第10話 玲子、すべてを明らかにする


 沈黙。森閑。

 衝撃からか、しばらく誰も口を開かない。玲子も、一息入れている。

 最初に回復したのは、柚雨だった。


「いや、そんなわけがないだろ? 第一、どうして知彁がビーズを持ち去ったって言うんだよ?」

「うん、犯人が持ち去った理由を言っていなかったね。この面からも知彁が犯人であることが明らかにできる」


 玲子は反論を反論とも思わない様子で語る。

 周りの反論がいくらあっても、独り語りのような雰囲気のままだ。


「血まみれのビーズが現場に残っていた謎の、もっとも合理的な解釈は、、だ。

 まず、犯人が被害者の後頭部を殴打する。この段階では被害者は生きているので、つい傷に利き腕が伸びる。頭の皮膚が切れると血がだらだら流れ出るから、べったりと手に血が付いただろう。

 その後、犯人に抵抗する。犯人の腕に手が伸び、つかもうとする。犯人も振りほどこうとする。

 結果、ビーズには被害者の手から血が付着し、テグスががちぎれて、ブレスレットは無残にまき散らされる。

 もちろん、そんなことが起こるのは犯人のテグスが劣化していた場合だけだが」

「だから、知彁が持ち去った理由を言えよっ」

「今、述べたことが起きた場合、犯人は今までつけていたブレスレットを失うことになる。現場に残っていたブレスレットと同じものを失くしているとなれば、確実に疑われる。それを避けるには? 

 失くしていないように見せれば良い。被害者のものを盗んで、これは自分が持っていたものだと言い張るのさ。

 その理由が成立するのはオルロイ所有者のみとなる」

「この観点からも犯人が知彁だって言えるって言いやがったよな。どうやったらそうなるんだ? 持ってるやつ全員怪しいだろ」

「そうだね、では持っていた、持つことのできる人物から絞っていこう。持つことのできる人物は――」


 杜樅が割り込む。


「わたし杜樅が買って、柚雨と知彁が作ることができる。お得意さん二名も持ってはいる。あと、馴子は店主の姪だから、店から売れ残りの一つを持ち出せたかもしれない。もちろん、製作者の硝子はもう一つ作ることも可能」

「――と、杜樅くんの協力で六人に絞れた。

 まず、柚雨のものは出来が悪いという杜樅の証言がある。すり替えても、自分の物であると偽証できない。よって不適。

 次に、馴子と硝子は、普段ブレスレットをつけていないので、ごまかす必要がない。硝子なら、もう一つ作れば良い。馴子なら、買った物ではなく盗んだ物なので、自分に必ずしもつながるものではない。被害者が持っていた物を店に返すより、店が泥棒に遭ったことにした方が良いだろう。よって不適。

 次に残り三人が一気に消える」

「どうやって?」

「被害者のブレスレットを持ち去れば偽装できると考えたということは、ことになる。

 その場で気づくことができたか? 無理だ。。以前から、お揃いだと知っている必要がある。

 お揃いだと断定できたのは、買う場面を共にしていた知彁と、売った硝子だけだ。硝子はすでに排除したから、残るは知彁のみということに――」


 犯人が知彁だとすると。

 わたしは、絶望的な気分で問う。


「じゃあ、昨日の知彁の件は、事故でも事件でもなく、自殺だってことですか?」

「もちろんそうなる。あのメッセージはダイイングメッセージではなく、遺書の一種だ。むろん、密室もない。自殺だからね」

「密室を解明できなくて、適当を言っているのではないんですか?」

「うーん、一応、密室トリックをこじつけることはできるよ。テグスが残されていたから、糸を使ったトリックを披露しようか」


 こじつけと言いつつ、トリックをひけらかせることを喜んでいるようだった。


「まず知彁を突き落とす。ヴェランダに、たぶん排水溝があるだろうから、長いテグスを雨どいに通しておく。地上に達するまでね。テグスの端をカギに結んで、外から閉める。扉のわずかな隙間を、テグスが通っている状態にするわけだ。で、それを非常階段を通して地上までもっていって、雨どいの端から出ているテグスと結ぶ。あとは、いい感じに引っ張れば、カギは室内に戻る。窓から落としたんだから、窓は開いているからね。

 ただ、この方法は相当無茶だ。そんなに長いテグスを用意できるか? 上手く操作できるか? 現場に残っていたテグスの長さと合わないのでは? 目撃される危険があるのに、こんなトリック使うだろうか?」

「――そうですね」

「ほかにもこじつけられる。林くんが最初にカギを確かめたときは、犯人はまだ中にいた。そして、マスターキーを取りに二人して一階に降りた隙に堂々と脱出。で、管理人は適当にガチャガチャとカギを回したから、もともと閉まっていたのか開いていたのか判らなくなってしまった。

 これも無茶だね。二人とも扉の前から消える根拠はないし、帰ってきた管理人が、カギを確かめなおすかもしれない。

 だが、これで、わたしに密室の謎を解けないなんて言わせないよ」


 自殺――。

 パンジーを育てていた知彁は、あの時から死を選ぶつもりだったのか。

 犯人が自殺しようとするなんて、サスペンスドラマにもありふれている展開に過ぎない。思いつくことは、できたはずなのに。

 そう考えていると。

 不意に、馴子が叫んだ。


「ふ、ふざけないで。ビーズを持ち去った動機は説明していても、は、全然、説明してないじゃん。知彁が典那を殺した理由が納得できなければ、あたしは、認めない。認めるもんか!」

「落ち着いて、馴子」

「お、落ち着けるか。黙ってよ、杜樅。なんで、あの探偵気取りと仲良さそうにしゃべてってんの? 死んでしまった人に罪をおっ被せるなんて、ひどい、ひどすぎる。あんなに仲が良かったのに、殺すなんて、か、考えれられない」


 言いながら、馴子は涙を流し始めてしまった。

 黙れと言われた杜樅はオロオロして何もできそうにない。硝子も、姪の激高に対処が思いつかないようだ。柚雨に至っては呆けているだけである。

 瀑布は、そんな様子をジッと眺めていた。


「動機ね。動機は論理的ロジカルに暴けるものでもないんだが、仮説はある。空想に近いがね」

「言ってみなさいよ、どうせ、どうせ、知彁を、おとしめるようなことをいうんでしょ」

「まあ、ある程度はどうしても。わたしは、被害者に残された内出血の痕が気になった。素手によるものだというし、生前のものだというから、犯人がやったものとも限らない。

 また、そもそも何故、被害者は、深夜に一人で外をうろついていたんだ? 

 そこで、一つ思いついた。

 典那は、身体的な虐待を受けていたのではないだろうか? 

 実際に瑞川瀑布氏は、わたしをぶん殴ろうとしたわけで、ある程度暴力性があることは確かだ。

 また、深夜であろうと関係なく、お使いに走らされていたのではないだろうか? 

 で、もしも、仲良しの知彁がそれを知ってしまったとしたらどうだろう。

 知彁が警察や児童相談所への相談を勧めたのに、拒否されたとしたら」


 ちら、と瀑布を見る。

 この男が、何を考えているのか判らない。


「親と引き離されるかもしれないと思えば、拒否することもあるだろう。本人が拒否しているものを、無理にやることは知彁にはできなかった。

 そこで、強制的に暴く方法を思いついたのではないだろうか。

 典那が、傷害事件で入院すれば、検査によって、傷害犯によらない暴行の痕が発見されるだろう、と。

 典那を救いたい、という思いからとはいえ、当人の意思を踏みにじって怪我をさせようとしたわけだ――と、わたしは空想した。

 ところが、思いがけぬ激しい抵抗にあったので、逆上して繰り返し殴打したところ――死んでしまったのである、と」


 どうかな、と玲子は微笑んだ。

 瀑布が、ようやく口を開けた。


「お嬢さん、人をあまりけなさないで欲しいな。僕の名誉を適当なことを言って傷つけるのはやめてもらいたい」

「瀑布さん、警察だって既に、あの内出血の痕を怪しみだしている。曾根警視がそこで待っているよ。話を聞きたいってさ。それとも、曾根警視のことも、あんたは適当なことを言うお嬢さんとして扱うのかい?」


 瀑布は、公園の外の方を向く。

 つられてわたしも目をやると、昨日乗せてもらった車がとまっていた。

 玲子の父、曾根警視が乗っており、ちょっと会釈してきた。


「あいつ――死体になってからも迷惑をかけやがって」

「ははは、逃げない方が心証がよくなるだろう、さっさと、警視のもとへ行った方が良いぜ」


 一件落着めいた空気が、一瞬流れる。

 そこで、馴子が絶叫した。


「まだ、まだ! まだ、認めてやらない! 反論の余地がないとしても、あたしは絶対認めない。反論の余地がないなら、二+二=五だって認めろっていうの? あんたのはただの屁理屈。認められないよ」


 馴子は涙をまき散らした。感情が溢れてしまって、どうしようもないのだろう。


「そこで――だ」

 

 玲子が取り出したのは、メッセージにしたがって花壇から発見したものだった。

 ここまでの推理には不要なデータで、最終的に犯人が誰か認めさせることができるもの。


さ。わたしはまだ、中身を一行たりとも読んでないのだが、筆跡が誰のものであるかくらいは、友人の馴子くんなら判るだろう。書いてある文字も、読めるね? では開けるよ」


 中にあった数枚の紙の一枚目を取り、馴子に見せつける。ハンカチごしに触って、一応自分の指紋が付かないように配慮はしているようだが、余計な繊維がくっついても良いのだろうか?

 ひょい、と覗き込んだ柚雨が、誰よりも早く答えた。


「――確かに、間違いなく知彁の字で、って書いてあるな」


 馴子は泣き崩れた。

 それを眺めつつ、玲子はわたしに封筒を押し付ける。


「朗読したまえ。中学からの演劇部員だから、感情豊かにできるだろ」

「なんで読まなくちゃならないんですか」

「ここにいる全員に理解させる、手っ取り早い方法だからさ」


 ああ、なんと残酷なのだろう。

 知人の遺書を朗読させるなんて、わたしがどれだけ傷つくとおもっているのか。

 だけど、わたしは引き受けてしまう。


 丘沙木知彁の告白を、受け止めて、伝えなければならない。

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