第3話
伝達に齟齬が出れば、目論見通りに物事が進むはずが無い。
俺の思いをそのまま汲み上げてくれるなどと相手に夢を見るが頭がおかしい。
だから少し考えを広げ、誤解のない表現を探していると、カップを磨く手を休めない爺さんの方から提案があった。
「過去に戻ってやり直したいとおっしゃった方も居ましたが?」
ふーん?
過去に戻る、とは大盤振る舞いだな?
そういえば時間を遡ったり未来へ行く物語は多いな。
「つまり今までの人生はなかったことになるわけか?」
「ほっほっほ、何とも会話のテンポがいい方ですな。
ただ過去に戻るわけですので、今までのことはなかったことにはなりません」
「すまん意味が分からん」
「おっと、ややこしい言い方をしてしまいましたな。
過去のいずれかに戻った
それはまた、面白い現象だ。
言いたいのは攻略本を手に入れたゲームをやるって感じか?
それかただの『
だとすると
「つまり、投資でもギャンブルでも勝ち放題というわけか」
「宝くじなども当たり番号を指定して買うことすら可能でしょうな」
「なるほど、それは随分と世界が簡単になることだろう」
「ですなぁ、あれは随分と面白いお話になりました」
「ははっ、馬鹿な物語を頼んだものだ」
本当に、思う。
何故そんなくだらないことを考えたのかと。
過去をやり直したところで未来に何が得られるというのだ。
むしろ
選択は常に付き纏う。
それならば失敗と反省を繰り返し、未来への糧にすればいいだけだ。
過去を変えるより、この先の未来を変える方が何百倍も簡単だろうが。
「とおっしゃいますと?」
「そもそもだな、宝くじの当選確率は異常に低いし狙って買えない」
「売り場と番号を控えて…」
「場所と番号が分かっても、誰が、いつ、買うかも分からないのにか?
偶然に頼らず、単に数字を選ぶタイプのもので考えても非現実的すぎる。
むしろそれだけの無意味な羅列の組み合わせを覚えていられる頭があるなら、もっと有意義に使った方が良い」
「おっと、なんとも辛辣なお言葉…であればギャンブルや投資はいかがなのですか?」
「ギャンブルも宝くじと同じでどれだけの『当たり』を覚えていられるんだ?
それに万馬券なんて当てようものなら一躍有名人だ。
周囲にたかられ、その後に請求される税金で手元にどれだけ残る?
何が空しくて三千万もの金をドブに捨てるんだ。
投資なんてもっとひどい。
元手が無ければ稼げないし、参加してしまえば際限がない。
何よりセンスがあるならとっくに成功しているだろうから、一発、二発でかく当てた以降はゆっくりでも負け始めるだろ。
それからはズルズルと金を消費して、小銭でやり取りしているよりも遥かにでかい借金を抱えて市場から追い出されるのが目に見えている」
「見て来たようなことを仰いますね…」
「目の前に金を積まれたヤツを見て来たからな…最後には調子に乗って自滅する」
人はそうなるように
幸福が過ぎればタガが外れ、外れてしまえば戻れない。
俺からすると何かの依存症は『幸福の尺度』に異常があるように見えて仕方がない。
結局適度が重要で、バランス感覚を誤れば這い上がれない恐怖を理解していない。
「でしたら輪廻転生に賭けてみるのはどうでしょう?」
「輪廻転生なんて言葉を久々に聞いたが、今の人生をあきらめて死んで次に賭けてやり直すってことか?」
「その通り。
人は誰しもリセット願望を持っているものです。
過激な案ではありますが、背後に公的圧力が迫る現状を思えば魅力的な提案ではないですか?
先ほどの『過去に戻る』とは違って生まれ直すため、足場を固めるのに十分な準備期間も手に入る人気のプランですな」
「…………あぁ、なるほど」
そうか、世間の大人はそういうことを考えるのか。
だから選択肢の中に『輪廻転生』なんてものも入るわけだ。
ははっ、意外と夢見がちなヤツラばかりで世界は回っているものだな。
「成人している俺が、今更子供に戻ってどうする。
親離れしているのに、どうやって
「っほ…素晴らしい。
これはご両親の教育の賜物でしょうな」
輪廻転生。
聞いている限りだが、意識はそのままで大の大人が、子供…いや、赤ん坊に戻るんだぞ?
少なくとも独り立ちするまでは『子供は親の庇護下になければいけない』わけで、日本なら高校を出た十八歳がギリギリ巣立ちだろうか。
その期間内は甘え、頼り、反抗し…と大人では考えられないようなこと
これは子供である権利を得る為の
ガキのような大人なら簡単かもしれないが、全ての場面で
それにわざわざ選択肢に入れるのなら家庭環境は非常に良いはずで、そんな『できた両親』が自分の子供の違和感を見抜けないとも思えない。
たまたま指摘されずに無事に育ったとして、いつから『大人』になるつもりだ?
そいつは一体どの立場で一生を過ごすつもりなんだか…。
どの場面でも『自分である演技』をし続けるとか、控えめに言って地獄だろうが。
何より大人の意識を持つ自分が、赤ん坊の頃に下の世話までされる光景を思い浮かべて…って、あぁ、そういう性癖のやつも居たりするのか…キモイな。
「では何がお望みか?
誰も貴方を知らない土地に送り届ける、というのもありますが」
「誰も知らない土地ってアフリカにでも高飛びさせる気か?」
「何なら別世界へ向かうのも乙なものですな」
「何のルールも知らない、異文化に乱入しろって無茶を言うものだ」
「と言いますと?」
「…二十年も日本に住み込んで
この言葉の通じる狭い日本ですら、争いや蹴落としが日常なのに、何の嫌がらせだ…本当にそんなことを望む奴が居るのか?」
いくらなんでも短慮すぎないか?
せっかく貨幣価値の高い
十倍以上の価格差のある国に移り住めば一生ぼんやりして過ごせるし。
どうせ何処へ行っても
「現実的すぎはしませんか…?」
「
「そこはほら、他者よりも優れた何かを持って向かうのですよ」
「へぇ、なるほど…才能をもらえるなら一考に価する情報だ」
「でしょう?
皆様が何も考えていないわけではないのですよ」
「面白くはあるが、それだけだな。
その取って付けただけの才能なら、使いこなすのは無理だろう?
また、どれだけの価値があるかも分からないのに踏み出すのは馬鹿じゃないのか?」
「そこは間違いなく価値はあるのですよ」
「なるほど、楽に手にした才能に価値か…。
飛びついてしまいそうな条件だが、価値なんてその瞬間だけのものだ。
この十年、二十年でこれだけ技術の価値が変わり、世代格差が広がったのに、使いこなしもできない才能に頼るとかやっぱり頭がおかしい」
「………蓼丸様、あまりそういうことは仰らずに。
今上げた三案は非常に人気のある要望なのですよ?」
「日本大丈夫か…?
いや、国に追われてる俺が言えた義理じゃないな…」
うーむ、世の大人たちは病んでいるようだ。
人のためになればと業務改革系のコンサルやってたが、そもそもメンタルケアの方が良いかもしれないな…。
俺に専門知識はないから、人を集めて組織管理の形で参加して…って、そもそも俺、最後の金払って無一文だったわ(笑
ま、笑いごとじゃないんだけどな…。
「茶番が過ぎましたな。
わたしの下へ来られる方は、最初から物語の筋書きは決まっています。
では、改めて問いますぞ。
蓼丸様、貴方様が望む、貴方の物語をお聞かせください…必ず編纂してみせましょう」
物語の話だったな。
では、心して聞いてくれよ。
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