王子と騎士
青山 律
第1話 運命か偶然か
「セラ、お前に良い仕事があるんだが、やらねぇか?」
セラは今日の仕事が終わったとばかりに部屋から出ていこうとした足を止め、くるりと振り返った。
「仕事内容と報酬によりますが。」
そういった少女は、見事な銀色の髪とコバルトブルーの瞳を瞬かせ、返事をした。
「仕事内容は第2王位継承者であるシズキ殿下の生誕式典の警備だ。なに、難しい仕事じゃねぇ、突っ立ってるだけでいいからな。年末と重ねってるから、どこも手薄になっちまって、人手が足りねぇから応援が欲しいんだとよ。
ちなみに、報酬は1万ベリーだ。お前は小奇麗な顔してるから―
「やります。」
セラは上司であるバルドが話し終わらないうちに、遮って返事をした。
「お前ならそういうと思ったよ。」
予想通りの答えが返ってきたとばかりにバルドは呆れたように笑った。
「俺が言うのも何だが、あんまり働きすぎるなよ。若けえんだからな。」
「分かっています。残りの借金2000万ベリーを払い終わるまでは、病気などしてられませんから。ではその件、よろしくお願いします。今から別の仕事があるので急がなければなりませんので。」
そう言い放ったセラは、一つに括った銀髪の髪をひるがえし、足早にドアの向こうへ去っていった。
「顔は綺麗なんだがなぁ…。若い頃から苦労すると、ああなっちまうんかなぁ。」
やれやれとバルドはため息交じりに喋る。そして、先ほど舞い込んできた求人に「セラ・エルネスト」と記載し、本部へ報告するため部屋を出た。
凍てつくような空気の中、クレオール国王城内の貴賓室の控室前には、広間のざわめきなど無関係かのように、一切の物音が聞こえてこない。
警備として招集されたセラは、あたりの静かさと途方もなく暇だという事実を前に、うつらうつらと船を漕ぎ出すのをやめることはできなかった。
「おい!お前!手伝ってくれ!」
いきなり耳をつんざくような大声で話しかけられ、セラはびくっと背筋を伸ばし、目を瞬かせた。
「何かあったんですか。」
平常心を取り戻すように、そっと息を吐きながら呟いた。
「シズキ殿下が見当たらないらしい!どこかに隠れているはずだから、必ず探し出して連れて来いとの命令だ!お前も一緒に探してくれ!」
そういった男は、こちらが質問することも許さず、廊下を走って行ってしまったため、セラは再び静まり返った廊下に取り残されてしまった。
「ええ…、なんだよそれ。殿下がいないって。主役じゃないのかよ。」
全く気乗りしない任務であったが、何もしないわけにはいかない。セラはめんどくせぇと頭を掻きながら、その綺麗な顔からは想像できないような汚い口調でぶつぶつと文句を言いながら男の走って行った方向に向かって歩き出した。
歩き出したは良いものの、セラに王子の居場所など検討もつくはずがない。
適当にあちこちのドアを開けたり閉めたりして、様子を見ることにした。
―――こんなとこにいるはずないよなぁ。適当に探したら元の場所に戻るか。
そう心の中で決心したその時だった。
かすかな音がセラの耳に届いた。
訝しながらそっと歩いていくと、右手前のドアから何か聞こえてくる。
セラは息を詰めて物音のしている室内のドアを開けた。そして、室内にそっと身を滑り込ませ、部屋の奥を伺ったその瞬間、部屋に入ってしまったことを激しく後悔した。
「んっ。あぁっ…殿下っ。」
真っ最中であろう状態で胸が丸出しになった女と、それに覆いかぶさっている男が見える。いくら経験のないセラだって、今がどんな状態かよく分かった。しかもなんだ。あの女さっき男のことを「殿下」と呼ばなかったか。
激しい後悔と今すぐこの場から去らねばと、ものすごい勢いで体をくるっと回して足を踏み出そうとした瞬間。
がんっ!と音が室内に響き渡った。
―――ああ…やってしまった。
セラの足がドア枠に引っかかり、決して大きくはないが、室内に来訪者がいることを知らせるには十分な大きさの音が響いた。
「誰だ。」
低いテノールの声が間近で聞こえた。
びくっとしたセラは、神を呪いながら震える声で応じた。
「この式典の警備を任された者です。殿下をお探しするよう命令されました。」
声がひっくり返らずに言えたことに、セラは安堵の息を漏らした。
「ほう?ならばなぜすぐに声をかけない?お前は任務を放棄して逃げようとしているように見えるが?それとも盗み見するのが任務か。随分と良い趣味だな。」
ウェーブのかかった透き通った金の髪をかきあげながら、不機嫌さを醸し出してセラに詰め寄る。セラが見ても高価であろうと分かる光沢の入ったシャツをはだけさせ、彫刻かと見間違うような顔をしているが、その人形じみた風貌と、殺気の入った目を間近で見てしまい、セラは恐怖で身がすくんだ。
「申し訳ありません。ですが、盗み見していたわけではありません。取り込み中でしたので出直そうと考えました。」
舌がもつれそうになりながら喋ると、男はやれやれと言った風で答えた。
「なるほどね。じゃあ今すぐ出て行ってくれ。俺は忙しいんだ。ついでに、他の警備兵にはこの部屋には人がいなかったと伝えといてくれ。」
男はそう言い放ち、まるでセラなどいなかったかのように元の場所に戻ろうとした。
はいそうですか、と何事もなかったかのようにそのまま帰ればよい―
頭の中で思い浮かんだ考えがあったが、男のその態度を見たとき、沸点の低いセラの性格が、まったく違う言葉を口走った。
「何を言っているんですか。あなたは今すぐ私と一緒に広間に来てもらいます。こんなとこでヤっている暇があるくせに、忙しいなんてよく言えますね。そのだらしない恰好を早く直して下さい。さぁ。」
「は?今なんて言った?」
男はさっき聞いた言葉が信じられないかのように再度聞き返した。
「ですから!そのだらしない恰好を直して、私と今すぐ広間に出てくださいと言っているのです!あなたのその耳は節穴ですか。」
男はずかずかとセラのもとに戻り、セラの制服の襟元を思いっきり引っ張って言い放った。
「誰にものを言っているのか分かっているのか。」
「ええ!第2王子様ですよね!信じたくないけど!あんたみたいな女たらしが王子だなんて、この国もお終いですね!さっさとその無駄に色気振りまいてる姿を直して、仕事に戻れって言ってんだよ!このクソ王子!」
こうなりゃヤケクソだ。なんで私がこんなやつのために働かなくちゃならないんだ。私は借金返済のために毎日働いてるのに、こいつはここでお楽しみ中なんておかしい。不公平だ。セラは日頃の溜まりにたまった鬱憤が爆発してしまい、もはや止めることができなかった。
「一回あの世に行って反省してこい!」
信じられないといった顔でこちらを凝視している王子の股間に、思いっきり膝蹴りをくらわせた。
「くっ…。」
王子は情けない声をあげてその場に蹲った。
「きゃあああああ。殿下!大丈夫ですか!」
女が血相をかえて近づいてくる隙に、セラは脱兎のことく駆け出した。
――――やってしまった。
深い後悔と、己の身に降りかかった不運を嘆くしかなかった。
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