黒い月の夢
祖父母の家に家族で出かけて行った帰り道、僕たち家族が乗っていた悲劇のバスには、ミネコさん一家も乗っていたのだと言う。
偶然の悲劇に巻き込まれたのは僕たちだけじゃなくて、名前も顔も知らない、どこかで一生懸命生きていた人たちも、犠牲となった。
それで、ミネコさんの家族もバスの事故で亡くなった。
必死に両親の名前を呼んで、この世にとどまらせようとしたのだけれど、救急車が駆けつけた頃には、もう手遅れだったらしい。
どれだけ願いを叫んでも。
どれだけ祈り焦がれても。
夜空を彩るただ一つの月は、ミネコさんの想いを汲んではくれなかった。
月には顔なんて、ましてや意思なんてないのかもしれないけど、絶望の淵に立たされたミネコさんにとっては、この世の全ての不幸を集約した、生涯の敵であるように、思えた。
どんどん冷たくなっていくミネコさんの両親を見て。
だんだん孤独へと突き落とされていくミネコさんを見て。
月はその姿を、嘲笑っているかのように感じた、らしい。
あの日の忌々しくも悲しい出来事を、僕は月に護られたのだと解釈したのだけれど。
ミネコさんは月に見放された。そんな風に感じていたのだった。
僕と同じように病院に運ばれた時には、心も体も空虚で、痛みすら感じていなかったとミネコさんは言う。
それも無理のない話で、当たり前のように一緒にいて、これからも日々を積み重ねていくんだと信じてやまなかった存在を、一瞬にして失ったのだ。
突然の別れも、やりきれない感情も、受け入れていくには、その小さな体も、未完成な心の器も、まだまだ幼すぎた。
事故のショックで失ったのは両親だけでなく、入院直後のミネコさんは、原因不明の失明状態だった。
視神経や脳の異常は見られなかったとのことで、僕のケース同様に、原因不明とされた。
ここでも、心的外傷や心理的要因が引き起こしているという説を唱えられたが、原因も大事だけど、一番の課題はどうすれば視力が回復するのか、ということだった。
けれども、入院から最初の一週間、症状はなんの改善も見られず仕舞いだった。
そんな、生きているのか死んでいるのかわからない離人感に苛まれながら、ある日ミネコさんは夢を見たそうだ。
男なのか女なのかは判然としない人型の何かは、ミネコさんに向けてこう言った。
「突然の不幸に遭ってしまい、可哀想だ。そんな君に、一生に一度だけ使える魔法を与えよう。怪しいって、そんなものを使えるわけはないって。そう言いたげだね」
顔の部分は影になっているようで、輪郭も朧げな怪しい容貌だったらしい。
ただ、夢の中とはいえ、久しぶりに瞳で捉えた景色に、さぞかし驚いたらしい。
「言いたいことはよくわかるよ。うん、信じる信じないかは君の勝手だから、ただ単にお約束だけ教えておいてあげるよ。この魔法が使えるのは、君が本当に使いたいと思った時ならば、いつでも使える。どんな魔法かというと、世界を化かすことが出来る。意味がわからない? まあ使ってみればわかることだよ。改めて言うけど、使うか使わないかは君の自由だけど、重要なことが一つ。この魔法は、子供の時にしか使えないから、要注意ね」
そう言った謎の人物は、ケタケタと笑っていた。顔も見えないのに笑っていたとわかるのは、口を開けたと思われる部分だけ色が変わり、人間のような口内が映し出されたからだ。
「子供の時にっていうのはいつまでかって? さあ、それはわからないね。年齢が一定数を超えた時かもしれないし、学校を卒業する時かもしれないし、はたまた特定の行為を行なった後かもしれないし、子供の時っていうのは、その人その人の価値基準で変わってくるからね」
当時小学生のミネコさんにはピンとこなかったらしく、ただ煙に巻かれるようなやり取りに、ひたすら戸惑うしか術がなかった。
「お父さんとお母さんを、生き返らせることは出来るの?」
ミネコさんはやっとのことで質問を出来たけど、その人物は無情にも、首を横に振った。
「それは出来ないね。一度起きたことを覆すことは出来ない。君に出来るのは、あくまで騙すだけだ」
ミネコさんは、その言葉には落胆した。
仕方なく、次に気になっていたことを訊くことにした。
「目は見えるようになる?」
「ああ、それならば大丈夫さ。徐々に良くなっていくはずさ。しかし、完全に元どおりというわけにはいかないよね。君は魔法にかかっているんだから」
煙のように薄い膜状に姿を消した。
頭上には、真っ黒な月が浮かんでいたのだという。
そこでミネコさんは目が覚めた。
謎の人物が言った通り、日に日に視力は回復していって、入院して一ヶ月ほど経った頃には、日常生活が行えるくらいには回復していった。
けれど、両目とも2.0を誇っていた視力はは0.1以下となり、視力矯正の道具に頼らざるを得なくなったけれど。
そして今も、コンタクトをつけているらしい。
語り終えたミネコさんは、少し涙ぐんでいた。
過去の悲しい出来事が、感情となって襲ってきているようだった。
「明後日、あたしは月を墜とす。それですべて、おしまいにする」
決意を秘めた瞳は、情熱に燃えていた。
何があろうと決行しようとする意志を、僕は止めることは出来ない。
それなら僕は、一体何が出来るのだろう。
「ユウトも、来てくれるよね?」
頷く以外に、どんな選択肢があっただろう。
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