chapter6
「緋森」からの今回の依頼は、稀有なケースだった。
ターゲットは、一組の日本人の夫婦。珍しいことに、男女揃って偽人狼と断定されたのだ。
通常の人狼には、愛だの情だの、そういった人間が持つ博愛の精神は一切ない。ただ、肉の乾きを癒す為に、人を襲うのが奴等の業だ。
しかし、その中に稀に人間当時の理性を残したまま人狼化する厄介な連中がいる。「偽人狼」と呼ばれるその手合は、人間社会にすっかり溶け込んでしまうので、探し出すのが余計に厄介だ。
しかし、変り種と言っても所詮は人狼。人肉を求める習性に変りはない。偽人狼は、転生前に愛した人間に特に執着する傾向がある。その為、まず家族がその牙にかかる可能性が最も高い。もし、偽人狼として家庭を持とうとするなら、家族全員を偽人狼で揃える必要があるのだ。
ただでさえ珍しい偽人狼が、二人も揃って、しかも夫婦を装っているとは。資料を渡されて、思わず噴き出してしまった。
結婚後に二人共狼禍症を発症したのか、それとも偽人狼同士が偶然出会い、結婚したのか。その仔細までは分からない。
だが、もはや人ならぬ存在に堕とされながら、なお人の
ただ珍しい状況とはいえ、やることはいつもと同じだ。
見つけ次第、欠片も残さず燃やし尽くす。
彼らの命運は、私に目を付けられた時点で終ったのだ。
牙を並べて襲い来る二体の偽人狼を、私の灼泥が飲み込んだ。断末魔の悲鳴を上げる暇すら無く、偽人狼の夫婦は灰と化した。
────私の灼泥……?
私は灼泥など使えないはずだ。黒の暗泥さえまともに扱えない体だというのに。
そもそも、私は誰なのだ?
「私……」
ライアはそこで、初めて、目の前の光景が自分が見ている光景ではない事に気がついた。
困惑しながら記憶を遡行し、自分の状況を分析する。確か、ガウルを「幻視」する為に、銀狼の血を飲んだのだ。そして、その毒圧に耐え切れずに、おそらく気絶したのだ。
もし、自分がまだ死んでいないのであれば、この光景は「幻視」による、供血者の記憶風景の再現に違い無かった。
ならこれは、ガウルの過去の記憶の映像なのだろう。何度も「幻視」を行って来たが、こんな状態に陥るのは、ライアにとって初めてだった。
ライアの目には、赤熱の灼泥の余波により、炎に包まれた一戸建ての日本家屋が映っていた。視界の主が「ああやりすぎた」と頭を掻く感触が伝わってくる。
そこで、はたと視界がある一点に釘付けになる。
灼泥によって滅ぼされた偽人狼の灰の中で、何かが動いていた。驚きつつ、視点がそれに近づいていく。小さな銀色の塊が垣間見え──。
それが何なのか、理解した視界の主とライアは同時に驚愕した。
灰の中にあったのは、銀色の狼の胎児であった。まだ目も開けられず、毛並みを羊水に濡らしたままの仔狼が、弱弱しく、しかし確かにこの世界に息づいていた。
愕然としたままに、視界の主はその仔狼の首根っこを掴み、指先を走った痛みに顔をしかめた。
「……まさか、本当に銀狼……?」
驚きに染まった女の声。
ライアは此処に至り、ようやく気がついた。
この記憶の主がガウルではない事を。
綾也から聞いたガウルの出生の秘密を思い出す。彼は、駆除された人狼から摘出された。つまり、この光景はガウルが生を受け、この世に引き摺り出されたまさにその時なのだ。
そうならば、赤熱の灼泥を操るこの視点の主は正体は、一人しか考えられない。
「竜公女」ゼレニア・オーラント。
今、ライアの精神は、ガウルの体内にあって、未だ灼泥を吐き出し続けていたゼレニアの心臓に残る記憶を「幻視」しているのだ。
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