-4-「じつは私はね…“魔女”なの」

   ④


 森を前へと進んでいく中、ヒカルは異変いへんに気付いた。


「あ、あれ‥‥。おかしいな‥‥」


 どこまで行っても森から出られなかったからだ。


 普段ふだんだったら、ただ真っ直ぐ行けば五分ほどで通り抜けられるはずだが、もうかれこれ二十分にじゅっぷんほど歩いているのに森を抜け出せずにいた。


 何本もの木々とすれ違ったが、まるで同じ場所で足踏あしぶみしているかのようだった。まるで木々も進む方向へと動いているのような気がするほどに。


 ヒカルは方向を変えて、右へ左にも行ってみた。

 今来た道を戻ってみたが、この森から出ることも、森の終わりを見ることが出来ずにいる。



 “一度立ち入ったら出ることは出来なくなる”



 ふと陽無ひなしの森の言い伝えを思い出した。


 半信半疑はんしんはんぎだったが、今自分の身に降りかかっていると、何とも言いようのない不安ふあん恐怖きょうふおそいかかる。


 やがてヒカルのひとみなみだが浮かび、こぼれそうになった――その時だった。



「うわっ!」



 突如とつじょ、何も無い空間くうかんからまぶしい光がひらめいたのである。


「な、な‥‥!?」


 淡く優しい光が薄暗うすぐらい森をらす。

 薄目うすめ様子ようすうかがっていると、光の中からぼんやりと“人の姿”が見え始めた。


 それは幻想的げんそうてきで、不思議ふしぎ光景こうけいだった。


 その“人”らしき物体ぶったいは、こしの所まである長いかみをなびかせながらちゅうに浮いていた。それを黙って見るしか出来なかった。いや、金縛かななしばりにあったかのように身動きが取れないでいた。


 やがて光が集束しゅうそくしておさまると、ハッキリと人の姿だと視認しにんできた。


 その人物は女性じょせいだった。


 ととのった顔立ちに、スマートな体型たいけい。言うならば美人や美女としょうされるであろう容姿ようし


 その長い髮の女性はゆっくりと落下らっかし、両足りょうあし地面じめんに着けた。


「‥‥あら?」


 女性は、その場に立ち尽くすヒカルに気が付き、自然と視線が合わさった。


 奇々怪々ききかいかいな光景と出来事に呆然ぼうぜとするヒカルは、まぶたすら動かせない。

 瞬間冷凍しゅうかんれいとうされたようにかたまっているヒカルに、女性の方がおくせずに声をかける。


「キミ、誰かしら? そもそもなんで、ここに居るの?」


「え、あ、その‥‥」


 突然目の前に現れた女性に対して、それはこっちの台詞だと思ったが、上手うま言葉ことばを口から出せなかった。


 未だ混乱こんらん困惑こんわくからだっしてはいないからだ。


「てか‥‥もしかして、今の見た?」


 言葉をはっせられないヒカルは、うんうんうん、と三度首をうなずいて魅せた。


「あちゃ~。そうか、見ちゃったか。おかしいな~~。結界けっかいを張っていたから、ここに誰も来れないようにしていたのに‥‥。まぁ仕方ない、こんなこともあるか」

 軽い口調くちょうで語る謎の女性に少し和んでしまい若干落ち着いてきた。


「お、お姉さん。一体何者なの? いきなり、光の中から現れて‥‥しかも、宙に浮いていたよね? どういうこと?」


 ヒカルはのどの奥にまっていた言葉がやっとき出せた。


 そのいに女性はあっけらかんとした表情で、


「やっぱり、しっかりと見ていたのね。見ていましたか。う~ん、なんと説明しましょうか‥‥。まぁ、良いか。じつは私はね…“魔女”なの」


衝撃しょうげきの言葉を口にしたのだった。


“魔女”


 しばしの沈黙ちんもく


 ヒカルは、小学四年生の九歳。

 まだ夢見がちの子供ではあるが、それなりの社会常識しゃかいじょうしきを持ちあわせてはいる。


 女性は見た目的に高校生こうこうせいぐらいだろうか。高校生と言えば小学生のヒカルに取っては“大人”である年頃としごろの女性が“魔女”と名乗ったのが意外だった。


 だからこそ「えっ?」と短い言葉がれた。


 しかし――先ほど見た光景。それが魔女発言に確かな真実味しんじつみを持たせていた。

 ヒカルは改めて真偽しんぎの確認を取る。


「本当に魔女?」


「ええ、そうよ。まあ、魔女だと野暮やぼったいから、魔女っ子とか魔法少女の方が良いかしら?」


 先ほど見せたあっけらかんとした表情で、あっけらかんと答える。


「しょ、証拠しょうこは?」


「さっきので充分じゅんぶんでしょう」


 何も誰も居なかったはずの場所に、突如出現とつじょしゅつげんした超常現象ちょうじょうげんしょう。しかもちゅういていた。


「あれは一体何いったいなにをしていたの?」


「何をしていたか‥‥う~ん。説明せつめいしても良いけど、多分、今の君じゃ理解りかいできないと思うし。話しても時間じかん無駄むだになるから‥‥説明するのはヤメておきましょうか」


「え‥‥?」


 有耶無耶うやむや返答へんとうめくくられてしまった。


「だけどそのわり、此処ここで逢ったのも何かのえんだし。私が魔女まじょであることを示すためと、私のことを内緒ないしょにしてもらうために、君のねがいをなんでもかなえてあげるわ!」



「ねがい? そ、それって、どういうこと?」



「言葉の通りよ。私は魔女だからね、どんな願いでも“魔法”で叶えてあげられるわよ。ほら、童話どうわとかでよくある魔女のように、お菓子かしの家を出したり、ネズミを馬に変えたりとか、何でも出来るわよ」


 不敵ふてき不可解ふかかいな言葉ともうに、ヒカルはいぶかしげるしかない。


 だが、どんな願いでも叶えてくれるという言葉にうごかされてしまい、頭の中で色んな願望がんぼうを浮かべてしまっていた。


 その中で夏休みに叶えられなかった、あの“願い”を思いついた。


「‥‥それだったら、ポルアというモンスターを出してよ」


「へ? ぽるあ?」


 聞き慣れぬ言葉に魔女とあろうものが聞き返してしまった。


「もしかしてお姉さん、モズパを知らないの?」


「もずぱ? なにそれ? 美味おいしいの?」


「食べ物とかじやない。えっとね、モズパはね‥‥」


 ヒカルはポケットの中に入れていた携帯ゲーム機を取り出し、魔女の前に差し出した。


 モズパ――正式名称せいしきめいしょ“モンスターZOOパニック”。

 モンスターを捕まえて、モンスターを動物園のように飼育しいく観覧かんらんさせて、時にはバトルすることが出来る育成ゲーム。子供から大人までも熱中させてしまっているのだ。


 このゲームにハマってしまった為に、ヒカルは夏休みの宿題が出来なかったと補足ほそくしておく。


 ちなみにモズパに登場するモンスターは全部で八百匹いるらしく、ヒカルは友達と協力してモンスターを集めていたが――


「そのゲームに登場とうじょうするモンスターで、ポルアというモンスターがね、イベントとかでしかゲットできなくて、コンプリートできなかったんだ」


「なるほど、ゲームね」


「どう?」


 ヒカルはわらにもすがる思いで、あれいに満ちた眼差まなざしを魔女に向ける。

 しかし科学の叡智えいちが生んだゲーム機と時代錯誤じだいさくごな魔法。相反するモノ同士ではある。

 ダメ元で頼んでみたのだったのだが――


「いいわよ」


 魔女の呆気無あっけな返事へんじに、思わず「え?」とおどろくヒカル。


「ちょっと、これ借りるわね」


 無邪気むじゃきな笑顔を浮かべながらヒカルのゲーム機を受け取ると、両手でやさしく包み込んだ。


「“ゲーム機”だって、要は“魔法”みたいものだからね」


 魔女の手から青い光が発せられ、それはやがて光の輪‥‥幾何学模様きかがくもよう複雑ふくざつに組み合わせられて、魔法陣まほうじん形状けいじょうになっていく。


 その光景をヒカルは、口をあんぐりと開けて眺めていた。

 そして魔女は不思議な言葉――呪文を唱えだす。。


「ファントゥジィオ・ダ・エクジィトス・フィグーロマーソン・ミィ・アントゥ・エペリ(幻想の存在よ。姿を構築し、我の前に現れよ)‥‥」


 光の魔法陣はゲーム機のモニターに吸い込まれていくように消えていったと思ったら、ゲーム機のモニターから“物体”が飛び出した。


 それは――


「ぽ、ポルアだ!」


 目の前に現れた生物は、鳥の翼のような形状をした長い耳、銀色の毛並みから世族にまばたく星のようにキラキラときらめいていた。

 小動物でありながらライオンのようにいさましい貫禄かんろくただよわせていた。


 その姿はゲーム雑誌で見た“ポルア”という名のモンスター。

 ゲーム上のモンスターが目の前に、現実の世界に現れたのだ。


 てっきりヒカルは、裏技を使ってポルアのデータを出現させるものだと思っていたが、。それが、まさかである。


 架空かくうの生き物であるポルアは、はしゃぐヒカルに驚いたのか、耳の翼を羽ばたかせて、どこかへ飛び去っていった。


「え、あ、なに、今の何? え、えっ!?」


「あなたのお望みどおりに、ポルアというものを出してあげたのよ」


「ポルアが。なんでゲームから出たの?」


「あら? 君はそれをご所望じゃなかったの?」


「ポルアがゲームに出てくるものだと‥‥」


「だから出してあげたでしょう」


「いや、あんな風に本当に出てくるなんて‥‥。そんなこと思いもしなかったよ!」


「まぁ、少し食い違ってみたけど、ある意味間違いみまちがってはいなかったんだから良いじゃない」


「いや、間違ってはいると思うけど‥‥それはそれで、えっと‥‥」


 何が正しいで、何が間違っているのか混乱こんらんしているヒカルに判断はつかなかった。

 改めて女性をじっと見つめ、たずねた。


「お姉さん‥‥一体何者なの?」


「ふふ、言ったじゃない。魔女だって」


 その言葉は初めて聞いた時よりもズッシリと感じるほどの真実味しんじつみが有った。


「それより良いの? あの逃げた生き物をほっといて?」


「あ、そうだ!」


 飛び去ったポルアを姿を見つけようと辺りを見渡しが、どこにも見当たらなかった。


「もうどこかに逃げたんじゃ‥‥」


「大丈夫よ。今、この森には結界を張られているから、外からは誰も侵入しんにゅうできないし、逆に中から外に出ることも出来ないようになっているわ。だからさっきの生き物は、この森の何処かにいるわよ」


「森から出られない。あれ、それって‥‥」


 どこまでも行っても、どこへ行っても、森から出られなかった理由を知った。


「それじゃつかまえに行きましょうか?」


「捕まえるって‥‥どうやって?」


「ん? そりゃ捕まえるとなれば、決まっているでしょう!」


 魔女は人差し指を立てると、クルっと回して小さな円をちゅうに描いた。

 すると先ほど同様に光の輪‥‥魔方陣まほうじんが現れたと思ったら、魔法陣の中虫取りアミと虫かごが出現したのである。


「さあ、あのモンスターを捕まえに行きましょう!」


 虫取りアミをヒカルに手渡して、魔女は虫かごを自分の肩にかけると、ポルア探しをすることになった。


 何もない場所から何かが現れる。


 何度も繰り広げられた超常現象ちょうじょうげんしょうに、ヒカルは次第しだいに‥‥いや、すでに先を行く女性を“本物”の“魔女”だと信じ込んでいた。

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