-2-「ヒカルにとっては二度目の夏休み」


   ②


 ヒカルたちは教室に戻り、一学期最期のお楽しみタイム――通知表の授与じゅよ

 手渡された生徒たちは悲喜ひきこもごもの声をあげる中、ヒカルにも通知表が手渡された。


 良くも悪くもない感じの軒並のきなみな成績の中で算数が一番悪かった。

 前に見た通知表の内容と変わっていないはずだが、


「あれ、こんなに悪かったかな?」


 もう少し良かったのではと思いながら通知表を見返していた。


 一番良かったのは理科りかだったた。実験の授業を積極的せっきょくてきに参加したことが評価ひょうかされてのことだった。


 通知表が配り終わり、要らない夏休みの友やプリントなどの夏休みの宿題が数多く渡されると、生徒たちは宿題の量に項垂うなだれた。


 配布物を全部配り終わると、国府田先生は夏休みについての注意を述べ始める。

 先ほどの校長先生の言葉を引用いんようしつつ、夏休みの宿題の説明へと。


「夏休みの宿題はどれも大切ですが、一番力を入れてやってもらいたいのは夏休みの自由研究じゆうけんきゅうです。何を研究し、調べるかは自由です。ただし、インターネットを利用して調べるのは禁止ですから気をつけてくださいね。大切なことは、自由研究は自分で調べ、自分で答えを見つけることです。自由研究は個人でやっても良いですし、グループで協力きょうりょくしても良いです。もし、これをやってこなかったら‥‥わかってますね?」


 国府田先生は優しく微笑むが、目は笑っていない。


 それが生徒たちの背筋を凍らせ、若干教室内の温度が下がったようだった。

 ちなみに教室に設置されているエアコンの設定温度は、推奨の二十七度のままである。


「さて。繰り返しますけど、さきほどの校長先生も言っていた通りに、危ない所に近寄らない。明るい内に帰る。知らない人に声をかけられてもついていかない。夏休みだからといって早寝早起きの生活リズムをくずさない。いつも注意していることですが、わかりましたか?」


 生徒一同は大きな声で「はーい!」と返事をした。


「それでは、帰りの挨拶をしましょうか」


「きりーつー!」


 学級委員長が、いつもより一段と大きな声を出すと生徒一同揃せいといちどうそろえて席を立った。


「先生、さよーなら。皆さん、さよーなら!」


 後を追うように、みんなも言葉を繰り返す。


「はい、さようなら。それじゃ、次は登校日にお会いしましょう」


「「「はーーーい!」」」


 みんなにとって、待ちに待った夏休みが始まった。

 ヒカルにとっては二度目の夏休み。だからなのか、みんなと比べて少しテンションは落ち着いていた。



 ◆◆◆



 ヒカルは上靴を入れた袋、文房具、置き本していた教科書類、そして本日の夏休みの宿題など諸々を詰め込んだランドセルを背負うと、行きよりも数倍重くなっていた。しかもランドセルに全部入らなかったので、補助カバンの中に入れる始末。


 ふと右隣みぎとなりの女子を見ると、二つのランドセルを持っているのに気付いた。


「あれ、ナツキちゃん。そのランドセルは?」


 ナツキと呼ばれた少女は、ショートヘアーで後ろ髪が反り返っているのがチャームポイントの女の子。

 見た目の通り性格は明朗活発めいろうかっぱつで幼なじみの一人だ。


「これ? アヤカのよ」


 アヤカとはクラスメートの菊地綾香きくちアヤカ

 先ほどの終業式で倒れた女子生徒の名前だ。


「そういえばアヤカちゃん。倒れたんだよね」


「今朝から少し体調が悪そうだったからね。で、このランドセルを保健室で眠っているアヤカに届けにね。よしっと。それじゃーね、ヒカル」


「うん。バイバーイ」


 ナツキはアヤカのランドセルを持って、教室を出て行った。


 幼なじみであるナツキとは家が近所で、二年生まで同じクラスだったりと、よく遊んだり一緒に帰ったりして、割りかし仲が良かった。


 だが、三年生の時にクラスが別々になったことで、ちょっと二人の関係は疎遠そえんになってしまった。


 その間、ナツキはアヤカと友達になっており、こうして四年生の時にヒカルと再び一緒のクラスになったが、一緒に帰ることもなくなってしまっていた。少し寂しくも感じるが、ヒカルはヒカルで新しい友達が出来ていた。


 忘れ物がないか最終チェックを終えて、席を立つと、


「あ、ヒカル。帰るなら、一緒に帰ろうぜ」


「うん、いいよ。マルくん」


 友達の一人である丸井から一緒に帰ろうと誘われ、共に教室を出たのであった。


 朝よりも重くなったランドセルを背負せおい、家路いえじを進むヒカルたち。

 朝の通学とは打って変わって、午後過ぎの夏の太陽がサンサンと照らされたアスファルト道路は熱したフライパンのようで、まるで野菜の炒め物になったような感じだった。


 その暑さもさることながら、ランドセルと補助カバンの重さが、よりヒカルを苦しめていた。おでこと背中は大量の汗でビショビショで気持ち悪い。


 来年は少しずつ持ってなるべく軽くして帰ろうと心に決めていたのだったが。


(まさか、すぐに経験するとは‥‥)


 しかし、この苦難くなんを乗り越えれば再び夏休みを満喫まんきつできると思い、足取りは軽くなっていた。


「そうだ、ヒカル。知っているか?」


「なにを?」


「モズパに隠しモンスターがいるみたいなんだよ」


「隠しモンスター?」


 その言葉に、ふとあるモンスターを思い浮かぶ。


「それって、ポルアのことでしょう」


「ぽるあ? いや、まだ名前もわかってはいないはずだけど‥‥。それ、どこ情報?」


「え、げ~むドリームでだけど」


 げ~むドリームはゲーム好き御用達のゲーム攻略サイト。

 ヒカルは、そのサイトで得た情報が頭の隅に残っていた。


「げ~ドリで? 昨日見た時、そんな情報は載っていなかったけどな」


「え‥‥あっ!」


 隠しモンスターのポルアの情報が公開されたのは、八月上旬のことだった。


 七月二十一日の現在では、どこにも知られていない情報。つまり、この時はまだポルアは正真正銘の隠しモンスターなのである。


「どうした?」


「あ、いや‥‥。もしかしたら、思い違いかも知れない‥‥かも」


「そうなんだ。あ、そうだ。今日昼ごはんを食べたら、モズパを一緒にやろうぜ」


「うん、いいよ」


「それじゃ、オレの家で待ってるよ」


 丸井と遊ぶ約束をして、ヒカルたちはお互いの家へと帰っていった。


 帰る途中、髮の長い女性とすれ違ったがヒカルは特に気にかけることはなかった。


 この時ヒカルは、また始まる夏休みに浮かれて、ある“人物”との“大切な約束”をすっかり忘れてしまっていたのである。

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