第4話 玲子、聞き込む(その二)

「では、最後に形式的なアリバイ調べと行こう。ま、全員なさそうな予感はするが一応な。死亡推定時刻は当夜の二十三~翌一時といったところ。さて皆さん、何をしていたかい」


 まず硝子。

「二十三時ごろは、店の仕事を片付けてたわ。一時頃にはもう寝ていた。証明できる人はいない」


 次に柚雨。

「もう寝てた。証明? 一時頃には母さんも、もう寝てただろうしなあ」


 続いて知彁。

「わたしも寝てました。両親はその日なかなか帰ってこなかったので、証明はちょっと――」


 さらに杜樅。

「二十三時ごろは読書で、一時にはもう就寝。家族以外の証言はないことになる」


 最後に馴子。

「わたしも、ね――寝て、たよ。証明とか、できないけど、本当」


「やれやれ、予想通り、誰にもアリバイがない。まあ、あったところでアリバイトリックが使われた蓋然性プロバビリティは否定できないんだが」

「現実にトリックなんて、使う人がいるんですか?」

「知り合いに嘘の証言をさせるだけでもアリバイトリックだから、現実でも使ったやつはいると思うよ。密室トリックより、実用性は高いだろうしな」


 わたしの疑問に、玲子はあっさりと応じた。

 玲子はわたしに目も向けず、硝子に向けて語りだす。


「ところで、これは事件とは関係ないんだが、硝子さんは、チェコに思い入れでもあるのかい。店名はカフカの『城』のパロディだろうし、BGMはスメタナ、商品名がプラハの天文時計とはね」

「――よく判ったわね。って言うと悪役みたいだけど――」

「林くんは理解していないようだが、大抵は判るよ」


 何故さりげなく、わたしを馬鹿にするんだ?

 理解を示された硝子は、嬉しそうだった。なかなか話の合う相手がいないのかもしれない。マイナーな趣味を持つ方が悪い。


「まぁ大した話でもないんだけどね――この店で扱ってるのは、結構チェコからの輸入品が多いの。テグスは国産だけど、ビーズはチェコ製も割と混ざってるわ。それを示すためでもあるのよ」

「ビーズね。オルロイの素材も」

「ええ、もちろん。ボヘミアングラスと言えば、ヴェネチアのそれと並んで名高いわ。木灰を使った透明なクリスタルガラスの美しさと言ったらもう、ほかに並ぶものはないわ! 天文学者のケプラーとも仲が良かったという神聖ローマ皇帝ルドルフ二世によって、その名声はヴェネチアをしのいだとも言われるの! 十六世紀の話ね。あのヴェネチアをよ! チェコのビーズはその技術の末裔なの。チェコカットとか、ファイアポリッシュとか、出てこないビーズの本なんてない、いや、ないと言って良い、いやいや、載ってないならモグリの書いた本よ! 嗚呼ああ――あの美しさ、見ているだけで、ドヴォルザークの弦楽小夜曲セレナードが脳裡に浮かぶようだわ――」

「な――なるほど」

「店名にはカフカを持ってきたけど、カフカは本当はドイツ語作家なのよね。やっぱりチャペックの方が良いかなとも思ったんだけど、でも『城』もやっぱり名作だし――」

「は――はあ、素晴らしい見識で――」

「プラハの天文時計をあなた、見たことある? あれはまさしく伝説よ。あれが時間を知らせるのを見て聞いたとき、本当に雷にやられたような衝撃が――」

「う――うん、わたしも行ってみたいとは」


 珍しく玲子がたじたじになっていた。ざまあ見ろ。

 熱弁する店主の姪、馴子は少し恥ずかし気だった。わたしだって、知人がこんなに恍惚とした顔で熱く語っていたら、相当に気恥ずかしくなる。


 話がようやく終わってから、玲子は疲れた顔で「ありがとう、それではこれで」と別れを告げた。

 念のためにと、玲子はSNSのIDをばらまいた。みんなの前では言えないことを言いたければダイレクトにどうぞ、というわけだ。


 出口を開く直前、玲子は唐突に振り向く。


「さて、最後とは言ったがもう一つ。オルロイを手にした順番は判るかね。お得意さん二人は言わなくてもよろしい」

「なに、コロンボ気取りなの? えぇっと――まず杜樅が買ったわ。そのあと、典那と知彁が買い物に来て、典那はオルロイを買って、知彁は別のキーホルダーを買った。次に柚雨に教えて――知彁に教えたのは最後ね」

「参考になったよ。感謝する」


 今度こそ、玲子は出て行った。

 慌ててルーズリーフを鞄に突っ込んで、わたしも追いかけた。

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