#15:仮想戦闘訓練

 翌朝、僕らは午前中また砂浜で一泳ぎして遊んだあと、再び【ここな】の提案で昼食を挟んで昨日のゲームの続きをする。今度は空調の効いたリビングですることにした。

 しかし、やはりこのゲームは難しかった。僕らはいまだに制限時間三日のこのゲームで、一日として生き延びることができないでいたのだ。

 すでに何十回とゲームオーバーになっていた。原因は一人でも死んだらゲームオーバーなのに、一回でもダメージを受けたらそれで死亡扱いというこの厳しさにある。

 リーパーは足が速い。見つかればわずかな時間で追いつかれてしまう。なのに武器になるものはあっても、たいてい大した攻撃力はなかった。

 自然、僕らはとにかく隠れて進み戦闘は避けるようになるが、そうしている間に周囲はリーパーだらけになって囲まれてしまうようになるのだ。

 しかし、ここに来て、だんだん分かってきたこともある。

 まず、リーパーは音や動くものに反応する。それが人間かどうかではなく、とにかく視覚と聴覚に作用する刺激に敏感だということだ。

 そして、彼らは確かに走ると速い。けれど、どういうわけか、それは持続するものではないことが分かった。

 しばらく走り続けたリーパーは、必ずいずれ走る速度が落ち、最後にはほとんど歩くよりも遅い速度で移動するようになる。

 場合によっては動けなくなるものまでいた。さらにすべてのリーパーが最初、速く走れるわけではないことも分かった。

 彼らのうちに、いくつかの個体は、もともと早く動けないものもいる。すべてが全力疾走してくるわけではなかった。

 これらの理解から、僕らの動きも徐々に洗練されてくる。


「最悪、戦うなら武器はバールくぎ抜きが一番使い勝手がいいかも」


 ソアラが近くの民家で見つけた武器での戦闘で、その取り回しの良さと頑丈さ、適度な重量から来る破壊力で気に入ったようだ。実は初期に見つけたホウキ以外にも様々な武器になりそうなものを見つけてはいた。

 単なる鉄の棒や、ありがちなバット、刃物など。

 しかし、鉄の棒は軽すぎて大した攻撃力もなくすぐ曲がるし、バットはそこそこの打撃能力があり、重さもあって良さそうだが耐久力がなく、二、三体のリーパーを倒すとすぐ使い物にならなくなった。


「このゲームって『モンスト』みたいに部位破壊できるみたいね。頭をうまく破壊できれば一撃で倒せるようだけど」

「でも、正面からだとそれが難しいですよね」

「そうね。うまくリーパーを引きつけて、後ろに回ってからじゃないと……」

「我の見つけた肉切り包丁エクスカリバーもすぐに刃こぼれして長くは使えないし、第一、近づいただけでやられてしまうのだ……」


 ソアラはよくFPS(プレイヤー視点のシューティングゲーム)の『コールオブダーティ』でもヘッドショットに拘っていたが、それをこのゲームでやろうとするのは非常に難しいことだった。

 近接戦闘で一撃で狙った場所を狙い通りに、最適のダメージを与えるのは本当に難しい。

 相手もこちらに掴みかかろうとしているので、それを近距離で避けながら攻撃しないといけない。そして踏み込みが浅いと有効なダメージになりにくい。やはり簡単なことではなかった。

 なので効率よく倒そうと思えば、まず相手の動きを封じる必要がある。足を狙うのが一番いい選択肢だった。足を攻撃されるとリーパーは一定時間動けなくなる。

 その間に好きな場所を攻撃できるわけだ。けれど、これもやはり足をうまく狙って攻撃できなければ意味がない。どちらにしても技術とセンスが必要だった。

 さらにもたもたしていると他のリーパーに囲まれてしまう。こちらは一撃でも喰らえば即ゲームオーバーなのだ。

 結局、戦闘は可能な限り避けるのが最良という結論になる。

 そんな中、最大の発見もあった。先ほど言った通り、リーパーはとにかく音と動きのあるものに反応する。だから、昨日のように小石を投げれば、とにかくそちらに向かって突進していくのだ。

 なら、公園のような広い場所でオーディオコンポを大音量にして流せば、そちらに向かって大勢のリーパーが集まってくる。それだけですでに充分な武器と言えるのだが、ここに来て真綾ちゃんが凄まじい武器を作ってしまった。


「お姉ちゃん、あたし……学校でアルコールランプを拾ったんだけど……」

「ふーん、そんなものまでアイテムとして拾えるのね」

「う、うん……それでね。一緒に見つけた三角フラスコで……こんなものできた……」


 見ると、それは三角フラスコ内にアルコールランプの燃料をいっぱいに入れ、さらに先にハンカチを詰めてマッチでそれを燃やしたもの、つまり火炎瓶である。


(お、おぉぉ、その発想はなかった……)


 僕もソアラも、そして林檎もドン引きしていた。雪音先輩だけは感心したように微笑んでいる。アルコールランプ自体は、最近の学校ではほとんど使われていないが、まだ化学準備室に残っているものが幾つかある場合や、純粋な化学薬品としてアルコールのみが化学部などの部室や保健室、実験室にある場合があった。

 それらのアイテムをそのまま使うのではなく、複数組み合わせてさらに強力な武器を作ってしまったのである。

 ここにきて、なんという発想力か。単純な造りだが、その威力は凄まじい。一説によると、火炎瓶は使用する燃料によっては鉄をも溶かす高温を発するらしい。

 今回、真綾ちゃんはアルコールで作った火炎瓶と校内にあった車から取り出したガソリンで作った火炎瓶の二種類作っていた。


「あー……うん、えっと……じゃあ、そこの集団に向けて投げてみる……?」


 ソアラが、自分の妹の意外な才能と発見に呆気に取られながら、なんとなく、今、オーディオコンポの音に集まっていた五体ほどの集団を指差す。


「分かった……えい」


 真綾ちゃんが、なんとなく力の入らない気の抜けたような棒読みの掛け声と共に、火炎瓶となった三角フラスコを投げた。

 ところが、真綾ちゃんはあんまり体育は得意ではなかったのか、リーパーの集団のいる中央ではなく、少しそれた地面に落ちてしまった。飛距離も少し足りない。

 割れた瓶から投げ出された燃料に炎が引火し、そこら一帯を激しい炎が嘗め回していくが、ほとんどのリーパーは、その範囲にはいなかった。

 ごく一部、飛び散った燃料がかろうじてかかったリーパーに炎が絡み付いていく。


「あぁ……」


 ソアラが残念そうな呟きを漏らす。ところが、次の瞬間、驚くべき現象が起こった。オーディコンポに集まっていたリーパーが、瓶が割れた音と火の動きに反応して燃え盛る炎の中に飛び込んでいったのだ。すぐさま蒸発する前のアルコールと共に炎が彼らの身体を焼き尽くしていく。


「お、おぉぉぉ!? なんか燃え盛っとる!?」

「自分から焼かれに行ってるの!?」

「なんという残念な脳筋……」

「うふふ、飛んで火にいる夏の虫ね」


 リーパー達は、そこに何があろうとも、とにかく音や動きのあるものに反応して飛びついていくのだ。

 これは一時的とはいえ、強靭な身体能力を持つリーパーが、反面、知性としては昆虫並みにまで退化していることが窺えた。

 そんな反射的行動しかとれないリーパーをなんだか虚しい気持ちで眺めていた面々だったが、やがて、真綾ちゃんの様子がおかしいことに気付く。

 見ると、胸元を両手で押さえながら何か苦しそうに、それでいて顔を赤く火照らせながら、何かに耐えているようだった。

 具合でも悪いのかと思っていた矢先。


「……あ、あぁっ♡ ……はぁはぁ、ね、ねぇ、熱いの? 熱くてつらいの……? ……あぁんっ、はぁはぁ、そ、その苦痛に満ちた顔を見ているだけで……見ているだけで真綾……もう……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 苦痛に満ちたといっても、ほぼ四角いダンボールにチョンチョンとテキトーに描かれたドット絵のリーパーの顔は、間が抜けたような顔に見えこそすれ、表情などない。しかし、真綾ちゃんの眼を通したヴィジュアルでは、この顔が今、熱い炎に炙られて苦痛に歪んで見えるのだろう。

 それが何より彼女には快感らしい。

 そんな彼女に、雪音先輩以外の全員が真っ青になる。

 普段、ちょっと気弱だけど優しく純粋無垢な雰囲気の美少女が、ある日突然、被虐に酔ったドS顔で、恍惚とした笑みを浮かべている姿ほど恐ろしいものはない。

 ソアラは無自覚とはいえ、この悦楽の快感に身を任せて全開に声に出してプレイするが、真綾ちゃんは、快感に溺れることに対して普通に羞恥心を覚えるらしい。

 それに耐えようと必死になっている分、余計にヘンな雰囲気になる。

 この屈折しまくった性癖は確実にソアラと同じ血を引いていることの証明のような気がした。


「やっぱこれは血ぃなんか?」

「ちょ、ちょっと! 失礼なこと言わないでよ! あたしはあんなんじゃないってば!」

「……」


 最近はもうメンバー全員が、ソアラのFPS(主人公視点のシューティングゲーム)でのプレイスタイルというか、性癖を知っているだけに、誰もが沈黙して眼を逸らしていた。

 そんな中、見事にその場にいた五体のリーパーは完全に燃え尽きてしまう。

 ついでに真綾ちゃんも萌え尽きていた。いや……それはさておき。

 これは使える!

 この武器は一発逆転のチャンスになるだろう。ここにきて最大級の発見ではないだろうか。いかに可燃性物質とは言え、人体が完全に燃え尽きるまでには時間がかかるが、一度に多数のリーパーを倒すことができる。


「なんかでも、これすごい発見じゃない!?」

「確かにすごい……」

「うむ、この【燃え盛る魔人の息吹イフリート・フレア】があれば、死霊どもを倒せるのだ!」

「うふふ、簡単に作れるのもいいわよね」


 即席の武器としては悪くない。学校にはこれを作るための充分な材料もある。ただし、やはり時間もそうあるわけじゃない。幾つも作っている余裕はなかった。

 さらにいえば、手に入れやすい武器だが使用場所も限定される。一瞬にして広範囲に炎が撒き散らされるこの武器は、あまり狭い場所では、かえって自分の身も危険になるということだ。

 それにリーパーは炎を恐れないので簡単に炎の中に飛び込んで行き、やがて燃え尽きて消滅するが、それまでは動き回っている。

 狭い場所で炎が拡散して余計に動けなくなる中、燃え盛るリーパーに追い掛け回されるなんて目も当てられない。しかし、この発見が僕らの行動に確実に余裕を持たせてくれた。

 そこで、この新兵器を活用した新たな作戦が立てられる。

 まず、学校にいる真綾ちゃんに三つほどこの武器を作ってもらって、それからソアラや先輩と合流することにする。同じく学校にいるソアラや先輩が火炎瓶を作ってから真綾ちゃんと合流することも考えたが、学校内も安全というわけではない。校内にもリーパーが入り込んでくることがあった。

 なるべく早くソアラや先輩と合流するのが望ましい。単独より二人から三人くらいで行動すると、効率よくリーパーを陽動で引きつけるなどしてやり過ごしやすかった。よって、ソアラと先輩はうまく二人で協力し合いながら危険を避けて、なるべく早く一人でいる真綾ちゃんと合流するように努める。

 真綾ちゃんはその間、化学準備室などに隠れながら、できれば三つほどの火炎瓶を作ることにするのだ。多すぎると今度は移動の邪魔になる。

 とにかくその後は、この三つの切り札をいかに活用するかがキーとなっていた。




 午後からの数時間、ぶっ通しで僕らはこのゲームをやり込み続けていたが、さすがに三時頃には少し休憩を入れることにする。

 テラスに出て海からの風に当たりながら、スイカを切ってみんなでシャクシャクとかじることにした。

 ビーチチェアやデッキチェアなどを持ち寄ってみんなそれぞれ寛ぐ。

 僕はテラスの手すりにもたれかかるように立ちながら、ぼうっと海を見ていた。そこへ僕の分をスイカを持ってきてくれたソアラと、自然に横並び立って海を眺める。


「はい、アガナ」

「ありがとう」


 穏やかな風に揺れて、風鈴が涼しげな音色を立てていた。

 なんだか昨夜のことを思うと照れ臭い気持ちになったけど、当のソアラは昨日のことなんてすっかり忘れたように、自然な微笑みを僕に向けていた。

 しかし、そんな穏やかな空気の中でも、残念なほどにゲーマーな僕ら五人は、やがて大激論を交わし始める。

 

「我は移動は自転車が一番だと思うのだ」

「そうね。自転車が一番安全に距離を稼げると思う」

「うふふ、林檎ちゃんが言うと説得力あるわね」

「移動でだいぶ死んだよな。林檎は」

「う、うぅ……」


 最初に林檎が言った意見にみんなが同意した。なぜなら、移動に関しては一番林檎が失敗の数が多いからだ。隣町に住んでいる彼女が一番遠い位置にいるので、なんとか移動距離を稼ごうとして失敗し、リーパーの餌食になった回数は数え切れない。

 もしかしたら、この中で一番リーパーのエサになっているかもしれない。最初は手近にあった車で移動しようとした。なかなかいい判断だったと思う。

 しかし、田舎道は元々ろくに舗装された道路がなく、道幅も狭いところが多い。

 さらにリーパーの大発生で、混乱した一般人キャラの暴走車と衝突して事故を起こす場合(実はこれによって僕らが大ダメージを負うことも多かった)や乗り捨てられた車が邪魔で立ち往生する場合が多かった。

 結果、リーパーに取り囲まれ、中にいた林檎はそのまま缶詰食品よろしく食い尽くされてしまった。

 走っているときはともかく、停まった状態の一般車は、意外と安全ではない。装甲車とは違うのだ。

 それに今時は、かなりの車がハイブリッドか電気自動車となっているとはいえ、完全な無音ではないし、まだまだガソリン車も多かった。

 音に反応したリーパーに取り囲まれて四方からバンバン突進されれば、やっぱりそのままその車が棺桶となってしまう。

 そこで彼女はバイクに乗り換えてみることにする。バイクなら小回りが利くので、狭い場所もスイスイ走っていくことができる。

 最初はこれもなかなか悪くない選択で、かなりの距離を稼いで合流に近づくことができた。

 しかしそれまでだ。バイクも結局、車と同じで走行音が大きい。市街地だと、その音にリーパーがどうしても集まってきてしまうのだ。

 日本のような住宅環境のベッドタウンだと、まだ混乱状態にある町中では、どうしてもバイクはリーパーに囲まれやすい。

 生身をさらけ出したバイクは格好のエサだった。さらにバイクに乗った彼女が近づくと、近くにいる徒歩で合流しようとしているソアラや先輩、真綾ちゃんにも危険が及ぶ。

 結局、バイクもリーパーまみれの市街地ではリスクが大きかった。

 というわけで、散々死にまくって自らの死体の山を作ったあげく、最終的に選んだのが自転車だったのである。自転車は車やバイクほどスピードは出ないが、いかに異常なほどの全力疾走のリーパーでも、走り切るタイミングさえ計れれば、こちらも必死で漕ぐ自転車にすぐには追いつけない。

 これが本格的なロードレーサーなどの速く走ること自体を目指した自転車なら追いつくことは絶対に不可能だろう。

 そして何よりほぼ無音だということだ。

 どれだけスピードを出しても、本当にすぐそばまで近づかなければ、リーパーが林檎の存在に気付くことはなかった。仮に気付けたとしても、振り返って追いかけようとしたときには、すでに遥か遠くまで距離を取ることができる。

 視界から一旦消えてしまえば、彼らはもう追いかけてはこなかった。


「ふっ、我が豆腐屋さんの配達用自転車エンタープライズ・ハチロクの飛翔力には死霊共もついてはこれまい……」


 もちろん、いかに素晴らしい豆腐屋さんの自転車でも飛んでいるわけではなかったが、そこはこのコのアイデンティティーに直結してくるので、みんな何も言わないであげた。豆腐屋さんの自転車で全力疾走する中二病のこの娘を、みんなが生暖かい目で見守っていた。

 そんな中、ここにきてずっと黙っていた【ここな】が急に口を開く。


『そこそこ研究が進んで、動きもなかなか効率よくなってきたようですね』


 テーブルに置かれたタブレット端末の中で、【ここな】がこれまで僕らの動きをダイジェストムービーのように再現した動画を再生しながら、奇妙に感心したように頷きながら言う。

 といっても、相変わらず表情としては朴念仁のままだ。


『あなた達は移動手段と武器を手に入れ、さらに前回も言った通り、お互いに連絡を取り合う通信手段はすでに持っています。しかし、それでも現状ではあなた達よりも敵の方が強く数も多い。このような場合、任務を達成させるのに重要なのは戦術です』

「……」


 まただ。昨日といい、このところ、【ここな】の様子が少しおかしい。

 任務? 戦術? こいつはいったい何が言いたいんだ。


「せ、戦術って?」


 真綾ちゃんが問い返した。


『戦術とは実際的に部隊の兵士、そして物資を効率よく配置し、移動させ、活用することで作戦任務を達成させるための術です』

「小石やオーディオコンポでオトリにして逃げたり、後ろから攻撃したりすることね」


 雪音先輩が頷きながら言う。


『そうです。効率よく物資を活用し、最適な位置に部隊を移動させ、最適なタイミングで攻撃、あるいは撤退という目的を果たすこと。それが戦術です』

「我が自転車で突っ切ることも戦術なのか?」

『そうです。しかし、それだけでは任務を達成することはできません。戦術を活用するためには作戦が必要で、作戦を立てるにはまず情報が必要不可欠です。より多くの情報を得ることで、より確度の高い効果的な作戦を立てることができます』

「あ、情報で思い出したんだけど」


 そこで僕は、ゲーム中、すでに深桜山にいるので、適当にそこらをブラブラ動き回っている間に見つけたある物のことを思い出した。


「なに?」

「リーパーの種類によっては動きが悪いのとかいただろ? あれは近づかなければ、ほとんど脅威じゃない。あのやたら走るのが速いヤツに注意が必要だと思うんだよ。できるだけ敵を避けて、遭遇するにしてもできるだけ脅威じゃない敵を選んでいければ、けっこうスムーズに進むんじゃないかな」

「お、お兄ちゃん、速いリーパーかどうかは遭遇してみないと分からない……」


 その通りだった。自分たちは元より、リーパーたちや一般人の動きは、市街地全体を映し出したホログラムで確認することができる。

 それを見ながら僕たちは自キャラを動かしているわけだけど、リーパーにも能力の違いがあると分かったものの、それは遭遇してみないと分からない。

 実は、リーパーが一般人を襲う場合、特に走っている様子はホログラム映像では表現されないのだ。

 普通に一般人キャラと同じ速度で追いかけ、そのうち追い詰められた一般人キャラが攻撃されている姿しか映されない。そのくせ、僕らが遭遇すると個体によっては猛然とダッシュしてくるのだ。

 そうかと思えば、やたら遅い歩みで追いかけてくるのもいる。

 これらの見分けが可能になれば、より安全なルートで移動ができるんじゃないか。


「うん、それでなんだけど。こんなの見つけたんだ」


 僕はテーブルの中央に置いた【ここな】の映し出されているタブレットを操作する。

 なにげに【ここな】の姿が画面いっぱいに映し出されていて操作し難い。

 僕は【ここな】を脇に寄せつつ、目的のアプリを引っ張り出そうといろいろ弄くるが、そうすると突然、彼女は顔を赤く染めながら苦悶の表情を浮かべた。


『ア、アガナ、どこを触って……あ、あぁ、あぁんっ』

「ち、ちがうよ! さっきのゲームのメニューが出したいんだ。そ、そんなんじゃないってば!」

「……」

「……」

「……」

「……」


 背後からのみんなの視線が痛い……。


「こ、これだよ」


 僕は誤魔化しついでに、なんとか【ここな】を画面の脇に寄せて、さっきのゲーム画面を映し出してみんなに見せる。

 僕のキャラの持ち物欄に、六基のプロペラを搭載したタコのような形をした白いペイントの機械が表示されていた。脇の小さなウィンドウの中で、珍しくいつもの朴念仁の無表情ではなく、荒い息をつきながら顔を火照らせている【ここな】はこの際、無視する。


「なにこれ?」


 ソアラが不思議そうな顔で問いかけた。


「ドローンね」


 雪音先輩が答えてくれた。


「そう。ドローンだ。遠隔操作で飛ばすことのできるヘリコプターみたいなものなんだけど、中央の胴体部分にカメラが設置されていて、よく空撮なんかに利用されているんだよ」

「つまり……これで、アガナさんが空から偵察して……みんなに情報を流すということ?」

 

 真綾ちゃんが素早く僕の意図を察して言った。


「うん。そういう使い方ができるアイテムなんじゃないかって思うんだけど」

「確かに動きの速いのを避けていけば時間稼ぎにもなるわね。遅いのを確実に倒していくことで、その地域の安全も高まるし」


 ソアラが言った。


「ただ、あくまで戦闘は避けるべきね。いくら動きが遅くても脅威なのは確かよ。目的はあくまでこの地域からの脱出だから」


 その通り。そして何度も言うが、僕らはリーパーからの攻撃をたったの一度も食らうわけにはいかないのだ。

 その時、【ここな】が再び口を開く。


『古代の中国の軍事思想家である孫子は戦術の基本についてこう語っています。

戦いは敵の意図に正対することで不敗の態勢を築き、虚を突く事によって勝利する。先に戦場に到着することによって、戦いの主導権を握る。地形を掌握し有効に活用せよ。敵情を把握するために、情報活動は必要不可欠……』




 その後、僕らは食べ終わったスイカを片付けてから、再びゲームに戻った。

 まずは試しに僕の持っているドローンの性能を確かめることから始める。シェルターの屋上に立って、アイテム欄からドローンを選んでタップすると、僕の目の前にぱっとドローンと思われる飛行物体が現れた。そのまま僕の持っているタブレット上のソフトコントローラーが、ドローンの操作パネルに変わる。

 高度を取りながら、ゆっくりと町に向かって飛行していった。


「本当にドローンの操作まで出来るみたいね」


 感心したように雪音先輩が呟く。


「役に立つの?」


 少し心配そうにしているソアラが呟いた。


「まぁ、やってみよう」


 ドローンがゆっくりと町の中心近くにまで差し掛かったとき、ふいに市街地を映し出すホログラムに変化が起こった。

 街中に散らばっている一般人キャラ達の姿はそのまま青色だったし、リーパーも赤色なのは変わりなかったが、そのリーパーが時間の経過とともに、徐々に頭のてっぺんからオレンジ色に変わろうとしている様子が見て取れた。

 まるで砂時計のように、オレンジ色の部分がゆっくりと下に向かって侵食している。やがて完全にオレンジに変わると、次は黄色が上から下へと変色していく様子があった。

 よく見ると、個体によっては最初からオレンジのものもいれば、黄色のものもいる。


「うふふ、変化はあったみたいね」

「でも、これどういう色の分け方なんだろ」


 雪音先輩とソアラが興味深そうにホログラムに見入っている。そんな中、林檎がおずおずと手をあげる。

 

「わ、我が豆腐屋さんの配達用自転車エンタープライス・ハチロクで接近して様子を見てみることにするのだ……」

「うん、よろしく頼むよ。林檎」


 僕がドローンを操作しながら言った。

 それ受け頷くと、林檎が手近にいた赤色のリーパーに恐る恐る近づく。すると、すぐさま怒り狂ったように猛然とダッシュしてきた。


「ぴ、ぴゃぁっ!」


 必死になって豆腐屋さんスペシャルを漕いで逃げ、なんとか撒いた林檎は、続いてオレンジ色のリーパーを見つけて、そちらに向かっそっと進んでいく。

 言葉とは裏腹に、やはり赤いリーパーの猛然ダッシュに相当ビビったのか、ものすごくドキドキしている様子が張り詰めた顔からも見て取れた。


「お、お兄ちゃん……こ、怖い……で、でも次はオレンジに行くのだ……」

「おう……き、気をつけろ……」


 通路の角で、そっと覗き込みつつ、タイミングを見計らって飛び出していく。

 ぐんぐん自転車を漕ぎながら、リーパーの脇を掠めていく。リーパーもそれに反応するが、今度のリーパーは少し動きが鈍かった。

 ぎりぎりリーパーの視界範囲内からわざと突っ込んだにもかかわらず、リーパーの反応が一瞬遅れ、林檎は簡単に脇を掠めて走り抜けることに成功する。

 さらに走り抜けた林檎を後から追いかけようとして走るものの、遅い。

 明らかに赤いリーパーに比べれば歩いているかのように思えるほど遅い。これなら普通に正面から遭遇しても、こちらが本気で走れば追いつけないだろう。


「おぉぉぉ!? オレンジのヤツは遅いぞ!?」

「これなら遭遇しても、最悪うまくすれば倒せるわね!」

「色の変化はそのまま、リーパーの弱体化を示しているようね」

「き……黄色はじゃあ、ほとんど、動けない……?」

「ふ……それを今から我が皆に示すのだ! 刮目して見届けよ!」


 少し気を大きくした林檎が、いつもの動画でのセリフさながら不敵な笑みを浮かべて、改めて手近な黄色に向かって豆腐屋さんの自転車で飛び込んでいく。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉ、【閃光の流星疾走】ジルドレイ・オーバードライブ(思いっきり自転車漕ぎます)!」


 流星というわりに、そこまで速度が出ていない林檎の豆腐屋さんの自転車は、風を切るようにしてリーパーに近づいていく。しかし、もうあと二メートルという段階になっても、リーパーはまるで林檎に反応する様子がない。

 そして、とうとう突っ切ってしまった後になって、ゆっくり方向転換するのが見て取れた。そしてようやく歩き出すかのように一歩を踏みしめようとしたときには、林檎の姿は完全にリーパーの視覚範囲外にまで到達してしまっていた。

 林檎が見えないと判断するや、リーパーは再び動きを止める。結局、この黄色のリーパーはまったく動かないままだった。


「よっしゃ! 黄色はほぼ動けないヤツだ!」

「これでリーパーの個体差が分かったわね」


 ソアラが言った。

 成功だ。僕は思わず片手でガッツポーズを決め、みんなが歓声を上げた。とにもかくにも、これで敵の特性を客観的に見分けることができるようになったのだ。

 移動手段と武器、それに情報を得ることができた。あとは時間との勝負になってくるが、ここまでの準備で僕らは徹底して綿密な作戦を立てることにした。

 必要最低限の物資の準備、それぞれの行動の分担、地形の再確認、すべての要素を盛り込み、作戦が練られていく。

 やがて、充分な準備が整い、再び、ゲームを再開することにした。

 

 まず、スタートと同時に僕がドローンを飛ばす。なるべく速く飛行させながら高度を取り、町の中心部を目指した。

 すぐに町全体にいるリーパーの色が変化する。まだそれほどリーパーの数は多くはないものの、どんどん町の一般人に襲い掛かっていくのが分かる。


「よし! いいぞ! いまだ!」

「先輩!」

「行きましょう」


 リーパーの種類の特定が出来たのを確認して、ソアラと先輩がそこらに落ちている石を拾って行動を開始する。まずは真綾ちゃんと合流するのが目的だ。

 さらに道中にある幾つかの民家から灯油ポンプとバケツ、適当なオーディオコンポを一台、そしてバール三本、あるいはクギ抜き付きの金槌を手に入れた。


「う、うぅ……こ、怖い……の」


 その間に真綾ちゃんは中学校の校舎周囲の様子を窺って、リーパーが近くにいないのを確認しながら教師の車のガソリンを抜き取った。道具は用務員室にある灯油ポンプと適当なバケツを使う。その後、化学室に戻って隠れながら、火炎瓶を三つ作るのに専念した。

 林檎は例によって、手近な豆腐屋から自転車を見つけて乗り込む。そして、とにかく赤いリーパーを避けながらのルートで、あらかじめ決めておいた町の外れにある比較的林檎から近い位置にある駐車場を目指した。

 林檎は一番遠い位置にいるので、物資の確保よりも予定のタイミングに少しでも間に合うように移動することに専念してもらう。


「真綾、もうすぐ着くわよ!」

「う、うん、こっちももうすぐ出来る……」


 アルコールランプではなくガソリンを使った火炎瓶にしたのは、こちらの方が炎の威力が強いのと、もう一つ理由があった。それはこの後の作戦の為だ。


「真綾ちゃん、着いたわ。いける?」

「は、はい……準備できました」


 真綾ちゃんは完成した火炎瓶と化学準備室にあったライター、それに可能な限りたくさんのタオルや雑巾をカバンに詰め込んで準備していた。

 それを受け、ソアラが壁の端から学校前にいるリーパーの様子を窺う。できれば赤いリーパーは避けたいが、この三体はどうしても入り口前にいるので避けようがない。前回同様、陽動で引き離してからタイミングよく突っ切るしかなかった。

 リーパーがこちらに背を向ける直前、ソアラが声を発する。


「真綾、いくよ!」

「うん!」


 真綾ちゃんが頷くと同時に、リーパーが振り返って背中を見せたところで、ソアラが石を投げた。石はリーパーを飛び越え、遥か道路の向こうに飛んでいく。

 狙い通り、赤いリーパー達はそれに気付いて、火が付いたように走り出した。


「今よ! 走って!」

「……っ!」


 真綾ちゃんがリーパー達が消えた後の校門前に飛び出し、一気にソアラ達のいる通路の角へと駆け抜ける。リーパー達は気付く様子もなく、追いかけてこない。

 うまく彼らの虚を突くことができたようだ。

 

「やった!」

「う、うん……」

「まだここからよ」


 合流に成功したソアラと先輩、それに真綾ちゃんは続いて林檎が向かっている町外れの駐車場に向かった。リーパーの種類が特定できれば、それほど苦労せず比較的安全なルートで向かうことができた。

 僕はドローンを操作しながら、市街地のホログラムを見る。やはり時間の経過と共にリーパーの数はどんどん増えてきている。

 急がないと……。


「ソアラ殿! みんな!」

「林檎ちゃん、着いたみたいね」

「ここからが時間との勝負よ。始めよう!」

「う、うん……」


 駐車場は、だいたい車両三十台弱を収容できる程度の広さで、今は昼間ということもあって、ほとんど駐車されている車はない。せいぜい、六、七台程度の車がまばらに停まっているのが見えた。運よく周囲にはまだリーパーの姿はない。

 まず、ソアラが持ってきたバールを真綾ちゃん以外の三人に渡していく。手にしたバールで、みんながそれぞれ車の給油口のフタをこじ開けていった。

 できるだけガラスを割るのは避けたかったが、どうしてもバールで開けられない場合は窓を割って運転席からレバーを引いて開ける。そして、真綾ちゃんが開いた給油口からポンプを使ってバケツにガソリンを流し込み、そのバケツに浸したタオルを車の給油口に突っ込んで、地面に垂れさせた。

 すべての車にそれらを行ったあと、バケツに溜めたガソリンを一気にそこらに撒き散らす。

 それから車のルーフにオーディオコンポを載せると、すべての準備が完了した。


「いいわ! みんなどこかに隠れて!」


 雪音先輩がオーディオのスイッチに手をかけて、みんなに言う。頷いた全員が駐車場の脇の民家や生垣に向かって走り、隠れた。やがて、全員の準備が出来たのを確認して先輩が大音量でオーディオのスイッチを入れる。

 その途端、凄まじい爆音がこの地域一帯に響き渡った。

 急いで先輩も道路の脇にある車の陰に隠れる。

 ホログラム上で、反応したリーパー達が、駐車場へと向きを変えるのが見て取れた。


「来るよ! 準備して!」


 僕がみんなに声をかけると同時に、何体かのリーパーが駐車場に入ってきて、今も大音響を奏でている車のルーフ上のオーディオに群がる。

 これまで以上に集まってきたリーパーに怖気がする。ほとんど足の速い赤いリーパーだった。

 もし、今ここで発見されたら完全に逃げ切れずにアウトだろう。震えるほどの緊張感が僕らみんなを包み込んでいて、つい沈黙があたりを支配していた。

 そんな中、一体、また一体と駐車場に集まっていき、やがて二十体は集まろうかというタイミングで、雪音先輩がついにソアラに合図した。


「……」


 その瞬間、覚悟を決めた彼女は民家の影から、手にした火炎瓶を構えて思いっきり投げた。

 先が着火された火炎瓶は見事な弧を描きながら、十数体いるリーパーたちの中心へと飛んで行き……。


――パリン。


 ガラスの弾ける音と共に、凄まじい爆風が一瞬にして駐車場一帯を中心にして吹き荒れ、その場にいたリーパー達を舐めるようにして炎が覆いつくす。

 瞬く間にその場にいたリーパー達は火だるまになり、地面に撒いたガソリンが引火して周囲一帯、火の海と化す。それはやがて、給油口から伸びたタオルを伝っていき……。


ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!


 突然、なんの前触れもなく、耳を引き裂くかのような爆音と共に先ほど以上の大爆発が起こった。その衝撃波で、まだ燃え盛っていたリーパー達はもちろん、周囲にあったあらゆる物が粉々に吹き飛ぶ。民家の窓や壁、周囲の車もフロントガラスが粉々に砕けた。

 遅れてやってきた他のリーパー達のうち、何体かが、爆発した車の破片に運悪く薙ぎ倒され、そのまま消滅する。赤い炎が天高く舞うのと同時に濃い黒煙が巻き上がった。


「や、やった! せ、成功だよ!」


 僕は思わず声を上げた。みんなも最初は爆発の凄まじさに呆気に取られていたが、予定通りというよりも、予定以上の効果に思わず歓声をあげる。

 思っていた通り、足の速い赤いリーパーが最初のオーディオの音に引き寄せられて集まり、その後、少し遅いリーパーは、そのまま燃え盛る炎の中に自分から飛び込んで行った。まだまだリーパー達がこちらに向かってくるのが見えるが、ほとんどがオレンジか黄色だ。

 しばらく、隠れながら慎重に様子を窺っていたが、やがてほぼ脅威が去ったことを確認し、雪音先輩がみんなに声をかける。


「いいわ。後はほとんど黄色みたい。このまま二手に分かれて安全なルートを取ってシェルターに向かいましょう」


 集まり出したリーパー達は雪音先輩の言うとおり、ほとんど脅威ではない弱体化した動きの遅いもの達で、みんなは楽々と隙を突いて突破することができた。

 もはやほとんどの脅威を取り除いたとはいえ、当初の予定通り、念のため四人一緒にではなく、二手に分かれての行動にする。

 それから数分後、ほぼ危険な事態を迎えることなく、彼女達はシェルターのある深桜山に辿り着くことができた。

 登山口ゲートを通過し、深呼吸しながら全員がシェルターに辿りついた途端、画面上にデカデカとした文字が浮かび上がった。


『CONGRATULATION!! MISSION COMPLETE!!』


 荘厳なオーケストラが響き渡り、ゲームクリアが宣言される。


「お、おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、本当にできたっ!」

「やったねっ!」

「うまくいったわ」

「ふ、死霊ごときザコでは、我が左手の封印を解くまでもなかった……(リ、リーパー怖い……)」

「……よく……燃えてる……うふふふ」


 超難関で何度も失敗したゲームを、凄まじい緊張感の中、作戦一つでこうもあっさりクリアした快感に全員が弾けるようにはしゃぎたてた。

 つい力のこもった歓声をあげる。


「でも、こんなにうまくいくなんて思わなかったかも!」

「いやマジであの爆発は爽快だったよ」

「何度となく我を食らってくれた死霊どもが、まるでゴミのようだ」

「ソアラちゃんのコントロールのおかげだわ」

「う、うん……お姉ちゃん、ナイスシュートなの」


 例によって今回のゲームのポイントを計算したリザルトがタブレット及び、ホログラム映像に表示された頃には叫びすぎて眩暈がしていた。力が抜け切って、張り詰めていた緊張感が一気に解ける感覚と共に、全員がタブレットをテーブルに置いて、手近なソファに倒れ込む。心地よい虚脱感だった。

 別に立つ必要はなかったんだけど、テレビと違って平面モニターじゃないので、思わず自キャラの動きに合わせて移動しながら操作していたのだ。

 これもけっこう疲れる原因だった。


「あー! もう本当に疲れたー! なんか久しぶりに本気でゲームやった気分かも」

「ずっと立ってたしね……て、うわっ!?」


 たまたま僕の隣に立っていたソアラも、僕のすぐ横に同時に崩れ落ちるように座り込んだ為、思わずお互いぶつかりそうになる。


「……ご、ごめん……」

「……いや……」


 ぶつかりそうになった彼女を咄嗟に受け止めようと伸ばした僕の腕に、彼女が寄りかかるようにして掴む。

 そんな僕らは、昨日のあの一瞬が頭をよぎり、素早く安全圏まで離れて硬直するものの、昨日のように逃げ出そうとは思わなかった。

 少し目を合わせるのが恥ずかしかったけど、やがて、お互いにぎこちない笑みを向ける。


「うまくいったね」


 ソアラが微笑んだ。


「うん」

 

 彼女の笑顔が眩しくて、僕は少し視線を逸らしながら小さく頷いた。

 けれど、そのうち僕はゆっくりと彼女を見つめ返す。心地よい勝利の高揚感に酔いながら、彼女はずっと穏やかな微笑みで僕を見つめていた。


 





 そんな僕らとは少し離れたところで、ひっそりと僕の持っていたタブレットが画面を切り替えた。

 これまでの僕らの失敗の数々と、クリアした今回のプレイ動画が、ひっそりと高速で再生されていたことに、僕らは気付いていなかった。

 ふいに、小さなウィンドウが開かれ、そこに【ここな】の姿が映る。

 クリアにかかった時間、使用したアイテム、敵に遭遇した際の対応、そのすべてのログが表示されていく中、【ここな】は何かを思案するかのように沈黙し続けていた。

 やがて、僕のタブレットのモニター上に小さく赤い文字でこう表示される。







感染拡大地域パンデミックエリアにおける仮想戦闘訓練終了』







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