2.異世界転生・吉田陽太郎の場合

 ――気が付けば、壁も床も天井も真っ白い部屋の中で、パイプ椅子に腰かけていた。


 どうにも直前の記憶がおぼろげだが……何故か一つ、確信していることがあった――俺はどうやら死んだらしい、と。

 何故そう思うのかは自分でもよく分からないが、そんな実感だけが確かにあった。


 ……思えば、辛い人生だった。


 就職氷河期直撃世代の俺は、当たり前のように就職活動に失敗。一応、内定をもらっていた企業もあったんだが、俺が就職する前に倒産してしまった。

 運が悪いと言えばそれまでなんだが、そこからはフリーター人生まっしぐらだった。

 せっかく親にいい大学に通わせてもらっていたのに……。


 色々なバイトをやった。

 テーマパークのスタッフもやったし、コールセンターに運送業、ゲームのデバッグや土木現場なんてのもあった。

 中には「正社員にならないか?」と言ってくれた会社もあったんだが、何故か俺が社員になろうとすると業績が傾き始めて、「やっぱりあの話は無かったことに」というケースが何度もあった。


 運が悪かったのか、俺の要領が悪かったのか。


 気付けば立派なアラフォー。貯金もなければ妻子も無い。親に孫の顔も見せられない。

 そしてしまいには、親より先に死んじゃったときたら……俺の人生、なんだったんだろう? って思うよ、本当に。


 と言うか、親より先に死んじゃったのが一番辛い……ごめんよ、母さん、父さん。


 ――などと、俺が自分の人生を噛み締めていると、突然目の前でまばゆいばかりの光が発し、この世のものとは思えない――実際ここはあの世らしいのだが――美しい女性が姿を現した。


 またたく星の如き輝きを放つ金髪、背中には天使のような翼が七対。

 おもむろに口を開き、自ら「女神」と名乗ったその女性は、俺が置かれた状況について説明し始めた。


 まず、やはり俺は死んだらしい。

 バイクでピザを配達中に、居眠りのトラックにはねられたのだとか。

 運の悪い、俺らしい最期だった。


 更に女神は、驚くべきことを俺に提案して来た。

 なんと「剣と魔法の異世界」とやらに転生して、魔王の軍勢と戦ってほしいと言うのだ。


 なんでも、俺達の世界から転生した人間は、そちらの世界では強力な魔力を持つのだという。

 その為、志半ばで死んだ人間をこうやって勧誘して、魔王軍と戦う戦士として送り込んでいるのだとか……。


「ヨシダ・ヨウタロウさん、失礼ですが、貴方の場合は少々年齢が高めですので、新生児への転生をおすすめします。自我を持ったまま新しい家庭に生まれますので、二重の人生を送ることになり戸惑う場面もあるかもしれませんが、貴方のように素直な方ならきっとうまくやって――」

「え、それは困ります!」


 思わず女神さまの言葉をさえぎってしまった。女神さまは突然のことで驚いた様子で、目をぱちくりとさせている。


「……困る、というのは?」

「その……恥ずかしい話ですが、俺は両親に孝行出来ないまま死んでしまったんです。しかも、親より先に死ぬなんて、最悪の親不孝までやってしまって……。そんな俺が、のうのうと新しい家族のもとに生まれて違う人生を歩むなんて……とても考えられません。

 せめて……せめて親からもらったこの体と名前、そして人生は大事にしたいんです!」


 女神さまは、俺の言うことがよほど意外だったのか、ぽかんと口を開けてしまっていた。

 親からもらった名前と体、そして今までの自分の人生を大事にしたいという想いは、そんなに意外なものなのだろうか?


「……分かりました。では、今の貴方のままで転生させましょう。外見や身体能力はほぼそのままになりますが、本当にいいんですね?」

「はい、ぜひそれで」

「……謙虚なのですね。他の方はもっと欲張りなものですが――っと、話がずれましたね」


 そこで女神さまはコホンッと可愛らしくせきをすると、次の話題を切り出した。


「では、ヨウタロウさん。次に、貴方に与える私の加護――『女神の加護』について決めていきましょう」

「加護、ですか?」

「はい。先ほども言った通り、転生後の貴方には強力な魔力が宿るのですが、それだけではただ単に強いだけの戦士止まりです。転生戦士の皆さんにはもっと、大きな成果を上げて頂く必要がありますので、私から特殊な能力を授けることになっているのです」


 女神さまの話では、「加護」とやらはゲームで言う「改造チート」のようなものらしい。

 異世界の人々や魔王の軍勢に対して、一歩も二歩もアドバンテージを取る為に、そういった力を与えるのだとか。


 とは言え、例えば「思ったことがなんでも実現する」だとか「魔王の軍勢をこの世から消滅させる」だとか、そういった度を越した能力はもらえないらしい。当たり前だが。

 例としては、「完全記憶」だとか「怪力」だとかいった能力が一般的らしい。「あらゆる毒に耐える」というのも人気なのだとか……。


「特殊な能力、ですか……うーん、マンガとかあんまり読まないから、思い付かないな……」

「なんでしたら、私の方でヨウタロウさんに合いそうな能力を見繕みつくろいますが?」

「うーん、そうですね……あ! あの、一つ思い付いたんですけど、こういう能力は――」


 俺のアイディアを聞くと、女神さまは今までで一番驚いたような表情を見せた。

 この人、コロコロ表情が変わって案外かわいいな……。


「うーん、出来ないことはないですが……本当にそれでいいんですか? 流石にこれはイレギュラーなので、回数制限も付けさせてもらいますが……」

「はい、ぜひそれでお願いします!」


 俺が強く頼み込むと、女神さまはしぶしぶと言った様子で了承してくれた。

 確かに、俺の考えた能力は直接的に戦いの役に立つものではない。でも、俺にとっては、一番大切な「ある願い」を叶えてくれるものだ。


 その能力とは――。

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