3♢アリスの世界


「……本当に、貴方まで頭がおかしくなったの?何なの、もしかして皆で共犯でドッキリか何かをしているの?おふざけでもここまでする必要は無いと思うけれど」


 幼馴染に義理の弟に、更に友達までもが意味不明な事を言い出した。

 交遊がないはずの時葉と純が口裏を合わせているということはあまり信じられないが、それでもこう考えるしか私には出来なかった。


「おふざけで好きな女に告白したりなんかしない。それに、頭がおかしいわけでもドッキリでもない。これは事実なんだ」


 いつも以上に真面目な顔で彼は言う。

 その言葉にはどこか強い感情が宿っているような気がした。


「なあ、有栖。お前はどうして否定するんだ?」

「……え?」

「真央や、弟、それに俺みたいな所謂『前世の記憶』を取り戻した事を、元々お前に抱いていた感情を…どうして知ろうともせずにすぐ否定するんだ?」

「………」


 純の言葉に、私は言い返すことができなかった。

 前世の記憶、感情…そんな物、実在するのか私には一切理解しきれない。それなのに初手の時点ですでに結果を決めつけて全否定することは間違っている。

 でも、それでも私は否定してしまった。


 怖かった。皆の言う『アリス』を私は知らない。だから、記憶を持つと言う皆の記憶にあるアリスという少女と、私が全く違う行動や性格をしたとして、彼らを幻滅させてしまうのが恐ろしい。

 私はアリスになれない。彼らの求めるになる事はできない、不可能なんだ。


『アリス』は1人しかいない。そして、私は名前こそ同じだが全く別の人物である『有栖』だ。


 何より私はというものが大の苦手だ。

 そんな私に、彼らが惚れたアリスになる事はまず無理だろう。

 だから私はすべて否定しているのだ。恋愛とか、アリスとか関係無しで今まで通りの日常に戻ればいいと、そう願って。


「…そんなに、俺達が嫌いなのか?否定したくなるほど…俺、他の奴らに比べたら結構有栖とも仲良いって思ってたんだけど」


 純が少し悲しそうな表情を浮かべ、そう問うてくる。


「………嫌いじゃないよ。でも、やっぱり私は純や真央や時葉の言葉を素直に受け止めることはできない。どれだけあなた達が私の事をと呼ぼうと、私はだから。……ごめんね、純」


 そう私は答える。

 これが私の気持ち、今の私にできる精一杯だ。


「そっか…こっちこそごめんな。色々頭がごっちゃになってるって時に、更にややこしくなる事を言って」


 少し切なそうに微笑みながら純は私の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でる。

 こんな状況をはたから見れば、私たちは仲の良い恋人に見えるのかもしれない。


 ………ん?はたから、見れば……?


「…………純、そういえば私たち…ナクドにいたよね」

「そうだな」

「…こんなたくさん人がいるところで、一体何をやっているのかしら、私たち」

「つまり、お前が言いたいのは「公衆の面前でなにいちゃついているの、恋人同士なのか私は…っ!」ということか?」

「……そうだけどそうじゃない」

「俺は別に良いんだけどな。お前となら…恋人に間違われても」


 急に真剣な表情になり、周囲にイケメンと言われるその整った顔と声で彼は言う。

 きっと、普通の女子ならここで「トゥンク…///」ってなるんだろうけど、残念ながら私は色々と感情が乏しい為、そんなラブコメ展開にはならないであろう。


「よくある少女漫画のイケメンのセリフをよくもまあ恥ずかしげもなく言えるわね」

「…お前はもうちょっと一般女子の反応をしようぜ。普通の女の子なら、こう言う時「えっ…///」とか「トゥンク…///」ってなるだろ」

「残念ながら私は枯れた女の子なのでトゥンクしません」

「いいじゃんトゥンクしようぜ」

「そんなバンドやろうぜみたいなノリで言われても困るんだけど。トゥンクしようぜって何よ」

「あー、なんかこう…とりあえず相手をトゥンクさせたらいいんだよ。トゥンク///って」

「意味がわからないわ」


 冗談交じりの会話が割と弾んでいき、いつの間にか私たちは夕方まで居座っていた。


「…それじゃあね、純。また始業式で会いましょう」


 店を出て、純に向かって言う。

 すると純は「いやいやいや、ちょっと待て」と大袈裟に私の腕を掴む。


「何でもう冬休み中は一切会う気ないよ宣言してるんだよ」

「え、だって会う意味無いでしょ?」

「お前に無くても俺にはある。だってハッター………真央と弟くんだけ冬休み中ですら有栖と毎日会えるとか、めっちゃ羨ま…いただけないからな。俺も有栖と遊んだりしたい」

「何か所々言いかけてない?まあいいけど…遊びたいって具体的に何するの?」


 純は顎に手を当て考えた後、あっ、と何かを思いついたかのように声をあげた。


「初詣しようぜ!」

「それ遊びじゃないよね。というかまたそのノリなのね」

「いいじゃん初詣。俺さ、誰よりも早く有栖にあけましておめでとうって言いたい」

「マインでもできると思うけど、それぐらいなら」

「マインでも言うけど、やっぱり生で言いたいだろ?先約が無いのなら俺と2人で行ってほしいな。てかとりあえず一緒にいる時間を増やしたい」

「先約ねぇ………」


 明確な約束はないが…例年通りであれば、きっと真央と時葉と一緒に行くのだろう。

 ただ、今のあの2人はどうもおかしい。いやおかしいと断定するのもどうかと思うが、私からしたらおかしい。

 何だか、今のあの2人と一緒に行くとかなり神経がすり減る気がする。


 その事を考慮すれば、まだ純と行った方が私の精神が平常に保たれる可能性がある。

 ならば決断は簡単だ。純と行こう。

 我が身が一番大事だ。


「…まあ、これといって優先すべき約束とかはないから、一緒に行ってあげてもいいよ」

「え、ほんとに?よっしゃっ、年末がすげー楽しみになってきた!」

「気が早いわね…」


 子供のように無邪気に笑う純を見て、私は呆れを通り越して羨ましくも感じた。

 そうやって素直に、純粋に感情表現ができる純が羨ましかった。



 ーーーー



「……ありす、アリス…ボクのアリス…もうすぐで会えるからね。待ってて、有栖アリス先輩…」


 暗闇に携帯電話の画面が白く光り、その少年の幼くも儚さを持つ美しい顔を照らす。

 少年が白くしなやかな指を動かし、画面に表示されたキーボードを慣れた手つきで叩いていく。


『送信』そう表示された部分に柔らかい笑みを浮かべながら少年は指を押し当てた。



「…ん?メール……うさから?」


 先ほどまで友人と遊んでいた為、その帰路であった有栖アリスという名の少女の元に、ある一通のメールが届いた。


『有栖先輩。もしよかったら、ボクと一緒に初詣に行きませんか?』


「……さっき純と約束したばっかりなんだけどな…まあでも、うさなら別にいいでしょ。可愛いし」


 そうして少女は、『いいよ。待ち合わせとかは追って連絡するね』と簡潔な文章で、メールの送り主に返事を送った。

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どうやら私はアリスの生まれ変わりのようです。 相楽ハヅキ @handukki88

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