第9話 再会
「黒巖少佐、任務地へ出頭します」・・・今日は、第百六十二回原爆忌。そして、第五回フェリシア・長崎合同平和記念式典の日。二一〇七年、八月九日。いわゆる「原爆の日」。その合同平和記念式典に、機動強襲軍を代表して、僕と数名の武官、文官が出席する事になった。
長崎市街に、リニアで到着した。長崎駅のクラシカルな姿を見ると、地元に帰って来た実感が湧く。タクシ―を拾って、平和記念公園へと向かう。・・・・ん・・・?あれは、まさか・・・いや、気のせいだな。彼女がこんな所にいるわけない。
「博秋―、我を忘れたか?ヒロアキ―!」・・・いや、間違いない。あれは・・・、彼女だ!?「止めて!僕はここで降りる」「少佐、なにを!?」「いいから!」
彼女の声がした方へ駆け寄る。すると。確かに。・・・そこに、彼女の、シルフィの。愛しい姿があった。
「シルフィ!」「おお、博秋!我を忘れた物と思うたぞ」「まさか。あの日、君が助けてくれなければ、ア―シアの民・黒巖博秋の命は、あそこで潰えていたよ」「そうか。汝も元気そうで何よりじゃ」・・・会話していて、気づいた。こんな事、喋ってる場合じゃないんだ。僕は、彼女に謝罪しなければ。フェリシアの騎士の命を奪った、その罪を。
「シルフィ、僕は・・・。」「汝の武勇は聞き知っておる。騎士がいくさに倒れるは、いくさの常道。汝を恨んではおらぬ」「シルフィ・・・、君は、本当は、僕を・・・許せな、」「汝の、祖国に捧げた騎士道、我が口を挟む事では無い。己の大儀に殉じるが良い」「・・・ありがとう、優しいシルフィ。」「なに、騎士道に身を捧げた者のさだめ。汝、気に病むでないぞ」「・・・うん。ありがとう。」そこで、言葉を句切る。
「六日の広島での式典、映像を見たよ。あのフェリシア皇国聖皇女、フェリア陛下が、シルフィの姉上なんだね」「うむ。かつて、「焔」に焼かれしあの都市、前大戦以来、毎年我が皇国から代表が選出され、追悼式典に参列しておるが。今年は、アーシアとの紛争が増加した為、あえて姉聖皇女陛下自ら、ヒロシマの地に参った次第なり」「・・・フェリシアの人は、本当に平和を大事にするんだね」「うむ。「焔」では、我がフェリシアも、母星を焼き尽くした愚挙の過去があるでな。同じ悲劇を体験した地の者と平和について語らうのは、両星にとって有益と信じるが。汝はいかんや?」「そうだね。全く、その通りだよ」「うむ。・・・ではな、博秋。我は、式典に、神聖フェリシア皇国・第一皇位継承者として参列せねばならぬ。積もる話は、後ほどにな」「うん。頑張って、シルフィ。」・・・なにを頑張ってもらうのか、自分で言って苦笑したが、シルフィは優しく微笑むと、真剣な表情に変わって、「では、参る。」と言うと、式典会場へ向かった。
それから。第5回合同平和記念式典は、平和記念公園で執り行われた。今年は南条首相が多忙で来れないとの事で、一層シルフィの存在が際立っていた。その後、フェリシアの儀礼艦、シルフィの船が、半旗を掲げて、長崎市街上空を飛行する。厳かな風景。聞けば、式典に際して、全ての武装は封印して来たそうだ。フェリシアの人の、心配りは、地元出身者としても嬉しい。その後。シルフィと、二人きりで話す時間が与えられた。と言うより、シルフィが、僕を長崎での案内役に指名したらしい。・・・願ったり叶ったりだ。ただ、シルフィの船が、先日東京上空で戦った船に似ているのが気になった。やはり、あれはシルフィだったのだろうか・・・いや、今日は聞かないでおこう。
「今の我は、シルフィ・リ・フェリシアぞ」「え、ラって姓は?」「うむ。あれは、帝王学の一環として、民の家庭で教育を受けていた頃の姓ぞ。今は、正式な皇位継承の儀も終わり、聖皇家が家名、「リ・フェリシア」を継いだ身ぞ。・・・「ラ」の名にも、かなり愛着があったのであるが。あの家は、良き家であった。皇女としての生活しか知らぬ我に、民の暮らしを教示してくれた。いまでも、あの家の母と、姉妹たちとは文通しておる」・・・へえ。改めて思う。やっぱり、彼女はフェリシアの皇女なんだ。でも、民の家に預けられるなんて、フェリシアの皇室は進んでいるな。・・・と。
「此度のいくさが終われば、姉聖皇女陛下との婚礼の儀も近い。」・・・そこは、フェリシアらしいと言ったら、彼女は怒るだろうか?僕は、そのフェリアって言う聖皇女の事を、何一つ知らない。だから、彼女の実の姉に対する「想い」が一体どう言う物なのか、考えても解らない。
「博秋よ。我と親しき者は、我を「フィ―」と呼ぶ。であるから、汝も我をそう呼ぶがよい」フィ―、可愛い響き。でも。
「君の優しい申し出は嬉しいけど。僕は、君をあえてシルフィと呼びたい。いや、呼ばせて欲しい」「ほう?これは異な事を申すな。して、その本心や如何に?」「君の、美しさ、高潔さが、シルフィと言う名前に相応しいと想ったから。・・・これでは駄目かな?」真っ赤になる彼女。「そ、そそそんな事は、無い!!無いぞ!汝の好きに呼ぶがよい!シルフィと呼ぶが良い!」
その後、シルフィを長崎市内に案内する。浜の町、港、出島。
浜の町では、ちょっとしたアクシデントがあった。シルフィが、マスバ―ガ―を不味いと言ったのだ。
「な、なんじゃこれは」「美味しくない?」「うむ。手作りでない料理は、我の口に合わぬ」「はは・・・、皇女様だものね、シルフィは。」「否。我がフェリシアでは、民から皇族に至るまで、手作り料理を好む。汝らの言う「ふぁ―すとふ―ど」のようなものは、いくさ場でも滅多に口にせぬ」「・・・へえ、随分文化的なんだね、フェリシアって」「うむ。あまり科学が進み過ぎると、社会の停滞をもたらす。であるから、今の我がフェリシアの暮らしぶりは、汝の星で言う、中世時代風の暮らしと言えよう」「中世って、テレビもネットも無いの?」「そのような事は無い。だが、技術に依存しすぎる生活は、かつての統一戦争時代前後の暮らしを想起させる。それもあって、我が民は、あえて昔風の生活を送っておるのだ」・・・へえ、あれだけ科学技術が進んだフェリシアの人の暮らしが、中世風ね・・・、面白い。聞いて見る物だな。
「僕の産まれた、五島も案内したいな」「お主、ゴトウの生まれであったのか?うむ、それはよい。あの島々には、一度皇女として足を運んだが」「え、シルフィ、五島に来たの!?」「何を言っておる。あすこには、我がフェリシアの民の入植地があろう」そうだ。確かに。「皇女として、我が民の平穏を見届けるは、皇国の名を背負いし者の義務ぞ。」立派な心掛けだった。
と、近くで、子供が転んだ。その子にかけより、何事かを詠唱するシルフィ。終わった様だ。「フェリシアのおねーちゃん、ありがとう!」女の子は、母親の元に駆け寄って、もう一度、シルフィに手を振った。シルフィも、笑顔で手を振る。「これは『物理構築式』じゃ」「物理式?」「うむ。汝等が我がフェリシアの技術を言うところの『魔法』であるな」「あれ、でも、フェリシアの騎士も『魔法』って言ってたよ?」「それは汝等の翻訳機の問題であろう?我等フェリシアの民は、この力を昔から、『物理構築式』と呼んで来たのじゃ。」そうなのか。まるで、魔法みたいだから、一般的に、フェリシアの『魔法』で通して来たけど、今日からは「物理構築式」と呼ぶ事にしよう。
と、突然上空が陰った。見上げると、かなり大型の飛行機の影があった。シルフィに気取られない様、端末を素早く見る。それによると、大型偵察機、「七式陸上管制機」が通過していく所だった。「軍隊め、今日という日まで偵察に来よってからに・・・」声の方を見ると、年配の御老人が、上空を睨み付けていた。シルフィが尋ねる。
「所で、あの機体は何じゃ?御老人」「ああ、あれか・・・、空自…今は空軍か。空軍のね。佐世保の方からちょくちょく来よるんですわ」「何やら偵察機の様じゃが…」あんな高高度の機体が見えるのか、シルフィの視力は…「あんた、やっぱりフェリシアの人かいな。五島では、儂らと平和裏にやっちょるっちゅうのに、軍隊は。五島や、この街に、ちょくちょく偵察機を飛ばすんですわ」「・・・信用されておらぬ、と言うことかのう」「それにしても、今日に限っては、いくら何でも・・・」僕の率直な気持ちだった。
と、御老人が僕を品定めする様に、まじまじと眺めた。「あんた、軍人さんか。その年で、結構な出世のようじゃのう。なんと、その年で少佐かいな」「あ・・・いや、これは・・・」「こやつは、軍でテストパイロットをやっておるとかでな。決して、フェリシアの民を手にかけた訳では無いぞ、御老人」シルフィ、僕を庇って・・・。「そんならええ。フェリシア人とて、人の子じゃけんな。人殺しはいかんよ、兄ちゃん」返す言葉も無い。「それじゃ、儂はこの辺で帰ろうかいの」「お気をつけてな、御老人」「ああ、フェリシアの姉ちゃんもな。」そう言うと、老人は去っていった。漁師町の人だったのか、言葉が少々荒っぽい。だが、人殺しはいかん、その一言が、僕の心を支配する。
「博秋、大丈夫か?」「・・・うん。それにしても、どうして僕を庇ったの?」「この都市の民が、軍を好まぬのは聞き知っておる。それに、我もフェリシアの騎士として、アーシアの兵を手にかけておる。汝だけを庇ったわけでは無い」そう、シルフィは言うと、少し考え込んだ。それから暫くして。
ふと、シルフィが、言った。「我も、ア―シアの過去の悲劇、フェリシアの皇女として学んでおきたい。」「え、それは、僕としても嬉しいけど。出島からは結構遠いよ?タクシ―を拾う?」「タクシ―?よく解らぬが・・・、今日の我は、ア―シアを学びたいのだ、色々と。出来れば、ア―シアの民が、普段の生活で乗っている物に乗りたい。」「解りました、皇女様。それなら、うってつけの物が御座います」「ふむ?なんであるか?」シルフィ、きっと驚くぞ・・・。
「「路面電車」なんて、君は見た事ないだろう。?長崎の名物なんだ」「いや、こう言う物なら我が皇国にもあるぞ?」「・・・本当に!?」「うむ。首都船ヴァルハラ等では、民の足として、船内を、高速電車と連携して、民を運んでおる。言わば、フェリシアの足、と言う訳であるな」「・・・へえ」すこし以外だった。物凄く科学が進んだ彼女の母国、神聖フェリシア皇国。その一般国民がどんな暮らしをしているかなんて、今まで考えた事も無かった。多分、他の地球人もそうなのだろう。こうした事を、元帥の「先生方」は御存知なのだろうか?つまり、フェリシアの人々も地球人と何ら変わりない普段の日常があって、そうした人々となら、対話の余地があると。楽観的過ぎるだろうか。
「次は浦上、浦上に停車します。」「降りるぞ」「え、資料館はまだ先だよ?」「・・・我なりに思うところあってな。ウラカミの教会は、この眼で見ておきたいのじゃ・・・ほれ、はようせぬか。降りるぞ」「あ、ああ、うん」
浦上天主堂、正式には「浦上教会」、信徒会館2階、資料室を見る。「・・・ッ」シルフィが唇を噛む。溶けたロザリオ、同じく溶けた聖母像、聖杯が、当時の悲劇を物語る。「あの像は何か?」「マリア様。キリスト教で言う、聖母様だよ。」被爆した聖マリア像が、痛々しい。「確か、この地に、禁断の焔を落とした国も、キリスト教の国だったな。ア―シアの民は、同じ神の名において、命を奪い合うものか」・・・答えられない。いや、答えたくないのだ。僕のじいちゃんが、正にその点で、キリスト教を嫌っていた。その為、僕もキリスト教には幾らか複雑な思いを抱いていたのだ。例え、真のキリスト教を僭称する新宗教、キリストの証とは、本来のキリスト教は大分違うと、頭では理解してはいるのだが。
「確か、この地には、当時の汝の祖国が敵国、連合国の虜囚を捕らえておったと聞く。その連合国、自国の兵の頭上に禁断の焔を落とすとは。棄民と言う事か」「連合国だった国は、原爆が戦争終結を早めたと主張してる」「愚かな。焔の災厄、我がフェリシアの統一戦争でも、禁断の焔の後遺症は、長く母星を蝕んだ」シルフィの言う事は、もっともだ。でも。ここの資料で、それだけ感傷的になるのなら。原爆資料館の展示物は、彼女には余りにも辛い物かも知れない。
・・・外へ出よう。「シルフィ、そろそろ出よう。資料間が閉館してしまう」「・・・ああ。そうであるな」やはり、シルフィには、ここの展示物はキツ過ぎたか。・・・じゃあ。資料館へ向かっても、大丈夫だろうか?いや、向かうしかない。彼女が学びたいのだから。
「資料館へは、このまま歩いて行くよ」シルフィは、幾分か元気を取り戻せた様だった。否、彼女なりの空元気なのかも知れない。なにせ、同じ神を信じる人達から、あんな物騒な物を落とされた爪跡を目にしたんだ。その上、シルフィは、連合国の捕虜の上に、原爆が投下された事を既に知っていた。彼女はそうした事を考えていて、その結果として、シルフィなりに、地球人との対話が難しいと、改めて認識したのかもしれない。
「あら、綺麗な蒼い髪。フェリシアの方かしら」・・・見ると、天主堂のシスタ―だった。「ええ、まあ。彼女は、入植地から来た・・・、」「おい、博秋。我は・・・」「少し黙ってよ。すぐ済むから」と僕は言うと、シスタ―に向き直った。「彼女は、地球の事を学びたいとの事で、その一環で、天主堂の見学に来ました。フェリシアの人にも、対話できる人は少なく無いと、僕は思います」「そうね。その通りですね。」「シスタ―は、フェリシア人の事を?」「少しだけ、生の受け方が違う人々と、私個人は考えています。もっとも、極一部ですが、非常に過激な方達もいらっしゃるようですが。」「キリストの証、とか」僕の疑問を口にする。このシスタ―なら、疑問に答えてくれそうな気がした。
「ええ・・・。あの方達は、主の御言葉を誤解しています。主は、汝の隣人を愛せよと仰いました。それが、異星の民には当てはまらないと言うのは、主の御心に反すると、私は思います。少なくとも、異星の民を迫害せよ、とは聖書には一節だって書いていないのですから。」シスタ―は、悲しそうに、言葉を選びながらも憂いている様だった。
「汝・・・、貴女は、「あれ」を落としたアメリカ人が憎くは無いのですか?」ずっと黙っていたシルフィが、口を挟んだ。「勿論、憎くはありません。悪いのは戦争です。戦争は、人を悪魔に変えてしまう。米国も、その後、幾多の戦争で、若者達の血を多く流しました・・・悲しい事です。」「我の失礼な質問に御答え戴き、有難う御座います、敬虔な方。」「いえ、一介のシスタ―である私に言えるのは、ここまでです。後は、フェリシアの方、貴女御自身で、御覧になって下さい。かつて、この地を覆った悲劇を・・・。」「シスタ―殿・・・。」
「それにしても、貴女達、お似合いだわ。もしかして、恋人同士?」
突然、シスタ―が、明るい表情になる。「わ・・・、我、私・・・、は、」「貴女達を見ていると、少し安心出来ます。地球とフェリシアが、次の世代には、戦争と言う愚かな行為で、手を血に染める事が無いであろうと。」
・・・このシスタ―も、フェリシアの人と、地球の関係を憂慮している人々の一人と言う事か。本物の神に仕える人は、「アカシ」とは全く違う。シスタ―からすれば、フェリシアの文化の一部は、きっと認められない所も少なくないのだろう。だが、地球人がフェリシア人を差別する時、一番問題になる事が多い、出産の事を、このシスタ―は、「少しだけ、生の受け方が違う人々」と言った。僕が軍人で、フェリシアと戦っている事を知ったら、きっ悲しむだろう。と。シスタ―が、真剣な表情で、言った。
「フェリシアの少女。今から原爆資料館に向かうのですか」「はい。ア―シアの過去の悲劇を、この目で確かめたいと思います。我が母星フェリシアも、「焔の災厄」で、多くの民を失いました。その過ちを、二度と繰り返さない為に」シルフィの決意は、非常に固い決意の様だ。と、シスタ―が穏やかな表情で、シルフィに語りかける。
「もしかしたら、色々な物を見て、地球人が恐ろしくなるかも知れません。だけど忘れないで、彼の様に、フェリシアの方を差別しない地球人も、決して少なくない事を。・・・地球人同士の愚かな行為を見て、今度は貴女が地球人との対話の機会を捨て去る事が無い様、私は主に御祈りを捧げます」「貴女の思いやり、シルフィ・リ・フェリシアの名において、決して忘れません。あなたに我が創星神フェリシアの御加護があります様」見ると、天主堂のキリスト像が、僕達を見下ろしていた。いや、見守っていた様に感じる。これが、本物のクリスチャンの暖かさなんだろうか。じいちゃんは、長崎県民としては少々珍しい事に、随分なキリスト教嫌いだった。キリスト教徒の上に、あんな物を落とす奴等は信用ならん、と。そこだけは、決して譲らなかった。・・・じいちゃんがフェリシア人と話す機会があったら、彼女達に何と言っただろうか?
・・・それから僕達が、資料館に歩き出してから、何度もシルフィは、後ろを振り返った。あの優しいシスタ―が見えなくなるまで、何度も、何度も。
原爆資料館は、今日は閑散としていた。修学旅行の団体も、今日はいない。お年寄りが、162年前の今日の悲劇に涙していた。その一画で、シルフィは、展示された資料を真剣に閲覧していた。日本人だって、ここまで真面目に見入る人はそうそういないだろう。ア―シアの過去の悲劇を学びたい、その言葉に偽りはなかった。・・・ただ、彼女には、浦上教会の展示資料以上に、目を背けたくなる光景ばかりだった。
「うっく・・・、同じ星の民同士で、この様な・・・。」
涙。フェリシアの皇女である彼女が、名も知らぬ地球人の悲劇に、涙していた。僕も視線の先に目をやる。そこには、防火水槽に飛び込んだまま焼死した、母娘の写真。・・・ここは何度来ても、やりきれない気持ちになる。フェリシア皇女である彼女からすれば、娘を守ろうとして思いを遂げられ無かった母の遺影は、きっと。地球人が見るより、ずっと惨たらしく思えるのかも知れない。実際、惨い光景ではある。だが、2世紀前の悲劇に、今の僕達が出来ることは、無い。
「博秋。このいくさを、我は終わらせたい。この様な惨劇を、繰り返さぬ為に。・・・それが、今の我等に出来る、ささやかだが、成さねば成らぬ事であると、我は想う」・・・ああ、そうだった。優しいシルフィ。彼女からすれば、遺影の人に報いる方法を、直ぐ見つけ出す事など造作も無い事なのだ。・・・参ったな。ここは僕の地元で、僕はナガサキ出身で。そう言う事を、むしろ僕の方こそ考えるべきだったのだ。それに気づかないなんて、僕は・・・!
「うん、シルフィ。この無意味な戦いを、終わらせよう。・・・たとえ、共に掲げる正義があったって、最後に涙を流すのは、こうした罪無き一般市民なんだ。」「いかにも。我も、陛下に御進言しよう。ア―シアとのいくさ、早期に終えねばならぬ、と」青臭い書生論かも知れないけど。僕は、シルフィの言葉を信じたい。彼女となら。この戦争を終わらせられる。そんな予感があった。と、資料館が賑やかになった気配があった。・・・見ると、あれは・・・アカシ!?奴等も来ていたのか!?何故!?・・・ああそうか、奴等の教義では、地球人同士の愚かな争いの負の遺産の眠る地、確かそう、長崎と広島の事を言っていた。
「シルフィ、そろそろ出よう。」「うむ?まだ全て見終えておらぬが?」「団体が来たんだ。きっと今日はあっちで手一杯だと思う」・・・嘘だった。彼女にアカシを、地球人の醜い一面をこれ以上見せたくない。今日は、教会と資料館だけで、十分過ぎる。そう、思った。彼女の手をとる。「さあ、シルフィ、帰ろう」「あ、ああ。そう強う引っ張るでない」
資料館を出て、平和記念公園に向かう。アイス売りのおじさんから、二人分のアイスを買うと、一本をシルフィに手渡した。手頃なベンチに座る。今日は、色々疲れた。ふと、彼女が、アイスを眺めながら、呟いた。
「ア―シア人も、ニッポンジンも解らぬな?あの様な惨劇を経て尚、何故故に禁断の焔の恐怖に依存するか」・・・答えられなかった。大学で、栄えある義塾で習った核抑止論が、今は酷く空虚なものに思える。
「大国同士の、核による平和。恐怖の均衡が、戦争を回避する抑止力となる。地球で、核の開発に従事した・・・それでも偉大な科学者が言っていた」「男が考えそうなことじゃな。そやつ、男であろう?」「・・・うん。あの方は男性だ」「あの方?この地に禁断の焔を落とした者達の一人であろう?」「あの博士は、理想論者だったんだ。悲惨な第一次世界大戦の惨禍を見て、世界から戦争を無くす方策を思案した。その結果が、核による抑止論だった。そして、最近まで、世界のエリ―トの常識だった。君達が太陽系に来るまではね」「?我が皇国が、如何様に地球の指導者層の常識と化した意見に影響しうるや?」「神聖フェリシア皇国が太陽系に来たから。初めて、地球人が眼にした異星人。君達は、平和を愛し、地球に対話の姿勢で語りかけた。そうだよね?」「うむ。平和を愛するは、我が皇国も地球の民と同じぞ」
「その、フェリシアの力。それを、地球人は恐れた。そして、あの戦争で、国連軍艦隊は、核ミサイルを放った。・・・だけど、君達の進んだ科学力で、全て無効化された」「うむ。あれぞ、我が皇国が誇る聖槍、ミストルティンが力。いや、ミストルティンを撃つまでも無かったな。あのいくさでは。艦隊周囲の力場で、地球の焔は封じたのであった」「シルフィもあの戦場に?」「うむ。地球軍艦隊総旗艦、「ワシントン」を沈めしは、我ぞ」シルフィが一瞬、自慢顔になる。無理もないか。いきなり撃たれた核ミサイル。それを無効化し、それから。「あのいくさでは、我が、聖皇女近衛艦隊を率いておった」艦隊の力場で核を封印。誇る事なのだ。国連軍艦隊の多数の死者。それは、僕が口にする資格はない。・・・僕も、フェリシアの騎士達を大勢手にかけているから。
「それで、その学者。続きは?」シルフィが促す。まさか、長崎で、異聖の皇女に、アインシュタインの偉大さを語る羽目になるとは。正に、事実は小説よりも奇なり、だ。
「アインシュタイン博士。あのマンハッタン計画の責任者の一人。・・・だけど、博士がいなかったら、地球のエネルギー問題は、もっと深刻だっただろう。100年前には、石油を掘りつくしていたかもしれない。石油を巡って、戦争の日々、なんて星になっていたかもしれない。そう考えると、あの博士を悪くは言えないよ。少なくとも、僕は。それに」「それに?なんじゃ?」「博士が、原子爆弾を完成させなかったら。・・・日本が先に完成させて、アメリカの都市に投下していたら。日本が、核の加害国になってしまっていたら。・・・考えるだけで恐ろしい。それに、当時のナチス・ドイツも原爆を研究していた。博士がアメリカに移住しなければ、第三帝國を自称するナチス・ドイツが先に、悪魔の火を手にしていたら。自国民とゲルマン民族以外には無慈悲なヒトラーの事だ、躊躇い無く敵国に使っていただろう」「ア―シア・・・、地球の歴史も、随分複雑であるな」「そうだね。そうした事が、ここ169年程の間に起こったんだ」「地球の民も、苦労を強いられたのであるな。地球の為政者は、もっと民を愛するべきじゃ」シルフィの言う事ももっともだ。とは言え、おかしな話ではある。異星の、第一皇女にして、聖皇女后婚約者から、地球の指導者の問題を指摘されるだなんて。地球人は、まだまだ未成熟な赤子なのかも知れない。この広大な宇宙からすれば。
「きっと、いつの間にか、平和とか、そう言うのに冷めていたんだと思う。誇りある慶鳳、名門大学で、学んで。それでも、世界から、完全には、核は無くならない。そんな現実に、達観した気になっていたんだ」「汝も、禁断の焔は嫌っておるのであろう?」「勿論。僕はここの出身だし、沖縄にも近いし。自分で勝手に東京とかの人達よりは、平和とか、核については知っている気になっていたんだ。それじゃ、中学のテストで被爆地も、日本で唯一地上戦を強いられた県も知らない、今時の東京の子達と、どこも変わらないのに。・・・僕の母校、慶鳳大学の、偉い先生方も、世界から核を無くす理想はともかく、実際には不可能ではないか、って仰っておられたし」
「・・・汝、気を悪くしないで欲しいが」突然、シルフィが、それまでとは別の雰囲気をかもし出す。「汝の学び舎、その名は何と申す。もう一度言ってたもれ」「慶鳳だよ。慶鳳義塾大学。日本で最初の・・・」「サクラカイ、か」「・・・え?」「あの学び舎から輩出された指導者達は、この国の闇を形作る者達が巣食っておる機関、桜会の幹部を形成しておる」「え・・・?」「無論、全ての者がそうでは無い。しかし」シルフィは躊躇う様に口をつぐみ、そして。
「この日本を導く者達を生み出す主な学び舎、汝の母校もその一つ」「うん。僕の誇りだ。」「そうした学び舎の幾つかから、この国の指導者層を牛耳る者達が生まれる。その者達が集う場、それが桜会」え・・・、シルフィは何を?
「シルフィ、違うよ!先生方は、日本と世界を、正しい方向に・・・」「その者達の言う「世界」に、我がフェリシアは入ってはおらぬ」・・・シルフィは何を言っているんだ!?元帥閣下だって、桜会は、日本を、世界を正しく導く賢者の集いだって・・!「我が皇国にもな。闇と呼ばれる者達はおるのだ。聖皇女陛下を輔弼せる、皇国元老院。そこには、我がフェリシア中の叡智が集う」「なんだ、桜会と同じじゃないか。要するに、正しきエリ―トの集団、って訳だ」「・・・その元老院、最近良からぬ噂を聞く」「何だって言ってるの、その元老の人たち?」「ア―シア人は、我等フェリシアの民とア―シアの、邂逅のいくさにおいて、「禁断の焔」を用いた。」国連軍艦隊の、核ミサイル攻撃の事だ。
「元老の一部に、あくまで悪い噂であると我も信じたいが、・・・その一部に。ア―シア人は、あの焔を用いた、未開の蛮族であるから、フェリシアの名の下に、よう懲を加えねばならぬ、と。」「そんな?!地球人皆が、フェリシア人に核を撃ったわけじゃない!」「あくまで噂の域であるがな。その元老院の中枢にいる元老、あ奴は「男」だ。フェリシアでは殆ど死滅した、な。」
・・・その男が、フェリシアの側の、「戦争を望む者」なんだろうか。じいちゃんの話には、フェリシア人は出てこなかったものな。フェリシアの側の戦争に関する事情、これはじいちゃんでも答えられ無かっただろうと思う。ふと思わず、苦笑する。声を立てずに。・・・そうそう、シルフィに聞かなきゃならない事がある。
「シルフィ。時々、フェリシアの騎士が、「ノイン」と言うのを耳にするんだ。どう言う意味か、教えてくれないだろうか」シルフィは、答え辛そうな表情だった。「あ、答えたくないなら、無理しないで。ただ、僕が気になっただけだから」
「「ノイン」とはな・・・、フェリシア語で「9」を意味する」「うん。それ位は僕も知っている」「その、9。・・・ノインと言うやからが意味する9は、汝が祖国、日本の法典が9条を意味する」・・・法典?9条?あの、平和憲法9条の事なのか?
「日本国は、我がフェリシアとの邂逅のいくさにおいて、あの法を理由に、我が皇国との開戦を避け、最小限の自衛的戦闘に終始した。」「うん。自衛隊は、戦争は出来ないんだ、余程の理由がない限り」「それをな。・・・一部の我が同胞が言うにはな。・・・日本人は、あの法で、卑怯にもいくさを逃れた。禁断の焔を使った国々を友としながら、卑怯極まりない。そう言う意見が、極一部にあってな。それで、法典9条から来て、9・・・つまり、ノインと言うわけじゃ。・・・あまり言いたくは無かったのであるが・・・、我がフェリシアの民が、汝の祖国を卑下するときの言葉、そう考えて欲しい」「・・・でも。日本政府は、君達フェリシアの民を、対話が通じる相手だと判断したから、憲法9条の話を、事前協議に持ち出したんだと思う」「それは解る。であるからこそ、姉上陛下、フェリア・リ・フェリシアの名において、日本国とはいくさを起こしてはならじ、と言う御聖断が下されたのだ。・・・フェリア陛下が、この決意を述べるまで、どれ程の葛藤があったか。汝には、いささか理解しえないであろうな・・・」
・・・平和憲法が、フェリシアの人々に、そんな風に写っていたなんて。かなり、ショックだった。あの、平和憲法があったからこそ、日本はフェリシアと唯一戦争をしていない国となった。その為、地球側とフェリシアの外交のほとんどは、日本で行われる様になった。だから、僕も日本人の一人として、誇りを抱いていた。平和憲法に。・・・例え、そのせいで、地球の国々から卑怯な国と烙印を押されても、フェリシアとの戦争を回避した事は、誇るべき事だと。今の今まで、そう信じて疑わなかった。・・・それが、地球の国だけじゃなく、フェリシアの人々からも、日本人を卑下・・・要するに差別、そんな事になってるなんて。・・・ショックだった。
「先程の、フェリシアが元老の「男」、アドルフ・ジークフリード。あ奴もア―シア人をノインと称しておると聞く」確か、フェリシアでは、大昔の統一戦争以来、男性人口が激減したと言う。その、極僅かな男が、日本を「ノイン」と称しているのか。・・・少々複雑な気持ちになった。否、ならざるを得ない。いきなり、こんな話を聞かされたら、誰だって―シルフィが、続ける。「アドルフが言葉をフェリア陛下から伝え聞くには。桜会の老人達が、日本をリ―ドしている。これは先程話して理解したであろう?」「理解、と言うか。まだ実感が湧かないよ」「良い。・・・続けるぞ。その桜会が、あえて同胞から憎まれるのを承知の上で、我がフェリシアとの戦争を回避したのは。・・・他の大国を戦わせ、日本の戦力を温存し、他の大国が疲弊した時、日本が対フェリシア戦の主導権を握る野心があった、と。アドルフの言う言葉ではあるが。」
「日本がそんな野望を抱いていたなんて・・・、すぐには信じられないよ」「無論、アドルフの言の葉の事、あ奴の智謀が幾分紛れてはおろう。・・・だが、客観的に見て、日本があの法で、戦火を免れた事自体は事実。法典9条を盾に。同胞を見殺しにしたも同然。・・・そう言うやからもおる。ああ、誤解なき様。その見解が、皇国の総意では決して無い」
「あの平和憲法が、日本人がノインと呼ばれる理由だったなんて、結構ショックだよ。僕は、あの法を誇りにしていたんだ」「己の祖国の大儀に殉じるが、騎士のさだめ。汝は悪うない」僕は、シルフィに気を使って、さっき。アカシとの接触を避けたつもりだった。でも、気を使ってくれているのは、むしろシルフィの方だ・・・話そう。地球の闇、フェリシアとの再びの戦争を望んでいる、彼等の事を。
「地球にも。桜会はともかく、それとは別に。・・・明らかに、君達フェリシア人を差別する組織があるんだ」「ほう?」「キリストの証。嫌ってる日本人は、軽蔑を込めて、単に「アカシ」って呼ぶ」「その名は聞いておる。この星でもっとも戦闘的な、徹底した反フェリシアの組織。体裁は、宗教の形を取っているが、その実態は、我等フェリシアの民に牙を剥く、悪意の塊」「そう。・・・さっき、資料館に来た団体。あれが、アカシ。・・・ごめん、君に嘘をついた」「良い。我に気をつこうたのであろう?汝は苦労性であるな」そう言って、シルフィは再び僕に気をつかう。・・・優しいシルフィ。「聖書なら、僕も読んだけど・・・、アカシとは全然違うよ」「そうであろうな。否、そうでなければ困る。我が
フェリシアと、ア―シアの和解の為に」「うん。特定の考え方が、人に悲劇を押し付けちゃいけない。」「その通りじゃ。汝を見込んだ我の目、狂いは無かったと言う訳じゃな」「僕は、じいちゃんのおかげで戦争について考える様になったんだ」「良い祖父であったのだな・・・・」「アカシは、フェリシア人の駆除を掲げている」「その闇、いつの日にか晴れようぞ」「そうだね。君がそう言うのなら、そうなる気がする。」「ア―シアの民自身が、闇を払わねばな」「うん・・うん。」
・・・気づけば、もうそろそろ、シルフィの帰る時間だ。気持ちを整理せねば。桜会の事。そして、僕の優しい皇女様、フィ―。優しいシルフィ。もう会えないと言う訳じゃないけど、別れはやはり悲しい。と、シルフィが語りかけて来た。
「博秋。また会う日まで。汝が命、大切にせよ」「僕こそ・・・君と別れるのが、悲しい」「馬鹿者。男がその様な情けない顔をするでない」「シルフィ、君は、優しいね。フェリシアの騎士を手にかけた、この僕を、許してくれるなんて。・・・再会した時には、うまくお礼の言葉が出なかったんだ。」博秋、汝は・・・「良い。騎士のいくさには、騎士道が無ければならぬ。道義無きいくさは、ただの殺戮ぞ」「そうだね。地球人も、昔から戦争のあり方では随分悩んできた」「次の世代には、そうした未来を遺したくないものぞ」「うん、僕達自身がそう願い続ければ、いつかきっと、二つの星の不幸な戦争だって終わるよ」「汝が言うと、いつか本当の事となるやも知れん。そんな気がする。汝、言の葉の魔道を使い得るや?」「まさか、そんな」くすくす、とシルフィが笑う。・・・地球とフェリシアも。僕達みたいに、分かり合えたらいいのに。そう、強く想った。・・・そう言えば、シルフィはどうやって帰るのだろう?
「シルフィ、大村の宇宙港に行かないの?」「我には出迎えがある。見よ」シルフィの指指す方を見る。船だ。「あれで帰るの?」「あれ、とは心外な。我が皇国が誇る新たな船ぞ」口が滑った。シルフィが親しげにしてくれるから、つい。
シルフィの船が降りて来た。さっき、合同平和記念式典で、神聖フェリシア皇国の儀礼艦を務めた船だ。以前のシルフィの船とは違う。華麗なシルエットだが、・・・・何と言うか、内に秘めた強さみたいな物を感じるラインだった。
「シルフィ、この新しい船は?」「うむ、我が皇位継承の儀の折、姉聖皇女陛下より下賜されし、新造艦ぞ」「へえ。名前は?なんと言うの?」「シルフィ」「シルフィ?」「うむ。我の武勲にフェリア陛下が応えて下さり、特別に我の名を冠した。フェリア陛下の、我への信頼の証、と我は解釈しておる」「へえ、凄いんだね、シルフィって・・・、新造艦の名前になるんだ」「我も最初は照れたのであるが。姉聖皇女陛下が、是非に、この艦の名は「シルフィ」にと申すのでな。余りの名誉であるが、謹んでお受けする事にした」「フェリシアの船って、普段はどんな名前の付け方をするの?」「そうじゃな。まず、歴代の聖皇女の名。これは、特別な船にしか付けられぬ。他、皇国に功労ある者の名、都市、山、森、池、川・・・、古代の地方名」「なんか、日本の艦命名基準に似ているね」「そうであるか?ふむ。同じく皇室を戴く国同士、似ている部分があるのやもしれぬ」「そうかもね。案外、そう言うところって多いのかも」そう言えば、と。シルフィが何かを思い出した様に言う。
「ニホンの今の今上帝、あの方も女性であるな。確か、桜ノ宮陛下と申されたか」「そうだね。今の陛下は、女性だ」簡単に応える。実は最近まで、日本の皇位は男しか継げなかったなんて、シルフィが知ったら呆れるだろう。そう思った。
・・・そろそろ、シルフィとの別れの時間だ。今度こそ。
「博秋。では、しばしの間、さらばじゃ」「うん。君が、この戦争を終わらせる為に献身してくれるよう、僕も祈っているよ!」「汝の往く道に、我が創星神フェリシアの加護がありますよう。そして、この地に繁栄と平穏を。」「ありがとう、シルフィ。・・・正直、僕は、君に、教会も、資料館も見せたくなかったんだ」「?何故じゃ?」「だって・・・!君が、君迄が、ア―シア人と対話出来ないと考えて欲しく無かったから・・・!」「詮無き事よ。汝は心配性であるな。・・・だが、我も忘れじ。この地の悲劇と、向き合って生きる民。・・・教会で出会いし、敬虔な方。この地は、フェリシアの民にとっても、忘れがたき地となろう。否、我がそうなる様、努力する」「うん。・・・うん」言葉が出なかった。シルフィと別れたくない。でも。彼女は皇女で。フェリシアの騎士で。僕が独占していい訳は無い。だから。元気に見送ろう。シルフィが、小心者のア―シア人の軍人を、気にかけずに、フェリシアの民の為に、日々尽くせる様。「殿下、御時間でございます」フェリシアの戦士が伝える。シルフィは、そうか、と返すと、もう一度僕のほうにやって来た。
「ではな。本当に、今日は為になった。汝がおかげぞ」「今日の事、フェリシアと地球が分かり合えるきっかけになって欲しいと思うよ」「うむ。・・・では」すると。シルフィは僕の両手を握り。「親愛の証ぞ。汝、死にたもう事なかれ」「君こそ。フェリシアの民に尽くして」そのまま、永遠に時が過ぎれば良いと思った。けど。
「じゃあ、シルフィ、また会う日まで」「博秋こそ、また会う日まで。願わくば、次に会う日には、我がフェリシアと地球がより良き関係を得ている事を願って。」「ああ。・・・それじゃ、別れは寂しいけど」「ではな。汝、決して死するでないぞ」・・・さっきの戦士がまた来そうになる。あわててシルフィが駆け出す。・・・彼女がタラップに足をかける。すると、こっちを振り帰り。
「ヒ―ロ―ア―キ―、達者でな―!」「シルフィ―!君も―、元気で―!」道行く人々が振り返る。気にするものか。精一杯手を振る。シルフィが、何度も振り帰り、・・・そして、艦内に消えた。僕は、そのまま立ち尽くし。シルフィの船。「シルフィ」の姿が見えなくなるまで、何度も、何度も。手を振り続けた。・・・今さっきの記憶では、何度もシルフィ―!と叫んでいた・・・様な気がする。・・・若さ故、か。・・・あ!シルフィと記念写真撮るの、すっかり忘れてた!・・・まあ、良いさ。今度、戦争が終わってから会えば、きっと彼女の事だ、写真位撮らせてくれるだろう。その日を生甲斐に。また、明日から、僕の戦いは始まる。フェリシア人を手にかけずにすみます様。彼女が、ア―シア人を手にかけません様。僕は、誰とも無く祈った。
こうして、フェリシアの皇女は、長崎からの帰路についた。今は、二人共、その行く先に立ち込める暗雲を知る由も無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます