第2話:憑依と反撃と錆びたショットガン

 前方以外がコンクリート壁で覆われた、いわゆる袋小路。少し冷たい夜風が頬を撫で、ハルは自分が冷や汗をかいていることを実感する。

 前からは魔物が襲ってきている状況、後方には壁。隣でうずくまる親友に、脳内で響く謎の声。

 絶対絶命、そんな言葉がハルの脳裏にぎる。唾を飲み込み、昂った情緒を落ち着かせようとする。それでも、脳内に浮かぶ無数の疑問は消えないのだ。


「反撃!? どうやってあんな化け物に!?」

『あぁ、とりあえず身体の力抜け。身を委ねてくれ。今回は俺がやるから!』


 ハルの脳裏に例の声が響く。強い口調の割には威圧感はなく、なぜか安心できる声色だ。


「なんでもいいから、早くなんとかしてよ……!」

『じゃあ、少しだけ身体借りるわ。すぐ返すから!』


 刹那、ハルは突如として動く身体に戸惑った。自身の意思とは関係なしに、俊敏な動きで魔物に接近する。

 一流のスポーツ選手の身体能力が備わったようだ。ハルは今の状況を飲み込もうと、冷静であろうとした。


『憑依されても自我は保ってんな、〈素質持ち〉! イイよ! ホントに最高だよ!』

「……待って。何、この格好!?」


 彼女は、いつの間にか自分の姿が変わっていることに気がついた。

 先程までブレザーを着ていた筈なのに、コウモリの意匠が特徴的な漆黒のワンピースを纏っている。頭に被った同じ色のシルクハットは、ドレスコード、あるいは洒脱な怪盗めいていた。

『イイだろ、正義のヒーローっぽくて。闇に紛れて悪を討つ! これは、勝負服だよ!』


 虎頭の怪物は、ナイフを振り回しながらブツブツと呻いている。漏れ聞こえる声は、本能的に血を求める獣めいたパターンだ。ハルは全身が総毛立つのを感じ、わずかに目を背けた。


『そんなに血が欲しいんですかねぇ。なら、くれてやりますか!』

 例の声はそう言うと、ハルの身体に新たな命令を送り込む。地面の血痕を撫で、指が赤く染まった。まだ暖かい。


 人差し指に付いた血が鉛色に変わった。ハルの指はそれを丸め、彼女の意識の外で生み出した別のイマジネーションを具現化させる。

『仕留める……。緋銃グリム!!』


 ハルの脳内に迸るイメージは、アクション映画のそれだ。

 獣に打ち克つ、強い武器。人の強さを象徴する、文明の象徴。

 ぼやけた武器の虚像がぐるぐると前頭葉に広がり、視界に重なるように虚空から現れたのは、錆び付いた緋色のショットガンだ!


『アレ!? こんなのだったっけ……?』

 例の声は戸惑ったような声を上げつつ、ハルに散弾銃を構えさせる。やや操作に手間取りながらも先程まで血液だった弾丸を装填し、銃口を魔物に向けさせた。


『解放してやるよッ!』


 美しい軌道を描いた弾丸が、魔物の脳天を貫いた。


『まったく、楽な仕事だ…!』


 ハルの身体を虚脱感が襲う。目の前に倒れている男の頭は虎ではなくなり、ユウはうずくまるのをやめて呆然としている。例の声の正体は誇らしげにハルの肩に止まり、自身は珍妙な格好で銃を握っている。そのためか、手のひらと肩に鈍痛が走っていた。

 ハルは目の前の異常な光景を理解できずに、乾いた笑いを洩らした。


    *    *    *


「ごめん、もう一回説明して!」

『これで六回目なんだが……』


 蛍光灯が輝く部屋。整頓されたベッドの上に置かれたクッションを抱き寄せ、ハルはただ唸る。完全に、理解の範疇を超えていた。


 あの怪物を倒した後、ハルは友達を家に帰し、そのまま帰宅した。宙に浮く、小さなコウモリのような怪生物と共に。

 『ミューズ』という名を名乗るその生物は、何度も同じ説明をすることに半ば呆れていた。


『要するに、俺らはディークっていう生物で! 人間の願いを叶える代わりに、叶えた後でそいつに憑依して永久に自我を乗っ取るんだよ! 俺らが見えないような“素質が無い”奴は、願いを叶えた後にあんな怪物——ディークノアになんの。わかる?』

「まぁ、なんとなく形は掴めた。けど、なんで私は自我を乗っ取られてないの? 願い、叶えてくれたよね?」


 ハルにとっては当然の疑問だ。緋色の瞳のコウモリは逡巡し、その回答を静かに宣言する。


『なんかさぁ、さっきの願いを解決するだけじゃ、お前の身体は乗っ取れないみたいなんだよ。仮契約で身体借りたからかな? だからさ、もう一回お前の願い教えて!』

「えっ? ええっと……『怪物からみんなを守る』……?」

『OK! その願い、叶えるまで一緒にいてやる!』

「はぁ……?」

『いいだろ。可愛いペット感覚だよ。それに、またディークノアが出たらどうすんの?』


 捲し立てられ、ハルは言葉を失う。コウモリはそれに付け込むように、自らの寝床の確保を始めた。


『つまり、そういうわけだ。これから、末長くよろしく!』

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