海と女とクンニリングス
†
「ねえ、舐めてよ。わかるでしょ、ここよ、宮澤くん」
そう言って開かれたのは、入り口であり、死でもあった。再生でもあり、回帰でもあった。祖先であり、子孫でもあった。海であり、女だった。
「ここよ。ほら、舌で、ね? クンニリングスよ。オーラルセックス。わかるでしょ?」
僕はその言葉に従う。
自分の唇を舐めて湿らせてから、僕はその入り口に舌先を押し入れた。じっとりと舌を覆う粘性の物質。海のにおい。人のにおい。温かさ。ザラツいた舌を、ねっとりとした肉が囲い込む。僕の舌先は、寝技から逃れんとするようにのたうち、暴れ、しかしその場にあり続けた。押しては引く波のように。
「ねえ、宮澤くん。どうしてここが海のにおいがするかわかる?」
僕は答えなかった。舌がその海に拘束されていたからだ。
「どちらも生命が生まれ来る場所だから。そして帰る場所だからよ。ここは先祖帰りの地であり、生誕の地でもあるの。だからさ、綺麗にしてね。それは先祖伝来の墓を掃除するようなものなの。綺麗に、そう。丹念に……」
†
いったい僕は『OKコンピュータ』を何周したのだろうか。トム・ヨークが僕を薬漬けの豚だとの罵ったとき、ようやく目を覚ました。壁掛け時計はちょうど一時間おきに鳴るベルを響かせていた。
ぼやけた視界を補助するように、手当たりしだいに周りに触れ、そしてソファーの肘掛けに捕まった。やっとの思いで起きあがると、ようやく視界は定まってきた。
レースカーテンを抜けて差し込む朝の光。トマトソースとパンくず、それから少しだけガスのにおい。キッチンには、すっかり着替えを済ませた翔子がいた。
「あ、宮澤さん。おはようございます。朝ご飯できてますよ」
「ああ……すまない。って、いま何時だ?」
「ちょうど九時ですね。朝食はパンでよかったですか?」
ダイニングテーブルには、二人分の朝食が出ていた。サニーサイドアップと、ソーセージが二本ずつ。それからインゲン豆のトマトソース煮。主食にはバターの乗ったトースト。飲み物は、昨日買ったオレンジジュースだった。
「大丈夫。ずいぶんと豪勢な朝食だよ」
僕はおおあくびをしながら席についた。今日は、目覚めのタバコは必要なさそうだった。
*
朝食を終えてから、すぐに着替えて出かける支度をした。車を運転するのは僕の仕事だ。
食事のあいだに僕は今日の予定について翔子に尋ねた。返ってきたのは、一言だった。
「クモバイケです」
そう言って紅茶をすする彼女に、僕は首を傾げた。
「なんだって? くも……くもなんちゃらって?」
「
「公園か。初めて会ったときのことを思い出すね。じゃあ、そのクロバイケとやらに行けばいいのか?」
「クモバイケです!」
そんなやりとりがあったので、僕もいい加減名前は覚えた。
朝食を食い、歯を磨き、軽く髭を剃って、着替えて。荷物を整えた僕は、先に車に行っていた。そしてエンジンをかけ、カーナビにルート検索をかけていた。検索キーワードは「クモバイケ」。もう間違えたりはしない。まもなく検索結果が出た。所要時間も二十分以下とのことだ。
そうしているうち、支度を終えた翔子が出てきた。日差しをいなす麦藁帽子に、陽光を弾くような真っ白いブラウス。ハイライト・ブルーのスカーフは相変わらず彼女の首元を守っていた。
「お待たせしました。ナビは使えそうですか?
助手席に乗り込むなり、彼女はシートベルトをしながら言った。
「問題ないよ。気になるのは、駐車場があるかどうかかな」
ブレーキを踏みつけ、ドライブへ。湿った土を咬み、プリウスは静かに発進した。
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