第4話 戦いを望む者
艦内警報が鳴り響いた。敵艦隊と遭遇したのだ。今の場所は、和歌山県、高野山地域上空。「CICより全乗組員へ。敵フェリシア艦隊と遭遇。総員、第一種戦闘配置」いよいよ、僕の機動強襲群の隊員としての、初陣だ。十六夜の力、見極めなければ。月光の人工知能が移植されている分、気楽ではあるが。あいつは、僕と気が合う。そんな気がする。初めて着る操者用の操縦服が、否応なく緊張感をかき立てる。
「艦隊司令、東郷だ。敵フェリシア軍艦隊を捕捉。速やかに高野山空域から駆逐せよ」戦いは避けられない。ならば、僕は―シルフィ、僕は戦うよ。君と出会う為に。・・・矛盾は承知しているけど。僕には、こうするしか方法が無いんだ。格納庫へ向かう。一尉とすれ違う。「黒巖二尉、十六夜は今日が初陣だ。先走るなよ」「了解です。一尉」「坂井だ。坂井一郎。」「了解、坂井一尉。ご指導お願いします」「戦場に出たら、指導している暇なんぞ無い。基本に忠実な奴が、生き残る。俺の御先祖も、そうやって来た。列機を失わずにな」御先祖?何時の戦いだろう。坂井・・・、サカイ・・・。どこかで聞いた名前・・・。思い出せない。昔の戦争の英雄の名だった気がするが。まあ、細かい事は、後で坂井一尉に聞こう。気さくそうな方の様だし。
・・・格納庫の十六夜、その操縦席に座る。戦略騎、と言うだけあって、情報処理量が、戦術騎とは比較にならない程多い。だが、これを使いこなさなければ・・・。せっかく手に入れた、シルフィを追える身分。それと、二尉の官位。どちらも、今の僕には得難い物だ。それを、手放すわけにはいかない。
「黒巖二尉、十六夜、発艦します」「艦橋、了解。二尉、御武運を」「ありがとう。・・・出ます」フェリシア艦隊は、既に戦闘隊形に布陣していた。よし。機体、心身共に、絶好調だ。十六夜の力、君達で試させてもらう・・・!」
と。月光、いや、今は十六夜の人工知能が述べる。「再会できて、光栄です」「僕もだよ、月光・・・いや、十六夜。では、状況開始。目標は前方に布陣するフェリシア騎士団。彼女達を無力化する」「了解、兵装制御機構開放。全兵装、使用可能」「いくぞ、十六夜・・・!!」
「〇七式陽電子銃、狙撃体型に展開」ああ、そうだった。「十六夜、君の武装の呼称を変更する」「?」「戦闘中に〇七式・・・とか言ってたら、落とされちゃうよ。簡単な名前にしよう」「了解。武装名をどうぞ」「じゃあ。陽電子銃を「種子島」、固定磁場刀を「菊一文字」。超高振動刀を「虎徹」、電磁短刀を「クナイ」。以上、復唱して。」「了解。武装名称変更、承認。以降、機体武装を黒巖二尉の命名名称で呼称。〇七式陽電子銃「種子島」、〇七式固定磁場刀「菊一文字」、〇七式超高振動刀「虎徹」、〇七式電磁短刀、「クナイ」。以上、変更完了」案外、こいつ物分りが良いのかも。・・・よし、戦闘空域に突入する!
フェリシアの騎士達は、我が方を待ち受けていたらしく、戦闘は、「群」が切り込む形で開始された。
「戦闘団へ、東郷だ。谷川、先行するな。今日は、十六夜の実戦テストが最優先だ」「・・・了解ッ!」「高木、白石、陣形「扇」で突入せよ。十六夜の援護に回れ」「了解」「了解!」先輩達と、東郷大将のやり取りが続く中、僕の十六夜は、大将の計画通りにフェリシア艦隊に接近していた。
「十六夜、変形して切り込む!」「了解、機体構造、高機動形態へ変形」すると、機体が戦闘機の様な形状に変化した。「突っ込んで、真ん中から切り崩す・・・!」一気に加速する。随分あった距離は、一気に縮まった。敵機の陣形が乱れる。人型に変形しながら、陽電子銃を撃つ。内、一発の光芒が騎士の盾を、打ち抜いた。「破壊力は高いな。さすが、月光よりも新型」と、日進から通信が入る。東郷大将だ。「そろそろ、魔法武装を使って見たまえ」「了解!」でも、どうやって?「君の技をイメ―ジしたまえ」イメ―ジ・・・、そんな事で魔法が放てるのか?「後は、御力石が制御する。やりたまえ」
「イメ―ジだ・・・、イメ―ジしろ・・・!」僕は、魔法を撃つために、精神を集中した。イメ―ジ・・・。僕の知っているポ―ズと言えば、格闘ゲ―ムの必殺技のポ―ズ位だ。格闘技とかやった事ないし。・・・でも、だんだん・・・イメ―ジが固まる。形になる。
「今だ!こいつを、食らえぇぇっ!」十六夜が、何かのゲ―ムキャラ風なポ―ズをとる。精神エネルギ―が形になる。御力石が、その意思を制御して、何倍にも増幅する。―僕の技が、発動した。集中した精神波エネルギ―が、一気に放出される。射線上に居た不運な騎士数体が、僕の技を食らって落ちてゆく。どうやら、騎士の機体表面に、外傷は見られない。精神波による攻撃だった為か。それとも、殺さない様に、って願いを込めて撃ったせいか。
「CICより報告。魔法攻撃、成功。成功です!」艦橋で、歓喜の声が上がる。無理も無い。あの戦争からずっと、地球の兵器は、フェリシアの「魔法」にまるで歯が立たなかった。それが、擬似的とは言え、僕達も魔法を使えたんだ。歓声が上がってむしろ普通だった。「ふむ、予定の出力にはいささか足りんが。まあ、良しとしよう」・・・この人は、相変わらずマイペ―スだ。「黒巌二尉よりCIC、今の攻撃での撃破数は?」「え、ええと・・・6!6騎!6騎です!」CICのオペレ―タ―は、喜びが抜けないのか、僕の質問に慌てて答えていた。すると。フェリシア語が聞こえて来た。十六夜の自動敵性語翻訳機構だ。敵性語、か。いささか時代がかった名前。いかん、彼女達の声を聞いてみよう。
「あ、あれは・・・!」「魔法!?ア―シア人が、魔法を使うと言うのか!?」「事は重大だ。特務艦隊司令に、シルフィ殿下に御報告申し上げねば・・・!」・・・今、確かにシルフィと聞こえた。
「シルフィ・・・!?シルフィに報告、今そう言ったな!?」「なんだ、貴様は!我等がシルフィ皇女殿下になれなれしく!」「そのシルフィに、僕は救われたんだよ!」「・・・ほう。殿下に御命を救われて尚、我等フェリシアに刃を向けるか」
「二尉。関心せんな、敵と戦闘中に会話するのは。降伏勧告ならともかく。」「ッ・・・、騎士の名に懸けて!降伏など、有り得んッ!!」ああもう、大将。せっかくシルフィの話が出たのに。話をややこしくしないで下さいよ・・・!とは言えず。「黒巖二尉、命令了解。これより敵機の掃討に専念します」「うむ。大いにやりたまえ」「ア―シア人が魔法など・・・、事は重大です、騎士団長。ここは我等が抑えます。一刻も早く、殿下に!」「うむ。ニホンコクの騎士よ、名はなんと申す」「黒巖だ。黒巖博秋二尉」「クロイワヒロアキ。ニイ。確かにそのおかしな名、我らが殿下にお伝えする!殿下の剣を受ける日まで、討ち死にするなよ、少年」「そっちこそ・・・!シルフィに僕の事を伝える前に、他の地球人に撃墜されるなよ!!」・・・戦場には、三騎の騎士が残った。「ノインめ等が・・・!よくも、騎士の神聖なる魔法を真似おったな!」また、ノインと呼ばれる。なんの意味だ?シルフィに再会できたら、聞いてみよう。口調からして、・・・あまり良い意味ではなさそうだが。
「僕の方こそ!君達を倒せば戦いは終わる!」敵は三騎。一機に行く・・・!!まず、種子島を連射する。「くうっ・・・!」前衛の騎士の体勢が乱れる。その隙を、僕は見逃さない。操縦席付近、淡い緑色のエ―テル鉱石に狙いを定める。撃つ。・・・貫通した。緑のエ―テル鉱石は、純度が低い。と言う事は、彼女達は、一般の皇国軍と言う事か。
「おのれ、ニッポンジンめ!」大剣を持った騎士が、斬りかかって来る。それを、虎徹で切り返す。機体中心のエ―テル鉱石につき刺す。騎士は、脱力したかの様に、落ちていった。「さあ、残りは君だけだ!・・・出来れば、おとなしく降伏して欲しい」「馬鹿な!皇国に誓った騎士の証にかけて、敗北は・・・・許されんッ!!」瞬間、騎士が加速する。長剣を持った騎士が、切り込んで来た。菊一文字で討ちかえす。切り結ぶ。しかし、彼女の剣はいささか長すぎ、僕のリ―チのテリトリ―に深く入り込みすぎた。「クナイ、出して!」「了解」クナイが、腰部装甲から飛び出る。それを、掴む。右手の菊一文字で騎士の剣を受けつつ、クナイで突っ込む。・・・エ―テル石が、ヒビ割れた。「な、そんな馬鹿な・・・」彼女には以外だった様だ。こんな短いナイフ如きに、エ―テル石が、貫かれる等。しかし、クナイはただのナイフじゃない。電磁短刀、リ―チは短いが、威力は折り紙付だ。彼女は僕の魔法武装を見て尚、ア―シア人の科学技術を侮った。そう言う事なんだろう。・・・と、東郷大将から入電。
「黒巖二尉、初陣ながらよくやった。敵艦隊は後退した。機体の整備の事もある。着艦したまえ」「了解、十六夜、着艦します」ん、三騎の操者の捕縛は?「大将、敵操者の捕縛は?」「陸上部隊に任せてある。君は帰艦したまえ」「了解です」後方に、睦月隊が続く。谷川一尉の小隊だ。ふと、その谷川一尉から通信が入った。
「黒巌二尉」?谷川一尉・・・?「はい」「いい気になるな。話はそれだけだ」・・・「ああ、谷川一尉の事は、気にしない方が良いッすよ」秘匿回線で通信が入った。白石三尉だ。「高木二尉です。上官の批判をしたくは無いのですが・・・なんと言いますか、彼は防衛大主席のエリートですからな、自分が使えなかった魔法武装を、入隊したての黒巌二尉が実戦でやって見せた事が面白く無いのでしょう。」「はあ・・・」「白石では有りませんが、お気になさらない方が良いかと」「そうそう、高木二尉の言うとおりッす」「貴様は戯け過ぎだ」「・・・解りました。余り気にしない様、努力します」
そんなやり取りが続く中、日進の帰艦ラインに乗った。後は、レーザービーコンの指示通りに着艦すればいい。初の実戦、かなり疲れたが、漸く帰艦出来る。
日進のデッキに、十六夜が着艦する。そのまま、ハンガ―に運ばれる。・・・格納庫内では、乗員と、他の操者が、僕を待ち構えていた。「二尉、やったな!これで、魔法がフェリシアだけの物じゃないって事を証明できた」「ああ。君の操縦センス、大したものだ。流石に司令が招聘しただけの事はある」「やりましたね、二尉!これで、明日から我が艦が、群の中核艦になりますよ、きっと!」・・・色々誉められる。皆、フェリシア軍が独占していた、魔法武装が、我が方も使えた事に、興奮しているのだ。今日の僕の戦果は、結構大したものだと思う。初陣で騎士を9騎撃破。おそらく、死人を出してはいない。上々だ。そんな事を考えていたら、世界情勢的に見て、フェリシアとの関係が悪化しないか、心配になった。ニュ―スが告げる。「・・・本日の景況感は、前回調査に比べて、30ポイントの下落・・・」部屋に帰ろう。・・・ドアを開けるのがもどかしい。ベッドに倒れこむ。今日は、もう疲れた。
ふと、博秋は思いを巡らした。今の地球が置かれている状況。シルフィと出会ってから彼女と話をしたい、その一心で群に入隊したが、世界は、そんな甘ったるい事を言っていられない状況である事も確かだ。
あの第一次星間大戦から六年。世界は、非常な経済危機の只中にあった。第一次星間大戦前の、大幅な地球の軍備拡大は、秘密裏に行われたとは言え、TIや戦術騎を建造する大規模軍需産業・軍産複合体各社や、その末端の部品等を製造する、中小零細企業にとっては、未曾有の好景気を招いた。当時は、大規模公共工事・先進技術研究の名目で、天文学的な税金を投入していたが、疑問が有るにせよ、この好景気に口を挟むものは、殆どいなかった。否、居ても、誰しも自分の生活が大事だ。そう言うといかにも悪人風だが、守るべき家族を抱えた親たち、社員の雇用を守る必要がある経営者達からすれば、奇麗事を言うなと言われるだろう。少なくとも、第一次星間大戦後の、各国の軍備縮小は、軍需産業のみならず、その末端で働く、罪無き一般労働者の生活を破壊した。戦後復興の為の緊急財政出動が、世界中で行われたが、失業者の数は、増加の一途を辿っていた。沙織も、その被害にあった一人だった。
沖縄のフェリシア人入植地問題も、元は同じだ。米軍が、第一次星間大戦で、甚大な被害を受け、日米安保条約を維持していくどころでは無くなったのだ。突然、沖縄を含む、日本中から、突如として、米軍が撤退した。それ自体は、反基地の闘士や平和運動家の人々から歓迎された。だが、現実の政治は残酷だった。日本政府は、これらの旧米軍基地跡地に、なんら経済的支援を行う余裕が無いと、一方的に通告したのだった。理想はどうであれ、基地の雇用・基地の人々の消費に経済的に依存する、これらの地域にとって、それは早晩、地元経済の崩壊を意味していた。であるならば、これらの地域が、経済テコ入れとして、日本国内のフェリシア人入植地候補に、名乗りを上げたのも、極めて自然だと言えるだろう。基地が無くなった以上、各地域は基地に変わる経済基盤を手に入れなければならないのだ。
それに、と、ふと博秋は苦笑する。日本政府は、憲法九条でフェリシアとの戦火を逃れた為、フェリシアとの「友好の証」を必要としていた。その頃候補地に名乗りを上げた地域の中では、沖縄と、佐世保基地が無くなった為、五島列島に入植地を用意している長崎が、政府の目を引いた。どちらも本州からは大分遠い。何か不穏な事態が生じても、十分対応できる距離だった。それに、二つの候補地とも、本土からは海で隔てられている。東京の政府としては、極めて好都合、と言う訳であった。
「・・・なんとも御都合の宜しい事で」東京のエリ―ト達は、その後、沖縄や五島、いや世界中のフェリシア人入植地が、過激な反フェリシア主義者のテロ行為に手を焼いている事など、見向きもしなかった。いや、見ているふりはしていたか。「我々政府は事態を憂慮しています、」お決まりの政府答弁。そんな偽善に、入植地を受け入れた地域の人々が、気を許す訳は無かったが、沖縄にしろ、僕の故郷、五島にしろ、未知の異星人、「フェリシア人」がどう言う存在か、当初は随分心配されたものだった。柄の悪いマリ―ンや水兵よりは少しはマシだろう、入植地を建設してなお、地元は当時そう心配していた。・・・それが今では、地元の人達とは、すっかり打ち解けていた。むしろ問題は、入植地にテロ行為を行う、過激な反フェリシア勢力だった。・・・まあ、僕の地元、五島が、沖縄共々日本とフェリシアとの友好の証になっているのは、元地元民としては、喜ぶべき事なんだろう。それに、五島も沖縄も、フェリシアの進んだ科学技術で、自然環境が急速に回復している。間違いなく喜ぶべき事なんだ。まあこれが、僕の素直な気持ちだった。とは言ったものの、いい歳して戦術騎のプラモを作りながら、そんな事を言う資格は、僕には無いか。
同時刻、日本国・首都、東京都。とあるゲ―ムセンタ―。数人のフリ―タ―の若者が、将来を話し合っていた。その表情は暗い。
「まったく。最近の不景気は、どうにかして欲しいぜ。ロクな仕事もありゃしねえ」「俺が読んだちゃんねるXのスレじゃ、忌々しいフェリシア人との戦争前は、国連の「地球防衛軍」の建設で、大企業とお役所は濡れ手に泡だった、ってよ」「じゃ―何か。もう一度、フェリシアの女共と戦争になれば。」「おう、特需、とか言う状況になるらしいぜ」「マジ!?それならもう一度、戦争しよ戦争―。どうせ、あの女どもは、街には攻撃してこね―し」
・・・こうした会話は、日本の、いや、世界中の各地で聞かれた。誰しも、自分の家庭が愛しいものだ。それに他者が何かを言う資格は無い。しかし、異星人・フェリシア人との新たなる戦争で、状況を打破しようと言うのは、随分と傲慢な話ではあった。とは言え、それも第三者から見ての事で、明日を生きる事に精一杯の者達からすれば、奇麗事に過ぎないと、冷めた視線を送られるだけだろう。そしてここにも、別の意味で、戦乱を望む者がいた。
同時刻、日本国・静岡県。双星模型本社ビル。
「・・・前年度からして、我が社の主力製品である、「ミリタリ―・スケ―ルモデル」シリ―ズは、30パーセントの売り上げ減少です。これは、同時期に始った国営アニメ、「機動戦術騎・極光」の影響も大きいと、マーケットリサ―チ部では判断しており・・・」「ああ、もういい。つまり今の時代は、アナログな模型より、デジタルなゲ―ムやアニメの方が、若者にとって気楽な娯楽と言う訳だ」双星模型社長、双星俊彦は、自社の製品の売り上げが、前の戦争以降、低下している事を嘆いていた。「・・・、ライバル社の千代模型は、機動戦術騎・極光関連製品の売り上げで、前年度比、約60パ―セントの売り上げ進捗率を示しています。これは、いまやスケ―ルモデル自体が後退局面に・・・、」「もういいと言っている。国営アニメのキャラクタ―モデルで売り上げを伸ばしている千代等、模型メ―カ―の風上にも置けん。」
ふと、彼は思った。もう一度、フェリシアと大きな紛争が起これば。スケ―ルモデルの売り上げも大きく伸び、千代など一気に引き離すのだが。過去、スケ―ルモデルメ―カ―は、戦争の度に、恩恵を受けてきた。第二次世界大戦、ベトナム。湾岸、イラク、アフガン。第二次朝鮮戦争・・・、中台紛争。印度・パキスタン紛争。戦争で儲ける、と言うのはある意味、軍需産業の一端を担っているのかも知れないな。俊彦はそう考えた。男の子は、戦争が起き、テレビやネットの動画共有サイトで、「カッコいい」兵器の映像が映れば、おもちゃ屋や、模型店に足を運ぶ。そう言う物だ。勿論戦争をテ―マにしたゲ―ムも多少は売れるが、昨今の不景気では、大抵9,800円位はするウォーシュミレ―ションゲ―ムより、1,680円くらいの戦術騎の模型の方が、少年達には手頃な娯楽であった。少なくとも、俊彦の現状の理解はそうした物であった。であるならば、世界最大のスケ―ルモデルメ―カ―、双星模型の社長が次なる紛争を期待するのも、無理からぬ事ではあった。異なる趣味の人々からすれば、少なからず嫌悪感を与えるかも知れない。
「・・・まあ、多少不謹慎ではあるな」俊彦は、ひとりごちた。しかし、と考える。儂から言わせれば。戦争の玩具、と非難される、スケ―ルモデル。では、アニメや漫画、ゲームのキャラクタ―模型やフィギュアはどうだと言うのだろう?あれも戦争を描いている。それも、千代が利益を生む様な、都合の良い内容の、架空の戦争を。さっき、社員が言っていた、「機動戦術騎・極光」。2103年から放映されたあのアニメは、若い世代を中心に大人気を博し、シリ―ズ化されていた。確か、今は4期目に入っている筈だった。内容は、確か・・・、主人公が、偶然、群の新型騎と出会い、成り行きから操縦する事になる。そして、フェリシアの内部に蔓延る悪と、フェリシア人のヒロインと共に戦う。・・・馬鹿らしい。偶然通りかかっただけの10代の少年が、群の最新鋭騎を操縦できるものか。どんな兵器であれ、操縦士の訓練には、巨額の費用と、気の遠くなる様な時間が必要とされる。軍事を少し齧ったものなら、容易に辿り着く答え。千代の模型を売る為にデザインされる、戦術騎に騎士。ああ言う物は大して非難されず、どうして実物を忠実に再現した、精巧な我が社のスケ―ルモデルが非難されるのだろう。それに、続編と言っても、商売の為に、わざわざ新しい戦乱を作り上げている。
昔、20世紀中期頃に流行った勧善懲悪のロボットアニメと違い、主人公とフェリシア人のヒロインが、共に戦う。架空の、第三の異星人、そして地球の反フェリシア軍閥。・・・まあ、オタクの思考はいまいち解らん。兵器擬人化萌えとか、儂の理解の範疇を超えている。・・・で、あのアニメ、確か、相当昔から続いている奴の焼き直し、そう谷川模型の社長は言っていたな。20世紀後半から始まった、「機動兵士」・・・ナントカ、確かそんな名前だった。一時廃れていたらしいが、フェリシア戦争が地球に降り掛かり、日本人にも「戦争」が身近な物に感じられた。そこに、あのアニメは登場した。時期が良かったのだろう。聞けば、フェリシアの地球文化愛好家にも、少なからざるファンが居るらしく、連中の、木星の母船ヴァルハラまであの模型は輸出されているとか。・・・やれやれ。まあ、国営放送のアニメだけあって、特定の思想を賞賛する内容では無いらしいから、その点はまだ良い。過去の機動兵士シリ―ズでは、妙に思想がかったタイトルがいくつかあったらしいからな。・・・子供が、夢中で見ているアニメで、特定の思想に感化される。それで、戦争とか国防に、変な反感を抱く。・・・恐ろしい話だ。・・・しかし。儂とて、双星の社長だ。そんな内容に、あのアニメが回帰するのなら。社運を賭けてでも、千代と一騎打ちをせねばならん。俊彦が、そう考えていた時。
「社長、お客様がお見えになりました」「誰だ?今日はアポイントの予定は無い筈だが・・・」「政府の方との事です」政府が、今頃儂に何の用だと言うのだろう?「わかった、通したまえ」俊彦がそう答えて、其れほどの間もなく政府の使いが社長室に訪れた。
「突然にお尋ねして、失礼致しました。私どもは総理の諮問機関、『これからの日本のあり方を考える有識者の会』の者です」俊彦は考えた。首相の諮問機関の噂は、財界でもたまに耳にする。噂では、「桜会」と言う派閥だとも聞くが・・・その会が、儂に何の用だと言うのだろう。「我が会の先生方は、社長を高く評価しております。御社の製品は、日本の、ひいては世界の少年、模型ファンを、正しき価値観に導く物であると」「それは光栄です」「しかし、こうも言っておられます。フェリシアの機体の製品は、要らない、と」
・・・俊彦は考えた。模型の基本として、特にミリタリ―模型の場合、敵側の機体も出さないと、売れ行きに響く。戦車で言えば、タイガ―に対するT-34、船なら大和に対してのミズ―リ、飛行機なら零戦とヘルキャット・・・。「難しい問題ですな。自衛隊の戦術騎や戦闘機、軍艦・・・いや、護衛艦ですな、それに潜水艦、そして戦車。我が社の製品は高品質ですが、敵役が居てこそ、ミリタリ―模型は発展するのです。それを、フェリシア軍の機体が無くては、色々な意味で盛り上がりに欠けます」「社長の御意見も尤もです。・・・ですので、先生達は、是非社長を、会合にお呼びしたいと仰せです」一体どう言う会合なのか、俊彦は興味を引かれた。「解りました。お誘いをお受けしましょう」「ありがとうございます。賢明な判断と言わせて頂きます」・・・そう言って、政府の遣いは帰路についた。さて、儂も。首相の諮問機関の噂、この眼で見定めるとするか。
「会合」の会場は、東京都内トップの高級ホテル、その大ホ―ルだった。確か、昇竜の間、そんな名前の部屋。老人達の会合には、相応しい雰囲気が漂う。もっとも、儂も七0代ではあるが。
「双星君、君のような一介の「零細」企業の社長が、我が桜会の会合に呼ばれるとはな」・・・後ろから悪意に満ちた声を浴びせられ、俊彦は振り返った。声の主を見ると、六菱財閥の、六菱弥太郎会長本人だった。現在の日本の主力兵器である戦術騎の睦月を初めとして、航宙護衛艦、大気圏内外両用制宙・制空戦闘機、護衛艦、潜水艦、戦車等、自衛隊の殆どの装備品を納入している、歴史ある名門企業の会長。栄光ある日本三大財閥の総帥。日本財界のトップ。確かに、この男からすれば、我が社など確かに「零細」企業なのだろう。・・・だが、儂とて、日本の、いや、世界の模型ファンをリードしてきた男だ。そんな侮辱など、・・・と。「先生方が、お見えになります。皆様、日本の叡智を代表する方々に対し、くれぐれも失礼の無い様御願い致します。」貴賓席を見やると、南條総理が、慌てて秘書官にネクタイを締めなおさていせる。滑稽な場面ではあった。一国の首相が其処まで気を使う、桜会とは何だ?ひょっとして、儂は今、見てはならない魔女の大釜の中を、垣間見ようとしているのやも知れん。俊彦は、そう思った。
壇上のカ―テンが開く。そこに、「桜会」のメンバ―が居た。・・・そうそうたる顔ぶれだ。確かに、南條総理が気を使うのも無理からぬ事か。壇上に目をやる。中心に帝立帝都大。左右に京都帝國大。その左右に早春大、慶鳳大。それから・・・、兎に角、日本の学会の重鎮連中が集まっている事は間違いない。尤も、最近はメディアに余り登場しない老人ばかりでは無く、若手の学者・政治家、高級官僚の姿も有る。さしずめ、旧大日本帝國の枢密院を彷彿とさせる。と、壇上の老人が口を開いた。「お集まりの紳士淑女諸君。この度は、憎きフェリシア人を駆逐せんがための、賢者の集いにようこそ」・・・駆逐?フェリシア人を?この老人達は、何を今更・・・俊彦は、思わず唸った。壇上の老人が続ける。
「世界は今、憎きフェリシア人との戦争によって、混沌の闇の只中に有る事は、諸君も異論は無いであろう。その世界にあって、唯一、戦禍を免れた我らが祖国、神州日本。それが、皇国の英知たる我ら、桜会の手による政治的成功である事を知る愚民共は少ない」
「愚民共、か。」壇上からかなり後方の席で、俊彦はひとりごちた。正式に招待された割には、如何にもその他大勢の為の座席だ。その学歴順に格付けされたと覚しき座席の列の中で、改めて考える。
(連中、特権意識まで、本当に大日本帝國時代の枢密院の再現の様だな。こんな連中が政界に巣くっていたとは、な。・・・しかし、あの老人の言う事にも一応、筋は通っている。確かに、日本だけがあの戦争の戦禍を免れた事は、常々疑問に思っていたしな。公式には、憲法九条を理由に、近衛総理が、フェリシアのフェリア皇女と事前協議をしていた事になっているが・・・、やはり、九条だけで戦禍を免れた訳では無い様だな)壇上の老人の演説は続く。ふと、俊彦は思い出した。あの老人は、一ノ瀬教授ではないか。戦前から、度々防衛力の拡充を唱えていた、保守派の重鎮。暫く公の席で見かけないと思っていたが、此方が教授の本職と言う訳か。
「・・・この混乱した世界を救うのは、我らが祖国、神国日本をおいて他に無い!既に米・欧露・中の三大陣営は疲弊し、今正に、日本への世界救済の期待が集まっておる!この混沌の時代こそ、英霊と成った父祖達の悲願、日本による世界新秩序の構築の好機である!そして今こそ、忌まわしき米帝より強制された奴隷憲法、あの九条を、廃棄するのだ!」
ホール中から、万雷の拍手。一体何人が、世界新秩序だの奴隷憲法だのとやらを信じているのかは知らないが、兎も角この場は、桜会の理屈に合わせていた方が、社会的地位を維持出来るのだろう。そう、俊彦が考え込んでいたいた時、不意に隣席の政務官が声を掛けて来た。「双星君。君は、先生の声が聞こえなかったのかね」気がつくと、ホール中の視線が集中していた。
「本日は、世界の愚民の子弟を正しき価値観に導く同士、双星君を招待した」会場から、失笑がちらほら聞こえる。どうやら、この場は余程の高学歴者しか相応しく無い、そう言う価値観の人種の集いであるらしい。
「双星であります。本日は、この様な場にお招き頂きまして・・・」「前置きは良い。君は、今の世界をどう見るかね?」俊彦は少し躊躇ったが、「確かに、今の世界は混沌としております」うむ、と一ノ瀬が頷く。「その世界で、我が社は、正しい価値観を世界に普及させるべく、「模型」で啓蒙に励んでおります」その割には、フェリシアの機体も売ってるじゃないか、とヤジが飛ぶ。続いて冷笑。しかし、俊彦は構わず続けた。
「我が社が、祖国だけでなく、世界の同胞諸国とフェリシアの兵器の模型を販売するのは、主として年少者の国防意識の向上の為であります。地球の機体と、敵・フェリシア人の兵器を作り比べる事で、地球の軍事技術の立ち後れを実感せしめ、愛国心の鼓舞と、国防意識の形成を図る。これが、我が社が、地球・フェリシア両軍の兵器の模型製品を販売している理由で有ります」早口でまくし立てると、草々に俊彦は席に着いた。愛国心だの国防意識の啓蒙云々は、今考えた理由だが、何、構う物か。周囲からは、パラパラと控えめな拍手が聞こえてきた。義理か、或いはたった今でっち上げた、インチキ理念に賛同したのか。壇上の一ノ瀬を見やると、老人は深く満足そうな表情で、マイクを握り直した。
「うむ。彼の様な物が、愚民共への愛国的教育を下支えしておるのだ。諸君、よく心に刻んでおくのじゃ。我ら知識階層だけが、救国の念に燃えている訳では無い」今度は今日二度目となる万雷の拍手。
「では、諸君、今宵は講演はこの位としよう。今日は諸君等愛国者の交友を目的として、席を設けた。社会的地位の高低に拘らず、親睦を深めてくれ給え」そう述べると、一ノ瀬は壇上から姿を消した。(まあ、一〇〇歳を越える男だからな。あれだけ喋れば、暫くは休憩が要るのだろう)そう俊彦が考えていると、付近の座席の若手官僚達から、声を掛けられている事に気づく。
「双星氏、貴男の愛国心に、自分達は心打たれました!」「ああそれはどうも、いえこちらこそ、」等と相槌を打ちながら、思わず本音が出そうになる。意識的にソレを抑えつつ、台詞が喉まで出かかる。(おいおい、たった今でっち上げたばかりの方便に、簡単に感動するなよ・・・。どうやら、今夜は暫く宿に帰れそうに無いな。)結局、彼が都内に取って置いた東京支社ビルの宿泊所に帰ったのは、東京の空が明るくなった頃であった。社長で有りながら、高級ホテルでなく、支社に宿泊する辺り、彼の堅実な性格を反映しているのかも知れない。宿なら、さっきまで居たホテルに部屋を用意されていたのだが、彼は、あの特権階級意識の権化の様な会合で疲れ果てていた。案外、俊彦の様な人間が自分で思う程、戦争に深く関わっては居ないとも言える。
(特権意識を持つのは勝手だが、エリートには責任がある。あのジジイ・・・いやさ、老人達、老婆も居たしな。兎も角、連中に、クチで言う程の、世界新秩序云々の責任を背負えるだけの度量があるのだろうか?)そう思った所で、時計を見る。もう朝の八時を回っていた。(兎も角、今夜は静岡に帰ろう。東京の空気はどうも合わん)そう俊彦が思っている内に、彼は就寝していた。あの会合が余程生に合わなかったのだろう。
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