第2話 これは夢ではない
クレオール国王城第2王子執務室内の机に、書類が叩き付けられた。
「こいつだ。」
シズキが指示した書類には、「セラ・エルネスト、17歳、第3中隊所属」と記載されていた。
「へぇーこの子が。可愛いじゃないか。信じられないなぁ。」
横から書類を除いている男は、ブラウンの髪を靡かせ、柔和で端正な顔を緩ませた。
「顔はともかく、おれを蹴飛ばしたんだぞ。信じられるか?」
シズキは激高しながら、幼いころからの親友であり今は補佐をしているカイに強い口調で言い放った。
「そんなこといったってさぁ、シズキだって悪いよ。この子の言うことも最もだと思うなぁ。」
くっくっくと肩を震わせながら笑いを必死で耐えようとしているが、とても耐えきれていない。
「うるさい!いいからさっさ手配しろ!」
「はいはい。分かりましたよ。わが殿下の仰るとおりに。」
そう言って手をヒラヒラとさせながら、カイは執務室を後にした。
あの悪夢の夜が過ぎ去った次の日、セラは地獄に落ちたような気分でいたが、仕事を放棄するわけにはいかない。重い体を引きずり出勤し、いつものように勤めを果たしていた。
何か処罰を受けるのではないかとびくびくしていたが、仕事に行けば忙しなく体を動かすこととなり、その感情はすっかり忙しさで忘れてしまっていた。
無事に1日が終わったかと思ったその時、バルド中尉に呼び出しを受けた。
――――来たか。
ついにこの時が来たかと、セラは天を仰いだ。
「セラ・エルネストです。お呼びでしょうか、中尉。」
室内に入ると、中尉が難しそうな顔で書類を睨み付けている。
セラを手招きして呼び寄せ、手前の椅子に座るよう促し、額に皺を寄せながら喋りかけた。
「セラ、お前一体何をしたんだ。」
「…。」
セラは答えられなかった。どう答えれば良いかわからなかったからだ。
――――王子の股間蹴飛ばしただなんて、言えるわけない。
内心汗をダラダラかきながら、目を泳がせているセラを見て、バルドは理解不能といった顔で大きく息を吐いた。
「セラ、お前に異動命令が出た。第2王子であるシズキ殿下が団長を務める、近衛騎士団に明日から配属だ。」
この瞬間、セラは再び地獄へ叩き落とされた。
カツカツと、やけに広い王城の廊下を、新しく支給された近衛騎士団の漆黒の制服をまとい、セラは速足で歩く。
その顔はこれ以上にない程引きつっており、ただでさえ白い顔が血の気をすっかりなくしてしまい、血管が透けて見えそうなくらい青ざめている。
あの夜から、すべての出来事が信じられない方向に向かっている。自分がどうなるのか全く見当がつかない。やはり処罰を受けるのだろうか。セラは不安で死にそうなほど胸がしめつけられた。
その足が大きい扉の前で止まった。
両脇には護衛と思われる騎士が立っている。名前を告げると、扉が開き、中へ入るよう促された。
――――ああ、やっぱり嘘じゃなかったんだ。
どこかでこれは現実じゃないと思っていたが、ここまでくるともはや受けいれるしかない。
室内にいる男―あの夜からたった1日ぶりとなる、第2王子に向かって敬礼をしながら覚悟をきめて声を発した。
「本日より近衛騎士団に配属されましたセラ・エルネストです。
殿下にご挨拶に参りました。」
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