1日目 また夏休みが始まる

-1- 「一学期の終業式」

   ①


 目を覚ますと、そこは自分ヒカルの部屋だった。


 すぐとなり目覚めざまし音が鳴りひびいており、寝ぼけたままで目覚まし音を止めて、再び静寂せいじゃくの世界へと旅立とうとしたが――


「ヒカル! さっさと起きなさい!」


 大きな声と共に布団ふとんをひっペ返したのは、ヒカルの母親だった。


「ほら、今日学校に行けば夏休みが始まるんだから、さっさと起きるの!」


 母の一喝いっかつに、ガバッと勢い良く上半身を起こしたヒカルは、その言葉の真偽しんぎを確認する。


「えっ!? 今日から、夏休み?」


「そうよ。今日は一学期の終業式しゅうぎょうしきの日でしょう」


「あれ? 今日って、九月一日じゃないの?」


「なに言ってるのよ。まだ夏休みが始まってもいないのに、もう夏休みボケ? 今日は“七月二十一日”でしょう。それとも、まだ寝ぼけているのなら、さっさと顔でも洗ってきなさい」


 そう言って母は部屋から出て行った。


「だって‥‥」


 ヒカルの記憶では、昨日は八月三十一日だった。

 夏休みの最後の日で、宿題が終わっても無いのにも関わらず、遊びに行った記憶がある。


 しかし、その記憶は曖昧あいまい陽炎かげろうのようにうすらいでいた。


「夢だったのかな‥‥」


 それにくわえて“何か”が引っ掛かっていたが、その“何か”が何であるのかが解らなかった。


 その事を気にしつつ布団から起き上がると、完全に目覚めていない寝ぼけ眼で朝の準備を始めたのだった。



 ◆◆◆



 ヒカルは少しくたびれたランドセルを背負い、まだ日が照っていないのに、身体にまとわり付くような暑さの中、通学路つうがくろを歩いていた。


 いつもだったら教科書などの重さにウンザリしているが、今日は天使の羽のように軽かった。


 それもそのはず。ランドセルの中に入っているのはペンケースと連絡ノートなどのノート類が三冊、それとプリントをれるクリアファイルだけだった。


 本来なら終わらせた夏休みの宿題を入れて、もう少し重くなっているはずなのだが、机の上やランドセルの中を探してみても夏休みの友などは、どこにも無い。


 やがてヒカルと同じようにランドセルを背負っている生徒たちをゾロゾロと見かけ始める。


 生徒たちは一様いちように明るい表情ひょうじょうをしている人が多かった。


 もし今日が“九月一日”ならば、夏休みの宿題を終わらせておらず暗い表情をしている生徒が少なからずいるはずだろう。


 今この時もヒカルは今日が二学期の始業式しぎょうしきの気持ちでいたが、テレビのニュースや今日の新聞紙の日付は母が言うとおりに“七月二十一日”だった。


 おぼろげながらも夏休みを過ごした感覚と記憶があるヒカルにとって、まだ妙な引っ掛かり感がありつつ、モヤモヤとした気持ちをかかえたまま、まな北立石きたたていし小学校―へと目指した。


 そのヒカルの姿をうかがう人物の影があったが、当のヒカルは気付くことはなかった。



 ◆◆◆



 遅刻せずに学校に到着したヒカルは自分の教室(四年二組)に入ると、


「なぁ、ツヨシは夏休みはどうするんだ?」


風早かぜはや委員長。夏休み中、プールは何時から入れるとか知っている?」


「ねぇ、アヤカ。八月にね、壇ノだんのうらビーチに行くんだけど‥‥あれ、アヤカ。なんか具合が悪いの?」


 やっぱり毎年恒例の夏休みをどう過ごしたかの結果報告をするクラスメートは誰も居らず、口をそろえて夏休みの予定について語り合っていた。


 にぎやかな生徒の間をって自分の席へ進んでいると、メガネをかけた生徒がヒカルに話しかけてきた。


「おはよう、ヒカル!」


「あ、マルくん」


 声をかけたのは丸井洋介。ヒカルの遊び友達で特にゲームでよく遊ぶ仲だ。


「学校が終わったら、どうする? 一緒に遊ぶ? この間買ったモズパで」


「モズパ‥‥」


 “モズパ”‥‥モンスターZOOパニックというゲームソフトの略称名りゃくしょうめい

 その言葉で、ふと誰かの顔がよぎる。その人物は、なぜか不敵ふてきに笑っていた。


「どうしたんだ、ヒカル。ボーとして?」


「あ‥‥いや、別に‥‥」


 その人物を思い出そうとしたが、ハッキリと思い出せない。

 そうこうしている内にヒカルたちの担任である国府田こうだ先生が、教室に入ってきた。


「みんな、もうすぐチャイムが鳴るから席に着きなさい」


 ヒカルや他の生徒たちは云われた通り、自分の席に座っていく。

 そしてチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まると終業式の説明がされ、すぐに体育館へ移動となった。


 一学期の終業式。


 体育館の壇上だんじょうに校長先生があがり、夏休みについての注意事項ちゅういじこうをダラダラと述べていた。


 全校生徒が集まっている体育館の室内はエアコンが設置されていないのもあり、外よりも蒸し暑く、さらに生徒たちは一刻いっこくも早く夏休みを心待ちにしている。


 だから、同じような話しをする校長先生に対して、早く終われと願い、またはにくしみの視線を送っていた。


 校長の長い話しを聞くのが“二度目”であるヒカル。


 こんな事を言われたかなと校長先生の話に耳を向けていたが語っていた内容はまったく記憶に無い。

 そして、この講話こうわ中にちょっとした“出来事”があったのを思い出した。


「たしか、この時――」


 すると、ヒカルのクラスメートの女子が具合を悪くして倒れてしまったのである。


 場は騒然そうぜんし、女子生徒が保健室に運ばれていった。

 その為に校長先生の話しは予定よりも早く切り上げられ、早々に終業式の幕が閉じたのである。


 ヒカルが先ほど思い出した出来事だ。

 こ校長先生の話しの内容が何処どこ彼方かなたに消え去ったのだ。


「やっぱり時間が戻っている…?」

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