第8話 ―その善意が、世界を殺す―

そう言えば、母さんは今頃どうしているかな。そんな事を考えていたら、それを見透かすかの様に。「黒巖少佐、君、一度帰宅せんかね」「え?」思わず間抜けな声を上げてしまった。見ると、艦橋要員の女性が、クスクス笑っている。「君の入隊以来の活躍を見ていると、ここらで休暇を出しても良いだろう。君の母君の新たな暮らしを見に行く機会でもある」あ。そう言えば、母さんには、事情を一度メ―ルしたきりだったけど。官舎に引越したんだよね。「ああ、二尉時代の官舎から、少佐用の家族向け官舎に再度、引越しされるところだ。引越し日は・・・」今日だった。そんなわけで、僕は今、都内の閑静な住宅街を歩いている。僕には不釣合いな場所だと思ったけど、少佐の制服はぜんぜん不釣合いなんかじゃなく。駅前などでは、女子高生から逆ナンパされかけたりした。・・・まあ、馬子にも衣装、って奴だ。でも、こんな高級住宅地の中に、公務員官舎があるものなんだろうか?少し、そのまま道を、携帯の地図通りに歩く。確かに、官舎はあった。随分と立派なビルだった。さすがに、高級将校用だけあって。こんなところに税金を投入するなら、僕達ワ―キングプア世帯に少し位回したって・・・。・・・。いやいや、今は、僕達親子が、ここの住人なんだ。と、言うことは。僕たちが、今までとは逆に、貧しい方たちから複雑な視線を送られると言う訳で・・・急に、周囲の視線が気になりだした。早く、母さんのいる部屋へ上がろう。

 母さんの、僕達の部屋に入る。母さんは足が悪い。昔、交通事故にあった為だ。「ただいま、母さん」「お帰り、博秋」・・・・・・久しぶりの再会にしては、随分と淡白じゃないか?僕が、軍でフェリシア人と戦っている事に、怒っているのだろうか。「母さん、病気の具合が悪いの?」「そうじゃなくて・・・。博秋。今日は、貴方に大事なお話があります」何を改まって・・・余程、大事な話なんだろうか。・・・軍を辞めろ、とか。

 「母さんね、・・・キリストの証、止めようと思うの」え・・・、そりゃ、僕にとっては願ったりかなったりだけど。でも何故、今頃?「この間ね。電車の中で、フェリシアの人に親切にされたの。小さな事だけど。・・・でも、他の人達は、誰も母さんの足を気にしてはくれなかったわ」・・・母さんの足、義足は、一見普通の足に見える。だから、だれも気を使わない。いや、いまの日本で、障害者に気を使う若者の方が珍しいだろう。それを、フェリシア人は気にかけたのだ。

 「・・・だからね。あえて「アカシ」と呼ぶけど。アカシの教義が、段々おかしいな、って思えて来たの。勿論、貴方の学校の教授のお話でも、気にしてはいたわ。だけど、実際に、フェリシアの人と話したら、アカシの教義がおかしい、って思わずにはいられなかった」母さん・・・「だから。私は脱会届けを地区の長老に渡して来ました」・・・随分、突然だが、何にしても、母さんがアカシを止めてくれるのは嬉しい。と、母さんが物悲しそうに言う。

 「貴方には、アカシの事で、随分迷惑をかけたわね。中一から新聞配達する程、家のお金を、アカシにつぎ込んできたし」「いや、過ぎた事はもう好いんだ。僕は、母さんが、アカシを止めてくれただけで、十分嬉しい。だって・・・」「だって?」「僕も、フェリシアの女性を好きになったんだ」・・・瞬間、母さんが止まる。やはり驚くか、普通。

 「博秋。その恋の道のりは辛いでしょう。色々と障害にも出会うでしょう。でも」「でも?」「母さんは、その恋を応援するわ。」「ありがとう、母さん」「ただ・・・、貴方、今は軍人でしょう?フェリシア軍と戦ってる。山あり谷ありの恋ね」「そうだけど、僕は彼女に会って、話したい事があるんだ」母さんが、壁の写真に目を移す。そこには、祖父母と母さん、僕の4人が、ささやかな幸せでいられた時間が切り取られていた。「おじいちゃんおばあちゃんが、博秋が異星人の少女に恋したと知ったら、なんと言うかしらね。」

 そういや、死んだじいちゃんが、僕が小さい頃に、よく言ってたっけ。「戦争ちゅうもんは、正義と正義のぶつかり合いなんじゃ」 「?」当時の僕には、とても難しくて。「どう言う事、じいちゃん」「戦争っちゅうもんは、テレビの子供向け番組とちご―て、悪の侵略宇宙人を、地球が一致団結して、倒してめでたしめでたし、とはならん。だいたい、宇宙人が悪で、必ず侵略者っちゅうのは、安易な設定なんじゃよ。」

 確かに。フェリシアの事に当てはめると、じいちゃんの言っていた事の意味が、少し解る気がする。「あの、第2次世界大戦の英雄、英国のチャ―チル首相でさえ、第1次大戦があってなお、第2次大戦が起こったのは、「勝者の愚行」とさえ言い切っておる。だいたい、第一次大戦の戦勝国、当時は日本も戦勝国側じゃったが、勝った方の横暴が、やがてヒットラ―の台頭を許してしまうんじゃ」「難しいね、じっちゃん」「だれかからすれば、明らかに悪意に満ちた行動も、当人は、正しいとおもっちょる事は多か。帝都大空襲、原爆。枯葉剤、対人地雷。クラスター爆弾、燃料気化爆弾。どれも、自国の正義を信じてなけりゃ、出来ん」

 「どうして、戦争をしてまで、正義を言うの?」「難しか問題じゃな。まず、戦争は、一つの巨大な公共事業なんじゃよ」「?公共事業って、あのダムとか作ったり、高速鉄道を建設したりする、あれ?」「うむ。戦争が難しい問題なのは、そこなんじゃよ。まず、戦争が起これば、兵器を作る軍需産業が、潤う。これはお前にもわかっちょるな?」「うん。武器を作る会社が儲かるんだよね。学校でも習った」「学校、か。そこまでしか習わんじゃろうな、学校では。」中学で、それ以上教えてくれるもんかな。

 「さっきも言うた通り、戦争は公共事業じゃ。一般人も、戦争が起これば、巻き込まれる。しかし」じいちゃんはそこで言葉を区切り、「不景気から戦争になる事は多か。ヒットラ―の時もそうじゃった。じゃから、あの男はアウトバ―ン構想なんぞをブチ上げた訳じゃし。であるならば。戦争が起こるとどうなるか。まず、雇用が生まれる」「え・・・。」「単純に、兵士として雇用が生まれる事にもなるが。ややこしいのは、軍需産業の定義、じゃな。軍隊に供給せねばならん物は、兵器だけじゃなか。衣類、食料、その運搬、兵士たちの娯楽。戦争が長引けば長引く程、こうした事が、経済上重要になる。つまり、兵器なんぞ作ちょらん会社だって、戦争とは無関係ではおられん。」「って事は、つまり・・・」「つまり。悪意が無くとも、戦争で生計を立てる事になる一般人は多かっちゅう事じゃ。人殺しのつもりが無くとも、自分が作った製品が、前線の維持に回される。そうして、戦争が無くなったら。今度は、その反動で、不景気になる」「平和になったのに?」「そうじゃ。第一次世界大戦、大分昔の話じゃが。あの時も、戦争が終わったら、それまで戦場に武器を供給して、未曾有の好景気にわいておった、アメリカや日本。戦場は欧州じゃったから、安全に儲けておれたが、平和になったら、兵器工場は次々に閉鎖。そこで働いておった、悪意無き労働者が、職を失う。結果、世界恐慌に繋がり、第二次世界大戦への道が開かれた、まあそう言うこっちゃ」

 ・・・恐ろしい話だと思った。戦争で儲けるのは軍需産業、そう学校では習った。多分、中学の先生達は、そう考えていただろうし、日本人一般も、そう考えている筈だ。でも。じいちゃんの話だと、戦争に関わる人の根は深い。とても、とても。戦争前は、生活に不自由していた人が、戦争で職を得る。そこで働く。雇用が生まれ、経済が回る。・・・とても、簡単に平和を唱えているだけでは、解決しない問題だ。では、どうすれば?

 「じいちゃん。そう言う不幸な連鎖って、断ち切れないのかな」「多分、無理じゃろう。冷戦中も、米ソは軍事で争っておったが、経済的にはそれで、アメリカさんの雇用は維持されちょった訳じゃしな。じゃから、最近の好景気。なんか、次の戦争が、準備されとる様な、不穏な空気を感じるのじゃよ」・・・じいちゃんは、フェリシア人の存在も知らぬうちから、あの好景気が、戦争の準備によるものだと見抜いていた。なんで解るの、と聞いたら。「わし等の御先祖様は、長崎で被爆した。まあ、被爆といっても、あの地獄を見たわけじゃなく、あの忌々しいデブの投下から一週間後に長崎入りした訳じゃが。そんな御先祖をもっちょったら、戦争とかには敏感にならざるをえんよ」そう、じいちゃんは言っていた。

 「お前には、まだ難しかか。まあ、わしが言いたかのは、お互いの国の民間人が、良かれと思って、自国の兵士達の為に働いて、色々な物を作ったりする。善意でな。お互いの国が、そうし合う。その行為が、世界を壊す。つまり」「つまり?」「その善意が、世界を殺す。そう言いたいわけじゃよ」

 ・・・やっぱり、当時の僕には難しすぎて。それを理解する為にも、良い大学に行かなきゃ、って思ったものだ。それが、今の僕ときたら―機動強襲軍のエ―ス、フェリシアとの戦争の最前線。じいちゃんが見たら、なんと言うだろう。異星人相手の戦争でも、公共事業の構図は変わらん。そう言うだろうか。・・・今も、この瞬間も。誰かの善意で、世界は殺されようとしているのだろうか。あの、第一次星間大戦。あの戦争で、地球人は、初めての外敵から地球を守る為、必死になって戦い、働いた。その結果、誰かを潤す結果になっているのだろうか?じいちゃんに聞いてみたい。だが、彼はもう鬼籍に入っている。そう言えば、じいちゃんは、気になる事を言っていた。「博秋には、ちいとばかり、辛い時代になっかも知れんな」あれは、どう言う意味だろうか?最近の好景気が、次の戦争が準備されている気がする、と喝破したじいちゃん。そのじいちゃんは、もう答えてはくれない。ならば、この問題は僕自身が答えを出さなければ。フェリシアとの戦争が、公共事業であってはならない。いずれ、終わらなければならない戦争。それが、今の僕に出来る、精一杯の答え。・・・シルフィと話せたら。また幾分か、違う答えも得られるのだろうが。今の僕には、彼女の意志を聞く手段が無い。・・・疲れた。・・・今日はもう帰ろう。

 「母さん、僕はもう帰るよ」「そう。気をつけてね」言葉は少ないが、これが僕達親子の普段の挨拶だった。「母さん・・・全然幸せそうじゃ無かったな。暮らしは随分楽になったはずなのに・・・それはともかく。フェリシアとの戦争、一体誰の利益になるのかな」そんな事を考えながら、秋葉原で電車を乗り換える。途中、駅前の専門店の立体モニターで、「軍」のプロパガンダアニメ、「こくぼう!」を見た。可愛い絵だが、その背後の政治的意図を考えると、素直に萌えられない。そんな事を考えてる内に、横須賀基地に停泊中の日進に帰還した。

 数日後。・・・艦内警報が鳴る。どうやら、今日の任務地に到着した様だ。

 日本国・京都府と滋賀県の県境、比叡山空域。「黒巖少佐、十六夜、発艦」「艦橋了解。目標は、付近を哨戒中とおぼしきフェリシア軍騎」「私だ。敵は、我が方の御力石の採掘状況の偵察に飛来したと思われる。即時撃墜し、操者を捕縛せよ」「黒巖少佐了解。十六夜、飛行形態解除。戦闘機動に移行します」「霊峰日枝山空域を、フェリシア人の好きにさせてはならん。敵機を速やかに排除、しかる後操者を捕縛。・・・最近は、フェリシア人も大分、大胆になってきおったな」「はい。速やかに敵機を掃討します」・・・それにしても。東郷元帥は、相変わらず昔がかった話し方をする人だ。「ひえのやま」なんて、今時の若者は知らないよ。・・・僕は知ってるけど。・・・と、前方に、フェリシアの騎士が見える。今日の目標は、あれか。速やかに終わらせよう。余計な血を流さない為にも。

 「十六夜、戦闘開始。速やかに戦闘を終わらせるぞ」「了解」相変わらず、無口な奴だ。まあ、口数の多い人工知能って物があったら、それはそれで困る。

 「作戦・・・いえ、状況開始。これより比叡山周辺の敵機を掃討します」・・・今日の僕は、機動強襲軍の隊員だ。ならば、するべき事は一つ。無益な血を流さず、任務を終える事。蒼い血にまみれた手で、シルフィと会いたくない。

 その頃、シルフィは。太平洋・マリアナ諸島沖。彼女は、8月9日の第5回合同平和記念式典に、神聖フェリシア皇国を代表して、出席する立場であった。

 「・・・気が進まぬな」「殿下はア―シア人が、お憎らしゅうございますか?」「いや、そう言う意味では無い。・・・ただ、な。」

 あの地については、我も調べた。地球人同士の最大の戦争、第二次世界大戦。その末期。あの地に、禁断の焔は使われた。何故?地球にも諸説ある。しかし、我の最大の疑問は。この星で最大の教義、キリスト教。それを信ずる国、アメリカ。星間大戦でも、我がフェリシアに核の刃を向けた国。それが、あの国に落とした「焔」。かの地は、当時のあの国、日本。博秋、あやつの祖国でもある、日本。その中で、最もキリスト教徒が多い地であった。・・・ならば。地球の民は、同じ神の名の下に、命を奪い合うものなのか?・・・気が重い。

 その事を調べれば調べる程、我がフェリシアと、地球の対話の窓口が、閉ざされそうな気がして。我は、気が進まぬのだ。しかし、と彼女は考える。今更我が悩んでも、詮無き事か。あの地の住人は、そうして生きてきたのだ。それに、我が民を迎え入れている、五島と沖縄。後者は、かの戦争で、民をも巻き込む悲惨な戦いがあった。その様な過去を経て、我がフェリシアの民を受け入れてくれているのだ。ならば、我も。フェリシアの皇女として、かの地の民、かの国の民の信頼に答えよう。我がフェリシアは、汝等の敵では無いと。・・・尤も、と思う。姉聖皇女陛下から下賜された、この新たなる船、「シルフィ」。我の武勲に陛下が応えて下さり、我が名から命名された、我が艦。式典では、我がフェリシアの儀礼艦を務めるが。艦の威容が、かの地の民には、少なからず威圧的に感じるかも知れない。・・・我には、優美なシルエットに思えるが。

 ・・・我は、あの皇位継承の儀で。始祖と話し、決意したのだ。ア―シアとのいくさを終わらせる、その為に我が剣をフェリシアに捧げると。あやつはどうであろうか?日本の騎士として、剣をふるっておるあやつ。我が始めて出会いし、ア―シアの民。我は、あやつともう一度、話をしてみたい。我がフェリシアと地球、それぞれの騎士道の名の下に。

 「皇女殿下、間も無く日本国の領空に入ります」「解った。本艦は、予定通り、合同平和式典に参加する。・・・その前に」「いかがしましたか?」「ゴトウの我が民の入植地を訪ねたい。異論のある者はないか」異議のある者は居ない様だった。同胞の無事を見たいのは、我と同じか。良い。ならば。

 「シルフィ、ゴトウの入植地へ向け回頭」「御意、ゴトウへ本艦は向かいます」かの地が、我が民の安寧の地となっておれば良いが。我の杞憂であって欲しい。この星の、不穏な噂、その全てが、杞憂に終わるよう。創星神フェリシアよ、我が民に、どうか御情愛と、御加護を。

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