キーちゃんとマルくん

 ミネコさんと初めて出会ったのは、月を見上げていた高台のある公園ではなく。


 中学三年生になり、変化した教室で出会ったわけでもなく。


 中学校に入学した時、すごい勢いで追い抜かれた時でもなく。


 バスの事故があり、入院していた時、リハビリの一環で、病院内にある中庭を散歩している時だった。


 ミネコさんは、まだ視力が回復していなかったため、両目を閉じて、車椅子に乗っていた。


 外の空気を味あわせてあげようという、看護師さんの計らいにより、中庭を散歩していたのだそうだ。


 僕もミネコさんも同い年だということで、看護師さんがいらない気を回して、僕を中庭のベンチに座らせ、「キーちゃんをお願いね、マルくん」と言って、どこかに行ってしまった。


 余計なお世話すぎる。


 とはいえ、この気遣いがなければ、目が見えない同学年の女の子に、自分から話しかけることはなかっただろうと思う。


 この当時、僕はミネコさんとは初対面だったし、中学三年生になり同じクラスになるまで、この少女がキリツミネコさんだったと気付かなかった。


 再会らしい再会を果たした時のミネコさんは、身長を除いて、当時の様子とすっかり変わってしまっていたから、無理もないのかもしれない。


 当時のミネコさんは、髪を真っ直ぐ腰に届くくらいまで伸ばしていたし、事故のショックもあってか、言葉少なだった。


 僕もまだショックからは完全に抜け出せていなかったし、初対面の女の子と話をする技術は持ち合わせていなかった。


 どうしようかな、と悩んだ挙句、僕は今の境遇を話した。


 両親がバスの事故で亡くなったこと。それ以来足が動かなくて、リハビリをしている最中だということ。両親がいなくなって、悲しくて眠れないことがあること。


 そして、月がいつも見守ってくれていること。


 ミネコさんは、僕の話に頷く仕草も見せなかったので、聞いているのかどうかも定かではなくて、一人相撲になってるんじゃないかと、不安になった。


 ただ、月に関する思いを言った時には、反応を示してくれた。


 あたしは、月が嫌いだと。


 それから、ポツポツとミネコさん自身のことを話してくれて、看護師さんが迎えに来たところで、簡単に別れの挨拶をしてそれぞれの病室に戻った。


 それから程なくして僕の退院が決まり、ミネコさんに会うことはなかった。


 あれからもう六年もの月日が流れたのだと思うと、時の流れの速さを身をもって感じた。


 次に再会したと言えるのは、三年生になった教室でのことだけど、ミネコさんはあの時視覚を奪われていたので、僕の姿を見ても、特になんとも思わなかったみたいだ。


 本当の意味で再会したと言えるのは、月を眺めていたある晩の時。


 一言も発せずに、月を見上げて祈りを捧げていた時、ミネコさんは唐突に話しかけてきた。


「トマルくん、だったよね。あなたも月が嫌いなの?」


 常人であれば、意味のわからないような問いかけだった。


 なんでミネコさんがここにいるのか、なぜ月が嫌いだと思うのか、僕はどう答えるべきなのか。ほら、病院にいた時に話したことあったよね。マルくんでーす。いやこれはない。


 などと、混乱が強く全面に出てしまって、思わず頷いてしまった。


 ミネコさんは、同好の士をやっと見つけたと言わんばかりに、真ん丸お月様のような笑顔を見せ、あたしもなんだ、と言い放った。


 そして僕は、月を忌み嫌う同士として認識され、本当のことは言えなくなってしまった。


 思い返せば、少し記憶から抜け落ちるくらいに前の出来事もあるし、ついこの間の出来事もあった。


 全部が全部、懐かしい。


 ふと、ミネコさんが見た夢というものを、僕自身も見たことがあったことを思い出した。


 ミネコさんが語ったみたいにハッキリとしていなくて、内容も輪郭も捉えられないくらいに幻めいた夢の記憶。


 僕は夢の中で、一体何を言われたんだっけ。


 今のタイミングでは思い出せないし、一生かかっても答えは見つからないのかもしれない。


 けれども、やりたいことがあった。


 僕は、ミネコさんの力になりたい。


 それだけは、間違いなかった。


 スーパームーンは、明日に迫っていた。

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