ミネコさんの調べ物

 翌日、一人きりだった当番は二人に増えた。相沢は掃除をサボる言い訳が思いつかなかったらしく、渋々と参加してくれた。


 横井は今日も嬉々として帰って行った。


 僕の力ではどうしようもないので、召喚魔法、担任の先生を明日使おうと心に決めた。


 ミネコさんは、やっぱりいなくなっていた。


 良かった。今日はシエラさんに余計な手間を掛けさせないで済んで、僕は安堵した。


 早々に掃除を終わらせて、図書室に向かった。


 今日も掃除をサボったことはよろしくないけれど、小言は昨日言ったし、今日のところはミネコさんに従ってみようと思った。


 まあ僕とミネコさん関わりの中で、図書室に行く場面は初めてなので、どういうことなのか理由を知りたいという思いが一番だった。


 校舎の左端、すぐ上の階には音楽室を構える、あまり静かとは言い切れない図書室に足を踏み入れる。


 シエラさんとは図書委員会で一緒だったので、図書室という場所自体には、そこそこ馴染みがあった。


 けれど、一度としてミネコさんを見かけたことはなかった。


 だからこそ、今までと違う、何かおかしな予感すらしてくるのだ。


 放課後の五時には閉まってしまうため、人通りは少なく、ミネコさんを見つけることは簡単だった。


 科学のコーナーから天体のコーナーへと、滑るように移動していた。


 図書室でフィギュアスケートでもするみたいに、しなやかに移動する様を、初めて見た。


「ユウト、こっちこっち」


 僕に気づき、ミネコさんはこちらを眺めながら、手招きしていた。


 一応図書室にいるという意識はあるらしく、声のトーンは抑えられていた。


 囁くように話す姿や声に、少しばかり見惚れてしまうところだった。


「何の本を読んでるの?」


 ミネコさんの、隣の席に腰をかける。うるさくしないように、声を抑え気味に尋ねた。


「ロケットに関するやつかな。見ればわかるよ」


 広げられた本を覗き込むと、もうもうとした煙を吹き上げ、激しい閃光に、聞こえるはずのない機械音すら鳴り響きそうなほどに臨場感の溢れる写真が、掲載されていた。


 スペースシャトル、ロケット。正式な名称は知らないけれど、そういった類のもの。


 天に近づくにつれて、体はどんどん細くなって行き、空を切り裂いていけるような力強さを感じた。


 それは、地球から、どこか遠くへ行くもの。


「こうしてじっくり見るのは初めてのことかもしれないな」


「けっこう格好いいでしょ。重力を振り切って、宇宙空間も進み出せるなんて、ものすごいパワーだよ」


 弾んだ声で語るミネコさんは、花火のようにエネルギーに溢れてて眩しい。


 好きなものを語る姿はこんなにも魅力的だ。


 けれど、嫌いなものを話す時の影がある表情には、なんだか悲しい気持ちにはなるのだけれど、ミネコさんを独り占めできているようで、全くなくなってしまうのも、寂しい気がする。


 身勝手なことを考えていると、今度は別の本を広げていた。


 天体に関する図鑑のようで、重みを情報量がとても大きく、ペラペラとページをめくるのにも、苦労している様子だった。


 開かれたページは、ミネコさんが忌み嫌う、月に関するものだった。


 その現象は、朝食を食べながら聞き流すニュースで、寝室で祈りながら眠ろうとしている際に流れる、夜のニュースでも、頻繁に取り沙汰されていたので、名前だけは知っていた。


「スーパームーン」


 簡単に言えば、地球と月がお互いに最も接近し、地球から観測した月の円盤最大に見える現象だ、そうだ。


 天文学的には、スーパームーンという用語を用いているわけじゃないとのことだが、学術的な話よりも、月と地球が最接近する現象ということに、興味が湧いた。


 お彼岸になると死者の魂が帰ってくるように。


 スーパームーンの日には、何かが起きるような、そんな気すらしてくるのだ。


 ふと、疑問に思った。


 ミネコさんは、スーパームーンとロケットについて調べているようだけど、一体何のつもりなんだろうか。


 まさか宇宙飛行士を目指して、自ら月に喧嘩を売りに行くとでも言いだすわけはない、と思いたい。


 それに、スーパームーンが起こると言われているのは、数日後のことだ。


 現状を考えると、次のスーパームーン時に何かが起きる。


 そんな予感がして、ならない。


「ねえユウト。あなたの好きな色って、何?」


 ますます、よくわからない質問が飛んできた。


 しばし悩む。好きな色を答えるのに、何も悩む必要はないのかもしれないけど。


 よくわからないタイミングで繰り出される、よくわからない質問は、後々になって重要なことだと気づくものなんだ。


「茶褐色、かな。ちょっと赤みがかかった」


 ミネコさんは、軽く目を丸くいして、口端を釣り上げて笑った。怪しげな表情だ。


「ふうん。なんだか渋いね。赤とか黄色とか、わかりやすい色じゃないんだ」


「まあ、好きなんだからいいだろ」


 なんで好きなのか、その理由を口に出さないで済むように、気を配ろうと思う。


 少し色の抜けたミネコさんの髪が、色素が薄く茶色がかった瞳が、僕のイメージするそのような色になっていることは、本人にはバレないようにしないと。

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