第10話 世界は、悪意に満ちている
おじい様、お父様!・・・早く!早く逃げて!・・・誰だよ!?どうして僕の邪魔をするんだ!?早く、二人をお助けしなきゃ・・・!
「夢、か」この私、東郷春樹ともあろう者が、あの時の悪夢を再び見ようとは。・・・いや、最近にも見たか。フェリシア人との再びの戦争が本格化するまでは、「群」の立ち上げが忙しく、この様な悪夢を見る暇さえ無かったと言うのに。この身を祖国に捧げてなお、私はあの時の呪縛から逃れられぬさだめなのか。
あの忌まわしい、6・5事件。20年前の、テロ事件。反体制テロリストは、我が東郷家を粛清する事で、防衛省予算の削減を図った。結局、その目的は果たせなかった訳だが。行為に及ぶ日に、因縁の6月5日、あのミッドウェーの日を選ぶとは。テロリストにも、一縷の知性はあると言うことか。なにせ、あの事件から暫く、防衛官僚達は、粛清を恐れて、日和見的な言動に終始した時期があったからな。・・・古傷が痛む。あの日、焼け落ちて来た屋根。その下敷きになって、火傷した傷跡。私の、報復へのイコン。あの幼き日、私は思った。―日本が弱いから。なら、日本が世界を統一すれば―。あの日が、私の聖戦への誓いの日となった。・・・それにしても。父の災害派遣地からの、お礼の手紙に偽装して、燃焼剤を封入するとは。奴等なりの正義感、反戦平和を実現する為とは言え。平和運動も様変わりしたものだ。時代が変わった、と言う事か。・・・クックックッ。春樹は、思わず笑った。・・・「誉」を口にくわえる。・・・駄目だな。父祖の様に上手く吸えない。まあ、元々煙草も欧米の文化だ。そう考えれば、皇国臣民たる私が上手く吸えなくても、何の問題も無いとは思う。「元帥、お時間です」「わかった、すぐ行く」春樹は、軍服に着替え、目的地に向かった。
長崎市。今日、此処に、世界を変革する決意を持った国々の指導者が来訪する。春樹は、大村空港に出迎えに来ていた。「・・・ようこそおいで下さいました」「元帥殿。今日が世界の新たな日となるのですな」「勿論です。今日を境に、G4の専横の日々は終わるでしょう」「そうなる事を願っていますよ」今日、長崎に集ったのは、いわゆる途上国や中小国の代表団だった。今日の宣言、それの為に出席する彼等。果たして、幾人が、私の大義、いや。野心、か。それに気づいているだろうか。外交は高度な政治ゲ―ムだ。利用し、利用される。例え我が国が、フェリシアとの戦争に敗北しようとも、彼等はフェリシアとのパイプを探すだろう。・・・だが、良い。今は、私の為に、せいぜい利用させて貰う。春樹は、いつもの含み笑いを、誰ともなくした。
長崎市・国際会議場。春樹の今日の晴れ舞台でもあった。
「元帥、閣下の演説まで間も無くです」「よろしい。では、茶番を始めるとするか」「・・・。」「なに、冗談だ」そう言って、春樹は会議場へ向かう。・・・今日の演説、我が大義の為、成功させなければ。駒は揃った。後は、私が人心を掴むのみ。
「世界は、悪意に満ちている。我々が正さねばならぬ!!世界の悪意を!!」拍手が巻き起こる。皆、G4の専横に苦渋を舐めさせられてきた国々の代表達。春樹は続ける。「我が国を含むG4、そして外敵たるフェリシアの悪意。我々は、自らを守る術が必要だ!!」各国代表が、静聴している。「私は此処に宣言する!!本日御集まり頂いた国々を友とし、共に世界の悪意と戦う共同体、「長崎宣言条約機構軍」の発足を!!」万雷の拍手。涙目の途上国代表もいた。・・・春樹の「茶番」は、成功裏に終了した。その夜。
佐世保基地。日進艦内・黒巖少佐自室。「長崎条約・・・ええっ!?この長崎で、軍事条約!?」ニュースでは、春樹の構想に反対する人々のデモ行進が映し出されていた。「元帥・・・いくらなんでも、長崎で軍事条約はまずいんじゃ・・・せっかく発足した機動強襲軍が、悪い目で見られるよ・・・」長崎を地元とする者の、当然の反応であった。そして、その頃。
ソロモン諸島沖。「シルフィ」艦内。シルフィは、地球のニュースを複数見た後、考えた。・・・あの男。ト―ゴ―と申したか。あやつは、此度の戦乱を、大きゅうしたいのであろうか。あのような軍事条約を、それも禁断の焔が落ちたあの地で。あれは、かの地の民の心情を理解していないのか?・・・それとも。それすらも計算済みで、あのような奇策に打って出たか。この条約は、我が神聖フェリシア皇国にも、波紋を投じるであろう。目的はそれであろうか?・・・いずれにせよ、日本の新たな動き、警戒せねばならんな。あやつの背後には、桜会が控えておるのはほぼ間違いないであろう。・・・・出来る事ならあやつ、博秋の祖国と本格的ないくさをしたくはないものじゃ。あの国は、法典9条で、我がフェリシアとのいくさを地球で唯一回避した。であるから、地球各国との外交は、殆どがあの国で行われる。その対話の窓口を封じようと言うのか。トーゴー、我が理解していたよりも、随分危険な男のようであるな。・・・シルフィの、フェリシア皇女としての、偽らざる感想であった。
佐世保基地・日進艦内。「沙織、どう思う?」「どうって・・・元帥の御言葉はいつも正しいわ」「変わったね、沙織。・・・ちょっと前までは、キリストの証だったのに」瞬間、沙織の目つきが物凄く鋭い物になる。「博秋君。冗談でもアカシの話しはしないで頂戴」・・・沙織には、僕の母さんがアカシを止めた事は、言わない方が良いだろう。彼女の御両親の事を考えると。
「・・・ごめん、沙織。そんなに怒るなんて、思わなかったんだ」「君だってお母様が、まだアカシでしょう!?なら、わたしの気持ち、少しは解ってくれそうな物だけど」「本当、ごめん。僕が悪かったよ」「・・・まあ、いいけど。元帥閣下の御言葉、その大義、よく考えなさいよ。敢えて、長崎で、条約を発表した意味も」・・・沙織は、元帥の言動に疑問は抱かないのか。まあ、元帥に見出された訳だし。・・・でも。僕は、元帥の言動に、少し違和感を感じていた。
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