第20話 混沌

「・・・以上が、先程の、自衛隊と機動強襲軍との戦闘の結果である」ここは、武蔵艦内。戦況を解説しているのは、武蔵艦長、つまり、元日進の副長、猪口大佐。側には、山口大将もおられる。生き残っていたら、と提督は仰ったが、事態が急速に進行した結果、結局、第一艦隊・フェリシア軍元老院派との決戦を前に、直接武蔵においでになられたと言う訳だ。

 「やはり、ジエイタイは、ニホンの軍に敗れたのじゃな」シルフィは、時々フェリシア訛りが出る。・・・萌えてる場合じゃない、戦況は・・・明らかに、機動強襲軍の一方的勝利。第一戦隊の砲撃と、沙織の蒼天、新鋭騎の白夜、雷光。そして、第三航空艦隊の巨大空母による、艦載機攻撃。・・・殺戮だ。戦闘と言うより。沙織は、同じ日本人を手にかけて、心が痛まなかったのだろうか。それとも―「博秋よ。これで、我等が戦う相手が見えたな」「・・・シルフィ。つまり?」「東郷が私兵、機動強襲軍。我の皇国、皇国元老院が支配の及ぶ騎士達。・・・武蔵と、我が「シルフィ」で、戦力を二分せねばならぬやも知れん」・・・戦力を二分、か。戦略的には、一般には正しくない。戦力は集中運用するものだ。昔の話で言えば、真珠湾奇襲、西方電撃戦。・・・少しネタが古いか。じいちゃんの影響だな、僕が戦史に関心があるのは。

 「話しも一段落ついたであろう?ここで茶の時間としよう」そう言うと、シルフィは持って来ていたバスケットを開く。焼きたての様なパン、具がみずみずしい、サンドイッチ。見るからに美味しそうだ。僕も、頂くとしよう。

 「このパン、美味しいね」「そうであろう?なにせ、この我が手作りしたのであるからな」「え、皇女がパンを手作り!?」「そう驚くでない。我が皇国では、民から皇族まで、手作りを好む。以前、話したであろう?」

 あ・・、浜の町で、マスバ―ガ―を不味いと言われた時の話しか。確かに、シルフィの手作りパンは美味しい。じゃあ、今度は、こっちのサンドイッチを・・・美味い。気がつくと、強面の猪口大佐も、歴戦の勇士の山口大将も、表情を崩して齧り付いている。・・・こんな文化的なフェリシアの人の姿を、地球の人々にも、もっと知って欲しい。そう、思わずには居られなかった。

「シルフィ」の水は、水道水でも僕達には十分に美味しい。「汝等、何をしておるのじゃ?」「何って…、水を飲んでるんだけど。」「水、とな。それは工業水なのじゃが…」「ええ!?こんなに美味しいのに!?」「…アーシアの水は、そんなに不味かったかのう?ゴトウの湧き水は、なかなか美味であったが…。」それから暫くして、食事も終わり。

「シルフィ、僕は自室に戻るよ」「我も・・・」「いや、今日は少し、気持ちを整理したいんだ」「・・・そうか。では、明日な」「うん。お休み」「お休み・・・よく休むのじゃぞ」シルフィと、挨拶を交わして、僕は自室に向かった。部屋に入る。明かりを点け、端末の電源を入れる。武蔵の端末は、軍用高級ハンドメイドモデルだった。立体モニタ―も大きい。今度、シルフィと一緒に映画でも見よう。生きてこの戦争を乗り越えられたら、だが。・・・武蔵のサ―バ―と接続する。国会図書館のデ―タベ―スを開く。もっとも、今日は、「本」で勉強するのだが。ネットで、新刊の研究書のデ―タが閲覧できるのは、素直に技術の進歩に感謝したくなる。デジタル・ディバイドの事を別にすれば、だが。・・・いや、今日は、僕自身の問題に取り組もう。もうあまり、時間が無い。

 今日は、僕にとってのライフワ―ク。憲法問題を、整理しておきたかった。生きている内に。・・・シルフィが居たら、別の意味で気が散って、勉強にならない。

 本棚から、六法全書を取り出す。西暦二〇〇一年度版。一〇六年前の本。御先祖様が、義塾で使っていた、我が家の家宝。・・・そう思っているのは僕とじいちゃんだけだったらしく、大掃除の時には、いつもいらない物リストの上位に挙げられた。その度に、じいちゃんが、「博秋が、将来この本で勉学すると!」って言って、守り抜いた二冊。・・・ありがとう、じいちゃん。当時に書かれた版なら、改竄されている事も無い。電子辞書は便利だが、バグや悪意の改ざんを受け、全く意味の違う物に変化している事があるからだ。それは、Wiki大先生も例外では無い。悪意に満ちた編集合戦、場合によっては、ウィキのパロディの、アンダークロペディアの方が、物事の本質を書いている場合すらある。・・・言葉は過激で、とても子供には読ませられないが。

 六法を開く。その中の、「憲法九条」を熟読する。この理想的な憲法の趣旨は、概ね次の条文本文で理解出来る。曰く、「戦力、及び交戦権の否認、「一、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」「二、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」」

 ・・・余りにも、理想的過ぎる。確かに桜会でなくても、文句を付ける人が出来そうな憲法だ。敗戦後の、武力放棄。それは、軍国主義に傾いていたらしい、当時の日本を変革する為には、必須だったのだろう。しかし、時代は変わった。敗戦国から、先進国へ。G8、そしてG4。日本の影響力は、敗戦当時と比較して、大きくなった。経済、工業製品、サブカルチャ―。・・・誰も、敗戦当時は、日本がこんな風に、世界に影響を与える国になるなんて、思いもしなかっただろう。それを、戦後の日本は成し遂げた。・・・東洋の奇跡。そう、呼ばれた時代が確かにあった。しかし、日本の国力増加は、自然と、現状の、当時の日米安保に依存した、安全保障体制に不満を持つ人々を形作る。それが、平和な言論活動の内は、まだ良い。・・・でも。桜会のように、日本国憲法を、奴隷の平和と叫ぶ人々が、権力の座に着くとなると、事情は別だ。

 ・・・強い日本。ノ―と言える日本。それを夢見た政治家がいた。盾の会。「諸君は武士だろう、武士ならば、自分を否定する憲法をどうして守るんだ」と語った作家がいた。

 ・・・一六二年も前の、終戦後の、進駐軍の圧力で作られた法律。そう言いたくなる人々が、派閥を作る。各界の名士が影響し合う。徐々に、政界・官界・財界をつなぐパイプを形作る。そうして、徐々に派閥は巨大化し、権力を取り込むに至る。一之瀬先生。あの人も、慶鳳の教授だった時期があった。改憲論者だった、一之瀬先生。・・・多分、日本の強さを、強い日本を希求して。桜会の闇に染まる。・・・そんなところだろう。長崎で、シルフィに、慶鳳と桜会の関係を指摘された時は、ショックだった。あの日は、シルフィと別れた後、シルフィとの思い出と、桜会の闇と。その二つが、頭の中をグルグル回っていた。・・・そして、ウルル入植地の虐殺、先程の機動強襲軍と自衛隊の、日本人同士の殺し合い。・・・東郷春樹。彼は、日本をどうしたいのだろう。日本による世界統一。・・・それが、強い日本、ノ―と言える日本、自衛官を武士と言った人。それが、結実したのが、東郷元帥。そう思えた。あの男の元帥杖。アレが指し示す未来は、闇か。彼のマント。血に塗れたマント。・・・そんな風に、僕には思えた。今にして思えば。フェリシア戦役後の米軍再編期、あの頃から、桜会と、機動強襲軍の野心は、現れていたのかも知れない。

 ・・・少し、眠ってしまったらしい。時刻は、夜の二時。深夜アニメとかの時間だ。こんな時間に、部屋をノックする音がする。誰だろう?

 シルフィだった。「我も、寝つけそうにのうてな。汝の勉学の邪魔はせぬ」「うん。僕も、寝付けない勉強をしていた。」「ほう。眠れぬ勉学とは、面白い。して、なんの分野の勉学か」「僕の国。日本の、歴史と、憲法。・・・君の国の騎士達が言う、ノイン。その意味。君が法典九条と呼ぶ、日本国憲法。その九条。それを、頭の中で整理していた。」「汝が祖国の法典、我も興味がある。フェリアも、姉上陛下も。その精神を尊守して、汝の祖国とは戦端を開かなんだ」

 「それじゃあ、聞いてくれる。・・・日本国憲法、本文中。こんな表現があった。「日本国民は、・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。・・・。」つまり、他国の善意に期待した法律だったんだ。崇高すぎる理想に対する反発。それが、桜会の始まり。僕は、そう思う。」「うむ・・・うむ。しかし」

 シルフィが隣に座る。「その法があればこそ。汝の祖国は、世界大戦以来、戦火を避け得たのであろう。悪い法ではない」「でも、他者の善意に期待するなんて、・・・」「世界は悪意に満ちている、か」「え・・・?」「東郷が演説。一理はある。しかし」「しかし?」「世界は、そう悪意に満ちている事ばかりではない。」「・・・そうかな?」「そうじゃ。現に、汝が祖国も、我が民を受け入れておる。二箇所でな」「でも、フェリシア人を狙ったテロは後を絶たない。そんな世界、やっぱり―」「我は、世界は善意に満ちておると考える。」「僕のじいちゃんは、言っていた。―その善意が、世界を殺す―って」「汝の祖父、汝がいくさの問題を考える様になった切っ掛け。汝の祖父は、賢人であったのだ。であれば、世界の善意より、悪意を気に病む。・・・孤独じゃったろう。汝が物心付くまでの日々は」・・・・そんな風に、考えてみた事もなかった。優しいシルフィ。やはり、君は皇女だ。たとえ祖国に弓引く身となっても。きっと、フェリシアの人々も、理解してくれる。と、シルフィに見せたい物があったんだ。

「善意の光。地球の、プレイポートⅥの分散計算の光も、きっとその一つ。」プレイポートⅣの分散計算の光をシルフィに見せる。「うむ?それはなんじゃ?」「地球で普及している、ゲーム機だよ。アメリカの医学大学のサーバーに接続して、高度な計算を行えるんだ」「そして、難病の治療に役立てる、と。・・・うむ。アーシアの学者にも、同胞愛に満ちた者がおるようじゃのう」・・・そんな話を暫くして、僕は、真剣な表情で、シルフィに向き直った。

 「シルフィ、君の演説。君の声を聞いた人々が、きっと僕等に、力を貸してくれる」「そうじゃろうか?」「ああ。あの演説で、心が動かない訳ないよ。」「・・・であれば良いが。フェリアに苦労をかけておるじゃろうな・・・」「でも。君の姉上だって、あの演説を聴いて、地球との対話が無理じゃないと考えてくれたと思う。・・・闇を払いさえすれば。」「うむ。我が皇国と、ア―シア・・・地球の闇。共に払う、その日まで。」「ああ。その日まで。」『共に戦おう。』・・・僕らの決意は固い。何物にも崩せやしない。決して、何物にも。

 ―神聖フェリシア皇国、首都船ヴァルハラ―

 人々が、語り合う。話題は、先日の、シルフィの演説について。「皇女殿下は何を御考えなのでしょう?ウルルの虐殺を見れば、ア―シアの民とは対話の糸口等・・・」「ですが。殿下は、ア―シアの闇と、同時に我が皇国にも闇があると仰せでしたわ」「皇国元老院。賢者の集い。フェリシアの叡智が集う処。そこに闇等・・・」「我がフェリシアと、ア―シア。共に闇を内包しているからこそ、此度のいくさは出口が見えないのではなくて?」・・・シルフィの演説は、確実にフェリシアの民の意識を変えていた。そして、ここでも。

 ―皇国元老院・賢者の間―

 「ジ―クフリ―ド卿。貴殿の良くない噂を耳にします」「何事ですかな、元老院の賢者ともあろう方々が」「シルフィ皇女殿下の御話し。貴殿も拝聴したであろう」「シルフィ皇女殿下の御言葉。我々も熟考すべきではないのか?」「反逆皇女の言葉など、今更・・・」「アドルフ!貴様、皇女殿下に向かって、不敬な口を!」「アドルフ卿。フェリシア皇家に捧げた貴殿の忠誠は、何処へ霧散したのでしょう?」「黙れ、「女」共」「な・・・!」「皇国元老院長、アドルフ・ジ―クフリ―ドが名において命ずる。こやつらを捕縛せよ」近衛兵が、元老達を取り囲む。

 「アドルフ!貴様は、一体何が目的か!!答えよ!!」「種の尊厳。」「種?我等フェリシアの民か?」「否。性別だ。私は「男」。」「それは存じておる」「ならば。男と言う種の尊厳を賭けた戦いも、聖戦なり」「貴様は狂っておる!フェリシア皇家の統治の下、我らは、繁栄を享受して来たと言うに!!」「若いな。・・・だからこそ!貴様には、種の尊厳が理解出来ぬッ!!」「ああ・・・シルフィ殿下、殿下の御言葉はまことでありました・・・」「殿下、フェリシアの闇をお払い下さい・・・」「煩い女どもめ。衛兵、こやつ等を連行せよ!元老院長への反逆、大罪ぞ!!」「御意。」「仰せのままに・・・」「おぬし等。何故、アドルフに従う?」「かつてのフェリシア、男性が統治していた時代への回帰。それが、ジ―クフリ―ド卿が大義」「馬鹿な!?焔の災厄の再来をもたらそうぞ!」「焔の災厄。ア―シア人ならいざ知らず、焔を御するフェリシアに、災厄の再来は・・・無いッ!!」「衛兵、港湾と繋げ」「はっ。・・・どうぞ」「儂だ。フェレセアの接収はどうなっておる?」「すでに奪取は完了し、艦名も「アドルフ・フォン・ジークフリード」と登録しております」「うむ、大義であった」―こうして、皇国元老院は、フェリシアの闇、アドルフ・ジ―クフリ―ドの手に落ちた。シルフィが果たして、フェリシアの闇を払えるか。元老達は、成す術無く見守るしか出来ない己の身を、呪った。

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