#5:うん、終わったよね……これ。
その日、朝の7時を少し回ったくらいの時間に起きる。一応、これでも規則正しい生活を送るようには心がけている。
まあ、だいたい、いつも朝7時になると【ここな】が、ボーカルAI姫ノ宮ココナの『千本の桜』を、ニワトリよろしく、ガンガンのハイテンションで歌い出すので強制的に起こされることになる。最初こそ強制的にシャットダウンしてやろうかと思ったことが何度となくあったが、どうあってもやめないので、もう慣れてしまった。
ところが慣れてくると、これが清々しく起きれるようになったのだ。今では、むしろ、爽やかな朝のひと時として、【ここな】の熱唱は定着していた。
ひきこもった当初、昼夜逆転していたことを思えば、なんとなく身体も調子いい。
その日も、いつも通りニワトリのような正確さで歌い出した【ここな】の歌声で起き、適当に顔を洗って歯を磨いた。そしてヨレたTシャツにいつものハーフパンツ姿で、ぼんやりとキッチンに立っていた。キッチンといっても、部屋に備え付けの簡易コンロと小さなシンクがある程度で、そんなに本格的な料理ができるようにはなっていない。使い古しのフライパンで焼いた、やや焦げてしまったソーセージと半熟の予定だった固焼きのサニーサイドアップ、やっぱり焦げたトースト、そして、適当にコンビニで買ってきた賞味期限ぎりぎりのサラダカップをテーブルに並べる。
シンプルイズベスト。料理は得意じゃないけど、まあ、こんなものだと思う。
『……』
なぜか【ここな】がテレビ画面から顔を覗かせて、テーブルに乗った食事を見て、ふむふむと頷くと、また何事もなく歌に集中し始める。
ここまでが僕のいつもの朝だ。しかし――。
今日は少しだけいつもと違う。たまにあることだが、今、テーブルの上には二人分の食事が載せられていた。けれど、僕はあくまでいつもの朝を続行するつもりだった。いつものように寝癖の残るふわふわとした顔でテーブルにつく。
そう、いつものように……。
「うふふふ、料理が上手ね。アガナくん」
そんな僕を見つめ、雪音先輩が向かいの席で満面の笑みを浮かべている。焦げまくってる食事を前に、ほぼ本心ではない言葉を天使の微笑みで囁いていた。
「……」
そう。なぜか、今、この人はここにいる。光沢を放つ、やたらセクシーなシルクの白いナイトローブ姿で。細い華奢なその身をゆったりと包み込み、大きく開かれたローブの胸元からは、妖しく魅惑的な谷間が覗く。短めの裾から大胆に太ももを見せつけながら足を組み、挑発するかのように瞳を細めた。まるで『激しい前夜のあとの二人の朝』を演出するかのような格好だ。少なくとも、今、ここに誰か来たら、確実に誤解されるようなエロ……いや、扇情的な姿だった。
「せ、先輩……」
「なぁーに?♡」
罪のない微笑みで悪魔のような誘惑をするこの人は、たまにこうして、知らないうちに朝、何食わぬ顔で隣で寝てたりする。
今朝もそうだった。最初の頃は、驚きのあまり心臓が破裂するかと思ったが、最近は、やや慣れつつある。しかし、それでもこういう過激な格好で現れると、やはり十代の健康な少年としては、いろいろ不都合があるんだということをいいかげん理解してほしい。
「そ、その……あんまりよろしくないと思うんだよ……」
「なにがかしら?」
屈託のない純粋な笑顔で問いかける。しかし、瞳の奥では欲望と理性の狭間で悶え苦しむ一人の男を弄んで楽しんでいる魔性が潜んでいるのを僕は見逃さない。
こんな悪魔だが、純粋無垢な表情を浮かべた人に、まだ若い僕は愚劣な欲棒、もとい、欲望を抱いてしまうからその格好なんとかしてください、と口に出して言わないといけないのだろうか。いや、格好以前に、夜知らないうちにベッドに忍び込むのをやめてください、というべきだろう。
(お、襲っちゃいますよ? ホントに!)
そう言い掛けたが、言えなかった。代わりに先輩が口を開く。
「もしかして、こういうことなのかしら? いつまでも子供かと思っていたアガナくんは、わたしの知らない間にもうすっかり大人になっていて、年上の妖艶で麗しいお姉さんのあられもない格好に、ドス黒くて、醜悪な劣情を催してしまって、もう頭の中はショッキングピンクまみれで……うはははぁ~ん♡ なことになっている……と?」
「……」
あまりに露骨で悩ましげな喘ぎ声交じりで囁くセンパイに、僕の顔は、見る見る赤くなる。その様子を楽しそうに眺めていたセンパイは、やがて、何事もなかったかのように焦げぎみのパンを齧り出した。
(ワザとですよね!? 絶対ワザとそういう悶絶するような言い方
してますよね!? なんスかー!? ためしてんスかー!?
この哀れなDT野郎を!)
血走る目から涙が溢れそうだった。こういう朝を何度迎えただろう。そろそろ僕も限界ですよ?
そう思いながら、なんとか平常心を取り戻そうと、同じようにトーストを齧る。ふいに、センパイが思い出したように口を開いた。
「そういえば、アガナくん。わたしが昨日の夜にクリエイティブモードで作った
アレ、見てくれた?」
「ああ、えっと、コンロのことだっけ?」
センパイが言っているのは恐らく、昨日の夜、センパイのipadにインストールしている【シェルクラフター】のアプリ版で作成した、バーベキューコンロのことだろう。
実は【クァンタムセオリー】上で動作している【シェルクラフター】は、一般のコンピュータ、それこそ、PC以外のタブレットやスマホでも、簡易版が動作できるようなクライアントアプリを【ここな】に作ってもらっていた。ゲーム中で作ったものを実体化させる転移処理は、【クァンタムセオリー】本体にしかできないし、それを起動できるのは僕だけなんだけれど、ゲームの中の様々な作業は、サーバーにアクセスできるアプリをインストールし、アクセス権限さえ持っていれば、他の人にもできるようになっている。
要するに、サーバーを構築し、ネットを介してゲームそのものの世界にはみんなで参加して、手分けしてシェルター作り等の作業をしよう、ということなのだ。
まあ、みんなといっても僕とセンパイの二人だけなんだけどね。
「どちらかといえば、オーブンなのだけど」
「備蓄食糧はいいかげん取り掛からないといけないなって思っていたんだよね」
昨日、ベースシェルターと水源の転移処理が成功したことで、次に何を作ろうかと相談していたんだけど、ふと思いついたのは備蓄食糧のことだった。当然ながらシェルターに篭ることになったら水は最重要課題だけど、もちろんそれだだけでなく、食糧なども必要になってくる。
先にジャガイモ畑を作ってしまったけど、本来、先に取り掛かるべきなのは、水と備蓄食糧の確保なのだ。例えば今日、世界が滅亡し、文明の恩恵を得られなくなったら、まず町のスーパーマーケットに行くべきだ。
そして野菜や生肉、生魚などの生鮮食品は真っ先に腐敗していくので、これらをまず消費して命を繋ぐ。
その後に、乾麺や米に切り替え、日持ちする根茎類に切り替えていく。ジャガイモなどは涼しいところに置いておけば、半年はもつ可能性が高いらしい。
そして、驚くのが缶詰類。普通、缶詰には賞味期限が二年くらいが印字されているけど、缶詰加工されたときの熱処理のおかげで、実は半世紀以上ももつ可能性があるらしい。
もちろん必ずしもそうではないし、当然、缶が破損していれば腐敗は進む。こういった缶詰食品や瓶詰め食品を、海外の熱心なプレッパーたち(滅亡に備えることにストイックな努力を重ねる人々の総称)は、自前のレシピで日々、大量に作ってダンボールいっぱいに詰め込んでいるのだ。
「何人分かの備蓄食糧を数ヶ月から数年は最低でも、もたせたいし」
「そうそう、ちょっと大きめだけど、大量に作るならいっそ、あれくらいの大きさでやった方がいいんじゃないかしら?」
実際、 確かに大きい。ちょっとした物置くらいのサイズで、コンロというよりは、オーブンのような形だ。ブロックを積み重ねて囲い込み、下に蒔きをくべて、炎を起こす。その上には、何段かの棚を差し挟めるような仕組みになっていた。その棚に、瓶詰めの食品を一気に並べて、まとめて加熱処理できるようにしているらしい。密閉して熱を逃がさないようにしつつ、下の方の壁面には空気穴をあけて、空気を巧みに送り込んで燃焼させ、その後、煙をうまく排気できるような煙突も付け足されている。
単純だけど、よく考え抜かれた仕組みで感心したものだった。【ここな】とも相談したが、これなら、実際にオーブンとして使えそうだということだった。置き場所もシェルターの裏手の広場で、水源として昨日、作成した貯水池、いっそ、もうプールと呼べそうなものの前でよさそうだった。
「そうだね、僕もアレ、いいと思ったんだけど、あの大きさで大量生産するとなると、僕とセンパイの二人だけじゃ……」
そう言ってトーストを齧りながら、少し自分のipad上に表示された【シェルクラフター・ポケットエディション】を起動しようとした。その時だった。
ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽーーーん!
「ぶえっ?」
そのあまりに荒々しいチャイムの鳴らし方に、思わず口に入りかけたトーストを吹き出す。
『……ちっ、アガナ、昨日のあの女です。ギャルが来ました……』
言ってなかったが、実は、こうしている間もずっと【ここな】は、テレビの中で、次々に衣装を変えてはボーカルAI曲を熱唱し続けていた。あらかた歌ったいつものメドレーから、続いて今期のアニソンへと移ろうとしていた矢先、興を殺がれた【ここな】の目は据わっていて、不愉快さ全開だった。
……イ、イイ感じでしたよ? 今日も。
などと、気を遣ってみるものの、【ここな】はすっかり邪魔されて気分を害していた。難しい年頃なんだよな……最近は。いや、それよりも、今、この状況を西園さんに見られるのはまずいじゃないか。
『この状況』である本人は気にする様子もなく、ソーセージをフォークで突いている。
僕は少し溜息まじりに部屋を出た。
なんの用なんだろう。こんな朝早く……。そう思いながら昨日のことを思い出す。そう、昨日、【ここな】とゲーム中、オンラインにした『コール・オブ・ダーティ』のルーム内で、西園さんによく似た声の人がいた。
名前は確かデスゾアラ。いや、違った。なんだっけ? つい、西園さん本人か聞こうとしてしまった。ネットでオフの本人のことを聞くなんてマナー違反もいいとこだった。結局、その人はすぐ落ちしまったんだけど。
まさかね……。
「ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったい、秘密よ!」
そして、僕は今、再び寝癖の残る頭で床に正座させられていた。はい、フラグ回収しましたよー、皆さん。彼女は、びしっと指の腹を僕に見せ付けるようにして突きつけながら、般若の表情で仁王立ちしている。
細くて無駄のない脚にフィットしたデニム、海外の女性アーティストのものと思われるルーズなフォトプリントTシャツから覗く鎖骨が、ちょっと目に毒だ。いつもは綺麗にまとめられている茶髪が、今日は少し乱れていて、そうとう必死にここまで自転車を走らせてきた様子が伺える。実際、息も少しまだ荒い。
そして、いつもはどこか冷めた印象のある彼女が、今は感情をむき出しにして顔を赤くしている。声もかなり興奮を帯びていた。
「えっと……」
僕は答えに困る。秘密? 秘密ってなんだ……?
「昨日のことよ! ニブいわね!」
「あ、やっぱり、あの人って西園さ……」
「だから! そのことは秘密! いいわね!?」
「う、うん……」
え? なに? そんなこと? 僕にはなんで、こうも彼女が必死になっているのか、理解できなかった。とにかく、彼女は昨日、あそこでゲームしていたことを、絶対に秘密にしておきたいらしい。そのために昨日はすぐさまゲーム内の部屋を出て、まさに朝一番にこうしてやってきたようだ。
「心配しなくても、アガナくんは人に言ったりしないわよ?」
先ほどからずっとテーブルの席に座っていた先輩は、今はいつものように紅茶のティーカップに口をつけて、優雅に微笑んでいた。その時になって初めて、雪音センパイの存在に気がついた西園さんは、そこでいっきに目を大きく見開かせる。指差し仁王立ちスタイルのままで。
彼女は、正座したままの僕とテーブル席で優雅に足を組んでいる雪音先輩を交互に見やりながら、混乱した面持ちで言葉に詰まっている。その顔は、先ほど以上に赤くなっていた。
無理もない。西園さんもセンパイのことは多少知っているらしい。有名だからね。その学校一の美少女と名高い雪音先輩が、こんなひきこもり少年の部屋で、しかも、セクシーなナイトローブ姿で優雅に紅茶を飲んでいる状況なんて、誰が想像できる?
というか、僕としては、思いがけずこの状況を早くも人に見られたことに、少なからず焦っていた。正直、僕の方こそ、この事は秘密にしてくださいと彼女にお願いしたい気分だった。
「え? なに? コレ……なんなの?」
(いや、だから、違うんだ……これは)
そこから一気に彼女の怒りは静まったわけではないけど、気がついたら周囲の状況がそれどころではない衝撃的な場面だったということに、かなり動揺していた。まるで迷子の子犬状態だった。
ナイトローブ姿のセンパイを再度確認してから、半泣き状態で彼女は呟く。
「あ、あの……あたし、もしかして、お邪魔だった? ていうか、もう終わったあとだった?」
(なにがだ!)
「と、とにかく、落ち着いてよ。いや、僕もだけど。誤解だから、そんなんじゃないから!」
それからはとにかく、僕も西園さんも、いったん大きく息を吸い込んでから、なんとか平静を取り戻し、誤解を解くべく、必死に説明した。子供の頃から家族ぐるみの付き合いがある親戚のような僕とセンパイの関係、昨日、ひきこもり中の僕を心配して様子を見に来てくれたが、遅くなったのでそのまま泊まったこと(ということにしておいた)、センパイの格好は……まあ、センパイの趣味だということにした……実際そうだし。
そして、僕らは何もやましいことなんてしていないということを必死に説明する。そんな僕の切実な想いが伝わったのか、だんだん、西園さんの表情に冷静さが取り戻されてきた。
「うん、分かった」
やがて、彼女はただ一言、そう告げる。
「そ、そか……。誤解が解けてよかった」
「よく考えたら、工藤先輩だっけ? センパイと日乃宮くんがそういう関係って想像できないし」
「……」
安定の信頼感……なのか?
ちょっとは疑うトコないですか? あんなにセクシーなカッコしてますよ?
さっきまであんなにテンパってたのに、もうそんな冷静な判断なんですか?
「それより、昨日のこと、誰かに言ったら殺すから……」
ああ、ちっとも冷静じゃなかった……。地獄の底から響かせるようなドスの効いた声と共に、やたら闇が深そうな面持ちをで僕を睨みつける。
「わ、わかったよ……。誰にも言わないから」
『だいじょうぶです。アガナはぼっちなので、言う相手がまずいません。』
分かってるじゃねぇか、と褒めたいところだったけど、いざ、改めて他人にはっきり言われるとカチンと来るものがあった。
「そうね。ツイッターのフォロワーも万年一人でわたしだけだし。究極のコミュ障よ?」
やめて! もうそれ以上、僕のガラスのハートをエグらないで!
僕のライフはもうゼロよ!
ひきこもりである以上、今さらではあるが、同年代のクラスメイトの女の子、それもクラス一、可愛いと言われているらしい西園さんを前に、僕の残念でアレなところをさらけ出され、もはや血の涙が流れそうだった。
やがて、少しはほっとしたのか、西園さんは、それ以上キツい瞳で僕を睨んでくることもなかった。
繰り返しになるが、その安定の信頼は、やはり僕の繊細な心を無闇に傷つけているからね? まあ、とにかく、話もついたところで、僕は彼女に適当にテーブル席に案内し、特に大したものがあるわけではないんだけど、朝食などを勧めてみたりした。けれど、彼女は首を振る。
朝は水しか飲まないらしい。
センパイも今は、僕に合わせてトーストを齧ったりしているけど、普段は、やっぱり紅茶を飲むくらいで、あまり朝は食べないという。
じゃ、いったい、何がそこに詰まってるんですかね?
なんてことを、ふと思い、さりげなくセンパイの胸元に視線を向けようとしたところを、待ってましたと言わんばかりの笑みを含んだ瞳とぶつかる。
すかさず、視線を外したが、明らかに不自然だった……。
そんな時、なにげなく、西園さんの視線が西側のデスクに置いてあるノートPCに向いた。
「あ、あれって……」
【クァンタムセオリー】を起動状態のまま放置していたことを忘れていた僕は、
一瞬、動揺したが、それを彼女に悟られないように注意する。おもむろに立ち上がり、興味深そうに【クァンタムセオリー】の画面に表示された、ブロックの世界を見た彼女は、少し興奮ぎみにこちらを見返した。
「ねえ、これ、【マイクラフト】?」
「あぁ、それ? いや、それは……」
「そうよ。アガナくんは、【マイクラフト】にハマってるの」
とっさにうまくウソをつけなかった僕の代わりに、雪音センパイがさらりと答える。
「へえ、日乃宮くんもこれやってるんですか? あたしもやってるんだよ。
あ、このことも内緒だからね」
もはやゲーム好きを隠そうとしても、隠し切れない彼女は、それでも僕に釘を刺してくる。
「分かってるって」
「これやり始めたら、時間忘れるよねー! どこまでもやり込んじゃうっていうか、思わず童心に帰るっていうか」
そう言いながらモニターを見つめる彼女は、おもちゃを見つけた子供のようにすごく楽しそうで、いつもクラス委員の仕事でやって来るときのような、少し冷め冷めとした表情からは、想像もつかない柔らかさがあった。
(こんな表情もしたりするんだな、西園さんって……)
その少し幼さの残る無邪気な表情に一瞬、どきりとする。
その時、突然、【クァンタムセオリー】の画面上にウィンドウが開き、気のせいか、少しムスっとした顔の【ここな】が姿を現した。
『アガナは最長3日寝ずにやり込んでいたことがありました』
「ひぐっ?」
突然現れた【ここな】に、彼女は少しだけ驚く。
「姫ノ宮ココナ……なの?」
「見た目と声はそうだけど、中身は通常のボーカルAIのソフトウェアで動いているんじゃなく、オリジナルの擬似人格OSだよ」
実際には、擬似人格OSですらないんだけど、話がややこしくなるので、そう言うに留めた。
「へえ、擬似人格OSなんてスゴいね……」
実際、確かに擬似人格OSなんてものが一般家庭にあるのは珍しいことだった。この時代、人間の思考に近い動作をするAIは、すでに存在していたけど、使用されているのは、たいてい大学等の研究施設や、金融機関などの高度な専門施設に限られていた。
『あなたこそ、ギャルだからって、あそこまで肉食系をアピールした怪獣みたいな名前で、夜な夜な殺戮ゲームに耽っているなんて……さすがですね』
「な!」
「こ、【ここな】……!」
いつになく挑発的な態度をとる【ここな】を制止しようと、イスから立ち上がった僕は、昨日、僕が顔で受け止めたまま床に放置されていた姫ノ宮ココナのフィギュアを踏みそうになった(まだ床に落ちてたんかい!)。
避けようとした僕は、ついバランスを崩し、
「あれ……?」
「え?」
そのまま、【クァンタムセオリー】の前に立っていた西園さんに、倒れ込むようにぶつかった。僕の顔が彼女の柔らかい胸元のクッションに沈む。
「ちょ、ちょっと! なにすん……!」
すかさず繰り出される彼女の右ストレートが僕の頬を一瞬にして粉砕した。
その瞬間、不幸にも僕の手が偶然、【クァンタムセオリー】のキーに触れる。
「「あ……」」
僕とセンパイが同時に呟いたとき、もはやすべてが遅かった。一瞬のうちに、システムが前回同様の駆動音を響かせ、激しい閃光を迸らせる。両脇のモノリスが唸り声をあげ、猛烈な突風を室内に発生させた。
『電力供給異常なし、デバイスコンタクト、リンク確認。物理演算デバッグを読み込みます。……ファイルOK』
再び【ここな】が事務的にシステムの起動を通知する。
もはや止めようがなかった。
「あ~ぁ、もう。せっかく、ごまかしていたのに……」
やれやれと言わんばかりに呆れた調子のセンパイは、吹き荒れる暴風の中、それでものんきにお茶を啜っていた。ていうか、風でローブの中の足が……足が……。
「ちょ、ちょっとコレなんなの!? なにが起こってるの!?」
台風のような暴風に髪が乱れる中、凄まじい轟音から逃れようと両手で耳を抑える彼女は、最高のパンチを受けて伸びていた僕の襟元を掴み上げ、ぶんぶんと揺する。
(や、やっちまった……)
『Now compiling, please wait......』
【ここな】がおなじみの一言を告げた。
その瞬間、予想していた通りの一瞬の空白、そして、
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
何かがすぐ近くで爆発したかのような、雷鳴のような爆音と激しい震動に、ビル全体が大きく揺れ、思わず西園さんは、その場にしゃがみこんだ。
うん、終わったよね……これ。
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