第3話友達の因子

「君は……、一人になるのが怖くなってしまったんだね。 昔の君は一人でいるのが当たり前だったけど。 雪菜が心配なのは……」


 淡々と語る礼央の言葉を、浪が焦ったように遮る。


「ちょ……、お前、人の心を読むんじゃねーよ!! でもまあ……、そうだな。 確かに雪菜のことは心配だ。 けどそれもお前の言うとおり、昔に……、一人に戻るのが怖いだけなんだ」


 浪は、日の傾き始めた空を見上げながら、自らの本心を語りだす。隣で珍しく真面目な表情をしている友人が、全てお見通しであろうことは、分かってはいたのだが。



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 物語の始まる八年前。まだ浪たちが小学三年生の頃。

 愛知県守屋東部。三階建ての校舎と広いグラウンドを持つ、佐古小学校の三年二組の教室にて。

 教室には一つ、一際目立つ机があった。

 入口から三列目、前から四番目の机。そこには、ペンでいろいろな落書きがされ、中にはゴミが詰められている。落書きの内容は、


『アニマを呼び込む疫病神』

『学校に来るな。不幸が移る』

『帰れ』


 といった感じであるが、ところどころ字が間違っている。

 そんな悲惨な状態の机の下に、ひとりの少年がやって来る。光のない目をした少年は、無表情のまま、無言で机を拭きはじめる。


「おー、疫病神が来たぞ!! 近くにいるとあいつの親みたいに、アニマにやられちゃうぞ!!」


「やめなよー、クスクス」


 少年の真後ろで騒ぐ男子と、聞こえよがしに笑っている女子。無視して机を拭き続ける少年に、どこからともなく濡れ雑巾が投げつけられる。しかしそれでも少年は、まともな反応もせず、頭にかかった雑巾を傍らに捨てる。


 遠巻きにヒソヒソと笑うクラスメイト達の中、少年に近づいてくる人間が二人。男の子と女の子が一人づつ。見向きもしない少年の肩を取り、女の子が声をかける。


「あんなの放っておいてさ、あたしたちと遊ぼうよ。 新堂君!!」



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「あの時、二人が声をかけてくれなかったらどうなっていたかなんて、考えるだけでも怖くて……、仕方がねえんだ。 それだけじゃねえ。 俺はあの時から、雪菜に守られっぱなしなんだ。 それが嫌で、剣道やったり、他の格闘技に手出したりして、強くなったんだ」


「僕や雪菜が巻き添え食っていじめられないように……、ね。 正直あの時の雪菜には勘弁してくれって思っちゃったよ。 僕あんまりイイやつじゃないからねぇ。 ま、今は君と知り合えてよかったと思うよ。 結果オーライっていう奴?」


「相変わらず軽いな、お前は……。 ふたりを守るために死ぬ気で強くなったのに、雪菜がホルダーになって……。 俺もホルダーにはなれたものの、ファクターが終わってやがる。 ホント、なんでこうも上手くいかないのかね……」


 再びうつむいてため息を吐く浪に、突然礼央が真面目な表情になり、問いかける。


「君にとって上手くいくって何だ? 雪菜が君より弱ければいいの?」


「……!! そんな、ことは……!!」


「……、行きたければ……」


 返答に詰まる浪。礼央は何かを言いかける。しかし、それは彼自身責任が取れない、取り返しのつかない事態を招きかねない一言。それでも、言わずにはいられなかった。


「行きたければ行ってこい!! 言い訳する前に少しでも何か、自分に出来ることがないかを探せ!! 君がまだ強くなれるかは知らないけど、少なくともこのままだと、この先一生成長しないぞ!!」


 礼央の言葉に、はっとする浪。一方エルは、礼央の思いがけない突然の発破に、焦って反論する。


「ちょっと!? 無責任な……!! この子が無茶して死んだらどうする……」


 しかしその時には既に、浪は雪菜を追って走っていた。

 ニヤニヤしながら礼央は、エルを急に空中へ放る。


「依り代と離れすぎると消えちゃうんでしょ? ほら、急げー!!」


 礼央が何を考えているか、エルはわかっている。いや、エルでなくとも何となくわかるだろう。イライラしつつ、大急ぎで浪の体へと戻る。


「はぁ……。 僕って本当、無責任で最低だな。 ……、信じることしかできない、か」


 手のひらを頭の後ろで組み、ひとり残された礼央が、空へと呟く。



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 三人が居た堤防から北西の方角にある、子幡緑地公園。名前のとおり、広い芝生広場は木々に囲まれている。普段は、平日でも子供連れや、散歩をする老人がちらほらいるのだが、今は閑散としている。

 緑地公園なので虫も多く、夏場は蚊に刺されて大変なわけだが、今公園を飛び回っている虫は、鬱陶しいとかそんなレベルでは無いようだ。


 芝生広場を抜けた先の遊具スペースで、ひとりの少女が、1m50cmはあろう巨大な蜂の化物と戦っている。四本の腕は鎌のようになっており、胸部と腹部の境目に水晶のような球体があり、巨大なカギ状の尾針を持っている。

 対する少女、氷室雪菜は、氷で無数の刃『ビット』を作り出し、盾や剣などさまざまなものに組み上げて戦う、変幻自在のホルダー。

 両手に40cmほどの、円形に組み上げた盾を携えた雪菜は、辺りを見渡し、小さく頷く。


「よし、皆避難してくれたみたいだね……。 増援来るまで時間を稼げって言ってたけど、そんなの待ってられないよ。 すぐに終わらせてやる!!」


 ファイティングポーズのような適当な構えを取る雪菜に、蜂のアニマが飛びかかっていく。四本の鎌による攻撃を、両手に携えた氷の盾で弾く雪菜。

 防戦一方の状態だがしかし、雪菜の表情は余裕だ。アニマの一撃を正面から防御し、弾き飛ばされる形で距離を取る。そして瞬時に右手側の盾を、扇風機の羽か、もしくは手裏剣のような形へ組み替えた。

 一方、アニマはすぐに距離を詰め、さらに追撃を加えようとする。


「あまーい!! 見え見えなんです……、よっとォ!!」


 右手のそれを高速回転させ、攻撃を受ける雪菜。攻守一体、鋭い氷の刃の一撃は、アニマの腕を一本落とすことに成功する。

 反射的に後ろへ距離を取るアニマ。


「ほらほら、こんなもん? あたしひとりでも勝てそうじゃん♪ 余裕ヨユー」


 調子に乗っている雪菜。どう聞いても死亡フラグにしか聞こえないセリフを吐くが、彼女の優勢はまだ揺るがない。

 接近するのは危険と判断したのか、アニマは距離をとったまま、上空で魔力を腹部の水晶に貯める。光を吸い込んで輝きを増していく水晶。雪菜もどんな攻撃が来るかは大体予想できる。

 アニマはギイイィィィッ、と鳴き声を上げると、直径20cmほどのレーザーを射出する。

 余裕の表情だった雪菜はむぅ、少し顔をしかめた。


「ん、思ったよりでかいなぁ……。 じゃあ、これで!!」


 雪菜が大の字のように手足を広げると、両手の盾がばらばらになる。次に彼女が、重ねた手のひらをまっすぐ前に伸ばすと、盾二枚分のビットは頑強な一枚の盾となり、難なくレーザーを弾く。

 と思った次の瞬間、盾は即座に分解され、千はあろうビットが、大技のスキで動けないアニマへ波のように襲いかかる。次から次へ形を変え、守りから攻撃へ転ずる様は、まさに変幻自在。

 強引に横方向へ逃げるアニマだが、さらに腕を一本と、四枚ある羽のうち一枚を失っていた。


「腕も羽もなくなれば、あとはされるがままだよねぇ……? このまま一気に決めちゃうよ!!」


 さらに調子づき、既に勝った気でいる雪菜。

 決着が近いその勝負を、大型のローラー滑り台の影からこっそり覗く人物が一人。浪である。


「来てみたはいいけど……、こりゃやる事ねーな……」


『羽を落としたのは大きいね。 あの手の奴は、機動力が落ちれば大したことないよ。 あとは時間の問題だ』


 先ほどまで慌てまくっていたエルは、落ち着いて戦況を語っている。雪菜は問題なく勝つだろう。しかし、戦いを見守る浪の表情は暗い。


「……、やっぱ、俺が雪菜にしてやれることなんて、無いのかもな……」


『浪……。 気にすることないよ。 戦い以外でも、力になれることはあるんじゃない?』


「……」


 エルの慰めにも、浪の表情は暗いまま。一方、アニマと戦う雪菜の様子は……


「あははっ!! もう虫の息かな? 虫だけに? ……、やっぱ今のなし!!」


 アニマはさらに羽を一枚失い、ダメージもかなり受けているようだ。

 ドヤ顔でオヤジギャグを言った後、すぐ我に返って少し恥ずかしくなった雪菜は、ビットを集めてロープ状に固めアニマに巻きつけ、周囲の木々や遊具にロープを固定し自由を奪う。そして動きを封じられたアニマにトドメを刺すべく、氷の槍を作り出した。


「いっくよォ!! とどめの一撃……、あ……、あれ?」


 違和感を感じた雪菜。攻撃に夢中になるあまり、敵の変化に気づけないでいた。敵をよく見ると、さっきまであったものがない。


「確かお尻のところに針が……、っ!?」


 気配を感じ振り返るよりも早く、雪菜は背中に激痛を感じる。アニマの分離した尾針は彼女の視界の外から後ろへ周り、彼女の背を深々と切り裂いていた。

 激痛による集中力不足のため、分解するビット。膝をつきながらも、雪菜はなんとかバラバラになったビットを引き寄せ盾を作る。急造の盾はそれでもなんとか、自由になり突進してくるアニマの一撃をギリギリのところで受け止めた。

 しかし、アニマのレーザー攻撃もすんなり弾いたはずの盾は、ただの突進攻撃でひびが入ってしまう。


「はあっ……、はぁっ……、ダメ……、破られるっ……!!」


「雪菜!? ……、っ!!」


 雪菜のピンチを見た浪は、考えるより先に走り出していた。


『ちょっと待って!! 君が出て行って何ができるって言うの!?』


「うるせぇ!! ここで行かなきゃ……、後悔するんだよ!!」


 心の中で浪を静止するエルに対し、浪は声に出して叫ぶ。駆け出しながらその手に電気を集め、アニマへ向かって放った。

 反応の遅れたアニマは、回避する隙もなく電撃の直撃を喰らう……、のだが


『だぁぁ!! ほら、全然効いてない!! 蚊ほども効いてないよ!?』


 静電気とまでは言わずとも、規模の小さい電撃は頑丈なアニマの外殻にいとも簡単に弾かれてしまった。


「クソっ……、じゃあこっちだ!!」


『ちょっと!! 無茶だって、バカ!! 身の程知らず!! 君が死んだら私まで消えるのわかってる!?』


 SEMM隊員として護身用に、竹刀袋に一緒に入れていた木刀を取り出し、向かってくるアニマを迎撃する浪。エルはもう、気が気でない様子だ。一方雪菜は、いきなりの出来事に混乱して動けずにいた。


「な……、なんで浪が? まさかあたしを心配して……」


 浪は、アニマの鎌による連撃をなんとか躱しながら、たまに避けきれない攻撃は木刀で受け流す。自分を救ってくれたふたりを守るため、培ってきた技術だ。


「これならなんとか凌げる……。 このままSEMMの増援が来るまで付き合ってもらうぜ……!!」


 冷や汗を垂らしながら、ニィ、と微笑む浪。しかし、アニマ相手に木刀は、さすがに無謀であったか。

 攻防のさなか、木刀にひびが入ってしまう。


「っ!? やべっ……」


『うわあぁ!! だから言ったのに!! もうだめだぁ!!』


 先程以上に取り乱しているエルに、浪は必死に敵の攻撃をかわしつつも呆れ顔だ。敵の攻撃をかわした後ふう、とため息をつくと、頭の中で騒ぎ立てる自称上級アニマに語りかける。


「……、エル、俺はお前にはすげえ感謝してるんだ」


『へっ!? 何いきなり? そういう死亡フラグはいらないよ!?』


「違うよ。雪菜や礼央には感謝してる。 でも、お前がいなきゃ俺はきっと、あいつらに出会う前に一人に耐えられなくなってた。 だから、俺はお前のことを消えさせたりしない!! 信じてくれ!!」


『たくさんの物を、失うかもよ? 自分の命も……』


「失うものなんか、元々全部お前や二人がくれたもんだ。 それに、消えさせないって言ったろ。 俺は死なねぇよ!!」


 エルは、彼の言葉を聞いて、覚悟を知って、諦める。 力を貸さなくとも、浪はこの先何度も死地へ飛び込むだろう。ならば……


『ごめんね、乙部君。 まだ約束の時よりも早いけど……』


 エルの意味深なつぶやきが届くほどの余裕は浪にはなかった。

 そして、


『ふぅ……、礼央のやつめ……。 次会ったらオシオキだな』


 エルがそう続けた直後、浪はドクンと鼓動が大きく脈打つのを感じた。

 浪が再び電撃を手のひらに集めだすと、彼の体が青い光に包まれ、髪が白くなっていく。


「うおおおぉぉぉっ!!」


 叫びながら、電撃を放つ浪。それは、先ほどのものとは比べ物にならない規模だ。雷が落ちたような衝撃が周囲に走る。


「な……、なに、これ……」


 浪の覚醒に呆然としている雪菜。強烈な一撃を受けたアニマは、フラフラになりつつも距離を取った。


『まじですか……。 なるほど、君はファクターについてはミジンコレベルの才能だったみたいだけど、私の力を引き出す才能はあったんだねえ……』


「ミジンコは言いすぎだろ……。 なんだよ、力を借りるのに才能とかあんのか?」


『今まで私が憑いた人は、5%くらいかな? 引き出せたのは。 今のは30%位』


「これで30パーかよ……」


『電化製品の不調は、無意識に私の力を引き出してたからかな……? 微々たるものだろうけど、私の意志と無関係に力を引き出すとか、相当だな……』


 未だ警戒して寄ってこないアニマを横目に、頭の中で会話している二人。

 アニマは、緊張感のない浪を見て隙だらけと判断したのか、再び向かってくる。


「お、やるか虫野郎!! 今は誰にも負ける気しねーぞ!!」


 調子づく浪は、アニマを電撃で迎撃する。が、いとも簡単に避けられる。さらに接近するアニマにもう一度電撃を放つが、やはり当たらない。今日この時までろくに使えなかった力を自在に扱えるはずもないのは当然だった。

 そのまま接近を許し、先ほどまでと同様、必死で敵の攻撃を避ける様な状況に戻ってしまう。もはやファクターを使う余裕すらない。木刀で戦っていた時の方がマシだ。


「ちょ……、待てって!! 今までマトモにファクター使ってなかったから当たらねーぞ!! ……、あぶねッ!!」


 浪の顔に十秒ほど前までの余裕はカケラもない。今まで当てた二発は、単にアニマが油断していたから当たったに過ぎないのだ。

 てんでダメすぎる浪を見て、ぼーっとしていた雪菜がようやく我に返る。


「はっ……!? 何ぼーっとしてるんだあたし!! よくわかんないけど所詮脳筋の浪なんだから、ファクターで戦うなんて無理だっての!! これで……!!」


 雪菜が膝をついたまま手を前にかざすと、浪の手にある折れかけの木刀が青い光に包まれる。

 そして、生成された氷のビットが木刀を覆うように固まり、氷の剣を生み出す。


「これは……!! サンキュー雪菜!! これでまともに戦える……ッ!!」


 先程までは、まともに受けると武器が壊れてしまうため、あまり攻勢に出られなかった。しかし、まともな武器を得た事で、難なくアニマの鎌による攻撃を弾き、怯んだアニマに一太刀浴びせることすらできるようになった浪。しかし、外殻に守られたアニマには、決定的なダメージとはならない。

 距離をとり、尾針を飛ばして攻撃してくるアニマ。そして自身は浪の横に回り込むように飛びかかり、二方向から攻撃を仕掛ける。


「小賢しいぜ!! うおぉァ!!」


 気合の入った叫び声とともに、浪の全身から放射状に電撃が放たれる。アニマは寸前で急停止し直撃を免れるも、尾針は操作しきれずに、電撃によって破壊される。


「向かってくるのなら当てるのは簡単だぜ。 よし、なんとかなりそうだな……。 雪菜!! お前は安全なところに避難して……」


「うるさい……」


「……っ!? ……、へっ?」


 逃げるよう促す浪が雪菜に目線をやると、ギロリと鋭い目つきで拒否される。その顔にはなんだか影が落ちているように見え、満身創痍の怪我人のはずが、迫力というか威圧感に満ちていた。


「なんだか知らないけど、分かりやすく調子乗ってこの……。 大体まともにファクター使えないくせに剣一本で戦えるわけないでしょーが……」


「え……、と? 雪菜さん?」


 うつむいたままフラフラと立ち上がりながら、低い声でしゃべる雪菜に、ビクビクしている浪。しかし、雪菜の目元には、よく見ると涙が浮かんでいる。


「せっかく浪を守れるようになったのに……。 守られっぱなしが嫌で……、やっと強くなれたと思ったのに……。 うっ、えぐっ……、あたしは弱いまんまだ……」


「雪菜……、お前……」


 そうだ。自分が情けない、強くなりたいと願ったように、雪菜が同じことを思っていたとしても不思議ではない。

 雪菜が巻き添えでいじめを受けないよう、必死で強くなったことが逆に彼女を苦しめていたのか。

 浪は最近の、アニマが出現したときの雪菜の様子を思い出していた。


「なんか最近アニマと戦う時嬉しそうにしてたのも、強くなれたのが嬉しかったからってことか……。 俺や礼央を守れてるって実感できるから……」


 雪菜の方に目線をやる浪。うつむき、涙をこらえている。

 しかしそんな中、様子のおかしいふたりの動きを伺っていたアニマがついに動きを見せた。

 手負いの雪菜を先に仕留めようと考えたのか、腹部の水晶から雪菜の方へレーザーを打ち出す。動揺と痛みで反応の遅れた雪菜はきゃっ、と小さな声を上げ、とっさに両腕で顔を覆う事しかできなかった。

 そこへ間一髪、浪が間に入り雪菜を庇う。しかしとっさの行動だったためか電撃で防御することもできず、直撃を受けてしまった。慌てて雪菜が声をかける。


「……っ!? 浪!? 大丈夫!?」


 雪菜の声には答えず、浪は自分の思いを彼女へと話す。


「……、俺も同じだったんだ。 お前に守られっぱなしで、情けないと思ってた。 お前は俺が守らなきゃいけないのにとか思ってたんだ。 でも違うんだ……。 対等なのが友達ってもんだろ? だったら答えは一つだ」


「浪……。 対等な友達……、か。 そっか、そうだよね。 どっちがどっちを守るとかじゃないんだ」


 胸に手を当てて、優しく微笑む雪菜。浪は雪菜の前に立ち、剣を構える。受けたダメージは軽くないはずだ。しかし、ずっと取れなかった胸のモヤモヤが晴れた彼にとって、痛みなど些細なことだった。


「一緒に、戦うぞ!!」


「うん!!」


 ふたりの顔に、陰りはない。しばらく空気を読んで黙っていたエルが、二人に作戦を伝える。


『浪は電撃を当てられないし、剣じゃ有効打は出せない。 浪が時間を稼いで、雪菜がとどめを刺すほうがいいよ。』


 浪はいつも頭の中でエルの声を聞いているが、雪菜は突然頭に声が響く感覚に驚く。


「ひゃっ、何!? あたしにも聞こえたよ今の!?」


『この状態なら浪以外の人にも声を伝えられるみたい。 というか、来るよ二人共!!』


 エルの声にはっとした浪は、アニマの鎌を剣で受け止める。浪がアニマの攻撃を凌ぐことは難しくはないだろう。しかし……


「止めって言っても…… あいつ倒せるくらいの大技は一発が限界だよ? もし外したら……」


 体力の限界が近い雪菜はあまり自信がないようだが、浪が彼女の言葉を遮り、叫ぶ。


「頼むぞ!! 信じてるからな!!」


 一方的な信頼の言葉に一瞬固まった雪菜だが、困ったような微笑みで諦めたように息を吐くと、気合を入れて構える。先程と同じ適当なファイティングポーズだ。


「はぁ……、そんなこと言われたら……、やるしか、ないじゃん!!」


 気合を込めた剣戟で相手をひるませ、距離を取る浪。雪菜がトドメを刺すのに必要な時間を伝える。


「必要なビット数は大体二千、時間は二分……、いや、一分半で仕上げる!! 何が何でも凌いでよ!!」


「余裕ッ!!」


 声とともに弾き飛ばしたアニマに電撃で追撃する浪。しかし、またもよけられてしまう。むう、と顔をしかめながら聞えよがしに呟く。


「今のが当たりゃそれで終わりなのになぁ……。 っと、こーやって調子乗ると誰かみたいにやられるな……」


「うるさい黙れ気が散るからしゃべんな!! 今ので十秒伸びたからね!!」


 二人共、軽くはないダメージを受けている割には、冗談を言い合う余裕が有るようだ。実際、戦況的には余裕などないのだが。お互いに気持ちをぶつけ合い、分かり合い、一緒に戦える喜びで、危機感がなくなってしまったのだろう。

 しかし、やはりアニマと人間、打ち合いのさなか、浪の方はだんだん息が上がってきてしまったようだ。


「はっ、はぁっ……。 思ったよりきついな、一分半……」


「頑張って、あと少し……」


 脂汗をかきながらビットを増やしている雪菜。彼女の周囲にはおびただしい数の氷の刃が舞っている。準備完了まであとわずかだ。

 勝利を目前に、敵をしっかり見つめ集中している雪菜。しかし、背中からの出血と痛みで、一瞬めまいがしてよろけてしまう。


「……、っと、危ない……、あとちょっと……。 ッ!?」


「うわっ!? なんだこれ!? 剣が……!?」


 一瞬。そう、一瞬めまいがしただけだ。しかしそれが勝利確定だった状況を覆してしまう。浪の氷の剣が砕けて消えたのだ。ただの折れかけの木刀に戻ったそれは、アニマの一撃で簡単に吹き飛んでしまった。

 浪は慌てながらも、敵の攻撃をかわす。雪菜の攻撃準備はほぼ完了している。形を保つことはできなくとも、ビットが消えてしまうほどではなかったようだ。だが、彼女は攻撃できずにいた。


「だめだ……、これじゃ浪にも攻撃が当たっちゃうよ!!」


「わかってる……!! けど丸腰じゃ距離を取れねぇッ……」


 必死で攻撃を避け続ける浪だが、既に息も切れ切れで、いつ攻撃を受けてもおかしくない。雪菜はどうしていいかわからず、今にも泣きそうな顔だ。


「せっかく浪が時間を作ってくれたのに……、あたしってなんでこんなに役立たずなのっ!!」


 自分の不甲斐なさに涙をこらえられなくなりかける雪菜。しかしその直後、ある考えが頭をよぎり、はっとする。別に、最初に立てた作戦通りに戦う必要などないのだ。ならばやり様はある。


「いや、攻撃ができないならいっそ……。 でも今のあたしにできるの……?」 


 しかし、迷っていても仕方がない。他に方法もなければ、時間もない。雪菜は両手で頬をぱしんっ、と叩き気合を入れると、浪とアニマの方へ目線を向ける。

 そして再び、適当な構えを取る。適当なので毎回微妙に違う。


「やるだけやってダメだったら……。 その時は知らないっ!! ビット形成、シールドへ!!」


 雪菜が敵の方をキッと睨み叫ぶと、ビットが浪とアニマの間へと入り込みシールドとなる。とっさに浪もアニマも後ろへと身を引く。


 一瞬ひるむアニマだが、強引に体当たりで盾を突破しようとする。しかし、今度はヒビどころか、傷ひとつ入らない。


「これは……!! よし、このままシールドを剣に作り替えれば!!」


「悪いけど、もうビットに止めをさせるだけの威力を込める力は、あたしには残ってないよ……」


「じゃあどうすんだ!? 俺のファクターじゃ……」


 焦る浪に対し、雪菜は冷静というか、覚悟を決めた表情だ。残る体力すべてを振り絞り、最後のビット変形を行う。


「行くよ……。 ビット形成、完全包囲っ!!」


 雪菜が二本指を立てた右手を手前に突き出すと、盾となっていたビットはぶわっと敵を包み込むように球体へと変化する。

 氷のボールの中へ閉じ込められたアニマは、暴れまわって脱出しようとするが、雪菜が必死に魔力を送り続け、それをさせない。


「はあ、はあっ……。 これなら、いくらなんでも外さないでしょ? とどめは譲ってあげる」


「ははっ……、やっぱお前はすげーよ」


 驚きつつも、嬉しそうに笑う浪。限界まで電撃を溜め、狙いを定める。


「感謝するぜ虫野郎。 今日雪菜と一緒に戦えたおかげで、俺は一歩前進できた。 こりゃその礼だ、遠慮せず受け取りな!!」


 勝敗を決したまばゆい光と轟音は、公園の周囲500mほど先でも、はっきりと確認できるほどであった。




 ぶはあ〜、と盛大にため息をつく浪。雪菜も緊張の糸が切れたのか、ペタンと座り込んで安堵の表情を浮かべる。喋る体力も無い様子の二人。

 しばらく息を整えた後、お互い顔を見合わせて微笑み、ハイタッチをする。そして同時にお疲れ様、と声を掛けようとするが、予想外な声に阻まれる。


「二人共おっつかれー!! いやー、息ぴったりだったねえ!!」


 礼央だ。浪も雪菜も絶句している。なんでコイツここにいんの? と声に出さずとも表情が全て語っている。まさかと思いつつ口を開く浪。


「お前……、もしかしてずっと見てたのか……?」


「頼むぞ!! 信じてるからな!!」


 浪の声真似をする礼央を見る雪菜の目は冷たい。そして、電撃が礼央を襲う。


「ちょっ……、待ってやりすぎ!! ちょっとした冗談……」


「いや……、これ俺じゃないんだよ。 体が勝手に……」


 焦って弁明する礼央だが、浪は怒った様子もなく、むしろ哀れみの目を向けている。しかし、彼の後ろにはゴゴゴゴゴ、と擬音が見えそうなオーラが出ている。

 モヤのようだが、よく見ると人の形をしたそれは、自称上級アニマ。次会ったらオシオキを、宣言通り実行する予定らしい。


「君が何考えてたかはわかるけど……。 うまくいく確証もないのにこの子をけしかけて……。 いい加減ちょっとキツーイお仕置きが必要なようだねえ……?」


「結果オーライだしあんまり気にしないほうがいいと僕は思うよ? うん、それがいい。」


「問答無用!!」


「待って!! ごめんなさい!! 僕が悪うございました!! 雪菜、シールドシールド!!」


 巻き込まれるのはゴメンだと、咄嗟に目をそらす雪菜。晴れ渡る夕暮れ空に一筋、光が走る。

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