3-1
爆音が夜気を裂き、一条の光芒が闇に疾る。
一夜にして、再び濃度を増した暗雲に呑まれたコンビナートを、綾也とライアは高速で疾走していた。
綾也が駆るのは、彼が自らに合わせてチューンした二輪の走駆動車──高馬力のオートバイであった。二輪の中でも巨体を誇る車体を、綾也は苦も無く操っていた。ライアはそんな彼の腰に両腕を回し、必死になってしがみ付いている。
気配を全く隠す様子もなく、むしろ自らの存在を喧伝するかのような二人の後を、同じく二つの人影が追いすがっていた。
銀狼の脚力をもって地を駆けるガウルと、背中からマントのように黒の暗泥を放射し加速するメティス。両者のスピードは、ガソリンを燃焼し加速する、鋼鉄のマシンと比肩しうる程だ。
息を切らすことなく走りながら、ガウルは行く手に複数の気配を掴んだ。
目的地である病院は、現在残された殲滅チームが包囲している。三二人の命を飲み込んでから、ここまで特に病院の外観からは変化は見られないようだ。
だが、敵が待ち構えているならば、それだけ猶予を与えたことになる。恐らくは、準備万端にガウルたちを待ち構えているに違いない。
「──先行する」
そう言い放ち灰色のコートを翻すと、ガウルは高々と宙を駆け上がる。速度を殺さぬまま、今では障害物でしかない廃墟の壁を蹴り、道無き道を疾駆する。
上空に舞い踊り、視界が開ければ、目標は一目瞭然だった。
夜陰に紛れながらも、総和化学総合病院の姿ははっきりと見て取れた。周囲の建造物と比べても、明らかに巨大な外観が、闇の奥に不気味に佇んでいる。
ガウルはプラントの屋根から屋根を飛び伝い、総合病院の正面に座するプラントの屋上に座する集団の中に、予告も無く飛び込んだ。
「……!?」
突然の闖入者、しかもその姿が銀狼ともあれば、肝を潰さぬわけもない。野戦服に身を包み武装した無骨な男達が、慄然と一斉に銃口をガウルへと向ける。
「待て! 味方だ!」
隊長と思しき男の一喝が、部下の挙動をいち早く制した。「緋森」の情報も当然、殲滅チームに流れている。灰色コートの銀狼と見れば、ガウルの名を知らぬ兵士はいない。
「──ガウル・オーラントだな?」
「ああ。あんたがこの部隊の責任者か?」
正面からガウルを見据えながら、隊長が頷いた。チームを率いている割には、随分と若い男だった。それに初対面で、ここまでガウルの姿に動じない人間も珍しい。
隊員たちも、バイザーで顔を隠してはいるものの、動揺した気配は微塵も感じさせなかった。よほどの修羅場をくぐり、修練を重ねて来たのだろう。ガウルは素直に敬服する。
「一応確認しておくが、何か動きは?」
挨拶もそこそこに、ガウルは病院に視線を投げながら、短く問うた。
「依然として突入した隊員からの合図は無い。敵の動きも確認出来ていない」
手を出しあぐねている現状に、苛立ちを感じているのか、隊長の声色は沈鬱であった。
「この場は、「緋森」が一度預かる。俺達の突入後も周囲の警戒を頼む」
それを請け負うわけでもなく、ガウルは事務的に今後の展開を通達する。隊長はガウルの獣相をしばし凝視していたが、僅かに一礼し自らの使命を全うすべく散開している仲間へ指示を送り始めた。
その姿に一瞥を向けた後、ガウルは改めて総合病院を観察する。四階建ての横に広い白壁の建物は、確かに病院らしい姿だ。ロータリー付きの正面玄関と、離れて設けられた急患搬入口。それに加えて無数のガラス張りの窓。突入しようと思えば、一階から四階、どこからでも突入出来る。
最善の選択を取るべく、模索を重ねるガウルの前に、眩い光が差し込んだ。殲滅チームとコンタクトを取っている間に、綾也が追いついてきたのだ。
まさに堂々たる威風で、綾也は病院の正面玄関前にバイクを停車させた。もし窓際に銃器を構えた伏兵がいれば蜂の巣だ。無謀極まりない綾也の姿に、隣で様子を窺っていた隊長も唖然としている。
綾也はライアをバイクに残し、一人降車すると、掌で何かを弄びながら一度目の突入で破壊された自動ドアの前に立った。そして剛速球投手よろしく、おもむろに振りかぶると握り締めていた球を院内に投げ込んだ。
ガウルの夜目がかろうじて球の正体を掴む。携行式の手榴弾だ、しかもすでに安全ピンが抜かれている──。
爆発の重音と、破裂音が同時に病院を揺るがした。室内で生み出された衝撃と、弾けた破片が、付近のガラスを叩き割る。
綾也は満足げにそれを見届けると、再びバイクに跨り、一度エンジンを噴かせ、そのまま突入して行った。後にメティスが続くのも確認出来た。「ヒャッハー!」などとのたまっているのをガウルが耳聡く聞きつけたが、人間である隊長がそれに気が付かなかったのは不幸中の幸いだ。
「……あれは?」
「……「緋森」綾也だ」
頭を悩ます鈍痛を隠し切れずに、ガウルの返答が引き攣る。
「正面突破、か。流石、勇猛で名を馳せる連中だ。相変わらずだな」
「まあな……」
皮肉なのか、素直な賞賛なのか、敢えて詮索はせずにガウルはとりあえず頷いておく。
「そっちも、随分若いのに隊長とは大したものだ。こんな状況の中でも、部隊の統率がしっかり取れている」
「そうかい? あんたに褒められると照れるな」
滅多に他人を褒めないガウルだが、偽りのない言葉だった。隊長は相好を崩すと、年相応の人当たりの良い笑みを浮かべた。
「無口な部下たちだが、本当は気のいい連中なんだ。助けられてなんとかやってるだけさ」
「……そうか」
「さて、ぐずぐずもしてられないんだろう?
バックアップは任せてくれ」
戦場での邂逅は、まさに一期一会だ。
お互い生き残ろうと、果たされなかった再会の誓いをどれだけ交わして来ただろうか。
「あんたと話せて嬉しかった。──またな[#「またな」に傍点]」
「……ああ」
ガウルの胸中をよそに、隊長の言葉には何の気負いも迷いもない。
厚手のコートの背中に、隊長の視線を感じながら、綾也を追うべくガウルは屋上から跳躍した。
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