読者への挑戦状

読者への挑戦状

 読者への挑戦状


 さて、林くんにここまで書かせたわけだが、ここでわたしは諸君に挑戦する。


 問題はたった一つ。

 犯人は誰か、指摘せよ。


 犯人を指摘するのに必要なデータは、すでにそろっている。

 ここまでの情報から、演繹的推理を行うことで、犯人をただ一人に絞ることが可能である。

 あてずっぽうでも、人数が少ないから当たる確率は低くない。

 しかし、推理小説の楽しみの一つとして、是非とも論理的思考を働かせてみて欲しい。


 犯人が明らかになれば、どう犯行をおこなったかは自明である。

 動機に関しては、論理的に明らかになるものではないため、ここでは問わない。

 ただし、伏線は存在するため、考えるだけ考えるのも楽しいだろう。


 わたしは、ここまで物語を記述させるにあたって、林くんにあるルールを課した。

 いわゆる、ヴァン・ダインの二十則である。

 見たところ、第十六則を除いては厳密に守っているようだ。

 フェアプレイを愛したS・S・ヴァン・ダインことウィラード・H・ライト氏への敬意から、ここで十九の宣言を行う。


 第一則により、推理に必要なすべての情報は読者に開示されている。

 わたしが花壇で見つけたあるものの正体は、犯人当てには不要な情報である。


 第二則により、記述者は意図的に誤解を招く表現を行っていない。

 叙述トリックは用いられていない。林くんの文章が下手なために誤解を招いている蓋然性は否定できないが、林くんは、読者を故意に欺こうとはしていない。


 第三則により、推理に不要な恋愛は存在しない。


 第四則により、探偵である曾根玲子、警察官である曾根警視は犯人ではない。


 第五則により、わたしは論理的推理によって犯人を指摘する。


 第六則により、わたし曾根玲子は探偵としてふるまい、ここまでに提示されたデータをもとに真相を明らかにする。


 第七則により、作中にはたしかに死者が存在する。

 死んだふりや仮死状態などという陳腐な結末は存在しない。


 第八則により、解決に第六感や霊能は不要である。


 第九則により、探偵をになうのはわたし一人である。


 第十則により、犯人は重要人物である。

 具体的には、登場人物一覧に名前が存在し、第一話で名前が言及された人物である。


 第十一則により、犯人は読者の注目に値しない人物ではない。

 前項から当然だが、お得意さん二人と、マンションの管理人は除外される。


 第十二則により、殺人犯は、一人である。

 共犯者、協力者、雇った部下も、証言を偽らせた仲間も存在しない。


 第十三則により、犯罪組織や秘密結社はこの事件と無関係である。


 第十四則により、SFにあるようなガジェットは登場しない。


 第十五則により、犯人当てに必要なデータ、伏線はそろっている。注意深く読み返せば、容易に犯人にたどり着くことが可能である。


 第十六則は、フェアプレイのために必ずしも要求されるとは思われないので、宣言を行わない。これは推理パズルではなく、推理小説である。


 第十七則により、犯人は犯罪のプロフェッショナルではない。

 犯人には、この殺人以前の犯罪の経験が、万引きでさえ存在しないことを宣言する。そして、財布が目当てではなかったことも言い添えておこう。


 第十八則により、作中では事件がたしかに発生している。

 すべてが事故だった、などという裏切りは存在しない。


 第十九則により、動機は極めて――本当に、個人的なものであった。


 第二十則により、ヴァン・ダインの時代にすでに使い古された手は使われない。例を挙げると、双子は関係ない。


 さあ、諸君。

 何度も述べた通り、必要なデータはすでに、すべて記載されている。

 物語を振り返り、理性と知性と武器に、真実を詳らかにしてほしい。


 では、幸運を祈る。

 幸運がなくても、わたしのように頭が良ければ解けるがね。


 演劇部長・曾根玲子より、親愛なる読者へ


追伸 タイトルにも入っている血塗れのビーズが、もっとも重要な手がかりである。

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