第6話謎の少女とファイブスター

 SEMM愛知支部には、またもや怒声が響いている。声の主は同じだ。ただ前回より怒られている側の人間は増えているようであるが。


「あんたたち本当にいい加減にしなよ!? 万が一反応があったら直ちにSEMMに連絡して待機って指令書にも書いてあんだろうが!!」


「すいません……」


 浪も今回は返す言葉もないと、申し訳なさそうな表情だ。しかし、班のリーダーはAランクである空良の方だ。緋砂の怒りの矛先は空良の方へ向けられる。


「あんたもいたってのになにやってんだい!! 仕事慣れしてるんだから引き際は分かってんだろう」


「それは……。 はい……。 ごめんなさい……。」


 空良もいつものようなのんびりした口調ではなく、しゅんとして落ち込んでいるようだ。

 緋砂の向かいに座る浪の左脇の椅子に座っている雪菜は、今にも泣き出しそうだ。自分が先走ったせいでふたりを巻き込んでしまった。なのに空良が責めらているのが申し訳なく、それを言い出せない自分が情けない。しかしどうしても我慢できない彼女は、一度ぎゅっと目を閉じ唇を噛むと、意を決して口を開く。


「お姉ちゃん、あたしが先行したの……。 また反応が消えたら無駄足になるからって……。 だから空良ちゃんたちは悪くない!! あたしが……」


「雪菜、あんた……!!」


 相変わらず不機嫌そうな緋砂は、雪菜の方へ目を向ける。しかし緋砂が雪菜を問い詰めようとすると、階段の方から歩いてきた少女が声をかける。駒木山で出会ったあの少女だ。


「あんまり、怒らないで欲しい」


「あ、もう腕は大丈夫なんですかー?」


 少女の方を向き、空良が心配そうに声をかける。少女に対してはいつもの口調だ。


「骨が治りきってなかったみたい。 だけどもう治してもらった。 回復術は便利だね」


 腕を動かしながら無表情で話す少女は、複雑な表情で自分に視線を向けている緋砂に向かって言い放つ。


「浪たちが引き返してたら、私は死んでた。 そのほうが、良かった?」


 そう話す少女は相変わらずの無表情だが、妙な威圧感があった。気圧された緋砂はうっ、と一瞬言葉に詰まり体を引くが、とりあえず得体の知れない少女に自らの疑問をぶつける。それは同時に、この場にいる全員の問でもあった。


「ぐ、そうは言ってないだろう!! ってか、あんた何者だい!? あたしが能力見れないなんて、並みのホルダーじゃない……!!」


 緋砂の質問に、その場にいる全員が息を呑み少女の返答を待つが、相変わらず無表情な少女の回答は、突拍子もないものだった。


「わかんない。 確か、へんなホルダーに記憶を大体消された……? ような? 名前しかわかんない」


 首をかしげながら曖昧に答える少女に、固まる一同。空良は咄嗟に少女に確認する。


「き……、君、未来予知能力者でしたよねー……? それ使って何かわからないんですかー……?」


「わかんない……。 ファクターのことも、使い方も忘れてるから……」


 少し落ち込んだようにうつむき気味に答える少女。絶句している一同だが、緋砂が首をかしげながら口を開く。


「つまりは無意識に発動してるって訳か……。 じゃあ期待はできないねぇ・・・・・・」


 少女の乱入ですっかり話題が変わってしまったようだ。浪が恐る恐る緋砂に話しかける。


「あ……、あの、緋砂さん。 調査任務の事は……」


「ああ、そういえば話の途中だったか……。 まあ、元はといえば私が自分で行かなかったせいでもあるしな……。 でも、次はないよ!!」


 少女の予想外の発言に驚きっぱなしで怒る気が失せたのか、緋砂は片目を閉じてふぅ、とため息をつくと腕を組みながら話す。

 姉の機嫌が戻りほっとした雪菜は、浪の左後ろに立っている少女に話しかける。


「君、名前は覚えてるんだよね? 教えてもらってもいいかな?」


 少女は無言でうなずくと、自らの名前を口にする。知らないと不便だな、くらいに何の気なしに聞いただけだが、少々驚く答えが返ってくる。


「ハク。 新堂ハク。 シロって呼ばれてた気がする。」


「おぉっ!? 苗字同じじゃねーか!!」


 浪がいち早く反応するが、ほかのメンツも驚きの表情だ。


「浪、生き別れの妹フラグ来たよ!!」


「俺に兄弟がいないことは師匠に確認済みだっつの」


 雪菜が茶化すが、浪は冷静に返す。

 一通り会話が終わると、緋砂がため息をつきながら席を立つ。


「ふう、面倒なことになったね……。 とりあえず警察に名前と顔で身元を調べてもらうかね……。この子については支部長が帰ってくるまで保留だ。あたしは警察の方に連絡してくるから、まあそこでだべってな。もう日も暮れるし、予想外の戦闘で疲れてるだろ。 のんびりしてな」


「あーい。 あ、お姉ちゃんため息ついてばっかいると老けるよ?」


「誰のせいだと思ってんだ……。 あとで殺す」


「な、何でもないです!!」


 いちいち一言多い雪菜を睨みつけると、緋砂は受付奥の事務室へ向かっていった。

 緋砂が離れると、やはりシロについての話題になる。座っていた三人は椅子を移動させ、円形テーブルに均等に四つ並べ直すと、立っていたシロを座らせる。


「記憶喪失の上級ホルダー、ですかー……。 SEMMに所属してたら有名になってるはずですから、未所属ですよねー……」


「そりゃそうだろ。 覚醒したてってことか? ホルダーはファクターに目覚めたらとりあえずSEMMに申請する義務があるはずだしな」


「住む所とかどうするんですかねー? とりあえず上級隊員の監視下ですかねー?」


「sランク並みの上級隊員は、黒峰か龍崎先輩くらいしかいないだろここの支部」


「くろりん先輩には無理ですよー……。今世紀最大のコミュ障ですよー? 自己中過ぎて話になんないです」


 浪と空良がそんな会話をしていると、雪菜の表情が曇る。どうやら黒峰という人物の名前に反応したようだ。うつむき気味になり黙っている。

 すると通路側の席に座っていた雪菜に、ひとりの女性が声をかけてくる。緑がかった長めの黒髪を左肩から前へ流し、カッターシャツにスーツのズボンを履いている。身長は少し高めで165cmないくらいだろうか。端正な顔立ちでまつげも長く、見とれるほどの美人だ。


「こんにちは。 お話中にごめんなさい。 わたし、用事があって東京本部から来たんだけど、龍崎っていう人か、乙部支部長を知らないかしら?」


 はっとした雪菜は少々驚いてしまい、びくっと顔を上げる。女性は声をかけながら雪菜の方へ顔を近づける。女性の整った顔立ちに、同性ながらも顔を赤くし、テンパってしまう雪菜。


「はひっ!? おおお二人は今今外出中でふ!! ほら、空良ちゃん!! あの二人の事なら空良ちゃんのほうがいいでしょ!!」


 咄嗟に空良に話を振る雪菜。浪も雪菜と同じく少々顔が赤いが、話を振られた空良は、なぜか冷静というか心底呆れた表情をしている。そして彼女の口からは驚くべき真実が。


「あなた……。 服部翔馬はっとりしょうまさんですよねー……? 残念ながら私はその二人とわけあって一緒に住んでるんで、あなたの事も聞いてますよー。 ……、女の子のフリしてセクハラしてくる変態だって。」


「げ……。 俺のこと知ってんのかよ……。 あちゃー……」


 どう聞いても男性の名前で呼ばれた人物は、突然口調が変わる。よく見ると、手に持ったスーツの上着は男性用だ。そしてなにより胸がない。まあそこは雪菜も同じなのだが。


「なるほどなー。 俺も二人から君の事は聞いてるよ。 二人が何吹き込んだか知らないけど、そんな悪い奴じゃないからまあ仲良くしてやってよ」


「いやー、お断りですねー」


 軽い口調で話す翔馬と空良。いざ男だと分かってみても、やはり男勝りの女性にしか見えない。

 雪菜と浪は彼を見ても誰だかわからなかったが、名前を聞くと揃ってびくっとし、少し大げさな反応を見せる。そう、この人物顔はあまり知られていないが、なかなかの有名人なのだ。


「服部翔馬って……。 能力者による犯罪を取り締まる部署の……ナントカって所のエースの人か!? っつーか男かよ!!」


SACSサクスね。 Sランク最強の五連星、龍崎先輩と同じだね……。 この人が……?」


 SEMMに所属するホルダーの中でも、最強クラスの人物。性別の事もだが、予想外すぎる正体に戸惑っている浪と雪菜。そんな二人に、とりあえずあいさつをする翔馬。


「初めまして。 君たちは愛知支部の子? ここは人手不足で年齢層が低いってのは聞いてるけど、学生なん?」


「ええ、まあ。 えっと、服部さん? はどうしてここにきたんすか……?」


「翔馬でいいって!! 俺の追ってる、ってかSACS因縁の犯罪者がこの辺にいるみたいでさ。 しばらくこっちに移籍することになったんよ。 ってわけで気ィ使われるとしんどいから、気楽に頼むわ。 あ、名前聞いてもいい?」


 腰に手を当てながら事情を軽く説明したあと、三人に名前を尋ねる翔馬。浪と雪菜は椅子に座ったまま、順に答えながら軽く頭を下げる。


「新堂浪っす。」


「えっと、氷室雪菜です……。 あ、あとこっちの子は新堂ハク。 あ、でも浪と兄弟ってわけじゃなくて、苗字一緒なのは偶然なんです。」


 シロが喋らないので、仕方なく雪菜がシロの紹介をする。翔馬はなるほどなーと頷いたあと、右手を握り親指を立て自らを指し、妙な決めポーズを取ると意味不明な自己紹介を始める。


「それじゃ改めて!! 俺は服部翔馬、座右の銘は果報は寝て待て!! 好きな言葉はボーナス確定、嫌いな言葉は左打ちに戻せだ!! よろしくぅ」


「ただのダメニートじゃねーか!!」


 我慢できずに素でツッコんでしまったあと、はっとする浪。翔馬は腹を押さえて軽く笑うと、浪の肩をポンポンと叩く。


「おう。 だからタメ口でいいんだよ。 敬語ってのは敬うべき相手に使う言葉って事だぞ」


「それでいいのかよ……。 わかった。 よろしく頼むわ、翔馬」


 そう言うと浪は椅子から立ち上がり、翔馬に向かって右手を差し出す。翔馬は微笑みながらその手を取り、二人はぐっと握手を交わす。その時、支部内にサイレンの音が鳴り響き、その後アナウンスが流れる。


「隊員の皆さまへ緊急連絡。 勝山駅北西に外敵反応。 出撃可能な隊員は直ちに受付窓口へ 」


 緊張が走る支部内。勝山駅は支部の最寄駅。それこそ歩いてでも行ける距離だ。アニマ出現のアナウンスの後、受付のスーツを着た女性が一同のもとへ駆け寄ってくる。


「昂月さん、氷室さん、新堂さん!! なんとか出られませんか?」


「なんで俺らなんすか? さすがに駒木山の一件の疲れが残ってるし、二人は怪我もしてたんだぜ」


 もっともな浪の意見に、受付の女性は困った表情になってしまう。だが事情があるようで、女性も引くに引けないようだ。


「それが、今近くに誰もいないんです……。 知ってのとおり愛知支部は人手がない上に、今は昇格試験のシーズンで東京本部に行っている隊員も多くて……。 学生隊員にあまり出撃させるのは良くないこともわかってるんですが……」


「んー……。 移籍の手続きが終わってたら俺が出ればいいだけなんだけどなぁ……」


 とても申し訳なさそうに話す女性に、翔馬は難しい顔で唸っている。浪が諦めたようにふぅ、とため息をつく。


「俺に声がかかるってことは、大したやつじゃないんだろ。 悪いけど昂月、付き合ってくれないか? 雪菜の方がダメージでかそうだったからな」


「いや、あたしが行くよ。 あたしのせいで空良ちゃんが怒られちゃったんだし、罪滅しじゃないけど、これくらいは行けるよ」


 承諾しかけた空良を静止して、雪菜が浪に同行を申し出る。浪は頷くと、雪菜とともに受付カウンターへ向かい、手早く出撃の手続きを済ます。そして支部の出入口付近で、残された三人へ大きめの声で話しかける。


「それじゃ行ってくる。 翔馬、昂月。 しばらくシロを頼む!!」


「うーい。いってらっさーい」


 翔馬が気の抜けるような返事をすると、浪と雪菜は小走りで支部を後にする。

 二人が見えなくなったあと、翔馬は思い出したように空良に話しかける。


「あ、そういや二人が手続きしてる時、黒い服の背の高い女の子が走って出てったけど、手続きしてないわけだし、アニマ退治に行ったわけじゃないんだよなぁ? なんだったんだろ」


「げ……。 それ本当ですかー……? 他にいるじゃないですかー、人……。 でもあの人は……」


 翔馬の話を聞いた空良は、なんだかうんざりしたような表情でため息をつく。



       ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 勝山駅北。駅から少し離れた場所で自転車を降り、走ってアニマ出現地へと向っていた浪と雪菜は、駅へと続く交差点を、ビルとパチンコ店に挟まれた道の方へ進んでいく。そして、駅のロータリーへ差し掛かる頃、足元にべとつく何かを感じ、ふと目線を下げる。すると、地面は所々が血で濡れていた。


「冗談じゃねえ……。 もう犠牲者が出てるってのか!? Dランクで出撃可能ってことは、危険度の低い小悪魔みたいなもんだろう!?」


「違うよこれ……。 アニマの血だ……。 ほらアレ……」


 雪菜が指さす先には、巨大な眼球を持ったコウモリのようなアニマが。しかしその体は深く切り裂かれ、既に息絶えていた。さらによく見ると、あちこちにアニマの死骸が転がっている。

 何となく状況を理解しながらも、ロータリーの方へ向かう二人。そこには、腕を一本失った小型の人型アニマと、黒いジャージにジーンズを履いた少女の姿が。背は浪より高く、175cm近い。さらに、線のわかりにくいジャージの上からでも分かるくらい、グラマラスなモデル体型だ。伸ばしっぱなしの黒髪は表情を隠し、何を考えているのかはわからない。しかし、魔力がどす黒いオーラのように彼女を包み、おぞましい殺気を放っている。

 ロータリー中央のオブジェの囲いの上であぐらをかいていた彼女は、地面に降りると、横たわる死にかけのアニマの首を掴み持ち上げる。そして空高く放り投げると、あからさまに過剰なほどの魔力を溜め、闇のファクターを放つ。黒い魔力がアニマへと集中すると、大爆発を起こした。

 血の雨が降る中、邪悪な微笑みを浮かべる少女は、浪に気づき言い放つ。


「あァ……? てめえは……。 残念だがてめえの仕事なんざねえ。 すべてのアニマはあたしの獲物だ。 邪魔すんなら……、消すぞ?」


「……っ!? 黒峰、お前……!!」


 少女の名前は黒峰凛くろみねりん。先程シロの話をしている時に名前の出た、愛知支部の数少ない上級ホルダーである。

 圧倒的な魔力と殺気に気圧される浪。しかしそんな中、後ろにいる雪菜が怖がることもなく、うつむいたまま浪の前へ出た。


「凛……、ちゃん。 久しぶり、だね。」


「雪菜……!? お前も来てたのか……。 悪ぃけど、構ってる暇はねえんだ……。 じゃあな」


「待って凛ちゃん!! あたしは……!!」


 雪菜の顔を見たとたん、相変わらず口は悪いものの、気まずそうな態度になり、雪菜の声にも耳を貸さず足早に去っていく凛。

 凄惨な光景の広がる駅前に残された二人。


「雪菜、お前黒峰と……。 いや……」


『浪、今はそっとしておいてあげなよ。』


 言いかけた浪だが、エルがそれを静止する。なにか事情があるのだろうと察した浪は、雪菜の顔を見ないようにしていたが、うつむく彼女の瞳には、涙が浮かんでいたような気がした。

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