第3話 聞いてもいい?
メイとの模擬戦の翌日。エルギスは何者かに尾行されていた。最初は昨日の観客がちょっとした興味で尾けたのかと思っていたが、かれこれ5時間近く見られ続けて、流石にこれはおかしいと思い始めていた。
「なあメイさんや」
「なんだいエルギスさん」
「さっきから俺ずっとあの女に尾行されてるんだけど、あいつ誰よ」
エルギスが聞くと、メイはチラリとエルギスの背後の人影を見てこう言った。
「うわ……」
「誰だよ」
「あれは……その……なんというかすごく厄介な人で……」
「誰なんだよ」
「シルディア=レムラス、2年生よ。成績は優秀で品行方正。そういう面ではとても評判はいい人なんだけど……」
「なんだけど?」
「あの人、戦闘狂なの。強そうな人見つけたら誰彼構わず襲いかかっちゃうような人」
「そりゃまた……」
変人に目をつけられたものだと、エルギスは思った。
「やっぱ昨日の模擬戦が原因かなぁ……」
「でしょうね。昨日のあんたのアレ、ちょっと異常だから」
アレとはエルギスがメイの突進を打ち消した技のことだろう。
「他人の魔導について聞くのは失礼だけど聞いてもいい? アレはなんなの?」
「確かにそりゃマナー違反だけど、実際にこうして約束守って本持ってきてくれたわけだし、言うよ」
そう言うとエルギスは本を閉じ、一瞬背後を盗み見てからメイに向き直った。
「あれはルーンの無効化だよ」
「ルーンの無効化?」
どうやら聞いたことがないらしい。それを見て、エルギスはこう続けた。
「ルーンってのは流石にわかるよな?」
「うん。ルーンは私たちが使用する魔導器の要、心臓部分だよね。ルーン文字を使って魔導器に意味を刻み込む。そうして意味を持たされて特殊な力を得たのが魔導器」
「そう。魔導器にはルーンが刻まれている。ではルーンとは何なのか、さっき意味を刻むって言ったよな」
「うん」
「と言うことは魔導の発動においてはルーンによる意味を持つと言うことが最も重要なことなんだ。じゃあその意味そのものが消されたらどうなる?」
「それは……意味を失ったルーンは力を失うから、魔導器も力を行使できなくなる……?」
「正解。俺はその意味を消し去ったんだよ」
興味津々の様子でメイは聞いている。しかし気になることがあったのかこう質問してきた。
「でも、そんなこと出来るの? そんなことができるならみんなやっているんじゃ……」
「確かに誰にでもできるわけじゃない。でも方法自体は簡単なんだ。誰でもできる可能性はある」
「その方法って?」
「相手のルーン、つまり『意味』をより強い言葉で打ち消す。これだけだ」
「より強い言葉……ハゲ! とか?」
「それは強いの意味が違うんだが……。まあ端的に言えば、魔力の密度と年季かな……。そういう意味ではゴルトルトはかなり古い魔導器だったからな。ルーンも古くて打ち消すまでに時間がかかった」
「だから模擬戦でしばらく様子見みたいなことを……」
「そういうこと」
なるほどねと納得の言った様子のメイ。しかしまだ疑問に思ったことがあるのかさらに質問してきた。
「じゃあさ、あの羽ペンは何なの? 言葉で相手の力を無効化できるなら魔導器なんていらないじゃない」
「あれは必要だよ。無効化するのは、言葉といってもルーンのことだから、ルーンにルーンをぶつけなきゃいけない」
「それなら無効化は不可能じゃない? 相手の持ってる魔導器によってルーンは全然違うんだよ? 一つ一つ対応できるはずがない。一人の人間に許された魔導特性はせいぜい3種類ってとこなわけだし」
そこが問題なのだ。人はそれぞれ固有の魔導特性を持っている。メイならゴルトルトを使用するための特性を。炎を生み出す魔導器を使う人なら炎系の特性のみを持っている。魔導士だからといって全ての魔導器を使えるわけではないのだ。
「確かに普通はそうだろう。でも俺は、自慢じゃないがあらゆる魔導に対して特性を持っている」
エルギスがそう答えると、メイは唖然とした様子で聞き返した。
「全て? 嘘でしょ? そんなの聞いたことが」
「そりゃそうだ。多分俺しかいない」
「いやそれ、十分自慢でしょ。あんたやっぱトンデモね」
しみじみとメイが呟いた。
「で、羽ペンは何なのよ」
「ああ、あれは汎用型魔導器の究極系だよ。空間にルーンを固定してその空間を利用して一度限りの、要するに使い捨ての魔導を行使できるんだ」
「……使用者もトンデモなければ魔導器もバケモノね。相当貴重なんじゃない? それ、製作者はわかってるの?」
「正確に言うとこれは魔導器じゃないし、貰い物だからどうやって手に入れたのかも知らないんだ」
「へぇ……。でもそうね、あんたほど実力があれば授業に興味がないのも頷ける」
「興味がないわけじゃないけど、ここには本を読むために入学したからな。図書館に入り浸ってるのは当然だよ」
「これも聞きたかったんだけど、どうしてそこまでして本にこだわるの? 正直並みのこだわり方じゃない。執着といってもいいレベルだと思う」
「そうだな……その話はまた今度な」
ええーと不満そうなメイ。そんなメイを横目に再び背後を伺ってみる。
いなかった。シルディアとやらはどこかへ行ったらしい。
「いなくなったねシルディア。良かったじゃん」
「いい……のか?」
なんだかあっさりいなくなっていたので、逆に不安ではある。しかし悩んでも仕方がないのでとりあえず家に帰ろうと思い、席を立った。
あ、そうだと立ち上がり際にエルギスがメイにこう言った。
「今日聞いたことはあんまり吹聴するなよ? というか誰にも言うな」
「そうね。これはあまり人には聞かせられないね」
すぐに了承してくれたメイを見て、今度こそエルギスは席を立ち、メイと並んで歩き始めた。
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