#23:トラップタワー・オブ・ザ・デッド

 アガナがほんの一秒も満たない間、生死の境を彷徨うことになる二十分程前、工藤雪音は急いでいた。

 シェルターに到着し、林檎の安全を確保しつつ、アガナ達を助けるといって、すぐに彼女から離れた。

 もちろん、林檎にはそこから動くな、ときつく言い含めてだ。

 心配事がこれ以上増えては困る。

 彼女はそのまま林檎には見つからないように地下書庫へと向かった。

 カフェテリアの円形カウンターにあるマンホールに偽装したハッチを開けて、【ここな】によって作成された武器庫となっている空間に降り立つ。

 その先には射撃場など他幾つものアガナ達が知らない空間があったが、今必要なのは武器だった。

 厳重に施錠されたドアを開け、広大な一室へと足を踏み入れる。

 まるで軍事基地の火薬庫のような大量の武器が保管されていた。

 ここの武器だけで、小国となら戦争ができるくらいだろう。

 当然ながら、日乃宮猛の“古巣”から横流しされたもので、完全な違法の品々だ。

 壁の端一面に立て掛けられたアサルトライフル、壁中のフックには、ハンドガンはおろか、サブマシンガン、狙撃ライフルにグレネードランチャー、果ては地対空携帯ミサイルまで掛けられている。

 何千何万もの装備、武器、弾薬が物々しい井出達で保管されていた。

 雪音はその中から一つのハンドガンを選び取る。

 武器庫の入り口から程近い位置にあった45口径ACP弾使用のHK45Cだ。

 普段、彼女が訓練で使うことの多かった9ミリよりも口径としては大きい。

 そのため銃全体も少し大きいが、敵に対する牽制としてはより有効だろう。

 また軍用ということもあって、このバージョンの場合、銃口の先に延長バレルが取り付けられている。

 銃声を抑えるサプレッサーを装着できるようになっていた。

 今回はこれを使わなければならない。


『いつもの9ミリじゃなくていいのですか?』

「相手は死んでいるのでしょう。どの程度の脳へのダメージで行動不能になるか分からないのなら、より殺傷力の高いものがいいわ。確実に脳を破壊する」


 彼女はそれを手に取ると、リリースを押してグリップからマガジンを引き出す。

 装填を確認し、少し短めのスカートの裾を引いて、内腿に巻いたホルスターに銃を収めた。




――そして現在。


 彼女は西園ソアラの自宅の隣の家に立っていた。

 すっかり動揺しきった真綾とソアラに合流できたのは、ほんの数十秒前、真綾は見るからに怯えて泣き出していたが、どちらかといえば、一見、落ち着こうと努力しているように見えるソアラの方が気が動転しているようだった。

 真綾が無理やりソアラを家から引っ張り出そうとし、ソアラは必死にそれに抵抗して、アガナの名を呼び続けていたからだ。

 事情を確認した雪音は、ソアラを少し落ち着かせ、【感染者】が相手なのだからと、武器になるものを見つけてアガナを助けようと言い聞かせた。

 彼女は雪音とソアラを連れ出し、すっかり逃げ出した後の隣の家に向かうと、非常時とはいえ、こんなことをしていいのかと迷う真綾を尻目に、窓を叩き割ってさっさと家に侵入した。

 真綾とソアラには一階で金属バットか何か、とにかく打撃に使えそうなものを探させ、雪音は迷うことなく二階の適切なポイントを急いで探した。


『北東側に真っ直ぐに射線が確保された窓があります。距離20メートル』


 【ここな】がアプリのプライベートコンタクトで、直接、雪音に指示を出してきた。他の四人には聞こえない。


「……」


 雪音は沈黙したまま、落ち着いて真っ直ぐにその部屋へと向かう。

 ドアを開けて、知らない誰かの寝室に入ると、そっとドアを閉めて鍵を掛ける。

 すぐにその窓を見つけた。

 隣のソアラの自宅がよく覗ける。

 今、まさにアガナと【感染者】が揉み合っている二階の廊下を一直線に視界が伸びていた。

 少しカーテンが邪魔だったが、薄い生地なので狙撃するには特に問題にならないだろう。

 彼女は静かに内腿からHK45を引き抜くと、その黒いニーハイストッキングに包まれた細く長い妖艶な左脚を、短めのスカートの裾がまくれるのも気にせず、窓辺に引っ掛け、乗り上げる

 あまりに高く上げた足の奥から、黒いガーターと下着まで覗くその姿勢は、慎み深い美少女優等生で通っている彼女の行動とはとても思えなかった。


『サプレッサーを使ってください』


 言われるまでもなく、すでに取り付けた状態で真っ直ぐに両手で銃を構え、狙いを定めていた。もういつでも撃てる体勢だ。

 照準の先に、アガナの姿を捉える。

 そして、その反対側に立つ【感染者】の姿も同時に補足していた。

 壁に叩きつけられたアガナが、なんとか脚を空中に持ち上げて、【感染者】を反対側の壁に押さえつけようとしている。

 まるでつっかえ棒のように壁との間で身体を伸ばし、【感染者】を押さえつけようとしていた。

 しかし、やがて力が尽きてきたのか、一気に【感染者】の顔が彼を喰らい突こうと迫る。

 そんな中、なぜか雪音は動かなかった。

 目の前でアガナが危険な状況に陥っているのを知りながら、ただ静かに見つめている。


「……」

『雪音、危険です。急いでください』


 【ここな】がアガナの危険を知らせる。

 その様子は雪音にも見えているので、充分に状況は理解していた。

 にもかかわらず、彼女はやや憂いを秘めた瞳でありながら、あくまで涼しい表情でそれを見つめている。

 トリガーに指をかけようとさえしなかった。

 ただ静かに銃を構えた姿勢のまま、時が止まったかのようにアガナをじっと見つめ続けている。

 その間にも、ずっと【ここな】は雪音に呼びかけ続けていた。

 しかし、雪音にはまったく聞こえていない。

 まるで気だるい午後、退屈な授業の最中に窓際の席で空を眺めるように、ほんの少し憂いを秘めた瞳で、ぼんやりと見つめている。

 

――アガナ君。


 いつの間にか、銃の照準がアガナに向いていた。


――あなたはどうしたいの? こんな世界でも、あなたはまだ生きたいのかしら?

  それとも……。

 

 雪音の瞳が、その時、すっと細まる。

 その目はくらく、まるで死神のように残酷で凄惨な殺意を浮かべていた。

 普段は柔和な優しい笑顔で、弟のようにアガナに愛情を向けていたはずの雪音は、今はまるで別人のように冷酷な表情で彼を見つめている。

 そんな彼女は静かに銃の撃鉄を起こし、トリガーに指をかけた。


――それとも、もう終わりにしたいのかしら?

 

『雪音』


 もはや、アガナの腹部が【感染者】の餌食になろうという時、【ここな】が再度、雪音の名を呼んだ。

 恐らく、人間の声なら叫んでいただろう。

 今、まさにアガナが獰猛な死体の化け物によって、肉塊にされようとしていた。


「……」


 次の瞬間。

 ほぼギリギリで跳ね上がるようにアガナが目を覚ましたかと思うと、渾身の力で身体を起こし、再びつっかえ棒のような姿勢で【感染者】を押さえつけたかと思うと、そのまま、思いっきり頭部を蹴り付けた。

 【感染者】の腐敗した頭部に、アガナの靴がめり込む。

 割れたスイカのように、血と肉片が飛び散り、眼球が零れ落ちる。

 そんな中、アガナは迷うことなく何度も蹴り続け、壁に挟まれるようにして潰されていく頭部は、やがて完全に千切れ、粉々になっていった。

 すでに首から下は壁に背をつける形で、倒れこんでいる。

 完全に恐慌状態に陥っていたアガナは、もはや壁に飛び散った血と肉片だけになっても、まだ蹴り続けていた。


「……」


 雪音は、その様子をいつの間にか満足そうに口元を歪めて眺めている。


(……そう。生きることにしたのね。偉いわ、アガナ君。それでこそわたしの愛しいアガナ君よ)


 そう心の中で呟いた彼女は、サプレッサーを外した銃を内腿のホルスターに収めると、ゆっくると窓辺に引っ掛けていた足を下ろした。

 彼女が綺麗にスカートの裾を直し、再び窓の向こうに視線を向けた頃には、すでに動かなくなった感染者の前で、長時間酸欠状態だったアガナは、床に転がって悶え苦しんでいた。

 その様子をさっきとは違った熱っぽい視線で、愛おしそうに見つめる雪音は、ほんのわずかに悩ましげな吐息を、その赤く上品で麗しい唇から漏らす。


――まだ、あなたを死なせたりしない……。まだね……。


 まるで獲物を見つけた猫のように舌舐めずりし、不敵に笑ってみせると、やがて、彼女は何事もなかったかのように部屋を出た。







「どんな様子?」


 雪音先輩が問い掛けた。

 教壇には僕のタブレットが立てかけられていて、そこに【ここな】とシェルターにいるはずの林檎の姿がリアルタイムで映し出されている。

 教室の窓から外を覗き込んでいた僕の背を、雪音先輩とソアラの視線が向く。

 僕はただ無言で首を振るだけだった。

 ここは僕とソアラ、それに雪音先輩が通っていた高校の教室だ。

 クラスも同じだが、僕には特別な感慨なんて何ひとつ沸かない。

 数ヶ月前、ここで僕はクラス全員から侮蔑と奇異の目に晒され、それ以降は来ていなかったからだ。

 ここにある思い出は、すべて最悪の二文字で片付けられる。

 入学からほんの2,3ヶ月でほとんど自分の席さえ覚えていない。

 夏休み中だったこともあり、誰もいない校舎にはほとんど破壊の爪痕は残されていないが、運動場には何人かの部活動をしていた生徒がいたらしく、その大半は何もかも放り投げて逃げ出したか、あるいは肉の残骸となって転がっている。

 実はあれからすぐ、僕達は【感染者】達が溢れ返り始めた町の中から、なんとか一番近くの安全を確保できそうなこの学校に逃げ込んだ。

 校舎の扉は薄いアルミ製のドアだ。

 十数年以上前に取り付けられたもので、あちこち歪んでいたり、錆びたりしている。

 僕が向かい合ったあの【感染者】二体の怪力を思うと不安があったが、とりあえずは、閉められるだけでもマシといった様子だ。

 それに一階の教室の窓にも、やはり格子がかかっていたが、ほぼ全体に錆びが生じている。

 正直、ここでどれだけ立て篭もれるかは分からなかった。


「【ここな】、町の様子は? 現在の【感染者】の数はどうなってる?」


 僕は問い掛けた。


『先ほど言った通り、約15,000体の【感染者】が町の中を徘徊しています。その数は現在も増加中で、その多くは駅前に集中しています。深桜山へ向かう道にも多数確認できます』

「町の人達は?」

『まだいくらかの生存者はいるようですが、このままだと、あと三日のうちに全滅するでしょう。一部は町の外に逃げ出しました』


 【ここな】の容赦のない答えに、真綾ちゃんが再び泣き出しそうな顔でソアラの服の強く掴み、ソアラは静かに真綾ちゃんを抱き寄せた。

 やや非難するような目で見られた僕は、小さく「ごめん」と呟く。

 その間に【ここな】がタブレットと全員のスマホ上に、現在の町の三次元マップと、そこに点在する【感染者】の様子を描き出した。

 オレンジで表示されたマップのあちこちに赤い点が散りばめられている。


「間違いなく、この数じゃ、深桜山までいけない。その上、急がないと【感染者】の数はもっと増える。その……襲われた人達が……」


 その先を言うことを僕は躊躇した。

 恐らく、襲われた人間も早くて二日の内に、今、町を徘徊している【感染者】達の仲間入りを果たすだろう。

 ここには充分な食糧もなければ武器もない。

 立て篭もるにしても、長くはもたないだろう。

 結論だけ言うことにする。


「【感染者】をどうにかするしかない……」

「どうするの?」


 雪音先輩が問い掛けた。

 僕はみんなを見回してから、やがて少し言いにくそうに小さく答える。


「……殺す」

 

 殺す、という言葉がその場に重くのしかかった。

 この場においては語弊のある言葉だが、誰もそれを指摘しようとはしなかった。

 【ここな】の説明によれば、は間違いなく死んでいる。

 少なくともその人間性はもはや失われている。

 脳幹だけが、かろうじて“動いている”それを、はっきりともう死んでいると切り捨てていいのかどうか、それが本当に正しいことなのか、誰にも判断できることではなかった。

 そして、あくまでその姿は、一部を損壊していたとしても、生前の人間の姿を残している。

 人の形をしたモノなのだ。

 死んでいようが、目の前で動いているのだ。

 動いているものを死んでいると認識することは難しい。

 再び動かなくすることを、どうしても“殺す”という言い方をしてしまうのは、無理からぬことだった。

 そして、“殺す”以上、ある種の罪悪感が伴う。

 ソアラや真綾ちゃんも、あれに襲われたとき、もはや相手が人間ではないということを薄々理解し始めている。

 しかし、実際に殺すとなればそう簡単ではなかった。

 みんなが賛成も反対もしない沈黙の中、僕は俯いて、ぽつりと誰にいうでもなく、ぽつりと言う。


「実際、本当にすごい力だった。殺されるかと思った……」


 いや、喰われるかと思った、が正しい。 


「ここもずっとはもたない。このままアイツらが増えていけば、いつかあのドアは破られる。そうなったときに逃げられるところがない」


 今以上の数で周囲を囲まれるようなことになれば、どこにも逃げ場所はないだろう。


「あの数じゃとても相手にできない。みんなが生きてシェルターに行くためには、今いる【感染者】をなんとか一箇所に集め、一気に倒すしかない」


 僕がそう言ったとき、ソアラが顔を上げた。


「でも、自衛隊も今は全滅したんでしょう? あたし達だけでやれるの? それにここで待ってたら救助が来るんじゃない?」


 ソアラの不安そうな問いかけに、【ここな】が冷淡に答える。


『恐らく、救助は来ないでしょう』

『ど、どういうことなのだ?』


 ソアラも真綾ちゃんも、驚いた表情で【ここな】に向き直り、モニターの中の林檎が動揺した面持ちで問い掛ける。

 先輩はどこか分かっていたように諦観した面持ちだった。

 僕は薄く溜息をつく。実は数分前に【ここな】からその事実は聞いていた。

 【ここな】に口止めするべきだったかもしれない。

 いや、遅かれ早かれ知ることになる。隠しておく権利も僕にはないだろう。


『戦車中隊の全滅直後、東部方面隊第15師団の一部が、北の北海道へ向かいました。恐らく札幌駐屯地へ向かっているのでしょう。幾つかの無線で、北海道では感染がまだそれほど広がっていないという噂があるようです。彼らのこの行動自体、誰の命令によるものなのかは不明です』

「それって……」


 ソアラが言い切る前に、【ここな】がはっきりと告げる。


『無許可の戦線離脱です。15師団の他の部隊も、それぞれバラバラに移動していますが、そのどれもが全く命令外の行動のようです。いえ、それ以前に、二時間前からすでに自衛隊の戦術データ・リンク内のアップデートが停止しています。それだけではありません。首相官邸、各地方の自治体、警察、消防無線、国内すべてのあらゆる通信が完全に途絶しました』 

「……」

「……」

「……」


 全員が沈黙する。

 すぐにはこの事態が意味する現実を理解することができなかった。

 だが、結局はずっと押し黙って聞いていた雪音先輩がはっきりと言い放つ。


「つまり、現在、この国は無政府状態に陥ったというわけね」

『そうです。恐らく、日本だけではないでしょう。中国、ロシア、アメリカ、ドイツ、これらの国はすでに沈黙しています。地球規模で今、人類のあらゆる文明が崩壊しようとしています』


 全員が言葉もなく、呆然と【ここな】が示す通信マトリクスを示す世界地図から光の線で繋がれていたエリアがどんどん消えていく様を見つめる。

 それはさながら、文明の灯が消え、滅亡しようとしている人類の終焉を見ているようだった。

 しかし、そんなことを簡単に認められるはずがなかった。

 昨日までごく普通の毎日を過ごしてきて、今日になっていきなりそんな現実があるなど、普通、すぐには受け入れられない。

 たとえ、町中に死人が溢れ、それらが歩き回っていようとも。

 ソアラや真綾ちゃん、それに林檎が、それぞれ手にしているスマホでラジオやテレビの放送を確認する。

 文明がまだ存在する証拠を必死になって探そうとしているかのようだった。

 しかし、そのどれもが、もはや放送休止状態になっていた。

 そんな中、唐突にソアラの持っていたスマホから奇妙な電子音が流れる。

 しばらくして、僕はそれが災害発生時に流れる緊急警告放送のサインに似ていることに気付いた。

 やがてそれは、あらかじめ録音された音声に切り替わる。




『この放送は政府による国家緊急権が発動された際、自動的に流れるよう各放送メディアによって準備されたものです。国家緊急権とは、戦争や災害など国家の平和と独立を脅かす緊急事態に際して、政府が平常の統治秩序では対応できないと判断した際に、憲法秩序を一時停止し、人権保護規定を停止するなどの非常措置をとることによって秩序の回復を図る権限のことであり、現在、我が国は国家の存亡における重大な危機……』




 呆然とするソアラは、そこでスマホのラジオを切った。

 誰も何も言わなかった。

 ただ、そこにある現実を受け入れるだけで精一杯だった。

 容赦のない圧倒的な絶望が全員を襲う。

 ずっとこの瞬間が来るのは分かっていた。

 分かっていて、これまで無邪気にその時に備えてきた僕らは、いざ、その瞬間を迎えて、誰も言葉を発することができないでいた。

 泣き出す真綾ちゃんを抱き締めるソアラも、顔が強張って、明らかに震えている。

 林檎もモニターの奥で両手で顔を覆って、嗚咽を漏らしていた。

 雪音先輩だけが、相変わらず思慮深い面持ちで何かを考え込んでいる。

 僕はただ、みんなに掛ける言葉を捜していたが、何も言えずにいた。

 先輩以外の全員が、心ここにあらずと呆然とすることしかできなかったのだ。


「……」


 そんな中、僕はみんなに向き直った。


「……み、みんな……聞いてよ……」


 重苦しい沈黙の中、僕自身、恐怖と不安でいっぱいの心の奥底から、搾り出すような声で言った。

 しかし、誰も僕の方を向きはしない。

 みんながそれぞれ、失くしたものの喪失感に心がえぐられそうなほどの痛みと不安、そして恐怖に苦しんでいる。

 僕の声など聞こえなかった。

 今ここにいない家族はもう死んでいるかもしれない。

 いや、死んでいるだけならまだいい。

 もしかしたら、あのおぞましい化け物と同じモノになって、外を徘徊するかもしれないのだ。あるいはこの先、この場にいる自分達以外は、世界中の人間が化け物になっていて、自分達だけが取り残されているのかもしれない。

 自分達だってずっと安全とは限らない。

 次の瞬間には、あの化け物の仲間になっているのかもしれない。

 あの自衛隊員のように。

 とてつもない孤独と恐怖が全員を襲っていた。

 僕だってそうだ。

 今だって震えるほど怖い。

 だけど、このままだと僕らはここで死ぬんだ。

 死ぬしかなくなる。 


「……聞いてくれ」


 絶対にみんなを助けたい。

 何があっても……。


「ここで戦わないと、ここで生き残らないと、未来はないんだ……」

「教えてよ……」


 半ば僕の言葉に重ねるように、ソアラが真綾ちゃんを抱き締めながら、ぽつりと呟いた。

 やがて、ゆっくりと顔を上げた彼女の顔は、もはや涙でいっぱいになっていた。


「なんのための未来なのよ……」

「……」


 僕はすぐには答えられなかった。

 ただ漠然と生きることしか考えてこなかった僕には、彼女の問いかけに答えられるほどの言葉を持たなかった。

 生き残るために準備はしてきた。

 みんなそうだ。

 だけど、それはいったいどんな未来のためだったというのか。

 すぐに答えられない自分を心の底から恥じた。

 そんな僕を真っ直ぐに見つめて、彼女は絶叫する。


「もう何もかも終わっちゃったんだよ? 本当に何もかも……こんな世界の未来なんて何があるっていうの?」


 ずっと耐えてきた彼女が、ここに来て、完全に崩れてしまった。

 妹の前で、必死に強がって取り繕ってきた彼女が、最後の拠り所を失って、ダムが決壊したかのように止め処なく泣き崩れ、そして叫ぶ。

 世界の、自然の不条理な仕打ちを呪うかのように、彼女は叫んだ。

 何もかもが終わろうとしている世界で、完全に未来への希望が打ち砕かれた。

 終末に備えるなんて、所詮、絵空事だったのだ。

 家族を失い、友達を失い、当たり前の日常を失った世界で、化け物に怯え、ただ生きることだけを目的にした生き方が、自分達にできる自信がなかった。

 文明が完全に消えてしまった世界で、自分達はあまりにも頼りなかった。

 当たり前の日常を失った世界で、自分達はあまりにも孤独だった。

 それらに耐えて生きていく自信なんて、あるわけがなかった。

 僕らは何も持っていないつもりで、気付かないうち、始めから多くをこの世界から与えられていたのだ。

 か弱く愚かな子供の僕らは、そのすべてを失った今になって初めてその掛け替えのなさに気付いた。

 けれど、もう何もかも遅い。

 僕らはこれから残酷な世界に放り出されようとしている。

 怖くて、不安で、寂しくて、ただ小さな子のように泣きじゃくるしかなかった。

 

「な、何もないかもしれない……」


 今、絶望で壊れようとしている彼女に、あまりにも無力な自分が悔しくて、情けなくて、僕はそう呟きながら泣いた。

 それを見ていた真綾ちゃんも、モニターの向こうの林檎も、もはや泣き出している自分を隠そうともせず、みんなが滂沱の涙を流し続ける。

 ソアラは、僕から視線を逸らそうとはせず、今も同じように泣きながら僕を睨みつけるように真っ直ぐに見つめていた。

 そんな彼女の視線を真正面から受けながら、僕はある時、そっと腕で涙を拭った。

 そして、再び彼女に向き直る。


「でも……」


 絶望という重力に押し潰されそうになりながら、僕は必死に肩肘を突いて立ち上がる。そして、ゆっくりと震えて抱き合うソアラと真綾ちゃんに歩み寄った。


「それでも僕は生きたい……」

「あたしは……」


 涙で泣きはらして、少し目の周りが腫れたソアラの頬に、僕は優しく手を添えた。

 彼女は驚いて固まる。

 そんな彼女を見つめ、僕はなんの躊躇や迷いもなく、自然に口を開いた。







「キミが好きなんだ。ソアラ」







 気付かないうち、ずっと僕の中にあったその言葉を、その瞬間になって解き放つように言った。


「……」

「ずっと独りだった僕に、何度もあんな山奥まで話しかけに来てくれたキミ、面倒くさそうに僕に付き合ってくれて、服を選んでくれたキミ、大量殺人者の息子だって知った後も、変わらず僕の傍にいてくれたキミのことが……ずっと好きだった」

「……」

「キミとこれからも生きていきたい……ずっと傍にいて欲しいんだ……」

「……ア、アガナ……」


 絶望に冷え切っていたソアラの顔が、真っ赤に染まっていく。

 さっきまで流していた涙とは違う熱い涙が、彼女の頬を伝っていくのが分かった。

 いつの間にか、そんな僕らを真綾ちゃんや林檎も同じように少し顔を赤くして驚いた顔で見ている。

 そんな中、僕はさらに続けた。


「ソアラや真綾ちゃん、林檎、先輩のことも、、今はもう僕にとっては家族みたいに大事な仲間なんだ」

「……」


 一瞬にして、ソアラの顔が呆れたように目が細まった。


――あれ?


 そうかと思うと、今度はゆっくりと露骨に不機嫌な表情で目が据わっていく。

 

「だ、だから、これからも家族みたいなキミ達と……」


――お、おかしい……。ここ、感動するところですけど……。


「……」


 見る見るソアラの表情が不貞腐れていく。

 その一方で、反比例するかのように雪音先輩が苦しそうに笑い、泣き崩れていた真綾ちゃんと林檎は、居心地悪そうな顔で聞こえなかったフリをするように、どこか遠くを見ていた。

 そんな中、タブレットの中の【ここな】が、普段は無表情で朴念仁な顔に、珍しく不敵な笑みを称えて、口を開く。


『ソアラ』

「……なに」

『……ざまぁ』

「……」


 その後しばらく、「あのポンコツAIを一回殴らせなさいよ!」と叫んで僕のタブレットを掴もうとするソアラを必死で押さえ、なおかつ僕自身は遠慮なく殴られ続けることになる。

 先輩や真綾ちゃんも、今のは僕が悪いと二人とも同情もしてくれない。

 林檎でさえも「さっきのお兄ちゃんひどい」と口も利いてくれなかった。


――な、なんで!? 僕、なんで!?


 とはいえ、いつの間にか絶望しきっていた僕らの空気は、ほんの少しではあったけど、明るさを取り戻していた。

 ここに来て、朝から何も食べていなかった僕らに空腹感を思い出させるくらいには、なぜか元気も戻っていた。

 時計を見ると、もう昼の十二時を少し回ろうとしている。

 ずっと朝から走り通しだった僕らは、一斉にお腹を鳴らしてしまって、みんなが苦笑した。

 呆れた話だが、人類滅亡という現実に打ちのめされ、絶望に打ちひしがれても、僕らは当たり前にお腹が空く。

 一方で滅亡という現実に絶望し、さらに一方では、それでも身体の方は変わらず生きようとしている現実がある。

 そのことが、僕らにいくらかの希望を持たせてくれたのだ。

 なぜかは分からない。

 ただ、何の為に生きるべきか、なんていう問い掛けをひどくバカバカしいものに思わせてくれるのには充分だった。

 そんな中、林檎の提案でドローンを二機ほど一度シェルターに戻すことにする。

 地下貯蔵庫から瓶詰め食糧や買い置きしていたバゲットを引っ張り出し、温め直してドローンに乗せてくれた。

 それを【ここな】が操作して僕らが立て篭もっている学校の屋上まで運んでくれたのだ。

 僕らは、太陽がほぼ真上に昇る頃、屋上に昇ってそれらを受け取り、四人で一旦、昼食にありつくことにする。


「とにかく、この先のことを考えるにしても、まずはこの状況をなんとかしないといけないわね」

「……うん」


 屋上の手すりにもたれかかり、瓶の中で湯気を立たせたビーフシチューを食べながら、町の様子を眺めていた僕の隣に、寄り添うようにソアラが立つ。

 見ると、先ほど教室から眺めていた時よりも、町中を徘徊している【感染者】の数が増え、黒々としたはっきり腐乱死体と分かるものの中で、まだ少し死んで間もないような死体まで増えていることに気付く。

 恐らく【感染者】に喰われた人間が、新たな【感染者】として加わり始めているのだろう。

 【ここな】の話によれば、感染して最長二日の潜伏期間の後に発症し、その後24時間以内に死亡するとのことだが、【転化】という現象が発生するのは、記録上、最短で7分だったという。

 ということは、この町に入り込む前に襲われた二、三日前の感染者達も、こうしている間に外部から入り込んでいるかもしれないということだ。

 数時間前まで約15,000体だったというが、果たして今、どれくらいいるのだろう……。

 考えるだけで寒気がした。


「ねえ……」


 そんな時、不意にソアラが肩を寄せて、僕の肩とぶつかるようにくっつけてきた。

 そしてそっと僕の耳元に口を寄せる。

 

「ん?」

「そんなにあたしに傍にいて欲しいの?」


 微かな吐息と共に、彼女の妙に艶のある囁き声が、耳にこそばゆかった。


「いや、それは……」

「なに?」

「……い、いて欲しい……」

「どうして?」


 ソアラが少し顔を赤染めながらも、僕の顔を覗きこむように、真っ直ぐに問い掛けてきた。


「さ、さっき言ったでしょ」


 今になって恥ずかしくなった僕は、彼女と同じように少し顔が熱くなってくるのを感じながら言う。


「もう一度言って」

「それは……」

『そこまでです。近すぎです。二人とも離れてください』


 突然、僕とソアラの間に壁のようにタブレットが差し込まれた。

 真綾ちゃんが、少し申し訳なさそうな苦笑を浮かべながら、タブレットを持っている。

 その中で、食事を終えた林檎が買い置きのポテチ(うすしお)を齧り、さらに【ここな】がCGの中で同じように一緒にポテチ(コンソメ)を齧りながら二人で僕らを不愉快そうに睨んでいた。

 

――そこそこ寛いでますね……。


 僕の内心など聞こえていない二人は、そのままお説教を始める。

 

『二人とも状況が分かっていないようですね』

『そ、そうなのである。お兄ちゃん、真面目にやって!』

『いいですか? あなた達は生き残った人間としてこの局面を乗り切らなければいけないのです。のん気にラブコメなんてしている場合ではないのです』

『お兄ちゃんにラブコメはまだ早いよ! ていうか、もっと義妹を可愛がるべき! むしろ生涯童貞であるべき!』


 若干、林檎はなぜか涙目だ。僕も泣いていいですか?


「ちょ、ちょっと林檎まで! あたし達、別にそんなんじゃ……」

「そ、そうだぞ……。今だって真面目にどうしようか考えて……」

『いいえ、分かっていません。二人ともそこに正座してください』


 なぜか、僕とソアラは二人並んで正座させられ、少し困ったように苦笑を浮かべる真綾ちゃんが持つタブレットを前に、お説教をしばらく受け続けた。

 そんな僕らを相変わらず雪音先輩がにこにこと見ている。

 ようやくお説教から解放された頃、僕らはお互いぐったりと屋上の手すりにもたれかかっていた。

 真綾ちゃんもいつまでもタブレット持ってじっとしているのに、いいかげん疲れていたらしく、お説教が終わった途端にほっとしたように雪音先輩の傍で食事に戻った。


「あ~~、疲れた~~。まさか、こんな状況でこんな疲れ方するなんて思わなかった……」

「うん……」

「シャワー浴びたい……」


 ソアラがうんざりしたように呟いた。


「シェルターに帰ったら、好きなだけ浴びれるよ」

「そうね」


 不意に、彼女は遠い目で学校の外を見据えた。

 死人達で溢れる外の世界だ。


「帰るには、アレを全部殺さないとダメなのよね……」

「……」

「殺さないと……あたし達が殺されるんだよね」

「……うん」


 深桜山の周りには間に合わせの鉄柵はあったが、正直、あれが大挙してやってきたら破られるかもしれない。

 いや、きっとあの怪力だ。破られてしまうだろう。

 ここでアルミ製ドアが破られるまで篭城するにしても、決死の覚悟でシェルターに戻るにしても、どのみち、いつかはアレと戦わなければならなくなるのは目に見えていた。

 そのことをソアラや真綾ちゃん、それに先輩も、もう理解し始めていた。

 アレは、ただひたすら自分達を喰うためにやってくる。

 どこまでも。

 これまで得られた情報について考えても、もう救助はやってこないだろう。

 だから、今は自分達で戦わなければならない。

 生き残るために。

 しかし……。

 自衛隊の戦車中隊の砲撃すら無意味で、屈強な隊員達すら、成す術なく喰われてしまった。

 彼らの大半は、僕らを見捨てて逃げ出した。

 僕らがいったいどうやって戦える? 

 15,000体の化け物は、こうしている間にも増え続けている。

 いずれ僕らも囲まれてしまうだろう。

 いったい、今の僕らに何ができるというのか。

 答えのない難問が、僕らを虚無へと導く。


「はぁ、ゲームだったら簡単にやっつけられるのにね……」


 不意に、ソアラがやるせなさそうに呟いた。

 僕はそれをただ溜息と共に、静かに受け流す。

 確かにゲームなら、こんな敵などデスゾアラなら、簡単に屠ってくれるだろう。

 ゲームなら……。


――!?


 その時、僕の中で何か奇妙な引っかかりを覚えた。

 そう。ゲームなら、ゲームの世界なら、僕らにだって戦いようがある。

 今まで、終末に備えていろんな準備をしてきた。

 その中で、時々、ふざけてゲームで遊んだりもしてきた。

 『モンスターストライカー』、『コールオブダーティー』に『モリオカート』、そして合宿でもみんなでやった、やたら難易度の高かった【ここな】の『ココナコネクトサバイバー』だ。

 時々、『色鬼』で約一名ビクビクしながら遊んだこともあった。

 みんなで大はしゃぎしながら、いろんなゲームをやってきた。

 いつだって僕らはゲームを通して仲間としての絆を深めてきたんだ。

 そして【シェルクラフター】を使って、本物の終末に備えるシェルターを造った。

 巨大なバーベキューコンロを作って、みんなで備蓄食糧を作ってきた。

 畑や水路を作って環境を充実させた。

 それが僕らの戦い方だったのだ。


――考えてみれば、【シェルクラフター】こそ僕らの武器じゃないか!?


 僕らの無限の想像力で、無限に様々な物を作り出し、実体化していくことを可能とする【クァンタムセオリー】、そしてそれを【シェルクラフター】というゲームを媒体としてイメージを膨らませていく。

 この想像力こそ僕らの武器だったじゃないか。

 だったら、その武器を使って、僕らなりの戦い方をすればいい。


「【ここな】! 障害テストができることを仮定として、深桜山以外で【クァンタムセオリー】が発動できる限界領域は?」


 僕は唐突に、タブレットを通して【ここな】と先輩と林檎、真綾ちゃんの四人が話している間に割り込んで、半ば大声で問い掛けた。

 すると、四人が一瞬、驚いたように沈黙するものの、次の瞬間には【ここな】があっさりと答える。


『およそ、この町全域が限界領域となります。ただし、お分かりでしょうが、物理障害テストがパスできなければ、発動は不可能です』

「僕のタブレットから【クァンタムセオリー】を遠隔操作できる?」

『可能です』

「よし、いいぞ」

「アガナ、どうしたの?」

「ちょっと待って」


 ソアラが不思議そうに僕を見ている。

 僕はそれを制して話を進めた。


「【ここな】、今の町全体のマップをタブレット上に表示させて」


 そう言うや否や、タブレット上に現在の深桜町の様子が、ドローンの映像を通じてリアルタイムで表示される。

 僕はそれをあちこちに見つめ、時に映像を拡大させて考え込む。

 そんな僕を呆気に取られてみんなが見つめていた。

 そんな中、もう一度【ここな】に問い掛ける。


「この町で約20,000人の人間を収容できる広さの施設は?」


 その問い掛けにも【ここな】は間髪入れずに答える。


『五年前、プロ野球再編問題で閉鎖された深桜球場があります。閉鎖はされていますが、いまだ解体後の処理が決まっておらず、施設の大半はそのまま残されている状態です。収容人数は、スタンド約9,500平方メートルで約30,000人です』


 モニター上に現在の深桜球場が三次元CGで描かれる。

 この球場は僕もよく知っていた。

 駅の反対側にある今は使われていない古い球場だ。

 場所は問題ない。

 いや、むしろ、理想的だ。

 あとは幾つかの材料さえ揃えばいい。

 そして、その幾つかを三次元マップの中で見つけることができた。

 そのうちの一つが、すでに【感染者】達が通り抜けたあとの陸上自衛隊戦車中隊だ。


「……」

 

 僕は再び、【ここな】に向き直る。


「仮に、中を吹き抜けの空洞にして、螺旋状のスロープをつけた建物にしたとして、40メートル四方の10階建てくらいの高さなら無理やり2万人を収容できるかな」

『どの程度の空洞にするかによります』

「アガナ君、いったい、何を考えているのか、そろそろ教えてくれない?」


 ずっと黙っていた雪音先輩が、とうとうゆっくりと口を開く。

 その問い掛けに、僕はようやくみんなに向き直った。


「トラップタワーだよ」

「トラップタワー?」


 ソアラが訝しげに聞き返す。


「そう、トラップタワーだ。みんなでトラップタワーを作るんだ」


 僕はもう一度そう言った。


「トラップタワーってあのトラップタワー? 【マイクラフト】でモンスターをわざと沸かせて処理するあのトラップタワー?」


 半ば呆れたようにソアラは手すりに背中を預け、僕を見つめていた。

 雪音先輩は僕の思いつきが可笑しかったのか、くすりと笑う。

 真綾ちゃんだけが不思議そうに、ソアラの肩を軽く突いた。


「お、お姉ちゃん、トラップタワーって……なに?」


 その問い掛けに、ソアラは少し悩みながら答える。

 彼女も何度か【マイクラフト】で遊んだことはあるらしいが、トラップタワーなんて作るほどやりこんではいなかったらしい。

 この人は元々、銃を撃ちまくるタイプのゲームが好きだ……。


「えっと……簡単に言うと【マイクラフト】っていうゲームの用語で、モンスターをわざと建物内で発生させて、発生した瞬間に罠を発動させてやっつける仕組みの建物のことよ。建物自体がモンスターを倒してアイテムを回収する為のトラップになっているの」


 そう。通常、【マイクラフト】というゲームは、ゲーム中にある木や土や石など、ありとあらゆる資源を活用して、積み木のように積み上げて、想像力の働くままにいろんな好きなものを作ることができるゲームだ。

 砂場でお城を作るような感覚で遊べることから、サンドボックスゲームなんて呼ばれることもある。

 その【マイクラフト】の世界で、そこで得られる資源の内、幾つかのアイテムはモンスターを倒さなければ手に入らないものもある。

 しかし、いちいち世界中を歩き回ってモンスターを探していては面倒なので、モンスターが発生する環境をわざと効率よく作り出し、発生した瞬間に落とし穴に落としたり、水流で押し流して水没させたり、あるいは、発生したモンスターをやっぱり水流で一定方向に流して集め、まとめて灼熱の溶岩で焼き殺したりする。

 一連のこうした仕組みを、一つの建物の中でほぼ全自動で稼動するように作ったものを一般にトラップタワーと呼んでいる。

 たいていの場合、まずはモンスターが発生しやすい暗闇に閉ざされた空間を作る。これが沸き層と呼ばれ、そこで発生したモンスターを前述の通り、自動的にやっつける仕掛けを作った層を処理層と呼ぶ。

 普通、その後、アイテムだけを回収できるように回収層なんかも作ったりするが、今回はそんなものはいらない。

 ただ、殺す仕掛けだけあれば充分だ。


「先輩、タブレット持ってる?」

「あるわ」

「ソアラや真綾ちゃんは?」

「あたしは持ってる」

「あ、あたしも……」


 最悪、スマホでも【シェルクラフター】は動かせるんだけど、みんな、こんな非常時でもタブレットとか持って出てきてるんだな……。

 僕が言えた話ではないが、さすが、我らがゲームサークル……。

 例え、人類滅亡の日でもゲームやってたいんだな……。

 なんて思ってみたものの、むしろ、このことはとても都合がよかった。

 スマホよりはタブレットの方が作業しやすい。

 林檎も持っているようだが、なんなら、林檎はシェルターに置きっぱなしにしているプレイディストーション4でやってくれてもいい。


「ねえ、つまりこういうこと? 閉鎖された深桜球場に【シェルクラフター】で約20,000人収容できるトラップタワーを作って、そこに町中の死体の化け物を集めて、一気にやっつけるっていうの?」


 こいつ正気かとばかりにみんなが、ぽかーんと僕を見つめている中、ソアラが代表して小さく手を上げて問い掛けた。

 僕は、それにはっきりと頷いて答える。







「そうだ。今度は僕らが仕掛ける。【シェルクラフター】を使って、本物のトラップタワーを作るんだ」










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武装要塞ゲームサークル(仮) 佐倉ホロ @lavy

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