、凛の名前が呼ばれても反応を見せることはなかった。
結局そのまままともに口を開くこともなく午前中を過ごした雪菜。斜め後ろの席から彼女を見ていた礼央は、ついに我慢できなくなったようだ。昼休みに浪と雪菜を誘うと、昼食の弁当を持って屋上へ上がる。
「それじゃ話してもらおうかな。 昨日何があったのかをさ」
「それは……」
開口一番、弁当箱を広げるより先にそう切り出す礼央に、雪菜は言葉を詰まらせてしまう。しかし、礼央は珍しく真面目モードなようだ。引き下がることはしない。
「僕は戦えないからね。 相談に乗ることくらいしかできない。 だからこういう時頼ってもらわないとさ。 僕だって対等でいたいのさ」
「礼央……。 ありがとう……。 わかった。」
礼央の言葉に少し涙目になり、礼を言う雪菜。深呼吸すると、昨日あったことを正直にすべて話す。
「……まあ、こんな感じ。 それで皆に今日SEMMで事情を話そうと思うの」
「凛ちゃん、か。懐かしいなあ……。 それ、僕もついて行っていいかな?」
「へっ!? なんで……」
「凛ちゃんのことだったら、僕も無関係ってこともないし、雪菜が話すの辛かったら僕が話してあげるよ」
「それは大丈夫、だよ。だけど、一緒に来てくれるなら心強いよ。ありがとう」
涙をぬぐって再び礼を言う雪菜。礼央まで凛と知り合いらしいが、どうせ学校が終わったら全てわかる事だ。浪はひとり黙々と弁当を食べながら話を聞いていた。
六限目終了のチャイムが鳴った後。掃除を手早く済ませると、一年生の教室ヘ行き空良と合流し、学校の裏手に停車していた緋砂の車へと乗り込む。緋砂は予想より一人多いことに、少し驚いた顔だ。
「あれ、礼央も一緒なのかい? この車四人乗りなんだがねえ……」
「あ、雪菜と空良ちゃんに挟まれて後部席でハーレムするんで気にしないでください」
アホなことを言い出す礼央の頭を、雪菜が恥ずかしそうにはたく。
「な、何アホなこと言ってんの!? サイテー!!」
「郁島先輩相変わらずですねー。 半径5m以内に入らないでくれますかー?」
さらに女子二人からバッシングを受ける礼央。しかし彼はなんだか嬉しそうだ。別に彼がドMだからという訳ではない。
「ちょ、空良ちゃんそれ一緒の車に乗ることすらできないって!! ……、雪菜も、ちょっといつもの調子が戻ったみたいだね」
礼央にそう言われはっとした雪菜は、ふふっと微笑んだ。確かにこういう気配りは浪にはできないことだ。少し元気を取り戻した様子の雪菜を見て、浪も安心したように微笑む。
結局二年生三人が後ろへ座り、空良が助手席に乗り込んだ。礼央は運転席の後ろ、空良の一番遠くへ座らされたようだ。
車で向かうとなると、守谷高校からSEMM愛知支部まで大して時間はかからない。高校を出て大通りに出ると、国道同士が交差する大きな交差点を右折し直進したあと、さらに別の国道に入りすぐだ。時間にして十分少々である。
支部に到着した彼らは、ガラス戸をくぐると可愛らしい二人の出迎えを受ける。
「やっほー。 お疲れさん」
「待ってた。 ……、知らない人がいる」
翔馬とシロだ。四人はふたりのことを知っているので普通に挨拶を返すが、初対面の礼央はなぜかテンション上がり気味だ。
「ちょっと浪!! 誰この娘たち!? いつの間にお近づきになったのさ? あっちの人超美人じゃん!! あっ、初めまして。 浪と雪菜の友人の郁島礼央です!!」
「初めまして。 いやー、残念だけど俺男なんだよねぇ。 俺は服部翔馬。 よろしくな礼央」
「……、へ? 浪、この人何言ってんの?」
翔馬の発言が理解できずしばらく固まってしまったあと、礼央が浪に尋ねる。浪は手で顔を押さえはあ、とため息をつくと改めて礼央に翔馬を紹介する。
「マジなんだよ、これが。 東京本部から移籍になったらしくて、昨日こっち来たんだ。 残念だったな、男で。」
「……、いや、男だとしてもこれならイケルんじゃないだろうか……?」
「ちょ、お前それ……。 いや、ないわー……。」
ぼそっととんでもない事を言う礼央に一同引き気味である。
その時、浪がふとシロを見てあることに気づく。シロは翔馬のすぐ後ろで、彼の上着の裾をちょこんとつまんでいる。
「あれ、なんだか懐かれてないか? もしかして昨日何か……」
「してねーっつの!! 何か昨日仮眠室のソファーでゲームしてたら急にとなりに来てさ。 それからずっとこんな感じなんだよ」
翔馬の言葉にも、少し疑いの表情をしている浪。翔馬の誤解を解くため、というわけでもないが、シロがゆっくり口を開く。
「なんでかわかんないけど、こうしてると落ち着くの。 だから、浪がいない時は翔馬といる……」
シロの言葉に、若干顔を赤くする翔馬。しかし、少し考えると、ぼそっとつぶやく。
「あれ、でもそれはつまり浪の次ってことか……。 なんとかは最初に見たものに懐くっていうからな……。 しょうがないか」
「シロは小動物か何かかよ……」
浪は少し呆れ気味である。
一同は、いつもの丸テーブルの方へ移動する。浪は礼央にシロの紹介と駒木山であったことを軽く説明したあと、椅子を一つほかの机から持ってくると、四つあった椅子の間に追加した。
「俺は立ってるわ。 礼央もいいだろ? さすがに六つ並べると狭いからな。 じゃあ、本題に入ろうか。 雪菜、大丈夫か?」
「うん。 じゃあ、話すね。 とりあえず皆凛ちゃんにどんなイメージ持ってる? 正直に言ってみて」
雪菜がそう言うと、最初に口を開いたのは空良。そして浪が続く。
「自己中で短気でドS。 ほとんど家に帰らずにSEMMに住んでる変人ってとこですねー」
「規約違反常習者って感じだな。 ランクに興味ないっつってAランクだけど、実際はそんなもんじゃないよなあいつ」
空良はどうやら凛のことがあまり好きではないようである。まあ凛自身、人に好かれるタイプではなく、本人もどうでもいいと思っているだろうが。
ふたりの意見を聞いて、雪菜は特に落ち込むわけでもなく、ふうと息を吐くと凛と自分の関係について話し出す。
「凛ちゃんとあたしの関係は、単純だよ。 浪と友達になる前によく遊んでた友達なの」
「そうだったのか……。 そういえば小三以前のお前の話って聞いたことなかったな。 ってことは礼央もそうなのか?」
浪が尋ねると、礼央はまあね、とうなずいた。そこからは、雪菜と礼央が交互に説明していく。
「僕と雪菜は小一からの付き合いだからね。 凛ちゃんはああ見えて、昔は雪菜と似たような性格してたんだよ。 明るくて、元気で……。 僕たち三人のリーダーだったんだ。」
「うそだー……。 あのくろりん先輩がですかー?」
一同緋砂以外、空良を筆頭に驚きの表情で、半信半疑のようだ。雪菜がさらに続ける。
「本当だよ。 逆にあの時のあたしはちょっと人見知りで、引っ込み思案だったかも。 凛ちゃんに憧れて、今みたいになったんだよ。 でも、小三の夏の日、あの子を変えてしまう事件があった。 アニマが出たの。 それも、Aランク相当のアニマ。 出現地は守谷の高神三丁目、凛ちゃんの家があった場所……」
「逃げ切れるはずもなくてね。 凛ちゃんは目の前で両親を殺された。 普通なら、そのまま彼女もそこで死んでいたんだけど……」
「凛ちゃんはアニマへの憎しみと怒りで、その場で覚醒したの。 そして、当時小学三年生だった凛ちゃんは、たった一人でアニマを撃退した。 聞いたことない? 高神で民家がアニマとの戦闘で全壊したって話。 あれ、別にSEMMの人がやったわけじゃないんだよ」
初めて聞く凛の過去に、言葉を失う一同。辛い過去であることもそうだが、覚醒したての、しかもまだ小学生の少女が上級アニマを撃退したというのもとんでもない話だ。凛の異常なまでのアニマに対する攻撃性について納得した浪は、雪菜に確認する。
「つまりあいつが異常にアニマ討伐にこだわるのも、無駄にオーバーキルする癖があるのも、その時の恨みからってことなのか」
「そういう事だよ。 凛ちゃんにとっては、アニマは全て憎むべき仇なの」
しばらく誰も口を開けなかった。凛は家に帰らないのではなく、もはや帰る家もないのだ。沈黙を破って最初に口を開いたのは、空良だった。
「私も似たような境遇なんですけどねー……。 SEMMには少なからずそういう人いますよ。 でも、私は目の前ではなかったし、乙部さんたちが支えてくれたから……。 ほとんどの人はそうやって立ち直っていくんですけど……」
「凛ちゃんトコはすごく仲のいい家族だったからね。 休みのたびに車で出かけて、毎週のようにお土産買ってきてくれてたし。 凛ちゃんの話聞いてても、両親が大好きなんだなって伝わってきたよ」
「私にとっての乙部さんたちみたいな人がいれば、違ってたのかなって思うと、なんだか切ないですねー……」
礼央と空良の話を聞いて、少し雪菜の表情が陰る。それに気付いたのは浪だけだった。
すると突然、ホールに怒鳴り声が響く。声の主はどうやら凛のようだ。
「今の声、凛ちゃんだ!!」
「あっ、おい!! 待てよ雪菜!!」
雪菜はいち早く反応し、椅子から立ち上がり声のした方へ走っていった。緋砂を除く一同が慌てて雪菜を追う。一人残った緋砂は、複雑な顔でそれを見送っていた。
突き当たりの分かれ道を右へ曲がってしばらくすると、緑髪の長髪の青年が、壁に寄りかかってため息をついている。青年を見て、翔馬が少し驚きながら声をかける。
「あれー? 凰児じゃん。 もう戻ってたのかよー。 昨日六時近くになるって言ってたじゃねーか」
「ああ、翔馬……。 ごめん、思ったより早く着いてさ。 連絡するの忘れてたよ。 みんな揃ってどうしたのさ? おかげで情けないとこ見られちゃったなあ……。 はは……」
青年は、恥ずかしそうに頭を掻いている。普段から鍛えている浪よりも一回りガタイがよく、身長も180cmは超えているだろう。肩に届くほどの髪で、サイドを短い三つ編みにしている。服は無地のグレーの長袖Tシャツに濃い茶色系ジーンズとシンプルながら、親指以外に計八個のいかついシルバーリング、チェーン付きの革財布にクロスのネックレスと、完全に怖いお兄さんである。しかし、見た目に似合わずその口調は穏やかだ。
シロが浪の服の裾を引っ張りながら尋ねる。
「誰……? この人」
浪は緑髪の青年を紹介するついでに、彼にシロのことも紹介する。
「この人は
「ああ、簡単に報告は受けてるよ。 この子がなのか……。 思ったよりなんか小さいな……」
シロを見下ろす凰児。その身長差は45cm程度はありそうである。シロは顔をしかめて、浪の後ろに隠れてしまう。その様子を見て、翔馬は指を差して笑っている。
「ははっ。 怖がられてやんの。 ってか凰児、さっきの子と何があったんだよ? 超キレてただろ」
「あはは……。 心配されるのが鬱陶しいみたい。 一人で無茶するのはよせって注意したらこのザマだよ。 試合申し込まれちゃった……。 自分が勝ったら二度と話しかけんなって……」
困った顔で笑っている凰児。一同驚きの表情の中、翔馬が冷静に、珍しく真面目な表情で尋ねる。
「……、やるのか?」
「まあ、ね。 このままじゃいつか取り返しのつかないことになる。 自分の力の限界を、一度知ってもらったほうがいいのかもしれない。 翔馬は転属手続きだよね? 悪いけど終わったらすぐ行くから、応接室あたりで待っててもらってもいいかな?」
翔馬が返事をすると、凰児は踵を返し、階段から地下へ降りていった。静寂の中、雪菜は目を伏せ、かつての親友の名をつぶやく。
「凛ちゃん……」
「心配そうだな。 見に、行ってみるか?」
「でも……」
「龍崎先輩だって、加減くらいはわかってるだろ。 つーか、俺は逆に先輩の方がちょっと心配だわ……。 黒峰の奴、火力だけならSEMM全体でも右に出るものはいないって話だろ。 あいつの方は加減とか知らなさそうだからな……」
「それは確かに……。 凛ちゃんがやりすぎたら、あたしが止めなきゃ……!!」
浪の提案にも渋い顔だった雪菜だが、そのあとの彼の台詞に納得すると、全員で地下の訓練スペースへと向かうこととなった。
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ライトの照らす地下室。サッカー場くらいはある広いスペースの真ん中に、少し高くなった模擬戦用のスペースがある。
50m四方ほどの石畳で、両はしに三段の階段があり、場外中心にはプールの監視員が座っているような、少し高い審判用の席がある。普段は訓練生などが使用しているが、今彼らは見学する側にいる様だ。どこから聞きつけたのか、五連星の一人と支部の問題児が模擬戦をすると知ったギャラリーで、見学席はほどほどに賑わっている。
そんな野次馬に紛れ、雪菜たち一同は見学席の中央あたりの最前列から、リングに上がっているふたりを見守っていた。
「皆さんはどっちが勝つと思いますー? くろりん先輩、全然昇格試験受けないから実力がいまいちわかんないんですよねー……」
「どうだろう……。あたしは逆に龍崎先輩の戦ってるところ見たことないからわかんないな……」
空良の問いに、まだ若干不安そうな表情で雪菜は答える。一同の中に、二人の実力を両方知る人物はいない。この勝負、どっち勝っても不思議ではないのだ。
そんな中、リングのふたりが動き出す。
「こっちから吹っかけといてなんだが、いいのかよ? あたしとやって、ただで済むと思ってんじゃねえぞ……?」
「大丈夫だよ。 他の隊員の訓練相手をしてあげるのも、Sランク隊員の勤めだからね」
「なめやがってクソが……。 死んでも……知らねェぞ!!」
邪悪な笑みを浮かべる凛に対し、凰児はにやっと微笑みながら挑発的に返す。先に仕掛けたのは、挑発に乗った凛の方だ。手に持っていた剣を鞘から抜くと、猛ダッシュで突っ込んでいく。その速さはもはや人間のそれではない。
左手には鞘を持ったまま、右手の剣で凰児に切りかかる。手に持つ剣は、魔力が注がれ黒いオーラをまとっている。しかし、凰児はそれを腕をクロスさせて受け止め、平気な顔をしている。
「ふん、肉体強化かけた上に魔力で強化した剣戟を素手で受け止めるか……。 てめえも大概バケモンだな……。 だけど、ココがガラ空きだぜェ!?」
両手の塞がった凰児の腹部に、凛が前蹴りを叩き込む。凰児は少し怯んで後ろによろけてしまい、その隙に凛が彼の脇腹へ向けて剣を振るう。その目にためらいなど微塵もない。そのまま剣は狙い通りの場所にヒットする。しかし……
「まあ、この程度なら防御する必要もないんだけどね」
なんと、刃は凰児の服を若干裂いたのみで止まっている。もちろん、凛は手加減も寸止めもしていない。そのまま凰児は拳を握ると、凛の顔面めがけて容赦なく振るう。凛は左手の鞘を構えて受け止め、剣から衝撃波を飛ばして目くらましに使い、一旦距離を取ることに。
見学席では、シロが不思議そうな表情で一部始終を見ていた。
「……? ギリギリで止めてるの? さっきから剣が当たってるのに効いてない」
「ああ、龍崎先輩は防御型のホルダーなんだよ。 常に魔力に守られてて、下手な攻撃じゃ傷一つつかねぇ。 って噂では聞いてたけど、あそこまで硬いのか……。 超火力対超耐久ってわけだな……」
説明している浪も、龍崎の予想以上の耐久性能に驚いているようだ。しかし、あれが凛の実力とも思えない。
「でもさ、凛ちゃんもまだ全然力見せてないよね? 気が短かったのは昔からだからなあ……。 長期戦するつもりがあるとは思えないね……」
礼央が呟くと、大技で一気に決めるつもりなのか、案の定凛は距離をとった状態のまま魔力を溜めている。どす黒いオーラが彼女へと集まっていく。そしてそれは形を成すと、八本の剣となる。
「なにあれ、すごい魔力……!! あんなの食らったらいくら先輩でも……」
「……、決まり、だな。 ここで決着だ」
「と、止めなきゃ!!」
「いや、手出しはいらない。 ヤバイと思ったら俺が行くから、そのまま見守っててやってくれ」
頬に汗を流し、焦っているような表情の雪菜。その後ろで冷静に戦況を見ていた翔馬が、止めに入ろうとしていた雪菜を止める。
「まどろっこしいのは無しだ……。 そんだけ頑丈なら死にゃしねえだろう……。 これで、終いだァ!!」
凛が上に振りかざした右手を振り下ろすと、八剣が一気に凰児へ襲いかかる。そのうち一本を腕で弾いた凰児だったが、先程までとはまるで威力が違う。剣は彼の腕を切り裂き、血が石畳を濡らす。剣は軌道を変え、再び八本全てが彼のいた場所に降り注ぐ。
轟音とともに、土煙が舞い上がり、凛の視界をも遮る。
「ちょ……。 翔馬さん!! 危なくなったら止めるって言ってたじゃないですか!! あれじゃ先輩……!!」
「いや……。 大丈夫だ。 ほら、決着がつくぜ」
「え……?」
翔馬の言葉に対し、決着は既に付いているのではないのかと不思議そうな表情で土煙の舞うリングを凝視する雪菜。その時、土煙の中で何かが動く。凰児である。
体勢を低くし土煙に紛れ、油断しきっていた凛の懐に入った彼は、忍ばせていたナイフを抜き、彼女の首筋へ振る。もちろん、寸止めだ。凛は信じられないといった表情で固まる。
「なっ……。 ありえねえ……!! あれを食らって無傷、だと!?」
「力を多めに使えば、防御性能にブーストをかけることもできる。 お互い全力を出した結果、君の火力を俺の防御性能が上回った。 それだけのことだ。 勝負を焦らなければもう少しいい戦いになったと思うけどね」
「……っ!!」
「君より強いホルダーは他にもたくさんいる。 出現アニマのレベルも上がってきているし、自分ひとりで出来る事の限界を知らないと、取り返しのつかないことになるよ」
凰児の言葉に、凛は舌打ちをするとナイフを素手でつかみ、折る。手のひらから血を流し、凰児へ向かって吐き捨てると、そのまま踵を返し訓練場を後にしていく。
「……、死ね、クソ虫が……」
「……。 やっぱりわかってもらえない、か」
階段の方へ歩いていく凛を見ながら、ギャラリーがヒソヒソと話している。凛のことを快く思っていない隊員は、空良だけではないようだ。
「なんだ、SEMM最強の攻撃ファクター持ちなんて言われてるけど、五連星相手じゃこんなもんかよ」
「自分から吹っかけてって負けてちゃ世話ないよなー」
聞こえないようにヒソヒソと話している隊員たちだが、雪菜たちには丸聞こえである。先程まで凛に敵対心むき出しであった空良も、事情を知ってしまったがゆえにあまりいい気持ちではない様で、顔をしかめている。
「こそこそ陰口叩いてかっこ悪いですよねー。 あんなの気にしなくていいですよ、ゆきちぃ先輩」
「……」
空良の励ましにも、うつむいて反応しない雪菜。そもそもギャラリーの陰口さえ、耳に入っていないようだ。しばらく難しい顔をして雪菜を見つめていた浪は、軽くうなずくと、彼女に声をかける。
「いてもたってもいられない、って感じだな。 行って来てもいいんだぜ。 龍崎先輩にシロの話するのは、俺と昂月でやっとくからさ。 話してこいよ」
「浪……。 悩んでてもしょうがないよね。 うん、行ってくる!!」
そう言うと、勢いよく走り去っていく雪菜。他の面々はとりあえず、凰児と待ち合わせをしていた応接室へと向かう。
一階からエレベーターで三階へあがると、右へまっすぐ行った当たりに応接室がある。三人がけくらいのソファーが向かい合い、間にはシンプルなガラステーブルが置いてある。
一同が部屋に入ると、既に凰児が先について待っていた。
「遅かったね、野次馬さんたち」
「あー……。 やっぱしバレてたのなー。 わりぃわりぃ、ちょっと心配になったもんでさ」
「嘘をつけ嘘を……。 で、乙部支部長の留守中は緋砂さんと俺が代理になってるもんで、とりあえず話を聞くよ。 翔馬はこれ書いといて」
「うーい。 じゃ、そっちの話はそっちで勝手にしといて」
おそらく転属手続き用と思われる紙を渡され、入口に近い方のソファーの右端に座って用紙を記入する翔馬。シロが翔馬の横へ座り、空良は左端へ。向かいのソファーに凰児と浪と礼央が座る。
とりあえず浪と空良は駒木山の広場での出来事と、シロの事を話す。彼女が大魔力の元であること、未来予知と肉体強化の二つの力を持っていること等である。
凰児は少し考えると、浪に言う。
「ちょっとエルと話がしたいんだけどいい?」
「うす。 ちょっと待ってください」
承諾した浪は、以前と同じように前に手をかざす。光が集まっていき、天使のような小さな生き物がテーブルの上に現れる。全く上級アニマに見えないが、浪の魔力の源であるアニマ、エルだ。
「何これ……。 かわいい……」
「あ、アニマか!? いやでもサイレンならねーな……」
シロと翔馬が反応する。浪は適当に説明するが、彼もエルについて詳しいことは知らないので、とりあえず敵意は全くなく、協力者であることを伝える。
「あ、コイツはなんつーか、敵じゃなくて……。 人間にとり憑いてないと消えちまうらしいから、俺にくっついてるんだ。 アニマと戦う時力貸してくれてるから大丈夫……、なはずだ」
「なんだそりゃ……。 まあいいか……」
なんだか釈然としない表情の翔馬だが、とりあえず納得すると、また書類を記入し始める。
「龍崎くん久しぶりー!! いやー、相変わらずいかついねー。 あ、君たちははじめましてだね。 訳あって浪の体に居候してるの。 よろしくねー」
「べつにいかつくないって……。 じゃなくて、彼女の魔力量がどれくらいか分かる?」
「んー……。 凛と龍崎くんと雪菜と緋砂足したくらいかな」
「それほどか……。 それなら大いにありうる話だな……」
シロの魔力の大きさは肌で感じていた浪たちだが、改めて具体的な説明をされるととんでもないものだ。驚いて声も出ない一同に対し、凰児はなんだか納得のいった表情をしている。わけのわからない浪や空良に凰児が説明する。
「雪菜や緋砂さんの髪の色、あれがファクターのせいってのは知ってるよね? 魔力は体に影響を及ぼす訳だけど、これほど異常な魔力量だと、髪の毛だけにとどまらず、肉体の組織にも影響が出る。 この子の場合、筋肉の質が異常に高いうえに、リミッターが効かなくなっているみたいだ。 だからやりすぎると体を壊す。 ほかに同じような人をひとり知ってるんだ。 肉体強化ホルダーだとしたら、自分の体が壊れるなんて聞いたことないしね」
「そんなことあるんすね……。 じゃあ、コイツのファクターは未来予知の方か……」
凰児の説明に、ひとまず納得する浪。空良もなるほどなー、とうなずいている。
説明がひと段落したところで、エルが思いついたように全員に対して尋ねる。
「そーいえば、この子の住むところってどうするの? いつまでもSEMMに住ませて置くわけにも行かないよね? 寮に入れる?」
「俺も寮入りたかったのに、研修生優先とかでダメだったんだよなー。 てか、シロは一人で生きてけると思えないぞ。 あ、凰児これ書けたからよろしく」
翔馬から用紙を受け取ると、凰児はとりあえず机の上に置いた。しばらくするとうーん、と唸りながら空良が口を開く。
「そもそも、いろんな意味で一人にできないんじゃないんですかー? なんかホルダーに記憶消されてるとか言ってたし、初めて会った時の状況からして謎が多すぎますよー……」
空良の言葉に納得した一同が難しい顔で考え込んでいると、シロがゆっくり口を開く。
「大丈夫。 私は浪のところに住む。 空き部屋いっぱいあるの知ってる」
「ちょ!? お前、変な未来ばっかり予知するな……。 流石にそれは……」
「……、手、出すの?」
シロがとんでもないことを言い出し、慌てふためいている浪。翔馬とエルが冷たい目で彼を見ている。
「マジかよ……。 俺に散々言っといて、ひくわー……」
「こんな小さな子に……。 そんな子に育てた覚えはないのに……」
言いたい放題の二人に、間髪入れずに浪が突っ込む。
「俺はお前とは違うっつーの!! つーかエル、お前に育てられた覚えはねえ!!」
顔を赤くして必死な浪。凰児が呆れたように笑いながら、話題を修正する。
「まあ、実際浪さえよければ、悪くはない案かもしれないけどね。 君の家だったら俺の家から近いから、空良と俺もすぐ向かえるし。 後数日もすれば、この子も自由に外に出られるようになると思うよ。 まあ、どうせ後2、3日は翔馬とSEMMにいてもらうことになりそうだから、考えておいて」
凰児の提案に、頭を掻きながら難しい顔の浪。
話が一通り終わったところで、話題に入れず黙っていた礼央が浪に話しかける。
「ごめん、話が落ち着いたようだったら、雪菜の様子を見に行かない? あの状態で凛ちゃんが冷静でいられるとは思えないよ」
「礼央……。 そうだな……。 すいません先輩、ちょっと出てきてもいいすか?」
浪がそう言うと、凰児は快くうなずいた。浪は軽く頭を下げると、応接室を出ていこうとするが、その裾をシロが引っ張る。
「私も行く。 雪菜が心配だから」
「お前……。 わかった、一緒に来い」
無言でうなずいたシロを連れて、浪と礼央はエレベーターで一階へと降りていった。
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一階の受付奥の廊下にあるベンチに座っている凛を、雪菜が遠巻きに見ていた。声をかけるのをためらっているようだ。無理もない。あからさまに苛立っているのが分かり、普段はそこそこ人通りのある場所であるにも関わらず、凛がそこにいるだけで誰も通らない。
通行人は通路の角に隠れてこそこそしている雪菜をちらちら見ていく。
「うう……。 声をかけられないまま早十分……。 完全に怪しい人だあたし……」
なかなか踏ん切りのつかない雪菜だったが、そうこうしているうちに、凛が立ち上がりどこかへ行こうとしてしまう。咄嗟に追おうとして凛のいる通路に出てしまった雪菜は、振り返った凛とバッチリ目が合ってしまう。
「あ、はは……。 やあ、凛ちゃん……」
「雪菜……。 悪いけど、お前に構ってる暇はねえっつったろ……。 あたしには、やることがある……」
「アニマを……、退治すること? このままじゃ凛ちゃん、龍崎先輩の言ってたみたいに……!!」
「ほっといてくれ……。 あたしに構うな」
「でも……」
歩き去ろうとする凛を引き止めようと、雪菜が彼女の肩を取ろうとする。しかし、手が触れる直前に、凛がその手を払いのける。それと同時に凛は雪菜を怒鳴りつける。
「うっぜエェんだよ!! どいつもこいつも!! あたしのなにが分かるってんだ!!」
「ひっ……!!」
初めて自分へと向けられた怒りに、雪菜はびくっと身を引いて怯えてしまう。はっとして苦虫を噛んだような表情になった凛は、落ち着きを取り戻すと雪菜に背を向けながら話す。
「悪い……。 でも、あたしにはもうこれしかないんだ。 全部失ったあたしにはこれしか……。 復讐することでしか満たされない……。 お前はあたしに関わるべきじゃない。 新堂や郁島と楽しくやりな……」
そう言いながら歩き去る凛を、雪菜はこれ以上引き止めることができなかった。
呆然と立ち尽くす雪菜に、浪たち三人が追いつく。最初に声をかけたのは、シロだった。
「泣いてるの……?」
いつも無表情なシロが、初めて不安そうな表情を浮かべて尋ねる。雪菜の瞳には、確かに涙が浮かんでいる。
「凛ちゃん、昔から気が強くてさ……。 いつもあたしたちを引っ張っててくれて、泣いてるとこなんて見たことなかったのに……。 今、あの子確かに泣いてた……」
涙をこらえながら必死に声を絞り出す雪菜の話を、三人は黙って聞いている。
「あたしきっと、凛ちゃんが離れていったから、浪を友達にしただけなんだ。 空良ちゃんがさっき言ってたことが、すごく刺さったんだよ……。 空良ちゃんにとっての乙部さんみたいな人が、凛ちゃんにもいればって……。 本当はあたしがそうならなきゃいけなかったのに……。 ひぐっ、あたしは凛ちゃんのこと見捨てて、新しい友達作って……。 あの子が苦しんでる間、遊んで笑ってたんだ。 最低だよね? あたしにはもう、あの子の友達を名乗る資格はない……。 うぐっ、ひっく」
必死に涙をこらえている雪菜を、浪はそっと抱き寄せた。
「最低な奴は、他人のために泣いたりしねえ。 だからお前は違うよ。 それに、お前は俺を救ってくれただろ。 理由なんて関係ない」
浪の言葉に、ついに涙をこらえられなくなった雪菜は、大声で泣き出してしまう。
「あ、たし……。 凛ちゃんのために何もできないの? うぐっ、ひっく……。 あたしにはなんの力も、ない……」
雪菜にかける言葉が見当たらず、浪は口をつぐんでしまう。そんな二人に、ずっと黙っていた礼央は、厳しい声をかける。
「戦うための力を持ってるくせに、本当に雪菜は凛ちゃんのために、浪は雪菜のために何もできないと思ってんの? じゃあその力僕に渡して欲しいくらいだよ」
「そんな言い方……、ひどい」
礼央の叱咤に、二人共言葉を失ってしまう。顔をしかめて自分の方を見上げるシロの頭をポンと叩くと、礼央は真意を語り始める。
「だって、凛ちゃんはこっちが心配してんのに勝手に好き放題やってるんでしょ? だったらなんで雪菜が遠慮しなきゃなんないのさ。 勝手に手出ししまくればいいんだよ。 それでどっちが折れるか、後は根性の差だけでしょ」
「……!!」
ひどい暴論に聞こえるが、確かに遠慮する必要など微塵もない。はっとした雪菜は、腕で涙を拭うと不敵に微笑む。
「礼央ってほんといつも容赦ないよね……。 でも、確かにそうだ。 待ってろよー、凛ちゃん……。 あたしのあきらめの悪さ、見せてやるんだから」
元気を取り戻した雪菜の様子を見て、ひとまず安心した浪。するとそこに空良が何やら慌てた表情で走ってくる。
「あー!! こんなところにいたんですねー!! 今、くろりん先輩がすごい怖い顔して走って出て行ったんですけど、何か知りませんかー?」
「あー、それなんだけど今は……」
心当たりの有りまくる一同は、シロ以外揃って気まずそうな表情だが、実は今のいざこざとは別の理由であった様だ。原因はすぐに明らかになる。SEMM愛知支部全体にサイレンの音が鳴り響き、アナウンスが入る。
「麻宮公園にアニマが出現!! 反応から、過去出現し逃亡した半人半蛇のアニマ「エキドナ」と思われます。 アニマランクはA、隊員龍崎、黒峰、昂月の三名はすぐに受付へ!! 不在の場合は受付係より至急連絡を……」
アナウンスを受け、雪菜は驚愕の表情を浮かべている。出現したアニマはなんと、凛の因縁の相手であった。
「エキドナって、凛ちゃんの家族を殺した奴だよ!! じゃあ……」
「まさか……。 アニマの出現を自分で予知したとでも言うんですかー……!?」
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SEMMの正面を走る国道を、一台のタクシーが飛ばしている。制限速度を超え時速80kmは出ているだろうか。その後部席には凛の姿が。
「遅ッせエェんだよ!! もっと飛ばせ!!」
「無茶言わないでよお嬢さん、これ以上出したら捕まっちまうよ」
苛立つ凛の無茶な要求に、若干ビビりつつ困っている運転手。凛は苛立ちを見せながらも嬉しそうにも見える、不思議な表情をしている。
「やっとだ……。 やっと来やがった……!! 八年越しの恨みだ……。 ぶち殺してやるぜ、エキドナァ……!!」
凛は顔の前で指を鳴らしながら、歪んだ笑みを浮かべた。
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