第5話 秋代、現場へ行く

「現場を見よう」


 帰り道、だとわたしは思っていたのだが違ったらしい。

 硝子の店から出てしばらく、玲子は唐突に言った。


「現場って――公園ですか」

「そうだよ。現場の血痕から考えても、あそこが現場らしい」

「いや、そうでなくて。見てどうするんですか」

「わたしは安楽椅子探偵アームチェアディディクティヴではないからね。現場を見て損をすることはない。先入観を捨てることができるなら、だが」


 何を言いたいのかサッパリなのだが、玲子はずんずん公園へと歩いていく。

 もう日も暮れて、一番星が空に輝いているというのに。


「あんまり夜に学生だけで歩いて良いんですか? なんか、条例か何かあったような」

「林くんは、条例の存在を覚えているだけ偉いとは思うが、正確に覚えた方がもっと良いぞ。青少年が出歩いてはいけないのは二十二時から翌四時まで――」


 その瞬間、玲子はにやりと、意味深長な笑みを浮かべた。

 薄気味悪い、というのが正直な感想である。

 何か気づいたのだろうか。もしそうなら、さっさと言えば良いものを。


「――なんて馬鹿な話をしているうちに、着いたね。ここが現場の公園だ」

「普通の公園ですね」

「いわくつきの洋館でしか殺人事件が起きないわけでもあるまい」


 立ち入り禁止の表示がないとはいえ、あまりに堂々と玲子は公園に入った。

 ぐるっと、わたしは公園を見渡す。


「でも、本当に普通ですね。ベンチと、ブランコと、滑り台と、トイレ。これしかない」

「そうだね。少し気になると言えば――もう日も暮れたのに、街灯が光っていないようだな。切れたまま放置されているのだろうか」

「こんなさびれた公園よりも、優先すべき税金の使い方があると思いますから、それで良いのでは」


 ベンチに腰掛けてから、玲子は反論する。


「真っ暗闇だと、治安は悪くなるかもしれないぜ。実際、人が殺されてしまったのだし」

「でも今時、真っ暗にはならないでしょ。家の光もあるし、車のライトだってあります」

「まあそうなんだが――偉大な警視である我が父から聞いたんだがね、この公園に最も近い、そこの家。その家族は事件当夜、留守だったというんだ」

「え」

「出張だったか観光だったかは記憶にないがね。おかげで証言が取れなかったと愚痴っていたよ」


 ベンチからわたしを見上げて、玲子は不敵に笑う。


「さて、そこの家以外からは、立地として光が差さないだろう。たまたま車が通らない限り、事件の夜は暗闇だったことになる。まあ山奥の新月の夜でもないし、何も見えないことはないだろうがね」

「それで――何か判るんですか」

「さあ? ギリシア棺のエラリイの二の舞を演じるのは御免ごめんだからな。未完の推理を話す気はないよ」


 要は、まだ何も判らないくせに思わせぶりなことを抜かしているだけではないか。

 探偵気取り極まれり。呆れてものも言えない。ため息が精一杯だ。


「それにしても――ここで、一人の人間が死に至り、鮮血まみれのビーズがまき散らされたんだね」


 ぽつりと。

 玲子は言った。

 はっとする。玲子をさんざん探偵気取りと馬鹿にしたが、わたしに、どれほど被害者を悼む気持ちがあっただろうか。

 同年代とはいえ、縁もゆかりもない相手が命を散らしたというのに、わたしの胸は大して痛んでいない。

 玲子が人道にもとるのは確かだが、わたしは充分人道的であったろうか。


「ビーズ――うん、血染めのビーズがカギだと思う。オランダ記念病院のshoe並みに、重要だと思うんだ」


 のんきに珍妙なものに固執する玲子を見ると、こいつよりマシならそれで良いような気にもなる。

 うん、良いのだ、きっと。


 玲子はまだ行きたいところがあるとか言っていたが、メモ代わりのルーズリーフを押し付けて、わたしは帰った。

 夜になってまで付き合う義理はない。

 玲子が見捨てられたような眼をしていても、気にする義理はないのだ。

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