鑑賞3 図形の中の恋人(中原中也「湖上」)

 

二辺の等しい直角三角形が


直角を成す一辺を下にしてある。




この三角形は


縦に伸びる辺を折り目とする


二つ折りの状態で




それを


開いてみると


底辺の広い二等辺三角形が現れる。




底辺の片側を出発点に


静かになぞる。




なぞっていくと


さきの折り目まで来る




折り目は底辺に対し直角に伸び上がる


二等辺の合わさる頂点に向かって




しかし


この折り目は


二等辺三角形を成す線分ではないので


これをなぞらない




いずれまた


なぞりは底辺を伝って再開される




行き着く先は


底辺を閉じる


もう一方の点




ここで


二等辺三角形は


折り目から畳まれ




そして再び開かれて


指はもとの開始点に戻る


……







 人のいるところには光がある。人の手になる光である。ものの形を象って、生活を便利にしてくれる。が、ときに煩わしいものをさえイメージさせないでもない。決まって雑音も湧いている。何しろ人の手になる光となれば、人と人との関わりに必要あって作られた光、目的の与えられた光だろうから。


 二人きりのひと時をほしがる恋人たちに、これはあんまり明るすぎる。これでは想いをよせる相手の胸は遠のいて、顔を出すのは退屈な人、やってくるのはいやな人。


 恋人たちは人工の光から逃れて、二人に似合いの光をさがす。それは雑踏では力ない光。人の世界を離れた空の上で孤独に、たしかに光っているものがある。星もかき消す月明かり。でも、人の世には暗くて見向きもされない。恋人たちは月に憧れる。




  ぽっかり月がでましたら……




 二人の行くには湖がよい。海のような波もなく、塩辛くもなく、また無闇に広くもない。野原のように歩くことを気遣う必要もない。なにより月を隠さない。静かに舟底をうつ、さざ波が時間を告げるきり。それには秒針が示す時間のようないやらしさもない。むしろ二人のそばにあることを、一層深く耳打ちする。




  沖へでたらば暗いでしょう……




 湖面をすべりはじめる二人は、人の世をひととき捨てて沖へ出る。湖上には、二人の座る舟のほか、何あることもない。舟はするすると、月の下を水平にすべっていく。




  月は聴き耳立てるでしょう……




 岸から一番遠い地点、舟がふたりを乗せてあるきりの水の上。空にも青い孤独な月のほかなくて、互いを映すように呼応している。月の鉛直方向にふたりの接吻点がある。




  なおもあなたは語るでしょう……




 岸から離れて湖の中心に来たことは、あとはどちらにも岸に向かう道しかないことを意味する。ほんとうの二人きりがほしくて、ひと時借りた夢の時間。恋人は気をそらそうとする、もっと率直に愚図ついてみたりする。相手も恋人と同じように思うから、その口を遮ったりしはしない。でも、それかといって漕ぐ手をやめるわけにもいかない。


 月明かりはしだいに薄れ、街明りが近づいてくる。そして約束をするまた孤独に明るい月夜には二人きりのひと時のため、湖へ出掛けましょう。




  ポッカリ月がでましたら……

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