解決編

第9話 玲子、真相を暴く

「やあやあ、お集まりいただきありがとう」


 現場の公園に、関係者が集まっていた。

 午後一時、急に呼んだことを考えると、なかなか早い集合である。

 ジャージ姿の火富柚雨、私服の中矢間杜樅と糸浪馴子、店を放ってわざわざ来た糸浪硝子、そして典那の父親である瑞川瀑布の姿もあった。少し大柄な中年男性である。


「その――犯人が判ったって本当なのか?」


 柚雨が疑わしそうな、同時に期待を隠せない様子で言った。

 声は出さないものの、杜樅と馴子も似た様子である。

 硝子はむしろ冷めた様子で状況を眺めている。初対面の瀑布に少し興味を抱いているようだ。

 瀑布はわたしも初対面で、何を考えているか見当もつかない。

 娘を殺した人物が明かされることを期待しているのか、探偵ごっこに憤っているのか――。


「本当だよ。わたしは、殺人犯の正体にたどり着いた。今から、説明しよう」


 一堂に緊張が走る。

 曾根玲子は、何を語るのだろうか。


「まず、わたしは、ある謎に着目した――すなわち、、という点だ」

「いやいや、それは典那のブレスレットではないの?」


 と、呆れたような硝子。

 しかし玲子は表情を変えずに続ける。


「典那のブレスレットであるならば、それはどのタイミングで散らばったのだろうか? 分類するなら、犯行前、犯行時、犯行後となる。それぞれ検討しよう。

 犯行前なら、典那は自分でブレスレットをばらまいたことになる。しかしその場合、何故血がビーズに付いていたのだろう? 死体から離れたビーズにも血はついていた。すべてのビーズに血が付くように飛び散ったと考えるのは不合理だ。よって、犯行前であることは考えられない」

「つまり、犯行時か犯行後になる、ということ?」


 杜樅が面白そうに言った。


「そうだ。犯行時であるなら、殴打の拍子に飛び散ったことになる。これもおかしい。凶器は頭しか攻撃していないのに、長袖の人物のブレスレットを弾き飛ばせるだろうか? 飛ばしたとして、すべてに血が付くか? とっさに頭の傷に触れるとしても、長袖で覆われた手で触れて、ブレスレットを構成するすべてのビーズに血が付くのか? それと、念のために訊くが、典那は右利きだね?」

「――うん」


 馴子が首肯した。


「とっさのときに、左手が出るだろうか? という傍証も、いま追加した。もし左手で触れていたとしても、ブレスレットを弾き飛ばす殴打となれば、左手首にケガをして当然だが、左手首には、頭部と同じ凶器による攻撃の痕跡はない」


 よって、犯行時も却下。

 玲子は言って、深く息を吸った。


「次は犯行後――偶然散らばることは有り得ないから、犯人がやったことになる。しかし、殺した後になって、何故ビーズを散らばすんだ?

 単に盗もうとしたとき散らばしてしまうおっちょこちょいだったのか? 金目当てでアクセサリーも盗もうとしたのなら、散らばってしまっていてもビーズは持っていて売ろうとすると思うのだが。でも、現場には散らばったままだ。

 それに、取ろうと引っ張って引きちぎってしまったのなら、ビーズすべてに血が付くだろうか? 有り得ない。よって除外」


 それから、玲子は硝子の方を見た。


「硝子さん、あなたを信用するなら、別の観点からも典那のものであることは否定できるよ。あなたが売ったばかりのアクセサリーのテグスが、そう簡単にちぎれるものか。疑うなら、杜樅や柚雨が持っているオルロイを引っ張ってみれば良い。人並み外れた膂力の持ち主がちぎろうと全力を尽くさねば、新品はまずちぎれないよ」

「ハサミやカッターナイフがあれば切れるわ」

「その場合、犯人が意図して切ったわけだ。ビーズすべてを血まみれにしてまで尽力して切り裂いたのに、まき散らしてしまって、ほとんど回収できなかったことになる。これは不自然だね。切り裂く必然性が何もない。それと、もう一つ否定する根拠がある」

「なに?」

。街灯が切れていたし、隣家も留守だったからね。にもかかわらず、手首に切り傷一つ付けずにブレスレットを切り刻むのは不可能だ」


 硝子は、さらに反論する。

 探偵気取りの少女の鼻っ柱をへし折ろうというかのように。


「犯人が懐中電灯を持っていた可能性は?」

「だったら、散らばったビーズをすべて回収できたろう。そうしていれば、こんな余計な推理をされる恐れはないし、証拠を減らしたいというのは自然な心情だと思うんだが」

「犯人が推理を誘導しようとしているとしたら?」

「そう都合よく誘導できるわけないだろ。わたしには探偵としての実績は何一つないから、推理の傾向は誰も知らないので、わたしを誘導するなどしない。わたしがかかわると知っていたはずもないし」

「探偵ではなく警察を誘導しようとしているとしたら」

「警察が都合よく一つの仮説に乗っかってくれると思ったんなら、よっぽどおめでたい犯人だね。そもそも警察は演繹推理の前に、人海戦術で物証や証言を集めるだろ。警察を誘導しようとするには変な行為だ」


 したがって、

 そう、玲子は結論付けた。

 反論を封じられた硝子は、釈然としない様子である。


「では第三者の物だろうか? いなだね。第三者の物であるなら、血まみれだった説明がつかない。犯人が意味もなく、落ちていたビーズに血を擦り付けた可能性が否定できないとしても、硝子さんが五つつくり、あとは二人しか作り方をしらないものだぜ? 偶然にも第三者が落としたと考えるのは不合理だ」

「お得意さん二人が、オルロイをくした事実は、たしかに、ないわ」


 硝子さんが、認めた。

 玲子はにんまりと笑って、とても嬉しそうだ。


「すなわち、現場のビーズの持ち主は被害者でも第三者でもない人物の物ということになる。要するに、。典那のものがなかったのは、犯人が持ち去ったのであろう」

「ブラヴォー。面白い論理ロジックだとは思うけど、それが何を意味するの?」


 杜樅の当然の疑問に、玲子はうなずく。

 

「ところで、わたしは先程、新品のテグスは簡単にちぎれないと主張した。これは、犯人の物であっても同様さ。よって、犯人のテグスは新品ではなかったと主張する」

「え? そ――それは」


 杜樅が、急に動揺を示した。


「犯人は、自分でオルロイを作った人物。昔にテグスを購入したことのある人物。部屋が南向きで、テグスの保存場所に日光が――紫外線が降り注ぎ、劣化しやすい環境にいた人物」


 それは、つまり。

 杜樅が気づいてしまった事実は――。


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