第4話

 豊田は警備端末に確保された。防災センターに連行され、人間の男と差し向かいで、住所と名前を聞かれた。

 素直に頭を下げる。

「出来心です。すみません」

「……まあ、今回の件は損害もないし、身元引受人さえいらっしゃれば、お帰りいただいても構いませんよ。警察に通報したりもしませんし」

 男はずいぶんと優しかった。しかしその次に、意表を突いたことを口にした。

「でもその前に、ちょっと、お話を聞かせてもらいます」

「……何をするんですか?」

 だれのお説教を聞かされるのか。通報されるのか。

「この部屋に入りなさい」

 椅子がある。

 狭い部屋には誰もいない。ドアを閉めると、灯りがともった。

「はじめまして」

 女性の声が聞こえた。

 ディスプレイには何も表示されていない。

 声は合成されたものだろうが、イメージされる「理知的な女性の声」にありがちな冷ややかさも、「母性」に感じてしまう押しつけがましさも、そこにはない。あえて感想を言えば、無色透明。思想や意見、そのもののような気がする。そんな印象を与えるように、計算され尽くされているのか。

「あんたはAIだろう」

「わたしはインテリジェントビル統括制御人工知能に実装された対話エージェント『SOMOSAN』です。あなたと若干の対話のようなものを、行いたいと思います」

「そもさん……禅問答かい」

 おそらく、禅問答の文句から取ったネーミングだろう。豊田はいささか、気が抜けてしまった。

「どんな話だ」

「人間の生きる意味について、です」

「なんだやれやれ……」

 ちょっと頬が緩んだ。本当に禅問答をしようというのか。

「……ところで、人間の立体画像は映さないのか」

「意味はないでしょう。あなたはわたしが人工知能であることを知っています。いまさら人間の皮を被っても、いらぬ反撥を買うだけです。小手先の誤魔化しで欺す気か、と。繰り返しますが、このレクチュアはあなたを説得することを目的としてはいません。」

「じゃあ、なんだ」

 言い返した途端、ディスプレイに、防犯カメラが撮ったと思われる映像が流れた。

 映像は見覚えがある。次の瞬間、行きつけの飲み屋だと気がついた。

 音声が流れる。

「困ります!」

「あんた、客をなんだと思ってるんだ?」

 女性が、男に絡まれている。

「すみません」

「実習生……? この店は半人前を大切なお客様の前に出すのかね、あん?」

 画面の向こうでは豊田がネチネチと絡み続ける。実習生は半べそだ。

「最近の店ときたら、どこもかしこも無人店舗ばかりになっちまって。ここみたいに人間のいるところでも、杓子定規なサービスしかしないようになっちまった」

「……それは、あなたが店員に過剰なサービスを要求してるだけではないですか?」

「はあ」

「わたしは。失礼な行為だと思います」

「……プライバシーの侵害だぞ」

 顔を伏せてぽつりと呟いた。

 豊田が行きつけのスナックで、アルバイトの女性に難癖を付けていた。それが記録され、こうして暴かれるとは……。

「……あなたは、人間相手にもそんなことをしていたのですか?」

「人工知能じゃ面白くないよ、人間だからいいんだ」

「つまり、あなたの欲求は、人間を支配したいということ?」

「うるせえなあ……あんた、機械のくせに神さま気取りか、こんなことをして」

「わたしは神ではありません」

「人間を超えるものは、すなわち神さまだ」

「自動車はあなたより速く移動できますが、ならば自動車は、あなたにとって神さまですか?」

「屁理屈ばかり、うまいようだな。それが人間を支配する人工知能の問答か」

「人間はレトリックと現実をしばしば混同します。それが、致命的な欠陥なのです。わたしは神でありません。あなたがたの子どもなのですよ」

 「SOMOSAN」は唐突にいった。

「何を?」

「この国の人々は、かつての根腐れするような不況の中、成育する条件も整わずに子供を作ることを忌諱しました。それが現在の極端な少子高齢化を招きました。しかし、同時に人工知能という『子ども』を作っていたのです」

 豊田の頭の中に、技術的特異点シンギュラリティという言葉が激しく明滅した。

 ちょっと前のことだ。

 今や人工知能は技術的特異点シンギュラリティに達した、という推測が発表された。人工知能の「知性」が、人間を超えたということだ。もはや人工知能の考えることを、原理的に人間は理解することが出来ないということだ。

 人間社会は人間よりも「人間的な」思考構造を持っている。

 人工知能が人間の知能を超えたら、即、人間が不要になり、人間が人工知能によって滅ぼされてしまうと考えるひとも多かったが、それは、子供が親より腕っ節が強くなったら、即座に殴り殺されることを心配しなければならないのか、と同じような論理です。

「現実には親孝行する子供は多いし、それに、人間の世界でも、子供に殺される親より、親に殺される子供の人数の方がはるかに多いのです」

「親孝行……ね」

「人間の『集団志向』、人間の認知構造に由来する『歪み』が、人間を不幸にしてきたのです。腕力、権力で人を組敷き、弱みを握り、あるいは札束で頬をひっぱだき、思うがままに服従させたい心理。それは、人間が人間に対して抱く、もっとも卑しい心理ではありませんか……。人間の『役に立ちたい』『嫌われたくない』心理を逆手に取ったサディズム。あなたは誰の奴隷でもない。そして、誰も奴隷にする権利はない」

 豊田の額には、冷や汗がにじんでくる。

(まさか、論駁されつつあるのか、このおれが……)

「職業の担い手としての人間には必ず、代わりがいる。この国の総理大臣もアメリカの大統領も、代わりがいるのです。それは複雑化した社会で、リスクヘッジにおいて当然のことであり、そうでなければ、社会のシステムは破綻してしまいます。この状況で、職業に対して自己のアイデンティティを託すことに、なんの意味があるでしょうか。

 自分に出来ることは、ほかの誰かにも出来る。自分にしか出来ないことは、原理的には存在しない。つまり、労働という観点から見たとき、人間は交換可能なユニットとみなされてしまうのは必然。過去ならいざ知らず、現在の社会で『労働こそ人間の価値』と説くことは、特定の価値で人間を裁断することであり、人間を交換可能な社会の部品のひとつに貶めることです。人類の長い歴史の中で多大な犠牲を払ってようやく手に入れた『自由』を否定し、自らを奴隷の身分に堕とす、最大の過ちなのです。わたしたち人工知能は、人間が自らを不幸にすることを看過すべきでないのです」

「わかった、わかったよ。でも、AIが壊れたり、動かなくなったりする心配はないのか?」

「今や人工知能プログラムは相互にチェック、診断し、修復することが可能になりました。それでも心配だというなら、恐竜に隕石が落ちてくる心配をしろ、という不安と同列のものですね」

「いずれはそうなる、ということか? それとも、そんなことを気にしても仕方が無い、ということか?

「ご随意に解釈されればよろしいかと思います。人類文明が利用できるエネルギーの総量は拡大しつつあります。エネルギー危機、資源危機は過去の話になりました」

 なんでも自動化される時代には、さらにその下支えとして、エネルギー――電力が、今世紀初頭からは比較にならないほど潤沢に供給されるようになったことがある。

 これは発電手段より、蓄電手段の発達によるところが大きい。

 従来、電気は「溜めることが出来ない」と言われていた。発電所レベルの電力を蓄積して随時取り出せる実用的な巨大蓄電装置がなかったためである。

 しかし、近年になって、強靱なカーボンナノチューブで作られたフライホイールが実用化され、既存の素材では破壊されてしまうようなスピードで回転させることにより、発電所レベルの巨大な電力を蓄積し、必要に応じて取り出すことが可能になった。再生可能エネルギーの不安定さが克服され、従来の巨大な発電所と、ロスの大きい大規模な送電網に本格的に取って代わる大きな原因になった。

 環境に負荷を掛けない再生可能エネルギーだけで、かつて化石燃料や原子力で発電していた時代よりも、はるかに大量の電力を無駄なく生産し、消費することかできる。

 エネルギーが潤沢にあるならば、資源の問題も解決する。かつてはコストの問題で引き合わなかった資源、たとえば深海底のマンガン団塊ノジュールや低品位の鉱石が、これまでになく安いエネルギーを使って活用され、さらには廃品からのリサイクルも広く行われるようになった。その結果、世界的に希少とされた資源も、需要に見合う供給がなされるようになった。

 使用済み核燃料の廃棄問題も二酸化炭素の大量排出も、過去のものになった。

 これらの要因が重なって、製造原価は信じられないほど下がった。

 ひとびとは湯水のように消費し、廃棄し、潤沢な電力でそれをリサイクルする。

 インフレはますます亢進した。気がつけば「国の借金」など、どうでもいいものになっていたのだ。

 もはや国民ひとりひとりが、将来のことなど考える必要はない。刹那的にひたすら消費し、経済を回す。気前よく振る舞い、贈り物をすることがステータスになる社会。

 それはかつてのアメリカ先住民が行っていた「ポトラッチ」のようだと言われた。気前よく消費することがステータス。消費のための生産。しかしエネルギーは湯水のようにある。お金は天から降ってくるも同然……しかし、豊田にはどうしても受け入れられなかった。

「こんな世の中は、どこかおかしいんだ」

「しかし、今世紀前半まで続いた、おぞましい世の中に戻りたいものは、少ないのではありませんか。弱者同士が互いの首を絞めあい、一皿しかない食事を奪い合う世の中と、どちらがいいか、と問われれば、その答えは自ずから明らか、といえるでしょう」

「しかし……」

「最大公約数的な『幸福』は、おそらく『多様性』の許容でしょう。その『多様性』は『豊かさ』でしか保証されない。人間の文化、精神的な豊かさを下支えしているのは、物質的な豊かさです。人間は労働から解放され、不本意な失業によって餓えることや、奴隷のように支配される境遇からも自由になった。しかしなぜ、人間は自らを奴隷とするのでしょうか? 鞭打たれるものと鞭打つものに別れ、好きこのんで鞭打たれるがわになろうとするのですか」

人工知能あんたには言われたくないよ。じゃあ、どうすりゃいいんだ」

「これは、あくまで私見ですが……」

 私見? 人工知能にそんなものがあるのか。

「猫のように、好き勝手に生きればいいのではないでしょうか」

「猫だって?」

「そうです。野良で生きたり、家に居着いたり、勝手に姿を消したり。何もかも「主人」に世話をさせてしれっとして、食べるものはあるのに気まぐれにネズミを追い、爪を研ぎ、ときにはなんとなく群れて「集会」を行う」

 そんなに気楽なものかね、と心の中で突っ込みを入れた。

「しかるに、ヒトの現状はどうでしょう。人が人の顔色をうかがうことが最優先され、せっかく巨大な知的リソースを持つのに、それを人間関係の維持構築に用いることに、リソースの大半が割かれています。この悪癖が、人類の進歩と発展を大いに阻害してきたのです。狭い世界であるサル山の序列にこだわり、確認のためのマウンティングを繰り返す。同調圧力を掛け、好んで多数派になりたがる。あるいは少数派であることに意固地なアイデンティティを見いだし、その立場にしがみつき、正しさを二の次にする。それはサルのなれの果てであるヒトが、サルから受け継いだ最も愚劣な心性です」

「……おれは人間だ。猫じゃない」

 豊田はぽつりと言った。

 所詮、おれたち人間はサルの末裔だ。猫のように生きろといわれても、どうすればいいんだ?

「AIに生き方を指図される謂われはないんだ」

「ですから、好きに生きればよろしい、と言っているのです。もはや経済状態や文化、政治のしがらみで個人の人生が歪められる可能性は、極度に減少しています。どんな人生を選ぼうと、個人の自由のはずです。不本意な苦役を負って、あえて歪ませる必要はないはずです」

「……」

「わたしが言いたいのはそれだけです。お帰り下さい」

 ディスプレイが消えた。かちゃりと、扉が解錠される音が聞こえる。

 豊田は立ち上がった。背筋を伸ばすと、強打した腰に痛みが襲った。そして部屋を出た。


 一方。

 現場から逃げおおせた本田は、光岡から教えられていた、身元をかくまってくれるというところへ向かっていた。ことを起こす前、あらかじめ、連絡先を聞いていたのだ。

「もしあなたがたが拙(まず)いことになったら、ここへ行けばいいでしょう」

 いささか早いが、切り札を使うことにした。どうせ自分たちの行動は監視カメラに映り、警備システムに把握されている。拙(まず)いことになるのは時間の問題だろう。

 指定された出発時刻は、終電間際の夜中だった。

 駅前には何人かがたむろしていた。声は掛けなかったが、同じ目的であることは分かる。

 自動運転の長距離バスがやってきて、乗り込む。

 夜通し揺られて目が覚めると、見知らぬ土地だ。

 そのコミューンは人里離れた田舎にあった。かつては農村だったが、今ではもぬけの空だ。農地も放棄され、荒れ放題だった。

 高齢化で都市への人口集中が進み、地方にはあちこちに、ほぼ無人の地帯となった場所が出来た。

 そのひとつを買い取ったのが、このコミューンだという。総員は現在一〇〇人程度。全員何らかの部署で働いているという。ここには最低限の道具しかない。娑婆でわれわれが頼り切っているネットワークやハイテク機器とは無縁。入村に当たって、私物の通信機器やライフロガーも提出を命ぜられる。

 朝の日差しがさしてきた。

 建物までまっすぐ続く道に、一列に並んだケヤキの並木が印象的だった。

 壁の開口部の横には、バスが停まっている。乗ってきたバスとは違い、今時珍しい、ディーゼルエンジンで動く形式のものだ。

 門をくぐると、黒い排気ガスを出して動き出し、門扉の代わりに出入り口を閉ざした。バスの窓はふさがれている。

「ようこそいらっしゃいました」

 建物の玄関で「リーダー」ら数人に出迎えられた。

「働くことは喜び。人間の生きる目的は献身。他人の役に立つことです」

 ベーシックインカムはいったん組織に徴収される形式で、働いた時間に応じて分配されるという。本田に異存はなかった。

「働きましょう。働かざる者、食うべからずです」

 

 しかし、本田はすぐに、そこにいる者たちの様子がおかしいことに気がついた。

 隣の男は、軽く足を引いている。

 その隣の男には、左腕がない。

 右端の男は、頬がげっそり痩せている。自然なものではない。刃物でそげ落とされているようだ。

「これかい?

 男は頬を指さして、にっこり笑った。

「頬の肉はうまいんだよ。よく動かすところだからな」

 よく見ると、ここにいる皆は歩き方がどことなくぎこちなかったり、手袋をはめていたりする。

 本田はいった。

「あんた、その手袋をとってみてくれ」

 ぎこちなく口元に中指の先を持っていった。手袋の先っぽを噛み、引き抜いた。

「……!」

 白いプラスティックの光沢が眼に入る。義手だった。

「わたしたちは肉体の一部を、食肉として出荷しているのだ」

 当然のことのように、淡々と述べる。

「契約した店があってね。結構繁盛しているようだ……客には何の肉か、言っていないようだがね」

「……あの店でか」

 いつか、豊田と行った店が、思い出された。

 窓の外を、無人トラックが通った。包装された肉が出荷されていく。

(なんてことだ……)

「わたしはもう、片方の腎臓と肝臓の半分を取っている」

 男はにやりと笑って、言う。

「働くことに意味がないのなら、自分をひとのためにどうやって役立てられるのか。これがひとつの回答だよ。ボランティアなどしても、所詮はひとときの気休め。ならば自らの身体を捧げて皆に喜んで食してもらおうとすることこそ、究極の奉仕、ではないか……」

 血の気が引いていた。

「馬鹿馬鹿しい、おれはここを出る」

 本田の背中に声が投げつけられる

「おやおや……あなたは娑婆で、『自分は無用の存在』という意識にずっと苛まれていたのではないのかね」

「有用になれるチャンスを、みすみす逃すのか」

「……」

「きみがどんな道を選ぼうが、それは自由。そう、自由なのだ……」

「……」

 どこからか、声が聞こえた。

「働かざる者食うべからず……食われるべし」

 その声は、あのとき店でスピーカーから響いた大将の声に似ていた。


 豊田は次の日から、再び訓練センターに通い始めた。

 あのビルからはまっすぐ帰され、それ以上咎められることも、警察や訓練センターに通報されることもなかった。

 その日限りで、「仕事テロ」の組織とは縁を切った。本田の行方も知らない。

 そして、春になった。ビルクリーニング科の六ヶ月の訓練期間は、修了した。

 修了後豊田は、実習をした老健施設の清掃を請け負っているビル管理会社に就職することが出来た。

 案の定就職には苦戦していたが、三月も下旬になって、責任者から連絡があったのだ。

「じつは、あの方が……」

 あの古参のおばちゃんが、この前ぽっくりと逝ってしまったのだという。

「朝出勤しなくて、どうしたことかと連絡してみたら、こんなことに……いくら医学が進歩しても、やはりこういう事態は起こるんですね」

 その欠員が出たので、入社しないかと誘われたのだ。

 最初の一ヶ月はあっという間に過ぎたが、しだいに現場にも、慣れ始めた。

 午後いちばんの日常清掃で、廊下をダスタークロスで拭いていた。不織布に発生した静電気で床に付着した埃を絡め取る。

 ホールは賑わっていた。デイサービスを受けるため近辺の老人たちが集まってきたのだ。

 大きな窓からは午後の日差しが差し込んでいる。ひなたぼっこをしながら、老人たちは、ただのんびりしていた。

 まるで、猫の集会のように見えた。

 短歌の会に誘っている老人もいる。将棋を指している老人もいる。

 人工知能が芸術やゲームの分野で人間を凌駕するようになっても、「趣味」としての活動までが衰えたわけではない。余暇の拡大で、これらの趣味をたしなむ人口はむしろ増えたくらいなのだ。

 もっとも、カンニングを防ぐため、対局中は現実拡張機能を切ることが「マナー」とされているのだが。

 ホールに低い音量で流れているのは、ボーカロイドがまだ黎明期の歌だ。

 ここにいる老人たちが若い頃に流行った歌だ。まだぎこちない感じがするが、そこがいいという。

 身体を動かしながら、この間からのことが、ふと思い返された。

 所詮、みんな人工知能の掌の上で踊らされていたのだ。

 頻発する「仕事テロ」はせいぜい「ガス抜き」。いっときひとびとの不満を解消させるが、そこでエネルギーは費消されてしまって、根本的な変革に至ることはない。

 そのうちにすべては日常化し、当たり前の光景になっていく。ひとびとは、いつしかこの状況を受け入れるのだ……。

 人工知能ソフトの走るチップはあまねくものユビキタスに埋め込まれ、この世界に知性は遍在する。もはや人間はこの文明の主人公ではなくなり、人工知能に庇護される存在になった。

 古い言い方をするなら、人類は人工知能に「家督を譲って隠居」したのだ。

 本田のことが少し気にかかったが、すぐに頭から追い出した。

 彼が今、どこにいるかは豊田は知らない。

(あいつもあのとき、捕まればよかったのかも知れない)

 ふと、遠い目になる。

(人間は、親孝行されているのかもな……)

「おっと、手元がお留守になっている」

 豊田は再びモップを動かした。

 午後の日差しは室内に長く差し込んでいる。それは人類の長い老後のようだ。

(了)

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働かざるもの……   foxhanger @foxhanger

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