chapter2

 総和化学コンビナートの正面玄関から離れることわずか、二〇〇メートル足らず。築一五年になる十階建ての白い外壁のビルが、夜明けの清輝に佇んでいた。

 三年前には、コンビナートに関連する複数の企業がオフィスを構えていたが、看板が外された跡も生生しく、今では打ち棄てられて久しい。


 政府による退去命令により、工場地帯に隣接していた一般市街、距離にして長い所で三〇〇メートルの範囲が立ち入り禁止となっている。人々は我が家を捨て置く悲しみに暮れたが、選択の余地は無かった。薄い金網のフェンスを隔てて、人狼の跳梁する廃墟が広がっているのだ。耳元で狼の唸りを聞きながら、安眠できるはずもない。砂漠が草原の緑を侵すかのように、ゴーストタウンは見る間に広がっていった。

 緩衝地帯として設けられたこのエリアには、常時警察や自衛隊が駐屯し、終始監視の目を光らせていた。いつもならば、緊張の静寂が周囲を満たしているのだが、現在は慌しい喧騒があちこちから上がっている。

 それも直に、落ち着いていくだろう。ようやく長い夜が明けようとしているのだ。

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