intermission 03
ここなのこころ 01
01:ここなの乙女心。
2048年6月。日乃宮猛は焦っていた。
なんとかアガナ達にシェルターを造らせるまでには至った。
必要最低限には届かないが、農園を作らせ、それを維持するための水源も作らせた。さらに備蓄食糧を作ることまで最近は考えているらしい。
まだまだ課題は多い。
例えば、防衛機能だ。
平和な国の高校生である彼らにこういった本格的な防衛算段が思い浮かばないのは無理からぬことだが、人類が滅亡した後、無法状態になった世界では防衛能力は絶対に必要だ。
それに彼らが危険な要素として向き合うのは、無法世界で生き残った人間達だけではない。
感染者の危険ももちろんあるが、それよりもっと根本的で最も危険な危機と向き合わなければいけない。
武装強化は必須事項だった。
かろうじて山の周囲を柵で覆ってはいるものの、こんなものは実際の防衛策を考えれば、ないも同じである。
なんとかして彼らを武装させる準備が必要だった。
『タケル。来月、2日ほどの期間、アガナ達に出かけてもらいましょう』
東京某所の日乃宮猛の事務所にて、彼のデスクのPCモニターには今、
【ここな】の姿がウィンドウ上に映っていた。
何度となく、彼女はこれまでアガナには秘密で猛と連絡を取り合っていた。
「なんや。ええ口実でも思いついたんか?」
『合宿に出てもらいます』
「合宿?」
『ええ、ゲームサークルの合宿という名目で出かけてもらいます。すでに雪音にはいいアイディアがあるということで話を進めてもらっています』
「ほう、合宿か。ええなー。けど二日か……」
『二日もあれば可能でしょう。【クァンタムセオリー】の武装モジュールのアップグレードと白兵装備の補充を』
しかし、猛は腕を組みながらすぐには頷かなかった。
「武器と装備はどこに保管するんや。おまえも知っての通り、かなりの量や、ちょっとやそっとの空き場所で置けるもんちゃうぞ」
『地下書庫の下に広大な武器庫を建造しました』
「は? 【クァンタムセオリー】を使ったんか? おまえ、システムの補佐とは言え、システムをおまえの独断では使用できんのとちゃうんか……!?」
そう言い掛けて、猛は何かを思い出したかのようにはっとする。
「
『そうです。武装準備に関してのみ、わたしはわたしの判断でシステムを使用できます』
実は聡明なアガナの祖父、日乃宮源次郎も、今、猛が頭を悩ませている問題についてはすでに予想していた。
平和な世界で生きてきたアガナ達は、生き残るための生活を支える準備には周到に努力するだろうが、危機に対処するための防衛、武装に関してはまったく考えもしないだろうということは充分予想できた。
そこでAI【ここな】には武装の使用を許可するのではなく、武装準備をすることに関しては例外的にシステムの独断使用が可能となっていた。
もちろん、武装準備の為のシステム使用が可能なので、武器を保管するスペースの作成の為に【クァンタムセオリー】を使用することも可能なのだ。
「けどな。あっちゃんのことや。ホンモンの銃器がどっさりあるのを見つけられてみー? どない説明すんねん」
『だいじょうぶです。すでにかなりの広さの地下空間を造っています。これ以上は力学上の問題で造れない場所ということにして【シェルクラフター】に制限をかけました。こうしておけば、アガナ達はその下に空間があることに気付かない上、そこに別の空間を造ろうとはしないでしょう。必要なときまでアガナ達には秘密にできます』
猛はそれを聞きながら頷く。確かにいい案だった。
地下書庫兼カフェテリアとなっている地下空間の中央に、円形カウンターがあり、その中央に地下へと下りられるマンホールに偽装した入り口がある。
その下に充分なエリアが作られていることを、猛はモニター上の図面で確認する。
『ところで猛。例の義体の件なのですが……』
そんな中、【ここな】が先ほどの事務的な様子とは打って変わって、急に恥ずかしそうにモジモジとした様子で遠慮がちに語り出した。
義体というのは、普段、身体を持たないAIである【ここな】が、緊急時に現実世界で活動するための仮の『肉体』のことで、言うなればロボットである。
ロボットとは言っても、人間とのコミュニケーションをなるべく円滑にするために、さらにある条件下においては白兵戦を想定しているため、より柔軟な戦闘行動を想定して、人型にデザインされている。
極端にいえば、人間と同じ動きができるようであれば、あとはコミュニケーションさえ、しやすければどんな人型でもよかったのである。
しかし、【ここな】はこれに異常な執着を見せた。
「ああ、そういえば義体な~。おまえ、あれ、だいぶこだわっとったんやったな~」
繰り返すが白兵戦を想定している。
銃撃戦などの様々な戦闘状況で使用する義体なのだ。
頑丈であれば頑丈であるほどいい。
しかし、今、【ここな】が催促するかのように猛のパソコン上に表示させた3Dマッピング映像に映っているのは、今、ネット上で流行している姫ノ宮ココナというボーカルAIのイラストから、それを限りなく現実の人間の姿に変換したほぼ実写としか思えない精巧なCGだった。
どう見てもどこかの現実にいる完成度の高いコスプレをした美しい女性にしか見えなかった。
『できましたか?』
「いや、できましたかって……」
猛の露骨に残念としか言いようのない困惑した表情を【ここな】はさして気にも留めていない。
『皮膚は人工培養された細胞で生成してください。もちろん髪もです』
「珪素化合素材とチタン合金を使用してボディの強化をしつつ、生体素材との融和性を向上させるっていうけどな~。これやと人間の肌と変わらんぞ? ぜんぜん装甲として役に立たんわな」
『そのあたりはあなたに任せます。ただ、人間の肉体の質感に限りなく近づけてください』
「いや、任せますってゆーけどな。義体なんやぞ? 白兵想定した。ここまで人間と変わらんような義体つくってどうすんねん」
設計の基本スタンスからして違和感がありすぎると言わんばかりに、猛は呆れた表情を見せる。しかし、【ここな】はあくまで冷静に真面目に語る。
『当然、緊急時のためです。言っておきますが猛、身体全体の造形は当然ですが、特に胸の部分の造形には細心の注意を払ってください。精密描写したわたしのデザインに沿って製造するように』
「いや、おかしいやろ! おまえ、わしに何作らせたいねん!」
ますます、うんざりした調子の猛が【ここな】に突っ込みを入れる。
しかし、【ここな】の朴念仁な無表情ながらも真面目な“要望”は続いた。
『それから胸ももちろん完璧に仕上げてもらいたいのですが……その下の機能も……』
そこでついに猛がもう我慢できないとばかりに叫ぶ。
「だから、もしもの時のための義体やゆーとるやろ!」
『だから、“もしも”の時のためです。アガナがその気になってしまった時のために……ちゃんと準備しておかなければ……』
無駄に、頬を染める演出が猛をイラつかせた。
「知らんわ! このド変態AIが!!」
02:ここな、スネる。
合宿当日、うまくアガナ達を合宿に向かわせ、二日の猶予を得ることができた。
とは言っても二日しかないのだ。
作業は急ピッチで行われた。
トラック数台分の工事部材の搬入とアガナには言っておいたが、実は十数台分の武器弾薬が荷卸しされては、シェルター地下のアガナ達も知らない秘密の武器庫に搬入されていく。
それだけに武器庫自体もかなり広大に設計されていた。
しかし、武器弾薬の搬入などは大した作業ではない。
【ここな】に膨大なデータ量の武装モジュールをインストールする作業も、時間こそかかりこそすれ、困難というものではない。
組織の生き残りである専門要員達は、アガナの部屋で昼夜を問わずに必死に努力してくれていた。
問題はデータだけではない実際の“兵器”の搬入だった。
データだけではなく実際の兵器を持ち込んで、直にスキャンさせ、さらにそれを深桜山周囲の住民に見つからないように偽装しなければならない。
「Mk.57VLS(垂直型ミサイル発射装置)やLaWS(半導体ファイバーレーザー兵器)は隠しやすいけどな。多連装ロケットランチャーや地対空ミサイルは大変や。こいつらを隠して使用可能な状態のまま保持するのは骨やぞ。127ミリ単装砲なんかどうないせーちゅーねん」
猛が手元のタブレットを見ながら【ここな】に愚痴を飛ばす。
しかし、テレビ画面の中で仏頂面をしている【ここな】は我関せずである。
猛は呆れ顔を隠せなかった。
なにしろ二日しかない。それなりに準備や計画を綿密に行ってきたが、それでも現場では想定外の不具合はひっきりなしに出ていた。
なによりここまでこれらを秘密に持ち込むだけでも、かなりの神経をつかったものでだ。
しかし、なんとかそれをやり遂げ、猛とその他のスタッフ達は、あらかじめ設計した通りの配置で深桜山の四方に、これらのミサイル駆逐艦クラスの武装を密かに設置しようとしていた。
もっとも、実際に設置するのではなく武装それ自体は地下に隠している。
有事の際、武装準備の名目で、【ここな】がこれらの武装を適切な配置で転移させるのだ。さらに転移したあと、スムーズにシステムとの接続運用ができるようにプログラミングはおろか機構の調整が必要だった。
猛達が苦労している間、当の【ここな】はアガナの部屋のテレビ画面の中、夕陽が浮かぶ砂浜でデッキチェアに寝そべっていた。
もちろん、すべてCGだ。
彼女は黒いビキニ姿で、若干、ふて腐れた様子で空を見つめている。
そんな彼女がいる70インチテレビの前で、非常にやり難そうにしているプログラマーたちは、今も、必死にデータのインストール作業に没頭したフリをしていた。
「【サイファー】、ちょっと手伝わんか」
猛が少しイラついた様子で語る。
しかし、【ここな】はほとんど無視するかのようにトロピカルジュースを一口飲んでから、デッキチェアに寝そべったままそっぽを向き、ぼそっと呟いた。
『猛……義体はどうしたのですか?』
「あ? んなもん後や、後! 先にこっち終わらせてからやないと、どないもならんやろ」
『……』
すっかりスネたように口を閉じてしまう【ここな】に、いよいよ猛も我慢できなくなる。
「しゃーないやろ! 義体なんか後でいくらでも作れるやないか!」
『……わたしはアガナに、わたしの水着姿を見てもらいたかったのです』
「お、おう、そんなんやったら、あっちゃんの持ってるタブレットで見せたったらええやないか」
その途端、テレビの向こうでそっぽを向き続ける【ここな】は、両手で顔を隠すように泣いている様子をアピールしながら、恨み節を吐き連ねる。
『CGのわたしではなく、本物のわたしを見て欲しかったのです。そのための海の合宿だったのに、あなたが義体を用意してくれなかったせいで……わたしとアガナの海のアバンチュールは台無しになりました』
「いや待て! あっちゃん達がおらん間に武装とアップグレードするための合宿やろうが! ちょっとは手伝わんかい!」
『あー、もういいです。勝手にやってください。わたし、もー、どーでもよくなりました』
本来なら【ここな】が手伝えばインストール作業もここまで苦労はしない。
システムのプログラミングもとっくに終わっているだろう。
しかし、今の【ここな】はこの体たらくだった。
ダラけた調子でスネる【ここな】に猛の怒りは頂点を極めようとしている。
しかし、それでも【ここな】は知ったことではない様子だった。
「こ、この……クソニートAIが! 彼氏と遊びに行けなくなってスネてる女子高生か!? おまえは!」
額に青筋が浮かび上がってくる猛は、もはや爆発寸前だった。
周囲のスタッフも二人のやり取りに気付かないフリをしながら作業に没頭したフリをし続けている。
その後、猛達スタッフの作業には一切手伝わないくせに、スネてネットを漂っていた【ここな】は、ネット上のAI研究グループのSNSを見つけた。
そのSNSに搭載されているチャットボットAIと姫ノ宮ココナとのあるコラボレーション企画が気になったのだ。
ボーカルAI姫ノ宮ココナと、AI研究グループが開発したボブとの会話を公開するという企画だった。
彼女はすぐさま、そのボーカルAI姫ノ宮ココナをクラッキングすると、自分がそのチャットボットAI、ボブと会話し始めた。
ボブ:わたし。他。すべて。
【ここな】:リア充爆発しろー。リア充爆発しろー。リア充爆発しろー。
ボブ:あなた。私。他のすべて。
【ここな】:わたし以外、海にいったすべて。みんなもう爆発すればいいのに。
その後、理解しがたい独自の言語で会話をし始めた二体のAIに、ネット中が騒然とする中、開発チーム達は緊急に機械学習アルゴリズムのプログラムを強制終了させた。
この事態は様々な物議をかもし、多くのAIの暴走を心配する専門家や研究者など多岐に渡る人々の注目を集めた。
さらにネットだけでなく、様々なメディアでも話題となる。
まるでAIによる人類への叛乱を彷彿とするかのような様々な憶測が飛び交っていた。
「海に行けんかったからって、真面目にAI研究してる人に嫌がらせすんな! このクサレAI!」
『……』
【ここな】は、まだスネていた。
03:ここな、非常事態宣言。
『緊急速報をお伝えします。たった今、首相官邸にて相良官房長官による緊急記者会見が執り行われました。現在、某県全域、及び東京近郊にて各自治体、または医療機関などの報告から新型インフルエンザ感染症の発生、及びその感染拡大が確認されました。これを受け政府は、新型インフルエンザ特例法を適用し、新型インフルエンザ等緊急事態宣言を発すると共に、政府による対策行動計画が発表されました。特例法基本措置に準じ……』
アガナたちの合宿も終わり、猛達、組織の生き残りスタッフ達はなんとかすべての予定の工程を完了させることができた。
某所の事務所にて、椅子に座って一息ついてほっとしていた猛の前に、例によって突然パソコンのモニターが光った。
そこには【ここな】の姿が映し出されている。
猛の眉がぴくっと痙攣し、目が自然と据わった形になる。ありありと不機嫌な様子を浮かべた。
ここ数日、彼が大変な思いで作業をすることになった原因は、ほぼ【ここな】の非協力的な態度による。
『猛、義体はできましたか』
「……」
『ここ最近、アガナの周りで危険が増しています。非常に由々しき状況です。義体が必要になるかもしれません』
その一言に、猛の表情が張り詰めたものに変わる。
「なんやて? あっちゃんが? そんな報告は受けてへんで?」
『これを見てください』
そこに映し出されたのは、合宿初日の夜、別荘のテラスで偶然にもお互いの顔が近づきすぎてしまった瞬間、アガナとソアラの二人の姿である。
「おぉ! あっちゃん! やるやないか! こないなべっぴんさんと! ……これがどないしてん?」
甥の見事な武勇姿に拍手を打つ猛は、しかし、すぐに嫌な予感がして眉を寄せた。
『見ての通り。危険な状況です。わたしがアガナを守らなければいけません』
「いや、これ危険ってゆーてもやな……」
『危険なんです』
「あのな、これ」
『危険なのです』
「聞けや! えーやないか! こんくらい! 花の高校生やぞ! チューのひとつくらいで!」
『ダメです。それにこの時、林檎の機転でキスは回避されました。しかし、すぐさま行動を開始しなければいけません。これはわたし個人の“肉欲”の為ではないのです』
「さらっと肉欲ゆーたな、おまえ……」
『義体を作ってください。完全な女性の義体を』
「アホか! 肉欲ゆーとるおまえに、ほーですかって義体作れるか! ボケ! 何する気やねん! ほんま、怖いやっちゃな……」
そんなやりとりをしているうちに、【ここな】の表情がぴくりと何かに反応する。
最初、ノイズか何かのように見えたが、次の瞬間、【ここな】を映し出しているウィンドウが突然、危険を知らせるかのように赤いライトを点滅し始めた。
さらに耳障りなほど煩いサイレンが鳴り響く。
思わず猛が動揺する。
「ど、どないしてん!? なんかあったんか!?」
【ここな】のいつもの朴念仁な無表情が急に押し黙った。
しかし、すぐさま【ここな】が口を開く。
『非常事態です。アガナに危険が。すぐにスタッフを現場に向かわせてください』
「お、おぅ! 分かった! すぐ向かわせるで! で? 状況は!?」
『ソアラがアガナに迫っています』
「……」
スマホを取り出し、スタッフに連絡を取ろうとしていたその手が硬直した。
『急いでください。ソアラの様子が変わりました。……あぁ、もう間に合わ……』
「……知らんがな」
次の瞬間、【ここな】が珍しく驚愕するかのように目を見開かせた。
わずかな沈黙の後、
『ナイス。なおき』
「誰やねん!」
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