ルナミスエイジス

@cask

第1話

 彼は一体何者なのだろう。

 帝立魔導学園。その大図書館で一人、授業もほとんど受けずに毎日読書をしている彼。IDブレスレットの色は青、つまり私と同じ一年生のはず。本来この学園の一年生は二年次以降自分の好きなコースに入るため一生懸命単位を取るはず。だというのに彼はそんなこと気にも留めないで、真剣な顔で読書をしている。

 かくいう私も単位のために必死になってなければいけないのに、必要最低限の単位だけとってこんなところで油を売っている。でも彼は、周囲の友人に異常だと言われている私以上に異常である。それがどうしても気になる。

 いや、実を言うとそんなことが気になっているんじゃない。私は単位なんてどうでもいいと考えているし、彼もそう言う類の人なのだろう。私が本当に気になっていることは、彼は一年生で魔導師としての経験も浅い。でも、ただ読書をしているというだけなのに、彼には一分の隙もない。

 この人は、一体何者なのだろう。



 帝立魔導学園大図書館。帝国内で最も巨大で蔵書数の多い図書館で、広さは1万平方メートル。階層は地下を含めて6階建。蔵書数はとてつもなく多い。

 エルギス=アーカムアークスはこの図書館の1階のテーブル席で一人読書をしていた。周囲に人はいない。学園では3限の授業が始まっている時間だ。魔導学園は単位制のため、毎時限必ずしも授業を受けなければいけないわけではない。しかし、学生たちは皆一つでも多くの単位を取ろうと必死になっているため、エルギスのように授業をサボって読書に来ている学生もいないし、仮に授業が無くとも空き時間は自由参加の補講を受けているだろう。学生たちが図書館に来るのは基本的に放課後である。故にエルギスのように授業時間中に読書をしている学生など、よほどの物好きなのである。

 エルギスが本から目をあげてチラリと、一つ向こうのテーブル席の『彼女』を見やった。

(物好きなヤツもいるもんだな)

 そんなことを考えていると、視線がぶつかったが、彼女はすぐに慌てた様子で本に目を下ろした。人見知りなのだろうと思い、特に気に留めなかった。


 ようやく本を読み終え、ふと辺りを見回すと学生が沢山いた。どうやら授業が全て終わるまで読みふけってしまっていたらしい。読み終えた本を返すため立ち上がろうとした時、一つ向こうのテーブルの『彼女』と再び目があった。すると『彼女』は先程と同様に目を逸らした。

 偶然だろうとエルギスは思ったが、考えてみれば視線がぶつかった時の『彼女』の目は何かを探るような印象があった。

(不審に思われている? なぜ?)

 本を返し終わり、席に戻ったら直接聞いてみようと思ったエルギスだが、席に戻ってみれば、そこに『彼女』はいなかった。


 

 やってしまった。二度も目があって、あんなに慌てた様子をとってしまっては絶対に不審がられる。

 しかし、『彼』のことが気になるなら何故直接話をしてみなかったのだろう。さっきも、昨日も、一昨日も――。

 私自身人見知りというわけでもないと思う。同じ授業をとっている人とは気軽に話もするし、人と目があって、逸らしたのは彼が初めてだ。

 恋――ではないと思う。でも何故か、無性に気になる。どこか、懐かしさを感じさせる彼のことが。

 そんなことを考えていたせいだろうか、家に帰ろうというのに全く見当違いの方へと歩いていた。ここの辺りは人通りも少ない。それに私は良くない輩に狙われることが多い。早く人通りの多いところへ――。

「あなたがメイ=フェスリアか」

 失敗した。本当に、今日はどうかしてる。



 次に読む本を選別して借りていたらいい時間になっていたので、エルギスは帰路についていた。

 あと10分弱で我が家だというところで、路地の方が騒がしいことに気がついた。この辺りは人通りが少なく、路地が多くて入り組んでいるため何かしらトラブルが起きていることは少なくない。エルギスはそういったトラブルは普段ならスルーするのだが、今回は何故だか路地の入り口で足が止まった。

(なんだ、この、音。どこかで聞いた……)

 気になったことはすぐに調べたくなる性格なので、一度気になったこの音を放置して帰るわけにはいかない。そう思ってエルギスは路地の中へと踏み込んだ。

 路地を歩くと次第に音が大きくなっていく。風の音――にしては大きすぎるその音が聞こえて来る場所は、少し太めの路地だった。現場を覗き見るため、エルギスが曲がり角を曲がった瞬間、正面から人が吹き飛んで来た。とっさに受け止めたエルギスは衝撃で後ずさりした。

 飛んで来た人の正体を確かめようとしたところ、エルギスは二度驚いた。

(この子はさっきの彼女。しかも彼女が片手に持つ槍は……ゴルトルト……)

 見覚えのあるものが二つ同時に飛び込んで来たため、エルギスは少し混乱していた。そこへ二人の男が現れた。

「その女の持つ槍を、こちらに渡してもらおう」

「渡さなければ、君を殺さなくてはならない」

 手に何かを持った二人の男がエルギスを脅しつつジリジリと迫ってきた。

「あんたら魔導士か。で、狙いはこの真槍ゴルトルトというわけか」

 エルギスが言うと、二人の男は驚いた様子で返した。

「その魔導器が何なのか、知っているようだな」

「だったらどうする?」

「危険だ。ここで死んでもらう」

 そう言い、片方の男が間合いを詰め、片手に持っていた何かをエルギスに突き出してきた。

 予想外の素早い動きにエルギスは一瞬どうしようか考えたが、行動を起こす直前に抱えていた彼女がエルギスの腕から降り、手に持っていた槍を男の前に振り抜いた。直後、激しい金属音が鳴り響き、男は後ろに跳んだ。

「あなたは逃げて! ここにいたら殺されてしまう!」

 先程すごい勢いで吹き飛ばされていた彼女は、しっかりとした様子で立ち、槍を構えていた。しかし制服の脇腹付近に赤いシミがジワリと広がっていた。

「そんな怪我で無茶をするなよ。逃げるのはあんただろう」

 エルギスがそう返すと、彼女は再び声を張り上げた。

「あなたには関係ない! だから逃げて!」

 気になった音の正体も判明して、既に帰りたくなっていたエルギスは、彼女の言う通り逃げようと思ったが、そうせずに、彼女の肩を掴んだ。

「何を――」

「ちょっと寝てろ」

 直後、彼女は全身の力が抜けたようにその場に倒れこんだ。

「この子を見殺しにしたと言ったら、ヤツに殺されそうだからな……」

 エルギス達を襲った二人の男は警戒した様子でエルギスを見やった。

「何をした」

「寝かせただけだよ。それより、もう帰りたいから早くやろう」

 そう言ってエルギスは懐から羽ペンを取り出し、中空に何かを書き始めた。

「ルーンの固定化――お前、一体」

 片方の男がそう言うと、もう一人がエルギスに向かって突進した

「ベイル! よせ!」

 片方の男の制止も聞かず、ベイルと呼ばれた男はエルギスにあと一歩で届く距離まで到達していた。

「これで、終わりだ!」

「その言葉は、意味をなさない」

 瞬間ベイルの手にあったはずのナイフが消え去った。

「え」

「返すぞ。『朽ちろ』」

 エルギスがそう言うと、ベイルがその場で固まり動かなくなった。

「おい、ベイル?」

 片方の男は唖然と立っていた。そんな男に目もくれず、エルギスがベイルを小突くとベイルは人形のように倒れた。

「ベイル!」

「死んだよ」

 エルギスが言うと、男はが叫んだ。

「何をした!」

「想像はつくだろ。心臓を破壊した」

「お前……何者だ」

 二度目の質問に、エルギスはようやく答えた。

「エルギス=アーカムアークス」

「まさか……ライブ――」

 男が言い終える前にエルギスは距離を詰め、ベイルにかけたのとは違う言葉をつぶやいた。すると男は炎に包まれ、生き絶えた。

 エルギスは燃える男に一瞥もくれずに、倒れていた彼女を担いだ。

「あんた、フェスリア家の人間だったんだな……」

 そう呟くと、エルギスは近くにある病院へと歩いて行った。

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