第2話 魔導戦闘

 ギルヘンブルク帝国。国土面積はおよそ36万平方キロメートルで人口は4千万人ほど。建国からずっと武力によって国土を拡大、維持してきた。

 ではその武力はどれほどか。総兵力にして3百万。実に国民の一割弱が軍人ということになる。さらに驚くべきはその内訳だ。一般兵士が298万、魔導士が2万である。一線級の魔導士を2万人も揃えることができるのは帝国を置いて他にない。

 帝国の強さは武力に限った話ではない。国立魔導学園、これこそがこの国のもう一つの武器である。魔導学園は隣国に比べてトップクラスのレベルの魔導教育機関であるため留学生が非常に多く入学してくる。この留学生が武器なのである。要するに人質だ。隣国の将来有望な魔導学生を人質として取られているため隣国は帝国に手出しができない。

 それならばと、各国が魔導学園を越えようとしたが、各国の優秀な魔導教官をも取り込んでいるため、有する人材としてもトップレベルであるのがこの国立魔導学園である。

 そんなすごいところに入学したというのに、このエルギスという男はそのことを喜ぶこともなく今日もただ授業をサボって大図書館で本を読んでいる。

「前から聞こうと思っていたんだけど」

 私がそう言うとエルギスはページをめくる手を止め、こちらに目をやった。

「なんだ?」

「どうしてあなたはそこまでして本を読むの? もうすぐテストもあることだし、そろそろ実技の方も練習しないと」

「やだ」

 ……なんて子供っぽいことを。こんなワガママなただの子供みたいなのに、どうしてこの男はあそこまで戦闘に長けているのだろう。

 1ヶ月前、どうやら私はこのエルギスという男に危ないところを助けられたようなのだ。それも、私では歯が立たなかった魔導士二人組を一瞬で倒したという。かくいう私は、メイ=フェスリア。魔導の名門フェスリア家の魔導士で、1年生ではあるが学内で上位の実力を持っていると自分でも思う。ということは並みの魔導士では私には及ばない、それを圧倒する魔導士をさらに圧倒したというのだから、必然的にこのふざけた男は私より実力が上だということになる。

 なんてことを考えていたらだんだんムカついてきた。

「ねえエルギス。一度私と模擬戦しない? もしあなたが勝ったらご飯おごるから」

「やだ」

「じゃあさ、あなたが勝ったら私の家にある本持ってきてあげるから」

「……まじ? 俺は魔導書以外読まないぞ?」

「マジマジ。フェスリア家の書庫にあるやつだから結構貴重なのあると思うよ」

 あ、結構悩んでる。ウーンと唸って悩んでる……あ、顔あげた。

「よし。やるか 今すぐでいいか?」

「今すぐ……?」

 準備も何も無し……?こいつ――

「上等だオラァ! 今すぐ表出ろ!」



 図書館を出てエルギスとメイは運動場に移動した。魔導学園では学生同士がその技能を高め合うため、という名目で模擬戦が許可されている。学外では滅多なことがない限り魔導器の使用が禁止されているので、日々ストレスの溜まっている学生たちは時折模擬戦を行うことでそのストレスを発散させている。中にはただの戦闘狂もいて、運動場の中でも戦闘狂が愛用するA区画とそうでない学生が模擬戦を行うB区画、模擬戦ではなく普通のスポーツをするためのC区画に分かれている。

「なんかすげえ張り切ってるみたいだけど、A区画なんて来てよかったのか? ここは危険だって聞くけど」

 ……だめだ。メイは聞く耳を持たない。何がそんなに気に障ったのか、鬼のような形相でせっかくの綺麗な顔が台無しだ。

「さあ、はじめようよ。私はゴルトルトを使うけどエルギスは自分の魔導器持ってないの?」

「持ってるよ」

 そう言ってエルギスは懐から羽ペンを取り出した。

「ペン……? そんな魔導器、見たことがない」

「俺の魔導特性はちょっと特殊だから、それより模擬戦でゴルトルトなんか使っていいのか?」

 真槍ゴルトルト。フェスリア家が保有する伝説級の魔導器だ。以前はフェスリア家前当主ベルハルト=フェスリアが使っていて、現役時代は鬼神と呼ばれていたそうだ。

「いいの。こんなのただ古いってだけでただの槍なんだから」

 そう言ってメイは、コンパクトサイズに折りたたまれていたゴルトルトの柄を握り、その名を呼んだ。

「ゴルトルト!」

 直後、ゴルトルトの柄が伸び、平べったい形状をしていたそれがランスの形を形成し始めた。

「ただの槍なわけがないんだけど……ほら、人集まって来ちゃったし」

 エルギスが辺りを見回すと、珍しいものが観れると見物客が集まって来た。皆口々に、「あいつフェスリアだろ?」「あれが噂のゴルトルト……」などと話している。

「いいじゃない。それとも、観られてたら本気が出せない?」

 割と図星を突かれたが、エルギスは適当に負けておけばいいだろうと考えていた。しかし――。

「もしわざと負けようなんて考えていたらやめた方がいいよ。そんなことしたらあんたが授業サボりまくってるって学長にでもチクって、図書館に出入りできないようにしてやるから」

 だろうな。安請け合いするんじゃなかったかなとエルギスは思った。

「じゃあ、始めるよ。――ッ!」

 そういうとメイはゴルトルトを構えて一直線にエルギスに突進した。

「おわっ!!」

 すんでのところで交わしたエルギスだが、当たっていたらタダでは済まなかった。

「おい! やっぱそれめっちゃ危なくね!?」

「いいの! だって学園側は許可してるし! IDブレスレットがあれば攻撃は届かないでしょ!」

「そりゃそうだけど! ただの槍ならともかく、ゴルトルトの加速だとIDブレスレットの防御壁も突き破りかねないし!」

 メイの言う通り、学園生が身につけることになっているIDブレスレットは魔導器であり、防護用の防御ルーンが刻まれている。しかし、メイの使用する魔導器、真槍ゴルトルトには加速用のエネルギー噴出口があり、これにより驚異的な加速と何者をも貫く突破力を得ている。ゴルトルトにかかればブレスレットの防御ルーンなど破壊できるだろう。

「問答無用!」

 とんでもない奴と知り合いになったものだと、エルギスはメイと知り合ったことを少し後悔した。

「ッラァ!」

 再び急加速で突進してくるメイ。エルギスはこれを回避し、羽ペンを中空に走らせ何かを書き始めた。

 幾度もゴルトルトの突進を回避するエルギスを見て、周囲の観客たちは徐々に熱を帯びて来た。「いけぇ!」「そこだ!」「フェスリアたん!(はぁはぁ)」「つっこめぇ!」などの歓声がエルギスとメイを包む。

「いま変なのいなかったか!?」

 エルギスは一撃ももらうことなく回避を続けていたが、徐々に速度を増していくメイの動きに対応しきれなくなってきた。そしてついに回避不可能なスピードでメイが突進を仕掛けてきた。

「くたばれぇ!」

 なんて汚い言葉を使うんだこの女はと思いつつも、エルギスは中空に走らせた羽ペンを振り抜き、呟いた。

「その力は、意味をなさない」

 そう言った瞬間、メイは急激に減速し、そのままエルギスの腕の中に収まった。

 何が起こったのかわからず、固まるメイと観客たち。そんな中エルギスはメイにこう言った。

「俺の勝ちだな」

 エルギスは腕の中のメイをその場に座らせ、その場を立ち去った。カッコつけているようだが、実際は大勢の観衆の前で女の子を抱き抱えているのが恥ずかしくて逃げただけであった。

 あいも変わらず呆然としていたメイと観客たちであったが、その中に一人、興奮した様子でエルギスの後ろ姿を見つめる女がいた。

「エルギス……彼はとても、面白い」

 そう言って女は恍惚とした表情でエルギスの背中を見えなくなるまで見つめていた。

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