2-2
──およそ一千年前。
欧州を舞台にして、人と吸血鬼の間で、かつてない戦乱が起こった。
それまで、捕食者として絶対的な上位存在であった吸血鬼に、人間は反逆の旗を掲げたのだ。
力に勝る吸血鬼は、紙切れの如く人間の軍勢を屠っていったが、それでも数に勝る人間は諦めなかった。
吸血鬼が日光を嫌うと突き止めた後、人間は日中は全力で攻勢を打ち、日没からは徹底した防御に転じた。戦塵は昼夜収まらず、屍山血河が各地で築かれることとなった。
鳴り止まぬ動乱を一変させたのは、人間の陣営に降った一人の吸血鬼であった。
魔女ユリス。
後の世に悪名を遺した魔女は、吸血鬼の歴史においても、類を見ない天才であったと言われている。
彼女は、自ら人間の陣営に降り、彼等に力を貸すという名目の元に、数々の人体実験を行った。脆弱な人間を、強大な吸血鬼と対等以上に戦えるように。彼女は、その答えを人間と吸血鬼の混血に見出した。彼女の実験は凄惨を極め、多くの悲鳴と慟哭を飲み込み肥大し、ついに「銀狼」という呪われた存在を生み出す終焉に至った。
全身を「
常に優勢を誇っていた吸血鬼達だったが、「黒の暗泥」を無力化する銀狼の前に次々と倒れ伏して行った。その光景に、人間の誰もが間近に迫る勝利を確信した──だが。
人の生き血を啜る吸血鬼の性が、銀狼の血にも色濃く流れていたのが、彼等の誤算であった。吸血鬼を敵と認識すると同時に、銀狼は人間を獲物として、食料として認識した。故に、彼等の牙は吸血鬼に留まらず、味方の兵にまで及ぶこととなる。
列国の王たちも、当初は最小限の被害として黙認していた。が、犠牲者の数が一〇〇〇を越えた所で、ユリスに「銀狼」の廃棄を命じざるを得なくなった。
ユリスは銀狼の破棄を拒否した。
それどころか、彼女は銀狼二六体をもって、人間・吸血鬼の両陣営に攻撃を仕掛けてきた。追い詰められた双方は、止むを得ずに休戦の同盟を結び、多大な犠牲を払いながら魔女ユリスと銀狼を、共闘で討ち果たした──。
いわゆる銀狼戦争の概略は、吸血鬼を除いては、一部の人間にしか開示されていない。銀狼、ひいては狼禍症の根源となった人類と吸血鬼の争いは、一〇〇〇年の時が過ぎた今、最大の禁忌として闇に葬られている。
だが、銀狼は完全に滅びてはいなかった。彼等は歴史の陰に姿を隠し続け、新たな力を携えて再び宿敵の前に姿を現した。
銀狼戦争当時には確認されなかった、人間を狼の眷属に変貌させる能力。「狼禍症」と呼ばれる呪いを武器に、彼等は再度、世界に戦いを挑んで来たのだ。
世界が瀕している危機の真実を知る者たちに取って、ライアの告白は雷撃による高圧電流に等しかった。
吸血鬼と人類を裏切り続けた魔女ユリスは、何よりも銀狼が自分を裏切ることを懸念した。
銀狼の創造主である魔女ユリスのみが知りうる銀狼の構成式。その構成式を破壊し、銀狼を無に帰す原始の毒「魔女の悪意」。彼女はその毒を体内に保管することで、銀狼の謀反を回避していた、と言われている。確かに存在したと囁かれながらも、魔女が滅んだ今、製法は完全に失われていた。
その伝説と化した原始の毒を、目の前の少女は有していると語ったのだ。それは、俄かには信じ難かったが……。
ガウルも、綾也も、そして老練な美咲も、彼女の言葉を「妄言だ」と一笑に付すことが出来なかった。
魔女ユリスは、毒を体内に宿す事で、吸血鬼としての能力の大半を喪った。「黒の暗泥」を始めとした超常の能力は著しく減衰し、身体能力も大きく低下した。実際に、それが災いし、魔女はその命を、ただの人間の兵士に絶たれることとなる。
特に、眼球に対する影響は多く、銀狼戦争史には、「魔女ユリアは吸血鬼にも関わらず眼鏡で視力を補っていた」とある。
ライアは、その記述に酷似し過ぎていた。眼が悪いのも、虚弱であるのも、ただの偶然の産物である可能性は大いにある。
だが、ただ弱いだけの吸血鬼に、果たしてメティスほどの強力な吸血鬼が
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