-5-「チンプンカンプン」

   ⑤


 捜索そうさくを続けるヒカルと魔女。


 ポルアを探すために辺りを見回しているが、ヒカルはチラチラと魔女を見ていた。


 その熱い視線しせんに気付いている魔女は優しく問いかける。


「どうしたの。なにかきたいことでもあったりする?」


「あ、あの‥‥。さっきのポルアは、どうやって出したの?」


「魔法よ」


 簡潔かんけつな答えだった。


「そ、そうだと思うけど。なんて言うのかな、ちゃんと説明せつめいして欲しいというか。ゲーム機からポルアが出てきたのを」


 魔女は思わず「おっ!」と感嘆かんたんの声をあげた。


疑問ぎもんに思ったことを純粋じゅんすいに知りたいということは良いことよ。そうね‥‥今のキミに説いても意味を理解するのは難しいと思うけど。簡単に説明せつめいすると、あのゲーム機からポルアのデータを解析かいせきして、かくとなる元素げんそ独創創造クリエイトして、構成こうせいしただけよ」


 ヒカルの頭の上に大きな『?』マークが浮かぶ。

 それを察してか魔女は話しを続ける。


「たとえば、キミが普段ふだん飲んでいる“水”は、なんで出来ているか知っているかな?」


「え、水って‥‥蛇口をひねると出る、アレ?」


「そう、アレ」


「なんで出来ているかって‥‥雨じゃないの? 降った雨をダムとかに貯めて、浄水場で綺麗きれいにして、飲み水にしているんだよね」


 その答えに魔女はニッコリと笑って返した。


「そうか。そこまでしか知らないか‥‥。そういえば、キミは何歳なの?」


「え、九歳ですけど‥‥」


「九歳か‥‥。それなら知らなくてもいたかたないわよね。まぁ、理解が出来ようが出来まいが、とりあえず説明はしてあげるわ。“水”はね“水素すいそ”と“酸素さんそ”の元素げんそで構成されて出来ているの。もっと詳しく言えば、水素が二つに酸素が一つ必要だけどね。つまり、この世の形あるモノは何かしらの“元素”があり、それらが集まって形を成しているの」


 ペラペラと語る内容にヒカルの頭の中は『?』マークが一杯となり、一部が耳からこぼれ落ちる。

 チンプンカンプンとはまさにこういうことを言うのであろう。


 だが、元素の話しは小学四年生のヒカルならば解らなくて当然だ。まだ習っていないのだから。


「と、まあ今は解らなくても大丈夫よ。知らないことはちゃんと聞いておきなさい。後々あとあとむすびつくこともあるからね。雑学は無駄むだじゃないのよ」


 思考回路がショート寸前になっていたヒカルの頭を優しくでる。その魔女の手はヒンヤリとして冷たかった。


「さて、他にきたい‥‥おっと、あれは」


 魔女に釣られてヒカル見上げた――その先に木の枝の所でポルアは寝ているのか、耳の羽を休めていた。


「けっこう高い所にいるね。この虫取むしとあみじゃ届かないよ」


 魔女の手から生み出された虫取りあみの長さはヒカルの身長と同じぐらい。

 ポルアがいる場所まで五メートルはあるだろうか。あきらかに長さが足りない。


「大丈夫。こんなこともあろうかと。ねえ、長くなれ、とねんじながら“ロンゲェムオ”と言ってみなさい」


「えっと‥‥」


「ロ、ン、ゲェ、ム、オ」


「ロ、ロンゲェ、ムオ」


 たどたどしく復唱ふくしょうすると、虫取り網のがグングンと天に向かって伸びていき、あっという間にポルアに届くほどの長さになった。


 ヒカルは点になった目で虫取りあみと魔女を交互こうご見返みかえした。


「魔法の虫取りあみだからね。このぐらい出来るわよ」


「そ、そうなんだ‥‥」


「さぁ、それでさっさと、とっつかまえ‥‥」


 ポルアは魔女の声で起こされたのか、目を覚ますと眼前がんぜんにあるあみおどろきき、バッと耳を広げると羽ばたかせて飛んでいってしまった。


「逃げちゃった」


「追いかけるわよ!」


 ヒカルたちは先ほどみたく見失わないように飛び去っていくポルアを追いかけていく。

 だが、相手は空を飛んでいる。全力で走っても追いつく気配けはいがない。そこでヒカルは試しにと、


「ロンゲェムオ!」


 先ほど学んだ呪文を唱えてみると虫取り網のがより長くなった。

 そして飛び行くポルアに向けて、虫取りあみを振り下ろした。


「たぁっーーー!」


 しかし、ここは森の中。


――ガサッ!


 並び立つ木々の枝に長くなったあみが引っかかってしまったのだ。


「あららら、何やってるのよ」


 引っかかったあみを取ろうとモタモタするヒカルを尻目しりめに、ポルアは遠ざかっていく。


「このまま、ただ追いかけるのもツマラナイわね」


 魔女は近くに生えている木の幹にそっと右手でれ、呪文をとなえ始める。


「ミーダオルドンジェセグ・ミーダ・マノ・ラボリ(我の命に従え。その枝を我の手とし動け)」


 木の枝がたこ触手しょくしゅようにニュルニュルと動き出し、ポルアを追いかけていく。

 ポルアは俊敏しゅんびんな動きで追いう木々の枝をけていくが、数ある枝の一つがポルアをとらえて叩き落した。


「まぁ、こんなもんね! さぁ、あのモンスターがノビている内に、さっさと捕まえなさい」


「う、うん!」


 地に伏しているポルアの元に駆け寄ろうとしたが、長くした虫取りあみがまた木々の枝などに引っかかり移動のさまたげになってしまう。


「あっ!」


「レヴェーノ(戻れ)と唱えれば、短くなるわよ」


「う、うん。レ、レヴェーノ!」


 言われた通りに虫取りあみは短くなり、元の長さに戻った。


 その間にポルアはふるえながら起き上がり、ヒカルたちの方に敵意てきいがこもったにらみつけた。


 ふとヒカルは野良犬のらいぬおそわれた時の苦く嫌な思い出があざやかにび起こされ、思わずこしが引けてしまった。


 そしてポルアがより強くにらみをきかせると、


「うわわわわっっっ!」


ヒカルは見えないチカラで強く押され、後方こうほうへと突き飛ばされた。

 しかし運良く後ろにいた魔女が、


「おっと!」


 飛ばされたヒカルを受け止め、大事だいじにならなかった。


 続けざまにポルアは小さな口を開くと勢い良く青いほのおを吹き出す。

 全てを焼きくすほどの熱がヒカルたちに襲いかかる。


「ルメツムゥーロ(光の壁)!」


 すかさず魔女が右手を前へ差し出すと魔方陣まほうじんが浮かびあがり、それがひかりの壁となり炎をふせいだ。


 光の壁の先に、炎を吹き終わったポルアが魔女たちの様子をうかがっているのが見えた。


「なんなの、あの生き物? てっ、私が構成こうせいしたけれどね」


「た、確か、ポルアはね。エスパー系のモンスターで。テレキネスや火炎放射かえんほうしゃかいとかのスキルが使えるモンスターなんだよ」


 ゲームサイトで知ったポルアの情報をスラスラと述べるヒカル。学校の勉強もこのぐらい覚えが良いといいのだが、それはさておき。


 説明から先ほどヒカルが吹き飛ばされたのは、念動力テレキネスだとさっする。


「う~ん、流石さすがは私。そこまで再現さいげんさせるなんて。ところで、そのゲームでは、あのモンスターはどうするの?」


「戦って、弱らせてから捕まえるものだけど」


「だったら現実ここでも、そうした方がイイわね!」


 魔女はポルアに挑もうと覚悟を決めていると、


――ゴゴゴゴ‥‥


 地響きと共に地面が振動し始め、地面が割れて、数多あまたの土のかたまりが宙に浮かぶ。


 それは土属性系のテレキネス‥‥“グランドショット”。

 ポルアは土の塊を魔女たちに目がけて放り飛ばした。


「おっと! よっと! さっと!」


 魔女は瞬時しゅんじにヒカルを抱きかかえ、弾丸だんがんごとく飛来してくる大小の土つぶてをかろやかにかわしていく。


「今度はこっちのターンね。ファイロルグロブ(火の球)!」


 魔女の右手に光が集まると、サッカーボールぐらいの火球かきゅうが手の平に現れた。


 それをポルアに目がけて放ったが、火球が命中めいちゅうする直前ちょくぜん、ポルアは素早い動きで避けてしまった。


 そのまま目に止まらないほどのスピードで、あちらこちらと動きまわる。


「おっおっおっ!?」


 流石の魔女ですらも姿すがた捕捉ほそくできないようだ。


「シューティングスターだ! すごい! 実際、こんな感じなんだ!」


 ゲームでの技が今目の前で繰り広げられていることにヒカルは興奮こうふんしてしまう。


 ポルアは動きを止め再び姿を現すと、小さな口を開く。


 また火を吹くのかと構えたが、口の周りに光の粒子りゅうしが集まり、それがやがて大きな光の玉へと変わっていく。


 ヒカルはあわててさけんだ。


「あれは破壊光線(デストロイビーム)! 気を付けて! あれはスキルの中でも一、二の破壊力はかいりょくがあるスキルだよ!」


 ヒカルの警告けいこくに魔女は不敵ふてきな笑みを浮かべた。


「本当にスゴイわ、私って。そんなものも再現させるなんてね。だけど、ゲームのプログラミングの所為せいなのかしら、人間みたく同時に動くような動作ぢうさはできないみたいね。攻撃こうげきする時は攻撃こうげきする。ける時はけるって感じで」


 今までの状況を解析かいせきしつつ、魔女は手の平を広げてポルアに向けると、こちらも手の平に光の粒子が集まりだす。


「だからこそ攻撃の動作をするときが、こちらからの攻撃のチャンスでもある訳よね。さぁ、同じようなスキルだったら、どっちが強いかしらね?」


 ポルアの口から光線が放出ほうしゅうされると同時に、


「ブリリーガラディオ(輝きあふれた閃光)!」


 魔女の手の平からも同様の光線をはなった。


 光線と光線がぶつかった瞬間、まぶしい光が発せられ、ビリビリと空気が振動しんどうする。


 魔女の光線の方が威力いりょくが強かったのだろう。ポルアの方へと弾き返した。


 光線がポルアを命中すると大きな音のすぐに爆発ばくはつが起こり、砂塵さじんが巻き上がる。


 平和な日本で普通に暮らしていたら絶対に遭遇そうぐうすることはない非日常な光景を、ヒカルはただ固まったまま黙って見守るしかできない。


 やがて砂塵が晴れ、爆心地ばくしんちには黒焦くろこげになってしまったポルアが倒れていた。


「ほら、つかまえるチャンスよ!」


 魔女の声で硬直こうちょくが解けるヒカル。


「う、うん。わかった!」


 言われるがままポルアの元にると、手にした虫取りあみでポルアをらえた。


『ポルアをゲットした!』


 そんなゲットメッセージと共に、ヒカルの頭の中で爽快そうかいかつ軽快けいかいな音楽がかなでられたような気がした。


 しかし、せっかくつかまえたのだが――


「だけど、これ。どうしよう‥‥」


「あら。せっかく捕まえたのだから、ペットとかにすればいいじゃない?」


 飼いたいのだが相手はモンスター。光線を出したり超能力を使ったりする生物を普通に飼える訳が無い。

 しかたがないので、


「このポルアをゲームの中に戻せる?」


「キミがそれを望むならね」


 少し名残り惜しくもヒカルはうなずいた。

 魔女はゲーム機を渡して貰い、


「ナンフィグロガスタ・フィグロレヴェーノ(型どられた形から相応しい姿となれ)」


 呪文を唱えると、あみの中に入ったポルアは光の粒子となり、ゲーム機のディスプレイの中にまれていった。

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