4-4
リロードを終えていたショットガンが、再度散弾を吐き出した。瞬時に無数の小鉄球へと分解し、メティスに殺到する。それを、メティスは微動だにもせず、黒の暗鋼で受け止める。
その隙に、ガウルは巨体を宙に踊らせていた。向かうは、メティスではなく逃走した人狼兵。メティスを斃す事よりも、優先すべきはまずライアの再確保であった。
「──行かせませんよ」
不敵な声と共に、ガウルの真横で空間が爆発した。メティスが放った黒の暗泥は、銀狼の爪が無効化する前に、真空波となって彼を吹き飛ばした。たまらず体勢を崩し、銀の毛並みが地上へと落下する。
その隙に回り込んだ綾也が、猟銃を連射する。視界を綾也を向けもせず、メティスはわけも無く防御する。今まで散々見せ付けられた通り、銃は全くこの吸血鬼には通用しない。
ならば──。
綾也は既に覚悟を決めていた。
黒の暗泥の破裂術を次々と放つメティスの注意は、完全にガウルへと向いている。
残弾が尽きた猟銃を放り投げ、残ったハンドガンの銃把を綾也は握りしめる。
発砲。弾かれる。
続けて発砲。隙間を狙ったが無駄に終る。
二射の内に、綾也は五歩、メティスとの距離を詰めた。それは、黒の暗鋼を操る吸血鬼に対しては、自殺行為以外の何物でもなく──事実、メティスの双眸が、接近した綾也の姿を捉えていた。
その瞳は、人血を啜る捕食者の愉悦に染まっていた。絶対的強者であるが故の傲岸は、一条の漆黒の棘となって、綾也の心臓を打ち貫いていた。
綾也は止まらない。
「なに……!?」
初めて、男装の麗人の顔に驚愕が走った。
人狼ですら易々と貫いた黒の暗鋼が、綾也の心臓を目前にして霧散したのだ。心臓どころか、たかが人間の肌一つ傷つけることが出来なかった自らの秘技に、メティスは戸惑い、硬直する。
その隙を、突かぬ綾也ではない。
彼はいつしか、ハンドガンすら捨て、忍ばせていたナイフを右手で握りしめていた。死地にあって、その顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
渾身の力を漲らせ、ナイフを一閃する。手ごたえも無く、その銀の刀身は黒の暗鋼へ沈み込んだ。瞠目するメティスの前で、その横薙ぎの一刀は、いかなる銃弾も寄せ付けなかった黒壁を両断していた。
「──!?」
必倒の一撃を凌がれ、断崖の防御を払われ、メティスは前後不覚に陥った。そして、喉元に突きつけられた銀の輝きを目の当たりにして、彼女はようやく自らの失策を悟った。
「これは……」
ナイフだけではない。黒の暗鋼によって、綾也のワイシャツには左胸に大穴が開いていた。その下から覗く、忌まわしい白銀の輝きは……。
「月並みな台詞だが、言わせてもらう。死にたくなければ、動くな」
「…………」
観念したかのように、メティスは諸手を脱力させた。妨害が停止した事を見て取ったガウルは、ライアを追って姿を消す。
「そんな物を用意しているとは……最初から私は信用されていなかったという訳ですね……」
「いや」
自嘲気味に声を落とすメティスに、綾也は頭を振った。
「このナイフはお守り代わりに持ち歩いてるのさ。友人からの贈り物なんでね」
「友人……ですか。ガウル殿はどう足掻いても、銀狼であるというのに?」
綾也の閃かせたナイフは、ガウルの牙を打って鍛え上げた銀狼の牙であり、彼の最後の奥の手であった。服から覗いている装甲も、同様にガウルの毛並みから編まれた「
「……人間如きである俺の主観だが、あいつは自分の力に悩み抜き、それでも正しい方法で扱おうとしている。俺はそう思っている。だが、あんたのやり方は、どれだけ筋を通そうとしていても、俺は認められない」
「…………」
「あんたはさっき「聖女の慈悲」を、害虫の駆除に例えようとしたが……。ライアの死で引き起こされる死の霧はそんなもんじゃ済まされない。害虫を殺すために、住む家に自ら火を点けるようなものだ。俺は……そんな事を彼女にさせたくはない」
「……それが甘いと言うのです」
綾也の独白を、メティスは一笑に付した。
「貴方にはしてやられましたが、この勝負は私の勝ちです。「聖女の慈悲」の解放は、もはや避けられない」
「ガウルが追って行ったんだ。多少の時間差なら、あいつは追いつける」
「──あの中に銀狼が紛れ込んでいたとしても?」
「な……」
最後の最後で、相手を出し抜いたメティスは、高らかに嗤った。
「ここに銀狼が……!?」
「ガウル殿の力では、原初の銀狼は斃せない。それは……既に証明されている。「竜公女」の死によって」
「こんな風に、な」
綾也も、当のメティスでさえ、何が起こったのか理解出来なかった。
突きつけていた銀狼の牙を弾かれ、綾也は体勢を崩す。信じられない光景に、彼は息を呑んだ。
銀狼の牙を跳ね除けたのは、メティスの胸から生えた、野太い人間の腕であった。
「かぁ……!?」
悲鳴と共に、メティスは大量の血を吐いた。
致命の一撃をもたらした凶器を両手が掴むが、その指にはか弱く痙攣する力しか残されていなかった。
「な……貴様……は……!?」
「話は全て聞かせてもらった……なんてな。どうだい、痺れる登場だろう?」
一つしか残っていない目で、緒戦で撃ち殺したはずの男が、綾也にウィンクをして見せた。その凄愴な笑顔に綾也は戦慄する。
「お前は……」
カラカラに乾いた喉から、綾也はかろうじて声を絞り出す。
ささやかな抵抗も虚しく、メティスは男の腕にぶら下ったまま、絶命した。その体が、その顔が、最後まで決して自らの信念を曲げず、綾也と平行線を保ったまま、塵へと化し、夜気へ散っていく。
銀狼の爪の毒に、総身を焼かれて──。
はらりと、残されたブラックスーツが風に泳ぐ。男は無残に引き裂いたそれを、無造作にかなぐり捨てた。
「あんたとは、初対面だったな。自己紹介させて貰おう」
男は全身に生々しい銃痕を刻んだままで、立って動いていること事態が、何かの悪い冗談のようだった。だが、半壊したその顔に、しっかりと親しげな笑みを浮かべて、男は言った。
「俺の名はアルフレッド。「緋森」の仇敵、吸血鬼の天敵、原初の銀狼の第六号さ。以後お見知りおきを」
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