第44話「登場」
「師兄!」
珪成が駆けつけたのは、乱闘が始まってしばらくのこと。その姿を目の端に留めた琉樹は大きく息をつき、
「おっせえよ珪成――って、どうした、それ」
彼の背後には、珪成にがっちり腕を掴まれた張青が、決まり悪そうに目を伏せている。
「途中でバッタリ会ったので、連れて来ました。――春麗さんは?」
「春麗?」
その名を耳にするなりばっと顏を上げた張青は辺りを見回し、開いた扉口に志均と並び立つ楓花と目が合う。
今度会ったら色々言ってやりたい――そう思っていた相手の出現に、楓花の目は自ずと厳しくなる。だけど、それでも春麗の想い人だ。ぐっと唇を噛んで、室内にチラッと目を投げてみせた。とたんに張青は珪成の腕を振りほどき、駆け出した。あちこちに倒れたりうずくまっているものに躓いたり、避けようとしたりで、何度も転びながらも、まっすぐにこちらに向かってくる。その必死さに、わだかまるものが完全に消えたりはしないが、ほんの少しだけ安心する。
「さっすが師兄」
琉樹の周囲には、約半数の僧たちが白目をむいたり、身体のあちこちを押さえたりして倒れ、呻いていた。残りの半数も新たな敵に襲いかかるどころか、兄弟の動向をやりとりをうかがっている態を装い、獲物を構えたままぜえぜえと息を整えている始末。
そんな彼らの前をゆうゆう横切って琉樹の側に寄った珪成が、息を呑んだ。
「ちょっと師兄、血が出てます!」
「ああこれ、ちょっとかすっただけ――」
ちらっと左手の甲に目を投げた琉樹の声は、途中でかき消された。
「おまえたち、師兄によくも――許さん!」
転がっていた錫杖を拾い上げた珪成は、雄叫びを上げながら残る半数に、まっしぐらに疲れ切っている僧形たちに向かっていった。
「やれやれ、ちょっと休憩」
金属のぶちあたる硬い音やら叫び声やらが響き渡る中、琉樹は数歩後ろに下がって階に腰を下ろした。
「実はあいつ、俺より怖えよな」
僅かに息を乱しながら、肩越し振り返る。目線の先には、志均がいた。
「そりゃそうでしょう。珪成は、あの老師の秘蔵っ子ですから。老師のにわか弟子でしかないあなたが敵うわけありません」
「だーかーら、弟子じゃねえって言ってるだろ! それに、修行期間なんか関係ねえんだよ、才能ある人物にとってはな」
「言いますねえ。でも、息上がってますよ」
冷静な志均の台詞に、琉樹は「ふん」と鼻を鳴らして境内に目を投げた。
「何をしている、さっさと片付けんか!」
境内ではあれだけ威勢の良かった陳丁が、情けない声を上げていた。室内では張青が、泣きそうな声で何度も春麗の名を呼んでいる。
「ぐわあっ」
だが陳丁頼みの僧形たちは、最後の一人が珪成の錫杖になぎ倒された。
「おお、お見事」
「本当だな。さーて、どうする」
琉樹が再び背後の志均を振り返ったとき、
「わっ!」
という珪成の声。同時にガシャンと錫杖が地に投げ出された。
「小癪な
見れば目の前でぎらつく白光に、珪成が息を詰めたまま後ずさっている。
「そうだ、まだあいつが残ってた」
武挙人である。
「悠長に構えてる場合じゃないでしょう!」
「全くだ、待て待て、お前の相手は俺だ!」
言いながら琉樹は勢いよく立ち上がり、駆け出していた。
相手の獲物は大振りの曲刀――琉樹は足元に転がる錫杖を拾い上げて、珪成の前に立つ。
「師兄!」
「下がってろ――と言いたいところだが、これは俺一人の手には負えん。お前も加勢しろ」
「はい」
珪成は固く頷き、さっき投げ出された錫杖を手にした。
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