第5話 皇位継承の儀

シルフィは、一時的に、神聖フェリシア皇国・首都船「ヴァルハラ」に帰艦していた。この度執り行われる、「皇位継承の儀」に出席する為であった。「・・・う―ん、やはりヴァルハラの空気は良い。民の活気、澄んだ空気。美しい街並み、大いなる自然。なにより、ア―シアの澱んだ空気の臭いがせぬ」・・・シルフィは、ヴァルハラの平和な空気を楽しみつつ、ア―シアでの出来事を思い返していた。いくさばで出会ったア―シアの民。初めて出会った、異星の民。物悲しい表情であったのを思い出す。・・・そして。

 ア―シアに駐留中、配下の艦隊より飛来せし、騎士が言うには。「殿下、ア―シア人めが魔法を・・・!しかもその騎士、殿下の御名を存じておりました」我が名を知っているア―シア人。まさか、そやつは・・・

 「して、そやつの名は?まさか。ヒロアキ、と言う名ではないか?」「御意。なぜ殿下が、あやつの名を・・・?」「気にするな。詮無き事よ。汝はよく我に伝えてくれた。我が艦でゆっくりと休むがよい」「御意、大御心のままに。」シルフィは、彼が生きていた事への喜びと同時に、彼がフェリシアに刃を向ける者となった事に、強い衝撃を感じていた。・・・   

我が助けし命を、フェリシアとのいくさに用いうるや。やはり、あ奴も所詮、「男」であったと言う事か・・・。この話は、フェリア陛下にはしないでおこう。従姉妹のフィルシィ辺りであれば、手土産話にも成ろうが。尤も、フィルシィと話す暇は、今回の我には無い。皇位継承の儀と、フェリア陛下への御挨拶だけで、ヴァルハラへの滞在期間は終わってしまう。今回の我は、皇位継承者。その立場、忘れぬ様にせねば。

そう言えば・・・、港で、新たな巨大船を建造しておったな。聞けば、「フェリアス級超超巨大機動戦略戦闘空母」、「フェレセア級超超巨大機動戦略防空戦艦」と言う。防空戦艦・・・、アーシアの技術水準も、年々向上しておる。フェリシアの守りが必要なのは、理屈では理解しておるのだが。それに、新たな巨大空母。クイーン・フェリア級の拡大発展型艦。アーシアの民を、これ以上畏怖させる必要も無いと考えるが。新造艦の建艦現場を見る度、ヴァルハラがいくさ色に染まるようで、我には良い気はせぬな。時間があれば、フェリアに聞く事も出来ようが・・・、余り、姉上のお心を乱したくはない。我の心に留め置く事としよう。御高名なフェレセア卿の御名前を冠した艦、災厄をもたらす事はないと信じよう。

 そして。シルフィがヴァルハラに帰還した、その翌日。

―ヴァルハラ皇宮、シルフの間―

 皇位継承の儀式は、我が、有角天馬に騎乗し、空を駆ける事で成立する。数百世紀にわたってフェリシア皇族に継承されて来た、神聖なる儀式。この儀は、フェリシア中に流れる。フェリア陛下の名誉の為にも、失敗は許されない。我が失敗すれば、姉陛下の名誉が傷つく。それに、聖フェリシアが騎馬、始祖有角天馬。彼は、フェリシア中にいる同族の始祖であり、皇室に身を寄せている彼は、人と話が出来る。その始祖、彼と、話がして見たかった。アーシアとの戦争の事。いくさばで出会った少年。あやつは、いまや日本の騎士として、剣を振るっていると言う。・・・日本の民であったあやつ。あやつと、いくさばで出会ったならば。我は、あやつを、この手に・・・かけたくは無い。あやつと、もう一度、皇女と言う立場を抜きにして、話をしてみたい。初めて出会った、ア―シアの民。あやつは、我をどう思っているのであろうか。そうした、我の気の迷いを、始祖に正して欲しい。我は、そう思う。決意を新たに、始祖の間へ向かう。そこに、始祖の御姿はあった。

 「我が身を託せし、始祖にして、永久を生きる、聖フェリシアが騎馬よ。我が身を捧げます。皇位継承の儀、御見届け下さいますよう」「よかろう。今日、汝は我に騎乗せる事で、聖フェリシアが家名、リ・フェリシアの名を継ぐ。その覚悟はあるや」「はい。皇位を継承し、ア―シアとのいくさを終わらせ、我が民を平穏へと導く為に。・・・フェリシアの名の重みを、姉上陛下のみにお任せしない為に。今日、我、シルフィ・ラ・フェリシアは、継承の儀に臨む所存にて御座います。」有角天馬は、満足そうに笑みをたたえた。「姫よ。強くなったな」

 「我に騎乗するが良い、フェリシアが皇女よ。始祖にして、聖フェリシアが騎馬、我、フェリシオンに。汝の高潔な精神が、フェリシアの皇位を継ぐに相応しいと、この儀が証明しよう」「では。シルフィ・ラ・フェリシア、始祖フェリシオンがお背中を御借り致します」そう言って、我は始祖の背に騎乗する。暖かい。始祖の御心が、衣服ごしにでも伝わって来る。そんな気持ちになる。「では飛ぶぞ。姫。いや、シルフィ皇女よ」「はい。この儀、御身に御捧げ致した身。如何様な飛び方でも。手綱は放しませぬ」「よい覚悟だ、シルフィ皇女。・・・では、行くぞ」

 始祖の飛び方は、優しくて。とても、これが話しに聞いていた、厳しい儀とは思えなかった。それを見透かしたかのように。「フェリアが、大げさに申したのであろう?継承の儀は辛いと」「い、いえ、我は・・・」「そのように物怖じせずとも良い。成長したのだ、汝が。」「・・・そう言うものでしょうか」「うむ。姫は、確かに成長しておる。皇女としても、騎士としても。」・・・始祖に、あのいくさばで出会ったア―シアの民の話をしようか。シルフィは、迷っていた。

 「なにか悩み事か、姫よ」「はい。いくさばで、ア―シアの民と出会いました。」「そやつを斬ったのか?」「いえ。民を斬ることは、フェリシアが騎士としてありえませぬ。ただ・・・。」「ただ。なにか」「そやつは、物悲しい顔をしておりました。戦火に焼かれておらぬ、ニホンにあってなお。」「ほう・・・、姫は、そのア―シアの民に一目惚れしたとでも言うのかな?」

 「その様な・・・事・・・ただ、我は確かめたいのです。己の祖国にあってなお、物悲しい顔をした、あやつの心を」「ふむ。その民、男であったか」「はい。たしかに、古代の伝説に残る、男の姿に瓜二つでありました」「フェリシアから男が殆ど死滅してから数百世紀。もはや、我と話をする男もアドルフ位になってしまった。我もそのア―シアの男と話をして見たいものよのう」「始祖が、ア―シアの民と等・・・、」「いかんな、姫。そう言う物腰は、知らず知らずの内に、相手を卑下している事にもなりうる」・・・確かに、始祖の仰る通りだ。ア―シア人、そう括ってはだめだ。あの男、「ヒロアキ」として見なければ。と、始祖が語りかける。

 「皇位継承の儀、確かに終了した。これで汝は、名実共に、神聖フェリシア皇国第一皇位継承者にして、聖皇女后婚約者、シルフィ・リ・フェリシアとなった」「はい!継承の儀、有り難う御座いました。始祖の御言葉、我も良く噛み締めてみたく思います」「うむ。願わくば、姫の力で、この無益ないくさを終える事を願っておる」「御言葉、確かに。受け承りまして御座います」「姫。達者でな。次に会うときは、いくさが終わっておれば良いのう」「はい・・・!必ずや、始祖の御期待に応えて御覧に入れます!」・・・こうして、我はラ・フェリシアの家名を捨て、シルフィ・リ・フェリシアとなった。

―ヴァルハラ皇宮―

 「皇位継承の儀は、無事にすんで?フィー。」「うむ、始祖の御陰じゃ。無事、リ・フェリシアが家名、継承したぞよ」「それは良かったですわ、フィー。おめでとうございます」「アーシアとの今回の紛争、出来るだけ早期に終わらせたいからのう。」「数万年の永きに渡り、星星の海を旅して来たのですから。アーシアの方達共、平和に共存していきたいですわ、フィー。」「うむ、姉上の仰る通り。永い旅であった…知的生命体と接触しても、我らがその星の進化の妨げになると、歴代の聖皇女陛下が御判断される事に、再び船出して来た我らフェリシアの民の旅、アーシアの民と種の交流が果たせれば…。彼ら、彼女らと共に宇宙の深淵の真実に迫れれば良いのじゃが…」「…北米戦線の推移は、シルフィ?」「あまり良くはないな。かの地の軍のみならず、民兵からの、入植地への攻撃がしばしばある。ニホンの様に、対話のみで済ませられるアーシアの国の方が、珍しいのじゃろう。・・・しかし」「?」フェリアは小首を傾げる。「アーシア人の無人宇宙探査機、あれとの邂逅。」「そうね、シルフィ。あの出会いは、我が皇国にとって、正に、天佑でした。」・・・それから、暫くして。シルフィは、地球で見聞きした土産話を持ち出した。

「フェリアよ。アーシア・・・地球には、一風変わった文化があってな」「え?」聖皇女フェリアは小首を傾げる。「愛し合う者が、愛を語らい、朝を共に迎える。我が皇国においては普通のことなり」「ええ、そうね。それが人として普通の事ではなくて?」

 「地球人の文化にはな。あえて、愛する者の事を想えばこそ、「大事な事」は、その時が来るまで、丁寧に取っておくと言う風習があるそうな」「まあ・・・!愛し合うものが、愛を語り合えないなんて、不憫な・・・」「地球人にとって、それは不憫ではない。あの星は、男女が共存する星。若い男女が愛し合った時、不幸が起こらぬ様、それを丁寧に取って置く。それが、あの星なりの愛の昇華の形と聞くぞ」「価値観は人、星それぞれですものね。・・・でも、」「でも。なんじゃ」「私は、貴方と朝を迎えられない将来を考えるのは、とても。とても恐ろしい」とうとうフェリアは、泣き出してしまった。フェリアは、我の双子の姉。皇国では、双子は神聖さの象徴。幼き時から、ずっと一緒に育った。我が、民の家に修行に行く時は、泣きはらして、侍従を困らせた物だ。我も。汝と朝を迎えられぬ文化は辛い。だが、その価値観で星を維持してきた地球の風習、調べてみる価値は在ると思うぞ?少なくとも、調べるだけなら、フェリシアの民の愛の語らいに、障害とはならじ。フェリシアの気風に合わなければ、取り入れなければそれで済む話ではないか。・・・この話を、フェリアにしたのは失敗であっただろうか。フェリアは、我を溺愛しておるからな。

 「フェリアよ。そう泣くな。我と汝の関係が、急に変わる訳でなし。あくまで、我は地球の変わった風習を、手土産話として語っただけだ。許せ」「許せ、と言われても、私は別に、怒ってなどいません」「顔に出ておるぞ。・・・この話は、打ち切ろう。汝には不愉快であるようだ」「もう。貴女は、私をいつもそうやって、子供扱いする・・・。」「はは、フェリアが可愛いからじゃよ」「・・・フィ―、またア―シアに旅立つのでしょう?」「うむ。我が騎士達が、我の帰還を待ちわびておる」

 「フィ―、貴女に託すものがあります」「?それは何じゃ?」「私に着いて来てください。近衛兵の皆様、私達は、造船所へ参ります」「御意、お気をつけて参られますよう。」・・・造船所?そんな場所で、フェリアは我に何を・・・?

 「愛しいフィ―。この船を、貴女に」フェリアの後ろに、神々しい船の姿があった。「フェリアよ、この船は一体・・・」「我が皇国造船省が、神聖フェリシア皇国の最新の技術をつぎ込み、建造した最新鋭艦です。」「名は。この船の名は、なんと申すのか」「「シルフィ」」「シルフィ?我の名であるか?」「ええ。貴女の、これまでの、我が皇国に尽くしてくれた武勲に報いるために。この名を授けました」「我の名、か。恐悦至極であるが。・・・よいのか?歴代の聖皇女の名こそ、特別な船に付ける名。それを、我如きに・・・」「皇国に功労ある者、も命名基準でしょう?貴女は十分、皇国に功労ある者です」・・・嬉しかった。姉上、フェリア陛下の気持ち。だから。

 「フェリアよ。我は、この船、「シルフィ」と共に、ア―シアへと再び旅立つ」「言ってしまうのですね、愛しいフィ―」「うむ。始祖とも話したのだ。今度始祖と会う時、ア―シアとのいくさが終わっておれば良いと。だから、我は往く。この不幸ないくさを終わらせる為に。その為に、汝、いや、陛下から下賜された、この「シルフィ」の力、フェリシアの民の為に使いまする」「御気をつけて、フィ―。貴女の往く道に、創星神フェリシアの御加護があらん事を」「フェリア陛下の御身に幸あらん事を。・・・では、我は往く」「気をつけて、フィー。いくさばの空気に飲み込まれないよう」「うむ。気を付けよう。ではな」

 ヴァルハラのドックが開く。「シルフィ」は、一路、ア―シアへ向かう。再び、いくさばへ降り立つ為に。

 同時刻、騎士フェリス邸。「お帰りなさい、フェリス。」「ただいま、母さん。あの子…、私と母さんの娘は元気?」「元気よ。貴女の妻の遺児だけあって、すくすくと育っているわ」「それは良かった。あの子は?」「今は遊び疲れて眠っているわ。起こす?」「いえ、今日は良いわ。私には、皇国首都防衛近衛騎士団長の任務がありますから」「あまり無理をしない様にね、フェリス。」「ええ、母様。あの子に、母が心配していると伝えて。亡くなった、もう一人の母君も、創星神フェリシアの御許で、貴女を見守っているって」「わかりました。皇国の為、フェリア陛下とシルフィ皇女殿下の為、御奉公なさい」「無論。・・・では、母上。私は行きます」「気をつけて、フェリス」高潔な騎士フェリスも、娘と母の前では、一人のフェリシアの民であった。尤も、女性が、母と共に妻の子を育てている、その行為自体が、地球人からは、随分と不可解な価値観なのであるが。両星の対話は、未だ難しいものであると言えよう。

ヴァルハラ・同時刻、ジークフリード邸、食堂では・・・「御父様のお考えが、最近良く解らなくなりました」ジークフリードは娘に答えた。「リニス。父は、聖皇女陛下の為、神聖フェリシア皇国の為、民の為に政務に励んでおる。心配には及ばじ」サリスが質問した。「アーシアの権力者と内通するなど。父上は、フェリア陛下に弓引く御積もりですか?」「内通、とは大仰な。儂は、リサスに誓った通り、フェリシアの民の為、政務に励んでおるに過ぎぬ」「御母様がお亡くなりになって、もう随分経つのですね・・・」「母上は、父上が時々力に頼った政務をなさる事を、気に病まれておられました」「リサスは優しい女性であったからな。であればこそ、今のフェリシアでは絶滅危惧種の「男」の我に、嫁いでくれたのであろう」「御父様、どうか危険な事だけは、なさらないで下さい」「父上、力に頼った為政は、焔の災厄の再来をもたらします。私にはそう思えるのです。・・・では、お早めにお休み下さい」「うむ。リニス、サリス、母への祈りを欠かさぬ様にな。・・・では、父はもう少々政務に励む」そう言って、ジークフリード卿は、執務室に戻った。壁面の端末には、一人の老人が映っていた。

「ジークフリード卿、貴殿も娘は目に入れても痛くないとお見受けする。ほっほっほ」「イチノセ卿。儂は、お遊びで、サクラカイと通じている訳では無い。誤解せぬ様」「うむ。我が国の行動を貴国が黙認する代償として、貴国の太陽系での大規模移民を、我が国が黙認する。これで、条件に異論は無いでしょうな?」「うむ。儂としても、フェリシア皇国13億の民に、一刻も早く安住の地を与えたいのだ。その為なら、サクラカイとも交渉する覚悟なり」「民の為に、国を売る・・・、いや、より良き道に指導する。貴男は素晴らしい指導者だ、アドルフ・ジークフリード卿」「貴殿もな、イチノセ。」

「ところで、ジークフリード卿。貴男の奥方、リサス様の死因じゃが。・・・やはり、我が国の機関で調べさせた結果、原爆症に極めて近似しておるのう」「イチノセ。それはまことであるか!?」「うむ。かつて、フェリシアを焼いた、貴男の星の核。その放射能は、百六十二年前に我が国が受けた原爆より、そして、G4軍が貴国の艦隊に放った核より数段強力な物のようじゃ。その因子を、フェリシアの男は、知らずして、代々受け継いだ。聖皇女府も関知せぬところでな。そして、貴男が、妻君の御病気の際、献血した。因子の混じった蒼い血を。」「リサス自身は・・・」「知らされておったじゃろう。核を封印したフェリシアでは、皇国元老院長である貴殿とて、真相に迫れなかったと言う事じゃろうな」「・・・あの「女」共め・・・イチノセ卿、今日の対話は有意義であった。交換条件の話のみならず、我が愛妻、リサスの死因まで教えてくれたのであるからな。」「うむ。気を落とさぬ様にな、ジークフリード卿。それでは、失礼する」

・・・なんと言う事か。我が愛妻の死因が、儂の血による物だとは。それを、女共は、内密に・・・おのれ・・・この代償、高くつくぞ・・・。・・・豪腕な政務で知られるジークフリード卿であったが、妻の死因は、彼に強いショックを与えた。フェリシアの女性達が、それを、善意にせよ、自分に隠していた事も含め。・・・あるいは、ジークフリード卿の心に闇が澱んだのは、今日この日が最大のきっかけであったのかも知れない。

・・・こうして、神聖フェリシア皇国最高指導者、フェリア・リ・フェリシアが関知しない間に、ジークフリード卿は、桜会との密約を交わした。それが、二つの星の運命をどの様に動かすのかは、今はまだ、誰も知らない・・・・。

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