1-7-2 テロ当日

 


 ごく普通の真夏日だ。

 夏らしくさっぱりと晴れた空――前時代の多すぎた排出ガスの働きかけによりオゾン層の薄い淡い青空が東京都内に広がり、強すぎる紫外線もまた、人々に等しく降り注いでいた。社のタクシーによりGoogle本社付近のスターバックスで降ろされた三人は、そこで待機を言い渡された。インターン生は参加できないミーティングがあり、終わり次第合流するという。

 トールサイズのカフェオレを飲みながら、青樹は時計をちらちらと気にしていた。

 「11時2分か」

 「おい、時計ばっか見るな。不審だぞ」

 「私、あまり実感がわかないな……」

 慧理が退屈そうにフラペチーノの糖分と脂質の中に生クリームを混ぜ込む。

 「スムーズに事が運び過ぎた。なんか危ない感じの文書が覗けたのはよかったが、結局バイトとかインターンに見せても構わない情報ってことだろうし、俺らは大したことやってないんだろうな」

 「それでも僕らの身元とか行動をある程度人工知能かなにかのアルゴリズムに予測させた上で組織内に入れたんでしょ。テロ組織は世間から犯罪組織とされる特性上宣伝は不可能だし、人手不足が深刻だから、僕らみたいな学生を欲しがってるんだろうが……」

 「それでも私、本当になにもやってない……。データ入力だとか機械の掃除とか雑用しかしてない……」

 「いるだけでいいんだよきっと」

 「そんなんでレジスタンスやってられっかよ」

 ああそうか、と、青樹が唐突にソファにもたれかかる。

 「”プログラムに予測できない”ことが重要だったのかも」

 真宮が青樹の真似をしてもたれる。

 「俺らがエクスペンダブルズのように型破り最強無敵な奴らって意味か」

 「例えがよくわからんが……ま、そういうことなんだな」

 真宮の視界の端っこにテキストメッセージが表示される。Exitからだった。

 「というわけで、お時間です」

 車の覆面タクシーが窓ガラスの向こうに到着していた。


 「慧理!」

 Google本社が見えるマンションの一室でテロの準備が行われていた。共感苦痛を発動するプログラムの最終調整、訪問者と企業側の会話の傍聴(と簡単に言うが、このご時世ではとてつもなく難易度の高い技術であることを理解していただきたい)、昔ながらのダイナマイトの搬入。真宮と青樹はどこかに行ってしまい、慧理がますますやることがなかったところに、才原がやってきた。

 「才原さん」

 「暇なんだ?」

 「うん……どうして私が呼ばれたのかわからないな……」

 「じゃあこれ手伝ってね」

 不透明プラスチックの箱いっぱいにダイナマイトが詰められている。「しけってないか確認」説明書を渡され、火薬の外側を覆う被膜をそっと外して確認する。

 「うまくいくのかなぁ」

 「当事者がグズらなければいけるよ」

 才原はオーバーサイズのワンピースを着ていた。「才原さん……共感苦痛って、人が死ぬの?」

 「うーん、死ぬほど苦しいけど、耐えられたら生きるよ。自我の強さは人それぞれだから。爆発の痛みとか苦しみが半径2km以内のAuto-sync所持者にリサイズ処理が一切されないで伝わるから相当辛いだろうけどね」

 「……でもこのダイナマイトの近くにいた人は確実に死ぬよね」

 「そりゃあ。それが大きな目的だし。重役を吹っ飛ばして共同体側に衝撃を与えなければならないから」

 昔は遠い国で戦争があって、無差別テロや自爆がしばしば行われていたらしいが、まず日本ではありえない事だった。全ての戦争は終結し、完全なる平和が訪れているというのが世界の共通認識だ。

 「私のこと、まだ思い出さない?」

 「うん……ごめんなさい……」

 「そんな謝るべきじゃないよ」

 慧理の無意識に謝る癖がまた出てしまった。才原の後ろで社員が彼女に向かって手招きをしていた。

 「才原さん、呼んでるよ……」

 彼女はびっくりしたように手首を見て時間を確認すると、後ろを向いて「今行きます」と言った。才原は慧理をもう一度見て「笑顔が一番だからね」と慧理の頬をつねったあと、ダイナマイトの詰まった箱を抱えて指示通り運んでいった。

 「残り10分です」

 相田の冷静な指示が社員に次々と周る。

 またすることがなくなった。慧理は窓からこれから爆破する建物を見た。Google本社は薄いガラス張りの大きな砂糖細工のようなビルで、赤ん坊が持ち上げて落としたらすぐ壊れてしまいそうだ。実際は超強化ガラスで構成されており、火薬程度の爆風ではびくともしないだろう。それに玄関から社内までは開放的な庭が空間を隔てており、さり気なくもおびただしい量のセキュリティが敷かれている。

 やってくる重役を殺すチャンスは車で到着して門をくぐるまでの数秒だった。

 「配置について……」

 部屋の中のざわめきがおさまってゆく。始まるのか。コンクリートが正午前の殴るような日光を飽きずに照り返している。

 少し待っていると、曲がり角から黒塗りのポルシェがやってきた。慧理のAuto-syncは何の反応も示さないが、あれが標的となる偉い人たちが乗っている車だと聞かされていた。青樹や真宮は慧理よりもよく計画を把握しているだろうから、今、固唾を呑んで見守っているに違いなかった。信念からというよりは、計画が成功するかという点においてどきどきしているのだろう。

 慧理はぼーっと窓の外を眺めている。このあと起こることは、爆破、血しぶき、通行人が悶え苦しんで倒れ、即座にAuto-syncの感情共有機能がストップされること……。そして、世論はテロ組織に対する憎悪を煽り、しかし、我々は善なのだから、あなた達は安全だし、この世界は染みひとつない平和であることに変わりはありません、と訴えるのだ。

 どうか、何も考えずにいてくれと……。

 引き続き日常を続けてくださいと。

 テロ組織が陣取るマンションのロビーから人影が歩いてきた。あの人が自爆テロの当事者だろう。女性だ。目立つ金髪をしている。

 慧理はなんとなく、部屋の中を振り返った。才原に話しかけようと思ったのだった。

 社員達はモニターを見つめている。

 その中に彼女はいなかった。

 それからはあっという間で、女性はためらいなく停車したポルシェに道路を横切って近づき、脇腹のあたりを激しくこすった。ダイナマイトを発火させる動作だ。

 顔は見えない。だけど、あの女性は……。

 大企業と国の幹部が女性を見つけた瞬間――慧理もようやく気づいた。

 「待って……」

 大変な事が起こったとこの期に及んでわかったのだった。ここは地上11階。はめ殺しのガラス、長すぎる階段、いつまで経っても来ないエレベーター……。ここから彼女の元に行く手段は無い……

 「ダメだよ……」

 でも、目の前のガラスを蹴破ったらたどり着くかもしれない。彼女の歩みが遅くなった。違う、慧理の感覚が驚くスピードで流れているのだ。「才原さん!」慧理は窓を蹴破ろうとした。その時、彼女は両手を広げた。大きなステージに立って、目に見えない大勢の観客にさあお待たせしました、と期待を持たせるようなわくわくする手の広げ方だった。

 歓声、嬌声、耳に突き刺さる拍手、

 待ってました!!

と、全世界から賞賛を浴びせられて、彼女は台本通り、腕を下ろして場を仕切る。

 さあ始まります。イッツショータイムです。

 彼女の司会に導かれ、これから夢のような舞台が繰り広げられるのだった。そして太陽よりも爆発的な発火が……



 アプリケーションがシャットダウンされたように、辺りが真っ暗になった。唐突な停電だ。慧理は恐る恐る前に手を伸ばして探ってみるが、触れるものはない。ここはマンションの部屋の中だよね?「先輩?」呼んでも返事がない。一体、ここはどこなのか。

 何処だ。

 嫌な胸騒ぎがする。そして身体中の血液が皮膚の下を這い回る感覚がざわついて止まらない。指先にまで脈動を感じる。陽が照った。赤い。頰に温かいものを感じる。指にとってみると黒っぽい血がついていた。なぜ暗くても手元が見えるのか。そう自覚した瞬間、壮絶な閃光とともに床が抜け、おびただしい暗闇の残像がちかちかし始めた。誰かの声が頭の中で度を越して反響しているが、何を言っているのかわからない。落ち続けている。浮いている。風は感じない。

 頭が痛い。

 目の奥が……。

 水晶体を包む毛細血管の束の図が中学生ぶりに思い出され、その束がひたすら強くちぎれそうなほど引っ張られている。慧理はあまりの痛さに力なく叫んでしまう。どうにかしてやめて欲しかった。脇腹が痛い。皮膚の下が熱い。腹から腿にかけて焼けるような感覚がする。もっと言えば、焼けて吹き飛ばされる寸前の一番痛い時の感覚だった。それに、ものすごい高揚感と、悲しみが心臓を締め付けて痛い。ただただ強い後悔の念。悲しみ。

 「施設に入れてください……」

 遠くで、誰かが激昂して怒鳴っている。

 「正気じゃない……親にハサミを向けるなんて……」

 それはひどいや……。

 「あの子が保育園で、お友達を怪我させたと電話が来たのです……。ジャングルジムのてっぺんにいたのが気に入らなかった、そんな理由で、お友達を突き落としたと先生が言うのです……。何十針も縫う大怪我ですって……」

 何を言ってるんだ?

 この声は誰なんだ?

 「あの子は昔からカッとなりやすくて、誰彼構わず暴力を振るうのです。私も例外ではありませんでした。ですからあの子が保育園から帰って来たとき、正座をさせて、きつく叱りました。そして、マンションの部屋から出して、2時間ほど家に入れませんでした……。怪我をさせたお友達の苦しみには到底及ばないでしょうけど、教育ですからわからせる必要があったんです……。私がドアを開けた時、外は暗くなっていました。あの子は反省したように家に入ってきて、リビングに向かったのです。私は夕飯の準備をしていました。いつの間にか、あの子が台所に入ってきていたのですが私は見もしませんでした。まだ怒っていたんです。だから呼ばれても返事をしなかった。その時です。あの子が私の背中にハサミを突き刺したのは……。あまりの痛さにギャッと叫ぶと、あの子はすかさず私の目を見て、笑った。そして私の顔めがけて刃先を開いてもう一度振り下ろした。すんでのところで避けましたが、床にはまだ刺した後が残っているんですよ。私はあの子の脇腹を蹴って、部屋で救急車と警察を呼びました。もうあの子を家に置いておくことはできません。それ用の施設があるんでしょう?だから……」

 「しかし、奥様、お子さんはまだ善悪の区別がつけられないのです。紹介状を書くこともできますが、もう少し様子を見ても……」

 「あんな池沼と一緒に暮らせるわけないでしょう!?」

 「お母様、差別用語ですよ……」

 「5歳の子供が母親に殺意を抱くなんて聞いたことがありません…… あの子に父親はいません。だから、今まで二人分の愛情を与えてきたつもりです。でもあの子が大人になる前に私が死んでしまうわ!さっさと紹介状を書いてちょうだい。それかあの子に感情統制を入れて。重度の精神病患者には未成年でもインストールが許可されているのでしょう?」

 「未就学児に入れるには負担が重すぎます。それに紹介状を送っても最低一ヶ月は返答に時間がかかりますよ」

 「なんでもいいから書いて。基地外の(お母様、差別用語ですよ、とまた)面倒なんか見切れないのよ。このご時世人間は皆幸せなんじゃなかったの?どうしてあの子は遺伝子操作ができなかったの?私に限ってどうして……」

 ……

 そうだ、欠陥をもった人間はさっさと矯正するべきだ。

 「ママ、わたしビョーキなの?」

 今度は子供の声だ。

 「そうよ。だからここで治してもらうの」

 「ママにもう会えないの?」

 「病気が治れば会えるわよ」

 「嫌だ……!おうちに帰る……」

 「またぐずりだした!ぎゃーぎゃー騒ぎ出す前に引き取ってください。この子一度泣き出すと止まらなくなるのよ……」

 このいらいらさせる子供は誰?

 「お母様、週に一度は様子を見にいらしてください」

 「いやぁ……ママ……ああああ……置いてかないで……養護学校嫌い……いやなの……」

 子供の泣き声が我慢ならない声量になってゆく。職員がなだめようとするが、子供は力に任せて肩を抱きかかえる腕を押しのける。街路樹の向こうからタクシーがやってきた。母親は逃げるようにして駆け込む。

 「じゃあね……慧理」






 …………






 耳鳴り。

 

 

 「一度も来てくれなかったね……」

 「私のこと嫌いになったんだ。私がだめな子供だから、一番だめな子供なのに生きて帰ってきたから」

 手の感覚が無い。自分の体がどこにあるのか定かではなかった。

 精神汚染——個人の一番嫌なこと、忘れたい記憶、避けてきた物事全てを被害者が死ぬまで脳内をハッキングして繰り返す。知識としては持っていたが、自分の知らない運の悪い人が事故に巻き込まれて遭遇するものだと思っていた。

 「だけど私は病気を治したから……ちゃんと戻ってきたんだ……私は普通の人になったんだから……」

 やがて落ちる感覚が消えて、真っ暗な空間にずっと横たわっていた。ずっとずっと横たわっていた。目の前の赤いノイズがひどくなって、”養護学校”の記憶の断片が塵が舞うように少しずつ映像が浮かんできた。

 目を開けてもつぶっても否応無しに流れ込んでくる。

 「そういうこと……」

 また別の声だ。慧理には顔をあげる気力すら残されていなかった。足音がこちらに近づいてきた。

 「記憶に制限がかかってたわけだ」

 才原さん?

 「振り向いたのがまずかったな。慧理と偶然目が合っちゃったから、入ってきてしまった…… いや、私は助かりたかったのかもしれないな」

 「私の中に入ってこないで!」

 自分でもびっくりするような剣幕で才原に怒鳴った。記憶の中の子供のように。

 「ごめんね」

 才原は少し驚いたように慧理を見下ろしたが、ぐるりと辺りに浮かんでは消える映像記憶を観察した。

 「しかも念入りで、高度なアクセス制限……彼女の記憶に応じて何重もの制限をかけている。制限に応じたシグネチャ、もしくは精神汚染で強引にロックを突破するしか慧理の記憶は呼びおこせない。そして、慧理自身に記憶の改ざんがされているという自覚は一切ない…… すなわちただの、機密情報の入れ物」

 才原は慌てて訂正する。

 「もちろん、今のはただの比喩だよ。わかるよね?」

 慧理の反応はない。

 「でももう思い出してしまった。あなたの12歳までの記憶が段階的にではあるけれど、自分自身の出来事として蘇ってきたはず。

 興味深いね。その”養護学校”だっけ、日野療育園……日野にこんな障害児入所施設があったなんて知らなかった。随分辺鄙な場所にあるみたいだけど。とある疾患を持つ12歳までの子供だけを収容している施設。24時間完全監視、入居者と顔をあわせるのは夕食の1時間だけ。自我を獲得ししだい一般の学校へ送られる。獲得しなければ、じきに死んでしまった……

 違う……死んだということにされたんだ」

 才原は悔しそうに慧理を見つめる。

 「……もっと早く知っていれば!」

 



 爆破と同時にテロ組織が占拠する一室は騒乱となった。感覚マスキングをしていたはずの慧理が悲鳴を上げ目から血を流してぶっ倒れたからだった。社員が彼女の過去一ヶ月の行動履歴を完膚なきまでに削除している間、真宮が立川の病院に連絡を入れた。都心の病院はセキュリティが厳しいため郊外の病院へ送ることになったのだった。

 彼女はひたすら意味をなさない喃語を発しており、虹彩が大きくなっていた。

 そして青樹は確かに聞いた。「先輩……」と言葉の羅列の中に混じるのを。どっちのことだ?おそらく両方だろう。慧理の胸が上下して、先ほどのコーヒー風味の飲料が口端から流れ出してきたため、彼は顔を下に向けて全て吐かせてやった。「あんな池沼と一緒に暮ら別用語ですよ…分の愛情を与えてき」何のことを言っているのか彼にはわからない。

 ただ、不穏な言葉だけで構成されていることはわかる。

 彼女の頭の中の記憶が言葉となって溢れているのだ。

 「大丈夫かよ」

 青樹は慧理を揺するが何の反応もない。「おい……」こんなに冷房が効いているのに、彼女のシャツは一雨降られたように汗で濡れていた。時折腕が痙攣する。それは外で共感苦痛を受けている人間とそっくりの挙動だった。いや、それ以上の何かが起こっている。ただ苦痛を受けているだけではない。まさか精神汚染が行われたというのか――

 「私のこと嫌いになったんだ」

 彼女ははっきりとそう言った。

 「私がだめな子供だから、一番だめな子供なのに生きて帰ってきたから」

 「何言ってるんだ」

 「だけど私は病気を治したから……ちゃんと戻ってきたんだ……私は普通の人になったんだから……」

 「しっかりしろ、すぐ病院に連れて行ってやるから」

 「うあああああ」

 「駄目だ、暴れちゃ……」

 青樹は背中がちくちくする不安を覚えた。世界の表層の上澄みから、テロ組織という泥水、さらにその下の底なしの穴へ潜り込んでしまったようだった。大学にいる知り合い、日本の管理システムにのっとって生きてきた人間からはまず発されない言葉が彼女から続いていた。やはり綻びはあるのだ。それは反共同体派という異分子の存在も織物から飛び出た糸の一筋だし、彼女の存在もまたそうだった。おそらく彼女は、もっと深い部分の、知られてはならない闇の部分を担っているに違いなかった。慧理はまた泣き出した。

 「どうして置いていくの……?」唐突に甲高い叫び声をあげる。

 青樹はすくみあがる。「自分のこと嫌になっちゃった……自分が誰かもわからないし、どこから来たのか、何者なのか、何が好きなのか、全部わからない……どうして意識を与えたの?……」

 「崖内、もうすぐだから」

 「でも嫌いにならないで」

 「何?」

 「置いていかないで」

 「置いていかないから、大丈夫だから……」

 「嘘だよ……私の事一人にしたくせにっ!!」

 青樹はとっさに慧理の手を握った。苦手な汗ばんだ感触がしたが、今は全く気にならなかった。彼女の生命の灯火が消えかかっていたからだった。声がか細くなってゆく。慧理の瞳は血の薄膜が覆い、黒目が白濁していく。





 「私は死ねばよかったんだ」

 「慧理、実際に死んだわけじゃないんだってば。彼らは生きていて何処か別のところに隔離されただけなの。とても危険だから……。慧理は小学校に復帰できたじゃない。運が良かったんだよ」

 「だけどママは私の事ずっと避けてた」

 「さっきからママ、ママって何よ!ほかはどうでもいいってことね!」

 とうとう才原の怒りが噴出して慧理の泣き声が止んだ。

 「私がどうして慧理に固執するのか考えてみなさいよっ!」

 「私は転勤族だったから友達ができなくて5年間も一緒にいたのは慧理だけだった!慧理は他の子とは明らかに違った、隠していてもわかった……だから本当に離れるのが嫌だった!メッセンジャーの連絡先もなぜか引っ越したら消えていたし……。連絡は一切取れなかった。ずっとどこかで会えたらいいと思っていた!仲良しだと思ってたから……」

 才原はふっと言葉を切り、何かを振り払うようにため息をついた。

 「いいのよ、私はヒーローになったんだからね。栄えある死を遂げたんだからね。生きながら見てなさい、この死にながら存続する世界を!ゆっくり自殺を遂げる世界を!慧理、あなたは賞賛を浴びるかもしれない、だけど、結局は犠牲者となる」

 「何を言って……。」

 「私が一番よくわかってるんだから!」

 「ななかが見届けるべきだ!」

 「!やだ、何するの……」

 慧理はいつのまにか手に持った銃をこめかみに当て、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。

 「私の自我が無くなれば、ななかは私の中で生き続けるでしょ?ここは汚染された私の精神に違いない。私が望めばなんでもできる……。葬られた記憶みたいに……」

 才原の厚い唇が重大なことの前触れを告げるように震えた。

 「違う、慧理、これは……」

 「さよなら」

 彼女は引き金を引いた。

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