第11話 日の本の力
「黒巖少佐、東郷だ。機密格納庫まで来てくれたまえ」「了解しました」・・・ここは、富士の樹海地下深く。機動強襲軍、富士基地の中。「あれ、沙織?」「博秋君も、元帥に御呼ばれされたの?」「うん。機密格納庫まで来いって」「機密格納庫・・・、私達の機体に、なにか調整が加えられたのかしら?」「言って見るまで、解んないよ。取り敢えず、行こう」「そうね。東郷元帥の御言葉に、間違いは無いわ」そう言う会話を交わす内に、二人して、機密格納庫に到着した。
「二人とも良く来てくれた。本日は、君達に、新たなる力を託そうと思ってね」「と、仰いますと・・・?」「二人とも、今の機体では、操縦能力に、機体が追従出来ていないと感じるはずだ」・・・元帥の後ろの、カバーがかかった二つの影が気になる。「特に藤咲君は、戦略騎ですらない、月光だったからな。「光」級とは言え、君には物足りなかった筈だ」「いえ・・・決して、そのような事・・・!」「謙遜しなくとも良い。私の後ろの機影、二人とも気になっておるのだろう?」はい、と二人して答える。「よろしい。カバーを取りたまえ」機影を覆っていたカバーが取り上げられる。新型騎が、その威容を現した。
「「夜天」だ。黒巌君の新たなる力、次世代戦略騎、「天」級零号機だよ。」元帥の視線の先には、神々しくも、同時にある種の禍々しさを感じる機体が二騎、直立していた。
機体本体は、十六夜より少し小型化されていたが、背部の兵装機構の大きさと、機体各部の推進機関の大きさ、特に背部機動翼の大きさから、一瞬、十六夜より2回り程も巨大に思える。
「君の成長に合わせ、我が国防技術研究所が総力を挙げて開発した、新型騎だ。その戦闘力は、十六夜とは比較にならん」「元帥。この機体を僕に?」「託そう。この夜天で、一層我が国に尽くしてくれたまえ」「ありがとうございます。ところで、十六夜はどうなるのですか」「アレか。人工知能を夜天に移植したからな、戦闘力の大幅ダウンは免れないが、機体性能自体は高い。そうだな、まもなく完成する次世代量産型戦略騎、「白夜」隊の指揮官騎にでもなるだろう」
量産型戦略騎。そんな物まで完成するのか。・・・日本には、過ぎた力とはならないだろうか。少し、心配する。・・・それはともかく、東郷元帥は、もうあまり十六夜には興味が無い様子だった。・・・僕の、初めて託された機体。ありがとう、十六夜。これからは、この夜天で、僕は戦い抜くよ・・・!と、元帥が、もう一騎の新型騎に視線を送る。
「「蒼天」、「天」級一号機、藤咲君の機体だ。黒巌君の夜天と連携する様、開発させた。君の夜天が主に遠距離砲戦を主体としておるのに対し、蒼天は、クロスレンジに入った敵の殲滅・迎撃を主眼としておる。君と藤咲君の連携データを下に調整が進められた」「これを、この機体を、私・・・、いえ、本官に?」「うむ。迎撃戦といっても、格闘戦主体だがね。騎士の剣にはかなり有効な筈だ。勿論、蒼天の方から、討って出ることも十分可能だ。・・・君達二人には、君達が考えている以上の同胞の期待が込められているのだよ」・・・
同胞、か。シルフィの話では、桜会は、9条を盾に、同胞を見殺しにしたも同然、そう言うフェリシアの人の意見があるそうだが。東郷元帥は、同胞の定義はどうなんだろう。日本人限定、とか言わないだろうか?・・・まさかな。考えすぎだ。シルフィに色んな事を教えられ、少し混乱しているんだ。でも、僕は。シルフィに誓った通り。この夜天も、フェリシアとの無意味な戦争を終わらせる為に使う。
「藤咲少佐、感激であります!この様な高性能騎をお与え下さり、まことに光栄であります!」「うむ。君が喜んでくれて、小官も嬉しい。黒巖少佐はどうか?」「も、勿論、光栄であります!」「ふむ。君は藤咲君ほど、感情が表に出ないクチの様だね」「博秋君、元帥に失礼よ・・・!」「すみません、感動のし過ぎで。僕、表情が出ない性質なんです」
ふと、夜天と蒼天の右肩の大きな漢字が目に入った。「気になるかね。あれは、宗松先生の揮毫によるものだ。」確かに、夜天と蒼天の右肩には、達筆な筆運びで、『夜天』『蒼天』と描かれていた。左肩には、機動強襲軍所属を示す、日の丸を、黄金の稲穂で覆った紋章。いかにも、日本の切り札という感じがする機体だ、二騎共。「本騎を、お預け下さり、ありがとう御座います。」それぐらいしか、今の僕には台詞が無い。フェリシアとの戦いが、ますます激化する、この「天」級戦略騎。新たな火種にならなきゃ良いけど。そう、本心から思った。
「ふむ。まあ良い。本日は、それ以外にも朗報がある。」「と、仰いますと・・・?」沙織が質問する。僕も、気になる。何か、嫌な予感と共に。
「「御力石」の制御の方も、フェリシア人を研究する事で、大幅に進展した」・・・まさかとは思うが・・・「元帥」「何かね」「非人道的な行為を、我が軍は行ってはいないでしょうか?」元帥は含み笑いをし、冷たい眼差しで言った。「何をもって、人道的と言うのかね。」「では・・・」「いや、確かに研究は行っている。しかし、死者は出してはおらん」「本当ですか」「命の定義は、価値観によって異なるがね。少なくとも、殺害はしておらん」・・・よかった、元帥だってフェリシア人を・・・と、元帥が言った。「貴重なマル・・・、実験体だ、無駄にはせんよ。捕獲するのに案外手こずったからな」実験体・・・、捕獲・・・。「元帥、閣下はフェリシア人を・・・」「人間だと思っているよ、一応はな。」「一応?」「かつては、我々日本人は、黄色い猿等と呼ばれた時代があった。しかし、我々の祖先は、その差別を打ち破った。」「はい」「日清、日露、そして大東亜戦争。戦うことで、我らも白人と変わりない「人間」であると、欧米列強に認めさせてきた」「・・・あの、お話が見えて来ないのですが・・・。」「迂遠すぎたかね。フェリシア人は、我々日本人を、いや、地球人を、劣等人種だと言いおる」「それは一部の人では・・・」「皇国元老院。あすこには、フェリシアの闇が巣食っておる。奴等に対抗する為には、必要な処置なのだよ。戦って、権利を守り、勝ち取る。これは、地球人類と言う種の生存を賭けた聖戦なのだよ。それに、奴らの女同士で子を産む間違った価値観に汚染されては、地球人が種として、誤った存在と化してしまう」拍手の音が聞こえる。振り返ると、そこに居たのは沙織だった。
「元帥閣下の御言葉、正しいと思います。」「でも、沙織」「フェリシア人が、地球人を未開人と見下すのなら、元帥の御言葉の様に、再びの聖戦であるこの戦争に、打ち勝たなければならないわ。博秋君も、それ位解っているでしょう?」・・・沙織の言葉にも一理ある。だけど、シルフィだってフェリシア人の一人なんだ。そう言いたかったが、機動強襲軍のエ―スが、フェリシアの皇女に恋心を抱いている等、到底許される雰囲気では無かった。
「研究の成果として、人工擬似蒼色血液が、まだ試作段階だが、完成した。丁度2人分ある。」沙織が口を開いた。「元帥閣下、その液体は・・・?」「フェリシア人の蒼い血は、御力石、連中が言う所のエ―テル鉱石の力を引き出す素因が、遺伝子レヴェルで組み込まれている。直接、奴等の血を輸血しても良かったのだが、量産化には程遠い。そこで、我が国防技術研究所が開発したのが、この擬似血液と言う訳だ」蒼い血。本来ならば、それはフェリシアの人々に流れている物。
「「アカシ」の連中の狂った教義にも一理あってね、素質が無い地球人が、この液体を投与されても通常は何も起こら無いが、御力石の力を発動させようとすると、極度の負荷が襲い来るのだ。生死に関わる程の」・・・つまり、元帥は、その穢れた液体を、僕達に投与したいらしい。
「私なら平気です、閣下。例え穢れたフェリシア人の血であれ、我が蒼天と共に使いこなして御覧にいれます」「うむ、良い返事だ、藤咲君。黒巌君はどうか?」「御命令とあれば・・・」嫌々ながら。
「投与を受ける覚悟はあります」元帥はまたも冷たい笑いを浮かべると、「決意があれば良い。覚悟は無いよりはましだがね」・・・シルフィ、僕は・・・ 「おあつらえ向きに、フェリシア人共が、この施設付近に接近中だ」・・・多分、帰って来ない同胞を、探しに来たんだ。「藤咲少佐、直ちに迎撃に出ます」どうやら、沙織の反フェリシア感情は、悪化の一途を辿っている様だった。本当は、二人に伝えたい。シルフィが、長崎で、あの原爆資料館で、名も知らぬ地球人の無残な姿に涙した事を。
「何か意見がありそうね?」沙織は昔から目ざとい。義塾に入塾するずっと前から。幼い頃から。「何でも無いよ、沙織。・・・小官も迎撃に上がります。」「うむ。今日は、実戦テストを主に行いたまえ。「天」級戦略騎と蒼い血の力、私もこの目で直に見ておきたい。それと、藤咲君は、これまでの武勲と指揮官適正を考慮し、今回の戦闘が無事終了したら、昇進して中佐とする。これは私の決定事項だ」「はっ、・・・身に余る光栄であります!」沙織はフェリシア人の蒼い血を流す事に躊躇いが無い様だ。ああ、以前からそうだったっけ。元帥に心酔しているみたいだし、案外男と女の関係になっているのかも。等と、真面目且つ下世話な思考を巡らせていると、佐織からきつい口調で促される。「蒼い血。投与を受けるわよね?」・・・答えたくは無いが。僕も、今の身分が惜しいのは確かだった。・・・ごめん、シルフィ・・・今夜もまた、フェリシアの騎士達の命を奪う事になったよ・・・
と、元帥が述べる。「其れでは状況開始。敵は、神州を侵犯せしめる敵フェリシア人。捕獲できる機体と操者は多い方が良い。後の為にもな」「その他の御命令は?」沙織が聞く。「一機たりとも逃すな。捕獲不能な機体は駆逐せよ。奴等に、神州霊山の通行料の高さを思い知らせてやれ」『了解!』二人して敬礼を済ませると、それぞれの機体に搭乗した。・・・行くぞ夜天、この力で、一刻も早く、フェリシアとの戦争を終わらせるんだ。と、沙織から通信。
「黒巖少佐、藤咲少佐よ。今日はこの子たちの初陣だわ。元帥の御期待に応えるわよ」沙織の士気は高い。・・・、無理も無い。フェリシア人を「駆逐」する新たなる力、蒼天を、敬愛する東郷元帥から託されたんだ。士気も上がろうと言うものだった。
富士の樹海の地下研究所から、空へ向けて、電磁カタパルトが開かれる。基地は富士の樹海に偽装していたが、フェリシア軍は、既にこの基地を、発見している様だった。一直線に樹海の中心点へと、向かってくる。と、「整備班より夜天、蒼天へ。出撃準備完了。奴等に富士の空を、渡さないで下さいよ」「了解。速やかに敵機を駆逐します」「藤咲少佐、了解。速やかに敵機を「駆除」します」敵機・・・、いつまでフェリシアの人を、そう呼べば良いのだろう。僕は、彼女達とは、対話したい。志願して群に入隊したけど、それだって、シルフィを追うためだった。長崎で再会したシルフィ、優しい彼女。優しいフィ―。彼女は言った。ア―シアとフェリシアのいくさを終わらせると。なのに、僕は・・・、今日もこうして、戦い続ける。次にシルフィと出会う時、僕は何人のフェリシア人を手にかけているのだろう。・・・機密格納庫から、富士の空が見える。出撃準備が終了したのだ。「基地司令部より、「天」級操者二名へ、速やかに出撃、敵機を殲滅せよ。霊峰富士山をフェリシアの臭いで汚させるな」「了解・・・。」臭い、か。アカシみたいな事を言う。仕方が無い。今の僕には、戦うしか。
「夜天、頼むぞ」「了解」「夜天、出撃」急激な加速。十六夜とは比べ物にならない。沙織が続く。「蒼天、出撃!」沙織は平気かな?「くうっ・・・!凄い加速・・・!」彼女の反フェリシア感情とは裏腹に、蒼天は、搭乗者に厳しい機体である様だった。もう、フェリシア軍は布陣している。速やかに撃破しなければ。富士基地上空に、二つの機体が姿を現す。ふと、上空を見上げ、誰とも無く独りごちる。「フェリアスの威容は相変わらずだな…、相変わらず、変わり映えしない空だな…」
出撃した途端、騎士の攻撃を受ける。情報通り、宝飾から見ても敵機は、皇国近衛騎士団の物だった。あの蒼いエ―テル鉱石、見紛う筈も無い。
「・・・早い!」フェリシアの新型騎か!?だけど、僕だって!「鬼火式兵装制御機構、展開」夜天の人工知能が、淡々とシステム機動を告げる。瞬間、夜天から、多数の機影が射出された。「なんだ?ニッポンジンの新型か」「しかし、あの機体は、地球人の機体とは随分違う」「野蛮人の新型なぞ、我らが騎士が、一刀の下に切り捨ててくれる!」
フェリシア語が、自動翻訳される。その精度は、十六夜とは比較にならない。フェリシアの騎士達が、夜天の異様に、動揺している事が、機体ごしでもよく解る。「鬼火・戦闘機動開始」無口な人工知能がそう宣告すると、射出された攻撃端末から、一斉に光芒がほとばしる。「落ちろ、雑魚ども」何時の間にか、僕まで無口になっていた。と、鬼火が、次々に騎士たちを貫いていく。その光景は、幻想的ですらあった。月下の下、煌く光芒は、夜天の星星の輝きに似て。ただ、現実では、フェリシア人の蒼い血が、大量に流れている訳で・・・「う、うっく・・・」考えるな、敵は、確実に落とさなければ・・・。
と、フェリシア語が聞こえてくる。「へ、陛下・・・!」「いやあっ、お母様!」「た、助けて・・・」蚊トンボが落ちていく。惨めな物だな。地球に侵攻して来た時とは、状況がもう、全く違うんだよ!「敵機、328機無力化。内撃墜中、敵騎士163機、戦闘機88機」人工知能が、恐るべき戦果を口にする。・・・いや、日本にとっては、誇るべき戦果ではないか!
「フェリシア人へ通達する。この機体は、これまでの日本の機体とは全く違う。無駄な抵抗は止めて、速やかに投降しろ。」・・・気のせいか、さっきから、自分らしくない思考が、ノイズの様にちらつく。夜天の脳波制御機構の問題か?何れにしろ、フェリシア人が、日本の―地球の空を、我が物顔で飛ぶのは、今日が最後だ。いや、最後にしてやる!
「ば、化け物め・・・!」「無駄だよ」「精神波力場・展開」夜天の人口知能が、無機質にそう告げる。僕の思考通りに、強力な力場が展開されて行く。「魔法が君達だけの物だと思っていたのかい?・・・日本の技術力を、甘く見るなッ!」騎士達の魔法が、次々に着弾する。しかし、夜天は小揺るぎもしない。「双剣、起動」すると、左手に長刀身固定磁場刀が、右手に長刀身超高振動斬撃刀が、それぞれ出現した。「これなら・・・ッ!近衛騎士団の騎士だってッ!」切り込む。敵騎士が、紙切れの様に、容易く両断される。機体の超高出力プラズマ推進高機動機構が、重力の法則を無視するかの様に、機体を爆発的に加速する。無音なのに、夜天が唸りを上げている様な錯覚を覚える。「く・・・来るなあっ!」「僕達の日本から・・・、出て行けえッ!」通過しながら、騎士を切り倒す。50機を数えた所で、数えるのを止めた。機体の陽電子砲と、電磁砲が、次々に騎士を撃ち落とす。とても数えている暇等無かった。
富士山上空。月明かりの下、フェリアスの威容が照らし出す戦場で、夜天とフェリシア皇国近衛騎士団は切り結ぶ。
「同時敵機捕捉制御機構、動作中」「ああ」無数の騎士達を、夜天の兵装が捕捉する。元帥が仰った、実戦テストにはうってつけの相手だな。「兵装試験だ。今度は本体武装と、手持ち火器の試験を行う」「了解」機体のバランスが変わり、夜天の御力石の各所から武装が現れる。その一つを手に取った。「陽電子狙撃砲、準備。適当な的を捕捉しろ」」「了解」夜天の人工知能は、二百キロは離れて離脱中の敵機の群れを生贄に選んだ。「目標、敵編隊」「撃て」両手で抱えた陽電子砲から、膨大なエネルギーが放出される。次の瞬間、敵編隊はゴミの様に消滅していた。
「ア―シアの化け物め!」騎士が、切りかかる。右手の電磁力場防盾がそれを受け流す。「この・・・距離なら!」別の騎士が、狙撃体勢に入った。それをちらっと見て、防げると判断する。左手の高振動防盾が、騎士の魔法弾殻を弾き飛ばす。「警告、後方敵機多数」「変形」「了解」機体が大きく姿を変える。高機動戦闘体型に変形し、一瞬で敵陣に突っ込む。「この空は・・・!俺達地球人だけの物だあっ!」鬼火を引き連れ、周辺空域の敵機を一掃する。今度は何人殺したんだ、俺は?・・・気がつくと、一人称が「俺」になっていた。昔のSFアニメに、機体に精神まで侵食される、と言う設定があると、以前に学校の友人が言っていたな。今の俺・・・自分は、夜天の性能に酔っているのだろうか?
僕とは別の空域の敵機と戦っていた沙織の蒼天も加わり、戦局は、機動強襲軍有利のまま、戦闘を終えようとしていた。もう、沙織はあの空域の騎士達を殲滅したのか。見たところ、沙織の「蒼天」は、元帥の御言葉通り、夜天との連携戦が主目的の機体らしく、近接戦闘用の武装が充実していた。尤も、十六夜や月光と比較して、ではあるが。旧式騎と比較すれば、全く接近する隙が無い光芒の嵐を、フェリシア軍に叩き付けていた。
・・・フェリシア軍から通信が入る。「降伏する。ただし、長崎条約に従い、我がフェリシアの騎士を、人道的に扱う意図が日本軍にはあるや」それは・・と答えようとするが、東郷元帥が答えた。「約束しよう。諸君等の生命と尊厳は、機動強襲軍総司令にして帝國元帥・東郷春樹の名において、その安全を保障する」「まことであろうな。降伏した我等騎士を、非道な扱いにかけないか?」「その心配は無用だ。我が国は平和と人命を何よりも重んじる。第一次星間大戦でも、我が国はフェリシアとは戦争行為をしなかったであろう?」ノインめが、小声で誰かがそう言った。憲法9条で戦火を逃れた日本人への、フェリシア人からの差別用語。シルフィは、そう言っていた。「・・・今の戯言は、聞かなかった事とする。我が方の指示に従い、着陸せよ」そう東郷元帥が言うと、富士基地の機密地下基地のゲ―トが開く。降伏した騎士達が、次々と着陸して来ていた。
「元帥、彼女達は・・・」「些細な心配は無用だ、黒巖少佐。君達も帰還したまえ」「藤咲少佐、了解。夜天を連れ、機密格納庫に帰還致します」「藤咲少佐。君には、後ほど伝える事がある」「何か・・・、蒼天の戦いがご不満でしたでしょうか・・・?」沙織は、元帥の前でだけは、いつもの強気が消える。やはり、男と女の関係なんだろうか。
「いや、君の戦いぶりは黒巖少佐共々、実に見事であった。伝えたいのは、その戦功への評価だ」沙織は心配そうだったが。「了解。藤咲少佐、着陸します」冷静さを失わないのは、流石と言うべきか。僕も。「黒巖少佐、富士基地へ着陸します」「うむ。少し休憩したら、両名とも後ほど再び会おう」「了解です」・・・さて、沙織がなんと言われるのか。気になる。「話の内容上、私の執務室まで来てくれたまえ」『了解』じゃあ、しばし休憩を取るか。そう思ったら、急に眠気が来た。・・・いかん、眠る・・・。そう思ったが、睡魔の誘惑には抗いがたく。僕は、倒れこむように眠りについた。
「ア―シア人め・・・!」「私たちの命、返して!・・・」・・・なんだ?これは夢か・・・あの人工擬似蒼色血液の投与を受けたから、こんな夢を見るのか。「君達が地球に来なければ!こんな戦乱は起こらなかった!」違う。僕は、そんな事、思っちゃいない。これは、戦い、フェリシアの騎士の命を大勢奪った、僕への神罰なんだ。・・・君、・・・君!目を覚ます。沙織が、心配そうに、僕を見下ろしていた。
「博秋君、大丈夫?随分うなされていたわよ」あの悪夢か。「・・・大丈夫だよ、沙織。夜天の操縦に疲れただけさ。高性能だけあって、操者への負担も大きいんだね」「私は、君ほど疲労してないわ。・・・本当に大丈夫?」沙織は、フェリシア人の命を奪うことに、いささかも躊躇いが無い。だから、あの穢れた血を投与されても、悪夢の虜にならないのだろう。「そろそろ、元帥閣下の御部屋に行かなきゃ。肩、貸そうか?」「いいよ。大丈夫。」沙織は、フェリシア人以外の人、つまり地球人には、とても優しい。それは、蒼天の操者となった今も、変わらない様だった。素直に喜ぶとしよう。
・・・沙織と、基地内を、元帥の執務室を目指して歩く。結構、この基地は広い。さすがに疲れが出てきたが、沙織には気取られない様にしよう。彼女にまで、余計な心配をかけたくない。と、執務室が見えて来た。「黒巖少佐、藤咲少佐、入室致します」「うむ、入りたまえ。・・・今日は、二人とも良くやってくれた。先生方を守った時といい、君達は実に貴重な我が軍の戦力だ。」沙織が何か言いたそうにしている。・・・ああ、戦功への評価、それがあった。
「元帥閣下。私に蒼天をお授け下さり、ありがとうございます」「うむ。君の操縦適正を考慮すれば、当然の処置だ」「元帥の御高配のお陰で、私は穢れたフェリシア人を駆除する力を得ました。この力、元帥の為に捧げます」「うむ。実に良い決意だ。しかし、君は何か言いたそうだな、黒巖君」「・・・いいえ、自分は何も」「そうか。ならば、良い」と。「あの、元帥閣下」「何かね、藤咲君」「先程の、元帥が御話下さった、戦功の評価の件ですが」「うむ、其れを伝えねばならん。」「はい」沙織が、珍しく。本当に珍しく緊張している。こんな沙織の表情を見るのは、初めてだ。
「藤咲少佐、君はただ今より、中佐となった」「私の戦功、お認め下さるのですか!?」「うむ。操縦の腕だけに限って言えば、黒巖少佐のほうに分がある。しかし、君には指揮官適正がある。入隊時の選抜試験の通りに。それに、この件は出撃前に約束したであろう」「ありがとうございます、東郷元帥!・・・どう、博秋君?これが私の実力よ。見てなさい。今に、蒼天の操縦だって、君以上に使いこなして見せるから」沙織、君はあれだけフェリシアの人を手にかけて、罪の意識は芽生えないのかい?そう聞きたかったが、そう言う事を口走る雰囲気じゃなかった。と、東郷元帥が、改まって、発言する。
「諸君、本日は、本当によくやってくれた。これなら、我が軍のもう一つの重大な任務を託せよう」「もう一つの・・・重大な任務?」「左様。我が軍が建軍されたのは、単にフェリシア人と戦う為だけでは無い」「閣下。お言葉の意味が・・・」珍しく、沙織が元帥の言葉に口を挟む。確かに、気になる前フリではある。いったい、何を命じられるのだろうか・・・?
「君達には、神国の先駆けとなってもらう」「どう言う事ですか・・・?フェリシアとの戦争なら、今でも・・・」「世界には、統治者が必要だ。フェリシア人も含めて、な」え・・それって、どう言う意味・・・
「端的に言おう。フェリシアとの戦争が一段落した後、我が国は、世界統一戦争を開始する」・・・え・・・、それって、どう言う・・・。「言葉通りの意味だ。我が国は、世界を先導し、フェリシアとの戦争に打ち勝つ必要がある。その為に、地球の意思は、強固な意志の元に統一されねばならん」・・・ええと・・・、東郷元帥は、僕達に、他の地球の同胞の国と戦え、と。そう言っているのか・・・?「この戦いは、困難を極めるだろう。だが、我が軍に友軍が居ないわけではない。G4の専横から距離を置きたい国々、そうした国が、我らの友となる」・・・・途上国の兵士を、駒に使おうと言うのだろうか。すると。
「元帥閣下、巣晴らしい御考えです。世界には、確かに統治者が必要です。特に、あの穢れたフェリシア人との聖戦に打ち勝つ為には」「藤咲君、君の昔の信仰とは随分違う理想だが、良いか?」「もちろんです。私は、あの汚らわしいフェリシア人を「駆除」する為には、アカシのやり方、力では、不足であると、元帥の御言葉を聴き、開眼したのです。フェリシア人は、母なるこの『地球』から、速やかに一匹残らず排除せねばならない。しかし、その為には力が必要です。大いなる力が」「うむ。ある意味、君は老人達より、我が国が置かれている状況を正しく把握しているやも知れぬ。黒巖少佐、貴官はどうか」「ええと・・・、すぐには答えが出ません・・・。」「博秋君、あなた・・・!」「よい、藤咲君。突然の話だからな。だが両名とも、思い直して貰いたい。元々皇軍も、自衛隊も、同胞たる地球人の敵性国の脅威から、神州を守護する為にあった機関だ。今でこそ、戦争と言えば、フェリシアとの戦いを考えるが。元来、敵とはこの星の同胞であったのだよ」・・・言い返せない。何か、引っかかる。しかし、僕の知識では、東郷元帥の言葉の理論に、反論出来ない。でも。だったら。機動打撃群も、機動強襲群も。十六夜も。・・・・そして、夜天、蒼天も。日本による、世界統一。その、野望じみた目的の為に建設されたのだろうか。元帥が僕を群に誘ったのも。今日の為なのだろうか?と。
「両名とも、本日の働き、実に見事であった。願わくば、敵フェリシア人とのいくさにおいても、神州による世界の統一の聖戦においても。君達二人が、私の期待に応えてくれる事を、切に期待する。それでは両名、今日はゆっくり休め。明日からは、この力と共に、より激しい戦火の中に、君達を投ぜねばならん。本官の気持ち、察してくれたまえ」「藤咲中佐、了解致しました!明日よりの聖戦に備えます」「・・・黒巖少佐、了解です。・・・元帥の御言葉の意味、大儀を僕なりに、よく考えたく思います」「うむ。では、解散」
それから。後程、技術者に訊いたところ、「夜天」の人工知能は、「十六夜」から移植した物で、技術部としては、夜天の兵装制御系を追加した以外は、特に手を加えてはいない、と言う事だった。それじゃあ?あの思考ノイズの様なものは、一体・・・?僕のこの手が、フェリシア人の蒼い血を流す事を望んでいるとでも言うのか!?・・・これは、罰だ。フェリシア人の蒼い血の投与を受け入れた、僕への神罰。
少なくとも、僕は今日、フェリシア人を、とても大勢殺した。・・・こんな不快感、十六夜で戦っていた時には感じなかったのに。
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