第3話 フェリシアの騎士

「汝の名は」・・・え?「名は、なんと申す」・・・ええと、僕に聞いているのか、彼女は・・・?「ヒ、博秋。」「ヒロアキ。異な名であるな」「まあ、僕は日本人だから。欧米の言葉程は、フェリシア語と似てないんだよ」「そうか。ア―シアの民がいくさばで何をしておるのか知らぬが、此処は騎士の戦いの場ぞ。汝は立ち去るがよい」

 助けられておいて、一目惚れしておいて、尚。彼女の言葉は、随分と勝手な言い分に聞こえた。ここは、日本だ。彼女達の入植地がある、五島や沖縄とは、大分距離がある。その東京の空を、フェリシアの近衛騎士団が、いったい何の目的で、何をしようと言うのか?

 「君こそ、ここは日本だよ。君達の国、神聖フェリシア皇国とは戦争をしていない、日本だ。一体、ここでフェリシアの軍が、何をしようと言うんだ」「汝の疑問も尤もであるな。我が皇国近衛騎士団が精鋭・特務艦隊は、この国に移住した我が同胞の安否の確認と、この国のまつりどころの意志を再確認すべく、聖皇女陛下より派遣せられたるものなり」

 ・・・もっともすぎる理由だ。入植地に限らず、世界中で、地球に移住したフェリシア人に対するテロ行為は、後を絶たなかった。例え、その国に帰化していてさえ。彼等からすれば、フェリシア人が、自分達の祖国の国籍を名乗るのは、我慢がならないらしかった。・・・結局、その所為で、2102年頃には、月軌道上に、フェリシア艦隊が進駐してきた訳だが。さっきから見えている、月の手前の巨艦、確か「フェリアス」とか言ったか、あの船も、その一環で木星近海から進出して来た訳だった。何もかも、開戦の時同様、地球人の恐怖感と猜疑心が招いた結果だった。

 「我も汝に訊こう。ア―シアの民・・・日本人が、何故にいくさの用意をしうるや?我が神聖フェリシア皇国には、汝の祖国と刃を交える気等無い」・・・え?いくさの準備?え・・・と・・・、それって・・・。

 「此度、我が騎士団が出会いし、日本人の新造戦艦。新たなる騎士。これがいくさの準備で無くて、何であるか」・・・・確かに、あの自衛隊の船は、「機動艦」、空と大気圏外、つまり宇宙での活動が出来る船だった。自衛隊が、国土防衛用に数隻保有している事は知っていたが、あれだけ大型の艦は、僕は知らない。それと、彼女も指摘した、新型戦術騎。あれだって、僕の知る限りでは、研究開発中だった筈だ。長崎条約で、2110年までは、フェリシア・地球、両者は少なくとも、次の戦争に繋がる行為は行わない事になっていた。・・・だが、実際は、フェリシアは兎も角、地球各国、特にG4は、次の戦争も有り得るとして、新型兵器の開発に余念が無い。義塾、ゼミでもそう習った。

 「民に、まつりどころの責を問うても詮無き事か。許せ、我が浅はかであった」僕も。・・・僕も、彼女に聞こう。何故、僕を―「僕も、君に聞きたい。どうして、僕を助けたの?それに君の姓、フェリシアって―」「民をいくさから守りしは、騎士が務め。例えそれがア―シアの民であっても、じゃ。それに、我は―」彼女は、少し考えていた。言うか、言わざるか。

 「我はフェリシアの名を継ぐ者。汝が言う通り、我はフェリシアの皇女。神聖フェリシア皇国、第一皇位継承者にして、我が姉君、姉聖皇女陛下が婚約者、シルフィ・ラ・フェリシアぞ。この答えで満足であるか、日本の民よ」

 ・・・なんだって?姉君が婚約者?・・・瞬間、僕の頭が混乱する。僕は、フェリシアの人達の文化については、普通の人達よりは、幾分詳しいつもりだった。なんせ僕は、ゼミで、フェリシアとの外交関係を学んでいるのだ。・・・それにしても。姉君が婚約者、か。改めて彼女を見上げる。凛とした深い蒼の眼差し、腰まで届きそうな蒼い髪のツインテール。整った美しい顔の造形美。SFチックな蒼いボディスーツに、オリハルコンの金細工と蒼のエーテル鉱石の宝飾。フェリシア皇族で有る事を示す、有角天満の紋章が記されたペンダント。確かに、彼女はフェリシア皇族で有る様だ。

彼女を見上げる。美しい。この皇女は、姉と結婚するのか・・・、やはり地球とは大分違う。そんな事を中世のヨーロッパなんかで言ったら、間違い無く魔女狩りに合うのだろう。だが、彼女はフェリシアの騎士だ。地球人の干渉など、意にも介さないだろう。と言うか、僕にはフェリシアの文化について、どうこう言う資格がそもそも無い。資格も無しに、感情をぶつけたのでは、それこそあのアカシの連中と同じだ。・・・一目惚れした少女の姉。婚約者で、聖皇女。つまり、フェリシアの最高指導者。今日の戦闘を、どう考えるだろうか?地球の敵意と受け取るだろうか。少なくとも、彼女―シルフィを見る限りでは、その姉が好戦的な人には思え無かった。

 「日本の民よ、我は往く。この戦、既に勝敗は決した。これ以上の戦いは、双方に無益な血を流すのみ」彼女は、地球人の命の重みも考えてくれているらしかった。

 「ではな、少年。縁があれば、また合うやも知れぬ」「待って、シルフィ!」「?なんであるか?」・・・本当は、君に恋した!とか言いたい。だけど、今僕が言うべきは、そんな個人的な事じゃ無くて。「シルフィ皇女殿下。日本の民として、お願いします。貴女が向かう先においても、日本の・・・、地球の民を傷つける事が無いよう、約束して下さい。」沈黙。    

 「言われるまでも無い事。我が騎士道にかけて、民は手にかけぬ」・・・よかった・・・、と、操縦席が閉じる。言わなきゃ。でも、今は。「シルフィ!約束、確かに!」「うむ、汝の願い、忘れはせぬ。汝も、同胞を愛せよ」今度こそ、操縦席が閉じる。そして。辺りに蒼い光が立ち上ったと思うと、シルフィが乗った騎士は、一瞬で、彼方へ消えていった。・・・縁があれば。また、合うかも知れない。そう、信じたかった。いや、出来る事なら、今すぐにでも追いかけたい。でも、僕には出来る事が無い。ただ、彼女を見送るしか出来なかった。

 シルフィの騎士は、彼方に行ってしまった。後を追おうにも、手を尽くして考えて見ても、僕には手段が無い。見ると、彼女の言葉通り、フェリシア軍も撤退準備に入った様だった。騎士、戦士と、戦闘機が収容されていく。あの3騎は、指揮官騎か。最後まで、空域に留まっている。

 ・・・と。一機の、新型戦術騎が、降下してきた。さっきまで、互角とは言えずとも、神聖フェリシア皇国軍近衛騎士団相手に勇戦していた機体だ。

「大丈夫ですか?」中の操縦士に問いかける。「・・、」「はい?よく聞こえませんが・・・。」「に、日本を、・・・、フェリシア人から、ま・・・、守れ」操縦者に外傷は無い。魔法弾を受け、機体内部にダメージを負った様だった。「すみません、この機体、お借りしてもいいですか?」「・・・げふっ、ああ、やってくれ・・・。東京の空を、フェリシア人に渡すな・・・。」「解りました。少しの間、本機をお借りします」「・・・。」操縦者は、意識が飛んだ様だった。しかし、これは好機だ。不謹慎ではあるが、この戦闘のドサクサに紛れれば、シルフィを追えるかも知れない。そうしたら、なぜ地球人を・・・、ア―シア人を助けたのか、もう一度、彼女の口から答えを聞きたい。さっきの答えは、シルフィ個人の答えなのか、フェリシアの皇女、騎士としての答えなのか。それだけでも、彼女の真意を確認したかった。・・・聞いて、どうとなるものでも無いが。昔の偉い人も言っていた、恋は盲目、って。ならば。

 「行くぞ、戦術騎」「了解。状況、戦闘ステ―タスに復帰します」機体の人口知能は、そう言った。・・・後は、立ち塞がる騎士達を、殺さずに、シルフィに追いつけるか、だな。すると。

 「搭乗者確認、日本人と判定。戦闘機動に移行します」なんだ、この機体・・・?搭乗者の認証が、国籍なのか?普通、部隊IDとかじゃないのか・・・? 「月光、戦闘起動。交戦開始」月光?自衛隊の戦術騎は、「月」級じゃなかったか?確かにこいつも、「月」光ではあるが。と、頭の中に、この機体のデータが入ってくる・・・様な・・・錯覚か?いや、今は目前の騎士に集中しなきゃ!

 こっちの再起動に気づいた騎士の内、2機がこちらに迫る。ペアの内、指揮側らしい騎士が、魔法弾を撃って来た。

防盾が破壊される。魔法の力は凄まじい。と。「左腕部、固定磁場防盾起動」すると、左腕に、緑色の力場が発生した。光の盾・・・、そう言う装備なんだろうか。敵機からの魔法弾が迫る。「くそっ、こんな所で死ぬわけには・・・!」左腕で、機体を覆う。次の瞬間、魔法弾は、力場と拮抗し、消滅していた。「いいぞ・・・月光・・・!」乱暴に、ネクタイを解く。スーツのジャケットを脱ぐ。もどかしい。尤も、官庁訪問の帰りに戦闘に巻き込まれる事を想定して出掛けた訳じゃ無いから、当然と言えば当然であるが。  

 「射撃武装・・・、これか!」操作パネルを弄る。「〇六式壱百五拾五粍電磁滑空狙撃砲・・・、なんだこれ?」兎に角、撃つんだ。生き残り、そして・・・、出来れば、さっきの少女、シルフィともう一度話がしたい。敵味方じゃなく。「僕と彼女」で。その為ならば・・・「悪いけどっ!」電磁砲を、中距離の騎士に向け、照準する。・・・凄い、この照準機。あの速度に追従している。狙撃砲の名は、伊達じゃ無いって事か。よし。それならっ!「撃つぞっ!」背中にマウントされた電磁砲を手に取り、射撃体勢に移行する。銃身は中折れ式で、展開したら、月光の機体程もあった。銃身後部には、円形の加速器・・・トロダイルコイルがあった。「弾丸加速、10・・・、20・・・、」 

 「現在出力で撃破可能」月光の人工知能が報告する。「よし、発射!」その瞬間、機体に物凄い反動。弾丸と同時に余剰エネルギーが、光となって放出されたが、弾丸の方が早い。騎士の一体に命中し、撃墜した。見ると、操縦席付近は無傷である様だった。操縦席周りは、かなりの重装甲であるらしい。神聖フェリシア皇国軍は、女性ばかりだからな。人口が減ることに、随分神経質なんだろう。今は、そう思った。

もう一機、近距離の騎士が、こちらに急追する。「機体データ、検索・・・白兵戦用武装・・・これか!超高振動刀、起動!」背部の鞘から、振動がする。否、そんな気がした。「よし、切り込む!」剣を、手に取る。フェリシアの騎士と、切り結ぶ。・・・よし、エーテル剣に負けてない!すると。「ニッポンジンめ、我がフェリシアの和平への想いを踏み躙り、この様な軍備を・・・!」「それは、君達の理屈だ!日本だって、国を守る権利ぐらいある!」「ノインめが・・・!」ノイン?フェリシア語で・・・、9?9がどうしたって?「消え失せろ!我が騎士の剣の一刀の下に!」「受けてやる!うおおおっ!」再び騎士と切り結ぶ。フェリシアの騎士の剣は、長い。一方、僕の剣は、手頃というか、白兵戦向きのサイズだった。侍の脇差しの様なリーチだ。切り込む隙は、必ずある・・・!「今だ!とったあっ!」騎士の剣が降りかかる刹那、一直線に突っ込む。「フェ・・・、フェリシアに、光輝あれっ!」・・・騎士の機体の、操縦席の直ぐ脇を、僕の剣が貫いた。騎士は、力が抜けた様に、無防備な体勢のまま、落下していった。「あれなら、死にはしないだろう。月光、よくやった」「了解。戦闘空域の敵機、反応無し。残存騎士、敵母艦に帰艦した模様」これでいい。僕は、シルフィと話がしたいだけなんだ。 あの自衛官は、フェリシアから日本を守ってくれ、と僕に月光を託したけれど。殺すだけが、戦いじゃないよね?そうだろう、シルフィ・・・、君は僕を守ってくれた。だから、僕もフェリシアの騎士の命は奪わなかった。尤も、かってに自衛隊の機体を操縦して、あまつさえ戦闘したんだ。もう、月光に乗る機会は無いだろう。下手をすれば、義塾からも退学を言い渡されるかも知れない。・・・ま、どうにかなるさ。そう思っていた瞬間。

 「君、君が落とした敵機の騎士、その操者。アレを捕縛してくれ給え」機動艦からメッセ―ジが届く。否、この状況では「命令」と見るべきだろう。「解りました。2名を捕縛、本機の本来の操縦者を回収、その後、そちらの艦に、着艦しても良いでしょうか?」「うむ、君の着艦を許可する。よし、状況終了。本艦も戦闘態勢解除」

 ・・・こうして、僕の長い一日は、終わりを告げようとしていた。あの美しい騎士、シルフィともう一度、話がしたい。もう一度、彼女の言葉を思い返す。・・・もしかしたら、彼女の姓「フェリシア」の名の通り、彼女は本当にフェリシアの皇族なのかも知れない。聖皇女の后になるさだめの女性なのかも知れない。だけど。僕は、彼女を愛してしまっていた。あの戦闘の混乱の最中、敵であるア―シアの民である、この僕を、その身をさらして守ってくれた、異星の騎士を。

 ・・・もしかしたら、自衛隊に志願すれば、フェリシアの騎士達と戦い続ければ。もう一度、本当に、彼女に出会う機会は無いだろうか。眼前に、機動強襲群の機動艦が見える。あの船で、「群」に志願して見たら。・・・いや、これは、僕にとって都合のいい妄想だな。彼女も、今日の戦闘で、機動強襲群を、明確に「敵」と認識しただろう。今日こそ、一人のフェリシア人も殺さずに済んだが、この戦火が拡大するのなら。僕も、フェリシアの人を、手にかける。きっと、そうなる。その時、同胞を手にかけた、蒼い血にまみれた手で、彼女を抱きしめられるものか。・・・どうしたらいいんだ、僕は・・・。 「月光、着艦せよ」「了解。黒巖博秋、月光着艦します」全ては、この船の指揮官と話してからだ。こんな僕でも、戦力になるのなら。シルフィ、僕はきっと、君に会いに行く・・・!「着艦レーザービーコン、進路クリア。月光、着艦」「今日はお疲れ様、月光。もう会う事も無いだろうけど、お礼だけは言わせてくれ」「了解。又の搭乗を期待します」「ああ。じゃ、またな」月光と別れると、自衛官達が僕を取り囲んだ。叱責されるのだろう。「お前、よく月光を乗りこなしたな・・・!あれは操者を選ぶ、ピ―キ―な機体なのに」「ああ、全くだ。君は学生か?あれか、ゲーセンの「機動戦術騎極光・地球VSフェリシア」をやりこんだクチか」・・・あれ、怒られない?ってか、むしろ褒められてる?「司令も、君の適応力の高さには、関心して御出でだ。もしかしたら、司令からスカウトされるかもな」「止めとけ、二尉。見たところ、彼は学生の様だ。大学が本分だろう。そうだな、君?」「ええ、まあ・・・。」意外だった。自衛官の人達からは、キツイ叱責があると思っていたのに。・・・もしかすると。シルフィと出会う機会が、巡ってこないだろうか。勿論、フェリシア人は手にかけたくない。でも、彼女に会う為なら。手段は選んでいられないのかも知れない。それが、異星の騎士を愛してしまった、僕の運命なのだから。

                                                              続く

                第三章 神国の防人

 それから。僕は、機動艦の中で、簡単な質問を受け、そして、バイタルチエックを今から受けようとしていた。数人の自衛官と通り過ぎる。皆、興味深深と言った表情で、僕を眺めていた。それはそうと、さっきの月光の、本来の操者はどうなっただろうか?医務室に入る。「黒巖博秋、入室します」「入りたまえ」鼻に来る、アルコ―ルの臭い。確かに、医務室だ。大学の構内であれ、空中の機動艦の中であれ。医薬品の臭いは変わらない。そして、僕は個人的に、この手の臭いが苦手だった。バイタルチェック中、医官に質問する。

 「医官殿。月光の操者は、本来のあの戦術騎の操者は、どうなりましたか?」医官は、渋い表情をした。「三尉は、思いの他身体ダメ―ジが大きくてね。本国に後送される事になるだろう」・・・あの自衛官、見た目はそんなに重症じゃなかったのに・・・

 「フェリシアの騎士、アレの魔法弾。それを月光の装甲で受けた訳だ。で、機体本体は損傷を免れたが、機体内部の三尉は、装甲を抜けてダメ―ジを負った、そう言う状況だ」・・・悪い事をしたかな。ん、それじゃあ月光はこれからどうなるんだろう?「医官殿、月光はこれから、操者無しでどうなるんでしょう」「そうだな。それは・・・」医官が、少し険しい表情をした。

  「「月光」については、本官からは詳細は述べる事は出来ん。ただ、我が隊の司令官殿が、君と話したいと言っている。」そう、僕を治療した医官は言った。どう言う意味なんだろうか?

 格納庫で、改めて月光を眺める。確かに新型騎であるらしく、武装が睦月とは大分異なっていた。睦月は、地球と日本の最先端技術を投入していたとは言え、主武装は壱百四拾粍滑空砲と参拾五粍機関砲、それと超高硬度人工ダイヤモンド刀、確かその程度だった筈だ。国連軍の当時の主力TI、ラプタ―Ⅲは結局睦月のデッドコピ―だったらしいから、性能的には似たようなモンだろう。だが、こいつは・・・「あれは陽電子銃か?じゃあ防盾の内側の武装ユニットは、自衛隊が研究中と言う、超高振動刀と、固定磁場刀なのか」「よく解るな。こいつは最新鋭機だってのに」見ると、無骨そうな幹部自衛官が、こちらを見ていた。年の頃、30代中盤といった所か。 操者なのだろうか?幹部自衛官には間違い無い筈だけど。

「俺は・・っと、群の秘匿事項でな、許可があるまで名乗れないんだよ。すまんな」「いえ、それは別に・・・。」「階級は一尉。それだけしか言えん、今はな」「僕は黒巖博秋。宜しく御願いします。」それよりも。あの、月光の、妙な搭乗者確認が不思議と気になる。日本人と判定、確かにあの機体、月光の人工知能はそう言った。「月光の認証、変わってますね?認証が国籍だなんて」僕がそう言うと一尉は複雑そうな表情をした。「それはな・・・」

 「あの機体は、「民族」を判定するのだよ」 「これは「大将」閣下」見ると、20代中盤位だろうか、若い高級士官が立っていた。さっき、この船―艦艇から、僕に命令を送ってきたのは、どうやら彼の様だ。「どう言う事ですか?民族を判定するって・・・。それに、大将って・・・自衛隊なら、その階級は無いんじゃないですか?」「君の疑問も尤もだ。まあ、本官を慕ってくれている諸君が、私を呼ぶ時のあだ名の様な物だ。余り気にしないでくれたまえ」「はあ・・・」博秋は思った。確か、大学では、先生が「機動強襲群、あれは自衛隊からの独立を図っておる。」と仰っていたっけ。確か、発足当時は・・・『統合機動打撃群』・・・そうそう、それ・・「あの、大将」「本官の今の正式な官位は特務航宙将だ」「・・・では航宙将、僕・・・小生への御用件とは一体?」「うむ、君を我が「群」に招待したい。」え。それって、どう言う―「少し、君の事を調べさせてもらったよ。君は極めて優秀だが、その能力に見合わない苦労をしている様だね」え、それって・・・。「その前に、君に我が群の戦術騎を紹介しておきたい。来たまえ」そう言われ、格納庫へ向かう。そう言えば。この艦の名前はなんと言うのだろう。後で、「大将」に聞いて見るか。

 「では、改めて紹介しよう。「光」級戦術騎、月光だ。「月」級に替わる戦術騎、「光」級、その初期量産型だ。」「「光」級?」「うむ。「月」級と「光」級を繋ぐ機体、と言う訳だ。もっとも、私が説明するより、君自身が操縦した訳だから、君の方が、本騎については熟知していよう」そうでもないけど・・・あの妙な搭乗員識別システムとか。

 「機体本体は、高出力イオンプラズマ放電力場式推進機関を搭載し、高機動性を確保。本体装甲には、最新鋭の通電式装甲。固定磁場防盾を装備。基本武装に、陽電子銃および電磁滑空砲、固定磁場刀、超高振動刀を搭載。・・・見ての通り、睦月とは全く次元が異なる、高い戦闘能力を有しておる。睦月の武装はたかだか14サンチ実体弾砲と人工ダイヤ刀に過ぎなかったしな」「はい。僕でも、睦月との違いは乗ってみて解りました」そうだろう、と大将が含み笑いをする。14サンチって、随分古風な話し方をする人だ。そうだ、あの妙な搭乗者認識について、聞いてみよう。

 「大将。民族を判定する、と言うのはどう言う意味なのでしょう?」「言葉通りの意味だが」「・・・ええと、僕の認識では、一般的な搭乗者認識は、部隊IDとかじゃ無いかと思うのですが」「うむ、一般的にはな。その意味で、君の見解は正しい」「では、民族を判定する意味とは?」すると。大将は、思わせぶりな表情で。「日本人以外が、あの機体の力を手にしたら、神州の危機とは思わんかね」「確かに・・・。」「だろう。つまり、敵はフェリシアだけでは無いと言う事だ。地球上の人類の国家とて、我が国の安全保障を脅かす可能性は、考慮しておかねばならん」確かに、大将の言う通りかも知れない。同胞である地球人類だって、確かにフェリシア以上に日本を脅かすものかも知れない。

 「この戦術騎に、また僕は騎乗するのですね?」「いや。君には、我が群の「新たなる力」に騎乗して貰う」「と、仰いますと・・・?」「来たまえ。機密格納庫だ」そう言うと、大将は、僕を格納庫内の「要人専用」と立体モニターに電子的に書かれたエレベーターに案内する。・・・この先に、何があると言うのだろう。と、エレベ―タ―が到着した。さて、鬼が出るか、蛇が出るか・・・!

 「「十六夜」、我が自衛隊・機動強襲群の新戦力、「戦略騎」だ。」「戦略騎?」「ああ。単騎でも敵フェリシア騎士団と渡り合える機体性能を秘めている」機体の中心にある、紅い宝石が気になった。「あれは一体?」「ああ、「おちからいし」だ」「御力石?」「うむ。奴等の言うエ―テル鉱石に近似した特性を持つ、我々の切り札だ。」「地球にエ―テル鉱石があったのですか!?」「極少数だがな。奴等の降下地点の一部は、既に抑えられておる。長崎条約で撤兵した地域でも、殆ど採掘されてしまっておる」「では、あの石は・・・?」「古代の伝承を下に、新たに、日本で発掘された物だ。宮内省、文科省の関係者に調査を依頼してな、日本国内は元より、世界中の伝承に残る、秘石の伝承を下に発掘したと言う訳だ。」「成る程、でも純度が低い訳ですか。蒼くないですし」「特性の違い、と言って貰いたい。連中のエ―テルが、使用者の能力に依存しているのに対し、御力石は、ソフトウェア制御で、その御力を示される。君の地元、長崎の五島からも、御力石の反応があるそうだ。その石は純度が高いらしくてね、発掘され次第、新型騎に搭載されるだろう。」「五島から・・・あ!海神様の伝承ですか」「ああ。それと、鬼岳火山跡地にも、紅い石が幾らか眠っている。あの山も、霊峰の一つだったと言う訳だ。古代人が言う所の竜脈、レイ・ラインを通っているしな」・・・僕の故郷に、そんな「力」が眠っていたなんて。「この機体の武装は?」   

「陽電子銃と電磁滑空砲、固定磁場刀、超高振動刀、磁場短刀。もっとも、月光と違い、全て〇七式兵装であるが。簡単に言えば、同種の武装でも、月光より数段上の戦闘力と言う事だ。それと、御力石の制御に君が成功すれば、連中の「魔法」を、擬似的に使えるやも知れぬ」「魔法武装ですか・・・!?」「そうだ。ある意味、その為の御力石だからな。機体本体の動力炉として使うだけなら、我が国の最新鋭太陽光充電バッテリ―と、志向性磁場充電機構で済む」「志向性磁場・・・、充電機構?」「そうだ。母艦、この場合、我が日進から志向性の電磁波を投射し、十六夜に送電。戦闘中でも充電が可能だ。」「それはまた・・・。随分とハイテクですね」「戦場を支配する騎、戦略騎だからな。これぐらいの装備は必然的だよ。それと、操者を補佐する脳波制御機構。前の戦術騎の制御人工知能の移植。こうした機構により、乗り換えたばかりの操者でも、機体性能を最大限に発揮できる様、配慮してある」成る程・・・。凄い機体だ。大将がフェリシアの近衛騎士団と、単騎で渡り合えると豪語するだけの事はある。それを、入隊したてのこの僕に預けるなんて。期待されている、そう思って良いのだろうか。少し、質問してみよう。「波制御機構は、何故睦月や月光には採用されなかったのですか?」「簡単だよ。思考だけで機体を制御する事は出来ても、戦闘技能が高いとは限らない」「ああ、成る程…」「尤も、月光には、戦闘以外の情報処理なら、脳波制御を採用してあるが。気づかなかったかね?」「いえ、言われて見れば…頭の中に、情報が入ってくる感じでした。…武装や、機体性能ステータスとか。」うむ、と東郷大将は頷く。「僕は、いえ私は、体が弱いのですが。それは問題無いのですか?」「全く問題無い。君の操縦センスは、脳波制御で機体を操縦する。体にかかる負荷も、月光よりはるかに低い」成る程・・・そうそう、もう一つ聞きたい事があったんだ。僕は大将に向き直り。

 「そう言えば。この艦の名前は、何と言うのですか?」「先程も言った通り、『日進』だ。先程は聞こえていなかった様だね」「とと、すみません。何分、緊張していたもので。・・・日進?あまり聞かない艦名ですね」「うむ。日露戦争当時の武勲艦から名づけられた。あの山本元帥が、少尉候補生時代に乗艦していた艦だ。・・・小官は『三笠』にしたかったのだがね。あの名前は、既に別の艦に命名される事が決まっておる。進水式も済んでいる事だしな。水上機母艦にも日進と言うのが有ったが、本艦の由来は先にも言った様に、山本元帥が少尉候補生時代に御乗艦されておられた、日露戦争時代の『日進』なのだよ。」日露戦争時代の艦名か・・・、最先端技術が投入されている割に、クラシカルな趣味なんだな。と、大将が口を開く。

 「さて、そろそろ君の返事を聞こうか。」・・・すぐには答えられなかった。「すぐには無理、か。無理も無い。まあ、今週一杯でも考えてくれたまえ」・・・どうしようか。シルフィを追える、そのチャンスはここしかない。それに、大将には聞いておきたいこともあった。・・・僕とあまりに違う、その高い地位についても。

 「大将、閣下は、失礼な質問ですが。何故、お若いのに、そんな高い地位に居られるのですか」・・・まさか、コネだとは言わないだろう、この人の場合。と、大将が口を開く。

 「私の官位が気になるかね?私は、フェリシアとの戦争前から、情報部の分析班にいた。そこで、国連軍大敗のシュミレ―トを行い、意見具申した。自衛隊も、戦備の拡充が必要であると。」「はい」「当時は、一顧だにされなかったが、ね。状況が変わったのは、あの戦争が終わってからだ。誰かがあのシュミレ―ト結果を分析し、実際の戦況と大差無い事に気づいた様だ。一気に私は特進し、三佐に任命された。その後、統合国防戦技シュミレ―ションで常勝し、今の階級になった、と言う訳だ」。なるほど。

 「大将、」「東郷だ。東郷春樹」「東郷大将、お誘いを受けたいと、自分は思います」「そうか、よく決断してくれた」「ただ、一つだけお願いがあります」「言って見たまえ」「出来るだけ、僕はフェリシア人を殺したくありません。今回の紛争が終われば、彼女達ともまた共存の日々が戻ります。その時、会いたい人が居ます」「フェリシア人かね」「はい。ですから、無用な殺生は避けたいのです。・・・勿論、この紛争が続く以上、いずれは、僕も騎士を手にかけるでしょう。でも」そこで、言葉を区切る。「でも、可能な限り、殺人は避けたい。例え、それがフェリシア人であっても。いつか、彼女に会う日の為にも」

 東郷は少し博秋を眺めていたが、「面白いな、君は。フェリシア人に、会いたい女がいてなお、我が群に入隊すると言うのか」「ここでないと、彼女に手が届かないと思いました」「ふむ。私は、個人の私情には口を挟まない主義だ。君が、我が群でしか成し得無い事があると言うのなら、それも良かろう」「では・・・!」「うむ。君の入隊を、正式に認め、着任を許可する。誘っておいてなんだが、これもお役所的手続きだ。・・・そして、君の戦術騎の操縦の腕を見込んで、本官の権限で、君を二尉に任命する。」

 ・・・二尉・・・!?それって、結構・・・「19歳の君には、結構な身分だ。それなりの給料も出るし、本艦以外にも官舎を用意させる。君の一家の暮らしは、一変する筈だ。私も19歳で二尉だったしな。地位の重みは解っての上での任命だ。」「ありがとうございます、東郷大将!」「気にせんでくれ。私も君の腕を最大限利用する。米語で言う、「ギブアンドテイク」と言う奴だ」「はい!」「後、私の方から慶鳳に意見書を書こう。君が群で戦うから、休学扱いにしない様」「痛み入ります」「あそこは良い大学だ。私は帝都大だったが。・・・あそこなら、休暇中なら、夏のスク―リングもある。君は普通科だが、特別に通信過程の講義も受けれる様、私なりに手配して見よう。流石に群で戦う以上、夜間スクーリングは無理かも知れんが」「あ・・・ありがとうございます!それなら、任務に専念できます」「気にせんでくれたまえ。持ちつ持たれつ、だ」「はっ!黒巖博秋二尉、十六夜の操者として、御期待に必ずや応えて御覧にいれます!」「その意気だ、黒巖二尉。期待しておるよ」「はっ!」「では私は、雑務があるのでこれでな。十六夜、君も気に入ると良いが」「もちろんであります。必ず、使いこなして見せます」

 東郷大将は、満足そうに笑うと、さっきのエレベ―タ―で帰っていった。それにしても。・・・十六夜、君が今日から、僕の手足だなんて・・・。しかも、二尉!?出来過ぎだよ・・・!夕方までの、憂鬱な気分が、嘘のようだ。確かに、フェリシアの人達とは戦う事になる。でも、この機体なら。十六夜なら、戦渦を極力抑えた戦いが出来る。月光で一度戦ったせいか、その自信が、僕にはあった。・・・シルフィ、待っててくれ・・・!あ、いや、君は、僕が勝手に追いかけたがっている事等知る由も無いだろうけど。でも。僕は、もう一度君と話がしたい。「フェリシアの皇女」と「日本の民」じゃなく。「シルフィ」と、僕、「黒巖博秋」の二人で。だから。その為なら。僕は、もう迷わない・・・!きっと君に会いに行く。願わくば、その時僕の手が、フェリシア人の蒼い血に塗れていません様に。何処の神様と言う訳ではないが、なんとなく、祈らずにはいられない。そんな気分だった。


 黒巖博秋は『群』に入隊を促され、それを受けた。戦いの日々が始まると知って、なお。彼はフェリシア人にさほどの敵意を抱いていないばかりか、つい今し方、フェリシアの騎士、シルフィ・ラ・フェリシアに一目惚れしたばかりであった。矛盾である。しかし、いずれシルフィと再開出来る機会もあろう・・・、今の彼は、そう考えていた。こうして彼は、戦いへの道を歩みだした。その結末を知らぬまま。

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