薬草を採ってくるクエスト!

ゴッドさん

第5話 【王国編】ギルド受付嬢

「よし。早速、ギルドに入会してみるか」


 この世界エスメラルディナに転生できたのはいいものの、今の俺には全く所持金がない。


 そこで俺は王都モドキアで冒険者ギルドを探し、しばらくの生活費を稼ぐことを考えたのだ。


 ギルドには巨大な戦斧バトルアクス幅広剣ブロードソードなどを携えた戦士らしき人間がたくさんいる。

 彼らは俺のことを「変なヤツが来たな」なんて言いながら、横目で見ていた。


 まあ、最初はこんなもんだろ。


 依頼をこなしていけば、いずれ彼らから「アイツが噂の猛者か」とか「俺を仲間にしてくれ」とか言われるんだろうなぁ。

 そう考えるとニヤけが止まらない。よぅし、ガンガン依頼をこなしてやるぞ!


「でもまあ俺もまだまだ初心者だし、最初は薬草採集の依頼でもこなすかな」


 俺は戦士たちの人ごみをかき分け、依頼の詳細が掲示されている巨大なコルクボードを見つめた。


 しかし――


『テンタクル・エクセルサス討伐――多くの漁船が沈められるなど、被害は甚大。湖に現れた巨大な化け物を討伐してほしい』


『ハイブリッド・ワイバーン討伐――ニーズヘッグ種とワイバーン種の混合種が確認された。オンニア山の頂上に巣を作っており、生態系の破壊が予想されるため討伐を許可する』


蠅の王ベルゼブブ刈者リーパー討伐――多くの魔蟲種を率いる特殊個体。この出現で小国が壊滅状態にまで追い込まれた。現場に急行し、地域住民の救援と魔蟲種の討伐を――』


 何だこれ、ヤバそうなヤツしかないじゃん。


 そこにあるのは難易度の高そうな依頼ばかり。この世界に来て初っ端からこれはキツすぎるだろ。俺はこの世界のことを全然知らないし、相手がどんなモンスターなのかも想像できなかった。


 一応、チート能力を持っているとはいえ、戦闘経験未熟な俺には不安が残る。


 コルクボードの隅から隅まで凝視したが、やはり薬草の「や」の字すら見当たらない。それどころか、ゴブリンとかスライムみたいな雑魚モンスターの討伐依頼すらない。


 どうなってるんだ、このギルドは。


「おい、邪魔だよ」


 そんなことを考えながらボードの前で呆然としていたら、背後から求職中の女戦士に肩を突かれた。「すいません」と言いながら俺はその場所を譲り、ギルドの受付へ向かった。


 きっとアレは上級者向けの依頼掲示板なんだ。本当に初心者向けの依頼はギルド受付嬢が紹介してくれる仕組みになってるんだよ。


 なんてことが頭の隅を過ぎった。


「あの、すいません」

「はい?」


 俺に応対したのは、メガネをかけた金髪の女だった。多分メガネを外したらかなりの美人なのだろう。ギルドの制服はその胸の豊満さを強調している。


「ギルド初心者向けの、薬草採集みたいな依頼はありますか?」

「え? 薬草採集ですか?」


 俺は彼女が「ああ、初心者なのですね? ご紹介しますよ」と笑顔で対応してくれることを期待した。


 しかし――


「何で、薬草採集なんか依頼にしなきゃいけないんです?」

「え……」


 彼女は冷たい表情でそう言った。まるで、俺のことを『頭のおかしいヤツ』とでも見ているように。


「な、何言ってるんですか、受付嬢さん! え、だって、薬草は普段の生活に欠かせませんよね? それなら、採集の依頼もたくさんあるでしょ?」

「あなたの仰るとおり薬草は普段の生活には欠かせませんが、そうした依頼はありません」

「え? どうして……」

「だって、薬草なんてどこでも採れるじゃないですか」


 何か、話の流れがおかしいぞ。

 俺の知ってる異世界転生小説の流れだと、普通に紹介してくれるはずなのに……。


「いいですか、冒険者さん? ここにある依頼は、依頼人が『自分たちの力だけでは解決できないから、協力を仰ごう』と判断したものです。自分たちだけで解決できるような問題なら、依頼になんかしません。依頼主はギルドに依頼する手数料も払ってもらわなければいけませんし、依頼達成者への報酬も払わなければいけませんから」

「そ、そういう仕組みなんですか……」

「ですから、どこにでも生えている薬草の採集なんて、わざわざ依頼にすることではないんです。その辺に生えている薬草を採ってきてもらうだけなのに、手数料も人件費も払ってくれる人なんかいないでしょう」


 まあ、そうだよな。

 この世界にも経済はある。なるべく安く済ませようとするのが普通だ。


 しかし、薬草は需要があるはずだ。この世界にはモンスターもいるし、怪我をした際は治療のために薬草が不可欠である。

 なのに、どうしてだ?


「で、でも、薬草は需要がありますよね? ほしい人はたくさんいるんじゃ?」

「確かに薬草は薬品や料理の素材になったりはしますが、それだけ需要のある植物ならすぐ手元にあった方がいいですよね? だから需要解消のために大昔に栽培技術が確立されて、今や農家が大量生産しているんです」

「え……そんな」

「ギルドに依頼して入手するよりも、直売所で買った方が遥かに安いです。それに加え、園芸植物としてその辺の家の庭先で育てられていることもあります。そんな気軽に入手できるのに、どうしてわざわざ依頼にする必要があるのですか?」


 そう言われると、そうだった気もする。

 このギルドに向かう途中、どこの家の庭先にも鉢植え植物が大量にあった。どれも同じような葉の形をしていたし、多分あれが量産されている薬草なのだろう。


「それと、一言に『薬草』と言っても、色々種類がありますよね? 何の薬草を採ってくるつもりだったんですか?」

「え……傷口を回復するような……」

「もっと具体的な名前を仰ってください。例えば、クルツ・クリーとか、ファインスト・ラプツとか、ブラス・ミモーゼとか。それと、どれがどういう効能があるのか知ってますか?」

「ごめんなさい。全然分からないです……」

「薬草に関する知識がないのに、薬草を採ろうとしてたんですか!?」


 受付嬢にかなり驚かれた。

 俺はこの世界にやってきたばかりだ。この世界の植物に関する知識など、持っている訳がない。


 目の前にいる彼女からこう言われると、自分はかなりアホなことをしようとしていたのではないかと不安になってくる。

 どれがどういう効能を持つ薬草なのかも知らないのに、ただ『薬草採集』というざっくりした目的だけで行動しようとしていたのだ。


 転生前に住んでいた世界でも、薬草にはたくさんの種類があった気がする。一番有名なのはアロエかなぁ。アロエヨーグルトが美味しかったのを覚えている。


 つまり『薬草』とは、薬として使える植物の総称である。

 植物の種類名ではない。


「このギルドに『薬草採集』なんていう曖昧なクエストはありません。依頼にするには『〇〇ソウ採集』とか『〇〇クサ採集』といったように、もっと具体的な種類名を提示してもらってます。じゃないと、依頼を受けた冒険者が混乱しますから」

「そ、そうですよね……」


 俺は薬草採集クエスト受注を諦めた。

 別の簡単な依頼を受けよう。


「じゃ、じゃあ! 弱い人でも達成できそうな依頼はありますか!?」

「そうですね。『プランター・マウス』の討伐なんてどうでしょう?」


 マウス系か!

 弱そう!


 ――という『マウス系モンスター=弱い』という考えが俺の中を過ぎった。


「それを受けます!」

「分かりました。それでは、この契約書にサインを……」


 こうして、俺はその契約書にサインし、ギルドを飛び出した。

 プランター・マウスがどのようなモンスターなのかを全く知らないまま――。


「怪力を持つ相手なので気を付けてくださいね」という受付嬢の声など、耳に入らなかった。


















     * * *


 その数時間後。


 俺は死んでいた。


 植えるネズミプランター・マウス

 その名のとおり、植物の種を植えてくるモンスターだった。俺の身長と同じくらいの巨躯を持つ。ヤツは怪力で俺を一蹴すると、倒れた俺の体に植物の種を埋め込んできた。


 俺はヤツの習性を知らなかったのだ。


 ヤツは草食性だが自分の大好きな植物を育てるため、他の生物を殺して植物の養分とするらしい。そして俺は殺害され、植物の養分にされた。今や俺の体からたくさんの草が生えている。


 こんなヤツを放置していたらヤバいだろ。


 そんなことも考えたが、どうやらヤツの動きはかなり鈍いらしい。追われてもすぐに逃げ切れる。こちらから攻撃しなければ反撃されることもないし、こいつによる年間の犠牲者数は極端に少ない。かなりの悪条件が揃わなければ、こいつの犠牲になることはないそうだ。


 つまり、俺はヤツに殺された稀有な人間と言えるだろう。


 こうして、俺の異世界冒険譚は終了した。


 また、この無様すぎる死に方から多くの冒険者が俺を笑い、『草生える=笑う』という言葉がこの世界でしばらく流行ったらしい。


 ようするに、異世界生活をするとき、ゲーム知識を当てにしちゃいけないってことだな。

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