#4:死神JKデスゾアラはギャルではない




 玄関のドアを少し乱暴に閉じて中に入った。普段なら帰りは幾分下り坂なので楽なはずなのに、今日は思いっきりペダルを漕いできたせいで、息が少しあがっている。自分でも信じられない速さで自転車を走らせてきたと思う。

 ずっと頭の中で考え事をしていたせいで、ほとんど帰り道のことを覚えていないからだ。気がついたら家に着いていた。陽もずいぶん暮れていたが、さすがに真夏の夜空はそう簡単には暗くならない。


「おかえりなさーい」


 先に帰っていた妹が、リビングでテレビを見ているのが視界の端に映るが、ただいまも言わずに階段を駆け上がった。ドアを閉め、手にしたカバンを机の上に放り投げると、何もかも投げ出したい気持ちで思いっきりベッドに飛び込む。

 激しい後悔と自己嫌悪の念に、しばらく布団に顔を埋め、あたしは声にならない声を発していた。

 今頃になって二階のあたしの部屋に西陽が差し込んできた。その光があたしを眩しく照らすと、ふいに望んでもいないのに、帰り際のあいつの表情が頭に浮かんでくる。なぜ、あんなことを言ってしまったのか。

 胸の奥で、ずっと嫌な重苦しさが残っていた。

 せっかく苦労してプリントを持って行ってるのにという、つまらない恩着せなんて言うつもりはなかった。あいつの気持ちはよく分かる。あいつなりに感謝してくれていることも、よく分かっていた。ただ、その反面、申し訳ないと思って出た言葉だということも分かってはいたのだ。


(気を遣わせてごめんって、ただそう言いたかっただけじゃん……)


 それだけなのに、なぜ、あんなふうに突き放した言い方をしてしまったのか。自分でもよく分からなかった。

 あいつのことはよく分からないし、よく知りもしない。なのにどうして自分は、ああもイラついてしまったのだろうと、何度となく同じ問いを繰り返す。

 確かに面倒ではあったが、もともとあいつにプリントを届ける役割は、自分から名乗りをあげてしたことをなのだ。

 

(明日、一言、謝っとこうかな……)


――僕の机なんて……まだあったんだ。


 あいつの言葉が再び脳裏をよぎった。あたしの心の中でなんともいえないモヤモヤとした気持ちが溢れてくる。


(不快だ……)


 どうしてこんなに不快なのだろう。細められたあたしの瞳が、あの瞬間のあいつの顔を思い浮かべる。何度も何度も……。


(やっぱり、明日謝りにいこ……)


 その時、スカートのポケットの中から軽快な音楽が響き渡った。最近、動画サイトで頻繁にあげられることの多い、姫ノ宮ココナという名のボーカルAIが歌う曲だ。

 流れているのは『もしもセカイが明日終わるなら』という曲で、歌詞自体が終末を思わせる悲壮感に満ちているものの、メロディだけは底抜けの明るい。あたしも気に入っていて、着メロに登録していた。

 おもむろにポケットからスマホを取り出す。


「……」


 表示されている着信名を見て、あたしの眉がわずかに下がるのが分かった。小さく溜息をつき、それでも電話に出ることにした。


「あたしだけど」

『ソアラか? オレだよ。直樹だけど』


 そんなことは分かっている。


――とは、さすがに言わないけど。


「うん、なに?」


 意図していたわけではなかったが、少しだけ低めの冷たい声が出てしまった。彼と話すとどうしても身を固めてしまって、結果として嫌な自分の声が出てしまう。

 嫌な自分の姿を見るのも、嫌な自分の声を聞くのもキライだ。


『冷たいな。明日、ヒマか? 藤田とか原田誘ってカラオケ行くんだけど』

「わかんない。でもたぶん、ムリ」

『どっちだよ』

「じゃあ、ムリ」

『じゃあって……』

「話、それだけ? 今からちょっと用事あるンだけど」

『なんだよ? 用事って。男か?』

「ばっかじゃないの!?」


 できるだけ落ち着いて会話を打ち切りたかったが、その一言はあたしの中で思いがけず怒りを爆発させる。不愉快極まりなかった。先ほどのあいつの事といい、この不快感は、ここしばらくずっと心の中で蓄積されていたものだ。

 それが何なのか、あたしの中でもいまいち整理がつかず、ただひたすら、もやっとした腑に落ちない感覚が渦巻いていた。それが今、爆発した。


『お、おい、そんなに怒るなよ? 悪かったって』


 思っていた以上にあたしが怒ったことに動揺してか、言葉を詰まらせた直樹は、慌てて謝罪した。しかし、そんな彼の態度さえも不愉快だった。


「話はそれだけ? 忙しいからもう切るよ?」


 直樹からの返事を待つことなく、強引に電話を切った。大きく溜息をつき、イラつく思考をなんとか切り替えようと思ってベッドから起き上がる。


(とりあえず着替えよう)


 ずっとベッドに寝転んでいたせいで、スカートにシワができそうだった。着ていたブラウスとスカートを脱ぎ捨て、薄手の少し襟の開いた水色のカットソー、白のキュロットに着替える。薄く塗った化粧を落とし、一階の洗面台で洗顔し終える頃には、気分も少し落ち着いていた。

 その頃にはもう夕食時で、適当に済ませてさっさと部屋に引き上げる。


「さて、中間テストも終わったし、今日は久しぶりに思いっきりやろー!」


 などと誰に言うでもなく、テンションを上げながら、ベッドに向かい合う形で配置されたテレビに向かう。

 嫌なことは、とにかくこれで忘れよう。そのテレビの下には、あたしがずっと自制に自制を重ねて堪えていた楽しみがあった。プレイディストーション4の新作ソフト、戦争ゲーム『コール・オブ・ダーティ』の最新作だ。ずっとやりたくて仕方なかったが、テスト期間中は一切、手をつけずに勉強を優先させた。

 しかし、何度となくこれの誘惑に負けそうになったことがある。なんといっても、本作のド派手なアクションとリアルな銃撃の感覚は、あたしを魅了してやまなかった。そうとうな精神力で自分を抑えてきたと自分で自分を褒めてあげたい。

 そう。あたし、西園ソアラはゲームマニアだ。

 ……こうして言葉にしてしまうと、ものすっごい重い響きがあって、正直、落ち込むんだけど。比較的ごくフツーな友達が多いあたしは、この濃ゆい趣味を周囲には秘密にしていた。けれど、銃をぶっ放す系のゲームが趣味で、よくネット上の動画サイトにプレイ動画を載せたり生放送で配信したりもしていた。

 再生回数も上々で、あたしみたいなごくフツーの女の子が、楽しそうに『コール・オブ・ダーティ』なんかの濃いFPS(プレイヤー視点のシューティングゲーム)をプレイしている姿が珍しいらしく、観ている人にはウケていた。

 なにより、そのプレイスタイルが新鮮だったらしい……。

 あ、今、動画のコメントとか思い出してムカついた。


「よぉぉっし……るぞぉぉぉぉ」


 すでに言動がおかしくなりつつあることに、あたしは気付いていない。はっきり言おう。あたしは自分のプレイ動画を上げるし、生放送をしたりもするけど、自分の動画をあとで観ることはしない。だって恥ずいし。でも、コメントだけをさらーっと観るようにはしてる。

 みんなでゲーム囲んで遊んでる感じが、なんか好きだった。まあ、ムカつくコメントもあるんだけど。


(さて、ソアラかちょオーン!)


 暗闇の中、降りしきる豪雨を背に屈強な兵士たちがアサルトライフルを構えているメイン画面から、ネットワーク対戦画面へと手馴れた手つきで進めていく。

 メインウェポンは、お気に入りの狙撃ライフルでDSR 50、サブはいつもファイブセブンにしている。

 適当なルームを選び、参戦ボタンを押した。アクセス中の文字が画面上に表示されている間、イヤホンマイクを耳にかける。

 このゲームでは、対戦中、マイクを接続することでプレイヤー同士会話することができる。仲間内や知らない誰かとチーム戦などもできるので、コミュニケーション機能は必須だったけど、たいていゲームを有利に進めるためにお互いに相談するというよりは、ただ無駄に駄弁ることの方が多い。

 だいたい、チーム内だけで会話しなければ意味がなさそうなものを、そこに参加するすべての人に聞こえるように音声が開かれているので、相談など無意味なのだ。


「うふふふ、さぁぁぁぁぁぁんせぇぇぇぇぇん!」


画面上に、どこかの荒涼とした砂漠地帯が目に入る。その砂漠の真ん中にあるミサイル発射基地が、今回のステージになるらしい。参加者は約二十人。夕方のこの時間帯としてはまだ少ないほうだけど、これから続々とオンラインしてくるプレイヤーは増えてくるだろう。ルールはデスマッチで、ひたすら制限時間中、自分以外のプレイヤーを敵として攻撃する。自分がキルした数と逆にキルされた数でポイントが算出され、順位が決定される仕組みだ。


『あ、【ZOALA】さんだ!』 


誰かがあたしのID、【ZOALA】を見て、声を上げる。


『ちょ、な? 【ZOALA】ってあのデスゾアラか?』

『いつも思うけど、デスゾアラってなんか怪獣みたいだな』

『肉食系JKキタコレ!』


――くそ、その名前、まだ広がってんの?


 あたしがゲーム実況をはじめた当初、プレイ中に使用する自分の名前を何にするかで決めあぐねていた。適当につけた名前が【ZOALA】。濁点をつけただけのシンプルなものだったけど、この名前でゲームを始めて数分後、最初は何度か敵プレイヤーに撃たれて、一撃も放てないままやられてしまうことが続いた。

 悔しくてあたしは黙々とゲームに没頭し続けた。延々とフィールドを駆け巡り、うまく隠れながら射撃し、また移動する。相手の死角を探りつつ絶好のポイントを思い描いて慎重に移動し、完璧で正確な射撃スタイルを確立した。そうしながら一人、また一人とキルしていくうちに、ついに数時間後、ゲーム中でただ一人、一度もキルされずに四十人キルを成し遂げてしまったのだ。

 問答無用に狙撃ライフルを使った一撃必殺の殺し方から、ついたあだ名が

死神JKデスゾアラ。

 しかも、だんだん敵プレイヤーを倒すことに、特殊な快感を覚え始めたあたしは、ゲーム中のトークでも、人格が変わったかのように不穏な喋りを展開するようになったらしい(いまいち自覚はない……)。


『ぐわぁ、またやられた! なんでその距離から撃ってヘッドショットなんだよ!』


 敵プレイヤーの断末魔がイヤホン越しに響き渡るたび、まるで恋人に甘く囁かれるかのように、あたしの顔が赤く火照りだし、ほころんでいく。


「あっ、あっ、あぅっ、やだっ、そんな、あんっ♡ この感じ……! いい!

くふふふぅぅ♡ いいわぁぁ、その叫び♡ もっと聞かせてぇぇぇぇぇぇ!」

『やばい、やばい! こいつやっぱホンモノだ! ホンモノのデスゾアラだ』

「誰がデスゾアラよ!」

『ひぇ! またやられた!』

「うふふ、ねぇ、そこぉ、そこにいるんでしょ? 隠れたつもり? くふふふ、

早く逃げないと、もう一発ぶち込むわよーっ……♡♡♡」

『お、おい! 誰か狙われてるぞ?』

『え? あれ? もしかして、お、おれ?』

『ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ、オレだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

「ぁっ! あんっ、だめ♡ あぅぅんっ♡ この感覚、たまんないぃぃぃっ……! 

もっとよぉ、ねぇ、もっと逃げ回ってぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 

すぐには逝かないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ♡」


 ゲームの仕様では、キルされた相手は、キルした相手のその瞬間の映像を見ることができる。

つまり、撃たれた者は、自分を撃った相手がどこから狙っていたのか分かるようになっているのだ。なので狙撃を得意とする者は、いくらうまく隠れた場所から狙撃しようと、敵を一人キルすれば少なくともその一人に居場所がバレてしまうので、すぐに移動しなければならない。

 けれどあたしは、それを逆手に取って対人地雷などをあらかじめ周囲にセットし、トラップを張り巡らせていた。何人もの初心者プレイヤーが餌食となっていく。中堅や古参のプレイヤーは、そう簡単には引っかからなかったが、本来、接近戦は苦手なはずの狙撃プレイヤーであるあたしは、むしろ、接近戦でこそ真価を発揮するかのごとく、まさに神出鬼没に現れては、サブウェポンであるナイフで各個撃破していく。

 

 え? なに? ゲームの説明より突っ込みどころがいろいろあるって? 

 だ、黙ってなさいよっ!


「ふぅ、今夜もだいぶり尽くしたかんじ……」


 いつの間にか興奮のあまり頬が上気し、唇の端からヨダレが垂れ落ちそうになっていた。呼吸も乱れていて、えもいわれぬ心地いい倦怠感があったが、全身を駆け巡る甘く熱っぽい快感をさらに貪るようにして、戦い続けていた。

 総キル数は38。被弾数は3、被キルはゼロだった。まずまずと言っていい成績に満足する。


『くそ、まるで歯が立たねーぞ』

『でも、オレ……このままヤられるだけでいいかも……』

『あ、オレも』

『ざけんな! 誰かあの女に一発ぶちこめよ!』

『リーダー、気持ちは分かるけど、その言い方はJKに対して完全にアウトだから』

『ちっげーーーよ! オレは誰かあいつに一矢報えってことをだなー!』

『けっ、このムッツリーダーが……』

『てめっ!』


(ここにきて、キモすぎる仲間割れっぷりなんですけど……)

 

 充分に悦楽の限りを尽くした。そろそろ潮時かと思い、あたしはルームを変えることにした。ゲームが終了し、今回の戦闘リザルトが表示されている間に、退室ボタンを押そうとした。その時だ。途中から新たなプレイヤーが参戦したというメッセージと共に、アクセスが読み込まれ始める。2人同時にルームに入ってきたようだ。

 つい反射的にプレイヤーIDを確認する。【ここな(可愛い)】と【AGA07】だ。【ここな(可愛い)】は、たぶん、ボーカルAIの姫ノ宮ココナのことだろう。楽曲が好きなだけじゃなく、キャラクターそのもののファンも多い。

 どちらにせよ、このプレイヤーもその一人なんだと思う。


『【ここな】、もう入った?』 


 気のせいか、どこかで聞いたことのある少年の声がする。【AGA07】が、一緒に入ってきた【ここな(可愛い)】に話しかけていた。


『はい、アガナ。準備できています』


 もう一人の“ここな”の方は、姫ノ宮ココナの電子音声だった。やっぱりココナのファンなのかな。あたしもよくカラオケで歌うけど。たまに、自分の素の声ではなく、こうした電子音声に変換して話す人もいる。

 人それぞれにネットでのボイス通話の仕方があった。

 この二人はどうも知り合いみたい。


『お、カップル参戦?』


ルーム内の誰かが、興味を持ったのか、話しかける。


『そうです』

『違います』


――は? どっちよ?


 そう思いながら、人が増えたこともあって、もう少しだけ続けてみることにする。というより、なんだかチグハグな会話をしているこの二人に、あたしも少なからず興味があった。

 やがて、ランダム設定されていたステージ選択がされ、次のバトル開始の秒読みが始まる。


「じゃ、いくわよっ!」


 新たなステージは、密林地帯だ。敵もやっかいだけど、ここは地面の起伏が激しく、下手に走り回っていると、気がつけば崖から落ちて死亡なんてこともよくある。

 ただ隠れやすい分、狙撃プレイヤーであるあたしには打ってつけのステージだと言える。


「ほらほらぁぁ♡ あたしにられたいの? ねぇ、られたいんでしょ? 

うふふ♡」

『まただ! なんなんだこの強さは!』


 やはりというかなんというか。結局、プレイヤーが増えても、自分を圧倒できるような相手はここにはいないということに、あたしは少なからず失望した。あっさりと一人、また一人とキルしては移動していく。先ほど入室した【AGA07】も大したことはないらしく、すでに三回は狙撃に成功していた。


――ふぅ、やっぱりこれ終わったら部屋移動しようかな……。


 その時だった。ふいに、ライフルを構えて寝そべっていたあたしの前に、わずかな影が落ちるのが見えた。反射的に飛びのくあたし。

 どこからともなく激しい銃声が響き渡り、同時に数瞬前まで寝そべっていた地面が、一瞬で砂埃をあげながらエグられる。

 なんとか銃弾を避けたあたしは、反転しつつ、一瞬の判断でライフルではなくハンドガンであるファイブセブンを構えなおすと、狙いを定めるよりも前に、背後に向かって数発浴びせる。そのまま一気に横へと駆け出した。

 相手の姿は見えず、発射した銃弾は茂みの中に虚しく消える。あたしはそのまま全力で走り、相手から隠れるように手近な大木の陰に身を隠した。


――今のはヤバかった……。


 見えた影の感じだと、かなり近い距離からの射撃だったはずだ。なんとか最初の一撃を避けたが、ほんの少しの遅れで、間違いなく一キルされていただろう。

 狙撃前の自分の周囲には、地雷などのトラップも抜かりなく仕掛けておいたはずだ。

 もちろん、気付かれて避けられることはあるけど、それでも、あんなに自分の方が気付かないまま接近を許したのは初めてだった。


「く、や、やるじゃん……」


 相手が撃ってきた方角から、だいたいの位置を割り出しつつ、自分も移動を繰り返す。いくらナイフキルが得意とはいえ、基本的にはアンブッシュ、待ち伏せでの攻撃が得意なのであって、今のような真正面からの戦闘では明らかに分が悪い。充分な距離を保って相手を誘導し、ここぞというポイントで狙撃してこそあたしの戦闘スタイルだった。


『な、なんか……デスゾアラのトークが変わった?』

「デスゾアラっていうな!」

『いやもう、デスゾアラでしょ』 

『オレらにとっては、まさしくデスゾアラだよな』

『死神JKデスゾアラ』

『いや、でも珍しく押されてね? たまにはドSの無敵JKが、抵抗虚しくヤラれるシーンも、それはそれでええんやないか?』


一人が下卑た笑いを浮かべる。

さっきほどリーダーと呼ばれていたプレイヤーだ。


(くっそ、こいつらの喋りにかまってたら、イラついて集中できない!)

 

 元からいたボイスプレイヤーだった連中が、面白そうに騒いでいる間、さっき入ってきたばかりの【AGA07】と【ここな(可愛い)】がずっと黙っている。元々いた連中が今、自分を攻撃しているわけではないとあたしには分かっていた。【AGA07】も違うだろう。もう何度となく、このプレイヤーも倒している。先ほどから、何度となくチャンスがあり、そのたび、完璧とも思えるタイミングで引き金を引いているにもかかわらず、まったく手ごたえがない。はっきりいって、今、無駄に騒いでいる連中よりも遥かに上手い。

 消去法でその正体は、【ここな(可愛い)】しかいなかった。


(こいつ、強い!)


 けれど、あたしも負けてはいない。じっと我慢に我慢を重ね、その瞬間を待つ。そしてついに、ずっと待っていたタイミングがきた。


「そこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 狙い通りの位置に人影が動いたのをあたしは見逃さなかった。ライフルが火を噴き、確かな手ごたえと共に、敵プレイヤーが倒れるのを遠目に確認する。本来は倒した相手のところに駆け寄るなんてスキだらけでしかないのだが、その時ばかりは、つい確かめたくなって駆け寄ってしまった。


「なかなかやるじゃん。でもやっつけたもんね! ……え?」


 そこにいたのは、先ほどから二十回は倒していた【AGA07】の変わり果てた姿だった。

 次の瞬間、画面脇からカチャという物音が聞こえたかと思うと、一発の銃声が響き渡り、あっけないまでにあたしが見ていた画面が赤く染まった。久しく見ることのかった【You were killed】というメッセージが目の前に浮かぶ。

 その直後、なぜか分からないけど、ゲーム中、登場するはずのない姫ノ宮ココナの姿をあたしは見た。短めの制服風プリーツスカートに同じ柄のブレザーを着た高校のコスプレっぽい格好に、なぜか黒のサバイバルベストを着込んだ姫ノ宮ココナが、スカートの裾をはためかせながら、強力なリボルバー、コルト・パイソンをあたしのこめかみに向けている。

 銃口からは一筋の紫煙が漂っていた。


『うおぉぉぉぉぉぉぉぉ! デスゾアラを倒しやがったぁぁぁぁぁぁぁ!』

『え? マジ? マジでこのメスゴリラ倒しちゃったの?』

『す、すげぇ……オレ、初めて負けるとこ見ちゃったかも』


 イヤホンの向こうで、プレイヤーたちの歓声がこだまする。


「ひ、ひ……ひぐぅぅぅ……」


 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。だんだんと胸のうちに敗北したという現実が重く圧し掛かり、悔しさと切なさで頭がいっぱいになる。つい涙声になってしまった。


――なになに? なんなの? なんでこんな一撃で……。


「う、うぅぅっ! こ、こんなのだめ! もっかい! もっかいやるわよ! 

もっかいやって!」


 悔しさのあまり、地団駄を踏むかのようにマイクいっぱいに涙声で叫ぶ。

 正直、たかがゲームでここまで悔し涙を浮かべてしまうなんて、自分でも予想外だった。

 涙にむせった声が出てしまって、少し恥ずかしい。しかし、それを聞き逃さなかった先ほどのリーダーが、勝ち誇った声でこれ見よがしに吼える。


『うはぁ~、負けて悔しいって気持ちが分かった~~ん? デスゾアラちゃ~ん?』

『うっわ、この人、ひくわー』

『リーダー、JK相手に大人げないから……』

『つーか、アンタがデスゾアラ倒したわけじゃないだろ……』


 あたしは、すぐさまキャラクターをリスボーン(殺されたキャラクターを再度復活させること。デスマッチゲームでは、制限時間中、たいてい何度でも復活できる)させ、リーダーを名乗っている男を無言のうちに蜂の巣にした後、リターンマッチを宣言する。

 しかし、【ここな(可愛い)】からの応答はなかった。代わりに、先ほどからずっと黙っていた【AGA07】が、少し遠慮がちに口を開く。


『あ、あの……もしかして、その声って……』


――ん? 何?


 やっぱりこの声、どこかで聞き覚えがあった。それもすごく最近聞いた覚えがある。けれど、【AGA07】なんていうプレイヤーIDを見るのは初めてのはずだったし、こんなIDの人間とフレンド登録した覚えもない。

 けれど、確かに聞き覚えがあった。相手もどこかソアラのことを知っているかのような素振りを見せる。


(なんだろ。【AGA07】……そういえば、さっき【ここな(可愛い)】にアガナって呼ばれてたっけ? アガナ……ん? アガナ? もしかして……もしかしてアガナって)


 ここにきて、相手も自分のことを気付きつつあるらしく、同じように「もしかして」と口調を同じくする。


『もしかして、にしぞ……』

「ストォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーップ!」


やがて黙っていた【ここな(可愛い)】が、さも最初から分かっていましたよ、と言わんばかりに口を開いた。


『その通りです。アガナ。彼女はいつものギャルです』




ではない!」



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