エピローグ

『おっまたせー! どう、待った?』

「いや、待ったとか待ってないとか云々より、なんで兄さんと呑みに行かなきゃいけないのかが謎なんだけど?」

『良いじゃん、生き別れた兄弟同士の感動の再開だぞ! 呑み行かなきゃありえないでしょ!』

「ノリが軽すぎる」


『ハクトハクト!! 夜景すげぇ! 百万ドル! 百万ドル!!』

「TPOを弁えなさい。そういう所が嫌いなんだよ……。声のトーン落とせ!」

『俺、注文していい? カシューナッツと、レッド・アイ……』

「のビール抜きをお願いします……。あぁ、私は白ワインで……!」

『はぁ!? なんで俺のだけトマトジュース!?』

「いくら今の年齢が成人済だとしても、外見も精神も小学生の非実在青少年にアルコール勧めるわけにはいかないんだよ、わかる?」

『知らねぇよ! 俺は今24なの! 自覚もティーンエイジャーの思い出もないけど!』

「あっ……。やっぱり、その姿だと外見は死ぬ直前の再現になるんだね……」

『あぁ。多分、俺はずっとこの姿のままっぽい。髪型変えたり染めたりとかはできるかもしれないけど、このまま成長できないってのは辛いな……。まぁ、一度死んで生き返っただけで儲けもんだけど!』

「はぁ……。あの、あまりその姿でウロウロしないで頂けます!? なるべくなら、その状態の兄さんの顔は見たくないんだよ!!」

『え〜、この姿なら素質持ちじゃなくても存在を感知されて、結構便利なのに……。タクシーって、ああやって止めるんだな!』

「ずっと嫌ってた顔が常に視界に入る痛みを知って! お願いだから!!」

『えっ、昔からそんな嫌ってた!? お兄ちゃん、ちょっとショックだよ? 昔はもっと甘えてきてたじゃん……』

「露骨な兄貴ヅラをするな。あんな嘘を吐かれて、嫌いにならない筈がないだろ……!!」

『嘘……?』

「覚えてないのか!? あなたは幼い僕に嘘を吐いた!! 不安で泣いている僕に、『大丈夫、必ず帰ってくる』と!! その後、あなたは僕の前から消えてなくなった!! これは……これは裏切りだよ!!」

『あー、それで嫌いになっちゃった? ふーん……お前も結構可愛いとこあんじゃん』

「なっ……!」

『それなら、ほら、帰ってきたじゃん。これでいいだろ?』

「でも、今のあなたは僕の知っている夕澄ライではなく、ミューズというディークノアで……」

『俺は、結果的に嘘は吐いてない。だろ?』

「でも! まだ真実を知っていない!! 兄さんを殺したのは誰かという真実を!」

『はいはいどうどう……えっ、俺を殺したのってあのぺド野郎じゃないの!?』

「兄さん、確か最期の時……“笛吹き男”の、神宮メイジの目の前に立ってたんだよね?」

『あー、そんな名前だったっけ。確かに、戻ってきた記憶のビジョンでは、奴は目の前に立ってた……』

「なるほど、それは8年前に神宮を追い詰めた時に聞いたんだ。ただ、兄さんの致命傷は背中にあるって聞いてるよ……」

『えっ、俺って背中から撃たれたの!? 覚えてない覚えてない! 俺の中では、あの負け犬を捕縛する時に正面から最後っ屁で撃たれた記憶しかない!』

「やっぱり。何らかの記憶改竄ハッキングを受けてることは間違いないか……」

『ハッキング……?』

「今まで戦った奴らで、そんな能力を持った人に心当たりはない?」

『いや……。志柄木さんも言ってただろうけど、俺たちのチームにもそんな能力使う奴なんて一人も……一人も?』

「いたの!?」

『ハクト……ハクト!! お前の能力で、ある男について調べてほしいんだ……!! あの事件で負傷したメンバーはもう一人いた!!』

「待って、そんなの志柄木さんも言ってなかったし、公式資料にも書いてない! えっ、その人の名前は……!?」

『思い出せないんだよ……! メンバーは少数精鋭だったから俺も全員覚えてる! ただ、あの時に怪我していた奴だけがフィルターかかってる! 思い出せない!』

「そうか、燻製のニシンだ……! 神宮に共犯者がいた事は調べがついてる! 兄さんを殺すことでその証拠を消そうとし、偶然復活してしまった兄さんの記憶を弄った……?」

『あぁ……ッ! 悔しいなこれッ! 俺を殺した奴は、未だに生きてるんだもんな!?』


「……ねぇ、兄さん。三日前の決戦に関してはどう考えてる?」

『あっ、えっ!? その話する感じ!?』

「まだ納得いってないんだよ、あの結末には。だから、この三日間でハルさんの真意を考え続けた。聞いてくれない?」

『お、おう……』

「ラウンを閉じ込めた程度で、今回の問題は解決するわけがない……。兄さんも、僕らも、ラウンが暗躍する前からディークノア関連の事件にはたくさん遭遇してるはずだ。確かに、ラウンの存在によって被害が広まった側面はあっても、それだけではハルさんの願いは叶ったことにはならない。つまり、ハルさんはミューズとの契約を結果的に回避したってことじゃないの……?」

『あぁ、そうだな……。そうだよな……』

「えっ、どうしたの? 顔色悪いよ……?」

『昨日、な。俺の前からハルが消えたんよ……! 全く音沙汰がないし、そもそも家に帰ってこない。意味わかんねぇ……』

「あぁ、なるほどね……」

『俺、何かやったか? あの子の気に障ること……』

「嫌われたんじゃない? 兄さんの性格じゃあ、愛想つかされても文句は言えないよ……!」

『あー……。ハクト、お前何か知ってるだろ?』

「なっ……!?」

『お前は嘘が下手すぎなんだよ。また右眉上がってるぞ』

「えっ、あー……。わかったよ、言うよ。三日前に聞いた話を……」


「ハルさんは僕にこう言った。『この戦いの間だけミューズとして接していいですか?』ってね。相棒といると幸せなんだって。でも幸せを感じるとディークは消滅してしまう。だから身を引くって。コンビは解散するって言ってたよ……」

『ハルが、俺のために……』

「彼女にとっては、好機だったんだろうね……。結果的に居候と契約の両方を厄介払いできたんだから」

『はぁ……ハル……。俺は今後どうすりゃ良いんだよ!!』

「組合に入りなよ。生活には困らないでしょ……」


「ハクト、俺からも聞いていいか?」

「ん、何?」

「須藤刑事の目的は、一体なんだったと思う?」

「それを8年前の元相棒に聞く感じかぁ……。実は、僕が初めてハルさんと会ったあと、フミアキに『ラウン=ボルゾーについて調査しろ』って依頼されたんだよね。その時から彼女はマークされてたっぽい」

「ふーん。いやさ、あの人なんか怪しくね……? 特犯課も新設部署っぽいし。そもそも、世間に認知されてない上に法にも認められていないディークノア犯罪を捜査する部署があるのも、今考えたら何かおかしいんだよな。まさか、なんか狙いがあって今回の事件を解決したとか……」

「どうだろうね。ただ、僕が言えることは、フミアキはハルさんにラウンを殺させたくなかったみたいなんだよ。それに、砂海さんは『あの時、俺が撃ち続けてた右足も防護服を着たやつに回収された』なんて言ってたよ」

『防護服? あのヒトデの時の奴か!? その時は部下って名乗ってたよな……』

「フミアキの部署、たしか部下は居なかったはずだよね」

『おい、マジかよ……!! そう言えば、初めて会った時、『ディークノアの気配がするから会いに来た』って言ったんだよ。いくら元ディークノアとは言え、普通の人間はそんなの気づくわけないのに』

「今回の事件、すべてがトントン拍子に進みすぎなんだよね。なんと言うか、フミアキの根回しが行き届きすぎてる」

『待てよ……有り得ないかもしれないけど、須藤刑事が俺らに接触して引き合わせたのって……』

「監視のため、かな……?」


『ふー、呑んだ!』

「トマトジュースだけどね」

『なぁハクト、俺もひとつ願い事できたわ……! “ハルともう一度組む”!』

「僕はディークじゃないけど、何に誓うの?」

『そうだなぁ……。あのふたつ目の月に! このロクでもない街に! 誓ってやるよ!』

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Muse Night @fox_0829

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