第一章2「佐倉シャナ」


朝の太陽の光が窓から注がれるダイニングルーム。そこでは異様な空気が流れていた。鋭い目で睨んでくる妹ノア、それに対して睨み返す俺。いちごジャムがぬられたトーストを口に運び、牛乳を飲むと口に白いひげが生える妹。その光景に吹き出しそうになるが堪えてその場を乗り越える。



「なんだなんだ、お前ら今日はやけに静かだな。」



俺の横で一緒に朝食を食べる父さんが早朝の出来事も知らず話しかけてくる。手には新聞を持ってはいるがきっと読んではいないだろう。内容は隠れて見えないが、どうせまた神様がどうとか

悪魔がどうとかだ。そんなことを毎日取り上げて何が面白いのか全くわからない。



「ほんとね、今日はとても静かな朝だわ。ノア何かあったの。」



母さんも不思議に思ったのか聞いてくる。親子だと見ればわかるぐらい妹と母さんは似ている。俺は母さんにも父さんにも似ていないのはどうしてかと思う。妹も違和感を感じたのか、口の周りに生えていた白いひげを拭った。それから少し考えたような仕草をして、



「何にもありませーん、ねぇハル兄。」



「どうして俺に振るんだよ。」



あぁ、さっき考えていたのはこの展開に持ち込むためだったのか。妹が悪巧み的な笑みを見せている。やってやったぜと言いたげな顔にしか見えなかった。『ハル兄』に込められた異様な強調に悪気を感じつつあったが、親の前でもあるのであえて深くは追求はしないでおこう。しかし、俺に話を振られたので答えるしかないだろうと思い、ため息をついてから母さんの質問に答える。



「ちょっと、どこかの常識の知らない妹様が、とても常識的なお兄様に説教を受けただけなので心配はご無用。」



一つ一つの単語を噛みしめるように強調して言う。やり返しだと言わんばかりにニヤリと笑ってやる。恥ずかしくなったのか顔を赤くして手に持ったトーストを皿の上に落とす。なぜそこまで動揺するんだというぐらいに。



「どうしたんだい、ノア。顔が赤いぞ。熱でもあるのか。」


父さんが心配そうに見るが、遅れて俺が言ったことが理解できたのだろう。父さんの顔が笑いを堪えるカタチになっている。しかし、堪えきれなかったその笑いは堪えた分も倍増して表に出た。さすがノアも心が限界のようだ。傷は癒せても心は癒せないからなぁ。と心の中で思う。



「で、何があって説教を受けたの。」



あれほど俺の合格を聞いて取り乱していた母さんも免疫がついたのか、とても冷静に見える。さすがに、これ以上言うと妹が可哀想なので、



「後のことはノアから聞いてくれ、母さん。俺は先に学校に行っているから。」



「あらそう、送って行ってあげるのに。」



「俺は小学生じゃねーよ。」



「あら、まだ子供じゃない。そんなことより今日の夕ご飯何がいい。」



「ポテサラがあったらなんでもいい。」



俺は小さい頃からポテサラと一緒に生きてきた。注意、お風呂、トイレ、布団の中その他ものものを除く。勉強中も欠かさず食べた。自慢ではないことでもないがポテサラを初めて食べた時から俺は365(366)日年中でたべている。


ちなみにこの365日というのは大昔にカーラアノス国が成立する前から存在していた一年間の日数である。これをグレゴリオ暦と言われてきたらしいが、作った者はわからないらしい。そもそも歴史書にはカーラアノス国が成立して2016年間の歴史は細かく隅から隅まで書き記されているのに対してそれ以前のことはほとんど記されていないらしい。俺はそのことに対して疑問を今更に抱く。そんなことを思考してる自分が現実に引き戻されるかのように耳に声が入ってきた。



「えー、ハル兄それはないよー。毎日毎日ポテサラなんてもううんざりだよー。お父さんと、お母さんからもなんか言ってよ。」



「ママ、ママの作るポテサラは最高だぞ。世界一いや宇宙一だ。」



「あらやだ、パパったら。それじゃあ今日も一段と愛情を込めて作るわね。」



どうやら今夜もポテサラは献立から外されることはなさそうだ。安心し、ダイニングをあとにする。ダイニングのドアのガラス窓越しからノアの顔が見ると親のバカップルぷりに呆れている様子だった。俺は妹が気づく前にその場を後をした。



『ハルト___早く来て_』



去り際に不意を突くように囁き声が聞こえる。俺はあまりに唐突すぎる出来事に周りを瞬時に見渡す。しかし、誰もいない。確かに俺を呼ぶ声が聞こえたのだが。俺は頭を掻き、気のせいであることを祈る。まぁ、テレパシー能力ならありえるが。



「まぁ、イタズラだろうな。」



少し顔の筋肉が引きつったままだったが、俺はそう結論づけることにした。俺は少し駆け足ぎみになりながら玄関に向かい靴を素早く履く。ドアノブに手を掛けて飛び出す。未来へと着実に一歩一歩前に進んでいることをその時実感したのだった。



青い空、白い雲、そして何よりも太陽の如く光り輝く俺。春にしては、チリチリと焼きつけるその光が暑く感じる。夏かと錯覚するかのような暑さだったが、制服に搭載された体温自動調整システムが体温の上昇を防いでくれる。どういう仕組みでできているのか、全くわからない。


この制服の設計などはすべて企業側から漏れないようにはなっているらしいのだが、どうやって漏洩を防いでいるのかわからない。労働者たちの断固として開かない口のおかげなのか、もしくはまた別の方法なのか__



「下向きながら歩いたら危ない。」



『危ない』だけ強調したツンツンした声が突如、後方からかかる。振り返ってみれば、顔見知りの少女が只今、参上と言わんばかりに歩道のド真ん中に両手を腰にあて立っているではないか。二つに分けられた亜麻色の髪が腰あたりにまで伸びており、とても手入れされた髪は一本たりとも跳ねることはない。瞳は光り輝く茶色、身長はノアよりは低い156センチといったところか。それらの全てを引き出すかのようなカーラアノス学園の制服の一部である短めのスカートを履いている。そんな彼女の名は佐倉シャナ。俺の幼馴染で、彼女も同じカーラアノス学園に合格した者の一人だ。彼女の場合は高魔術を使えて、勉強もトップレベルの実力を持つ強者だ。因みに、俺は中魔術までなら完璧に扱えて、筆記試験などは満点だけを採るという良いのか、悪いのか分からない存在でしかない。高魔法は大卒、中魔術は高卒程度という果てしない絶対的な差が存在する。しかし、そんな彼女には学力は絶対に負けない。何より彼女の性格上負けるわけにはいかないのだ。



「...なっ、何じろじろ見てんのよ。」



「あっ、すまない。そういうつもりは無いんだ。」



「どういうつもりよ。」



痛いところを突かれた。ここでいやらしい発言をしたら逆効果で勘違いされてしまう。そして、最後は高魔法をくらって俺の物語もおしまいみたいな展開は避けたい。落ち着け俺、言葉を間違えるな、慎重に発言するんだ。



「そ、そうだなお前を幼馴染としてではなく。女の子としてみたことかな...そ、そうだ今ずっと思っていたんだが、その制服よく似合っているぞ。」



「...あ、あら、そう。ありがとう。ハルトもよく似合ってい...や、やっぱりなんでもない。」



彼女の頬が赤みを帯びる。さっきまで鋭く俺の目を見てた目を背ける。ここまでの会話で気づいた人も少なくないだろうが、そう彼女はたいして目立たないツンデレなのだ。というよりこのツンデレは俺の前にしか出さない。友達に対してはごく一般的な女子高校生の身振りをするのだ。いや、そもそも本性をみせない友達なんて友達とよんでしまっていいものなのか。



「なんか言ったか。」



聞こえてはいたがあえて問うてみる。彼女の茶色に染まっている瞳が鋭く身に刺さる。あれ、痛い目にあわそうしたのに、逆に痛い目にあってるような気がするのだが。そんな彼女の口が開く、


「ハルトは私に比べて全然制服が似合ってないって言ったのよ。」



キツくあたられてしまった。正直に言ってくれたら、感謝の気持ちでも表そうかなと思っていたのだが、ここは大きく裏切られてしまう。



「あーはい、そうですか。」



言い返す言葉がすぐに見つからずこのように呆れた感じの返答になってしまったではないか。そんなことがあったのにも関わらず二人並んで歩く。その間の沈黙がなんだか息苦しくなってきたんだが。なのに、シャナは離れて歩こうとしない。同じ中学からカーラアノス学園に進学した奴は俺とシャナしかいないため、一人で歩くのだけは御免なのだろう。まぁ、それに関しては同感だなと思う。



「ほら、もう着くぞ。」



「言われなくても、わかっているわよ。何回か来たんだから。」



「まぁ、それもそうだな。」



学園の前に突き刺さるかのように通るロングストリートの両脇には形が綺麗に整えられた木々が等間隔にそびえ立っている。風によりカサカサと鳴るその音は毎日聞いてても飽きないかもしれないぐらい心に響き渡ってくる。緑豊かなロングストリートを越えると高さ40メートルはあるのか、視界一つには納めることができないレンガ造りの校門が印象に残るカーラアノス学園が現れる。校門の前に立ち止まって高い高い高い校門の頂点に目を向ける。太陽の光の反射がいい感じに身に注がれる。



「ついにきたぜ。俺の学園生活を謳歌させる時がな。」



「それさあ、言ってて恥ずかしくないの。」



苦笑いしているシャナに今日の朝にも言われたことをもう一度たたきこまれる。まあ、そうなるよな___

何かとてつもない気配を感じて思考が強制停止される。銀髪の高身長美青年が横を通り過ぎた途端にその感覚がきた。瞳が金に輝く彼もまたカーラアノス学園の生徒なのだろうが。しかし、他の生徒とは逸脱して気配がなんというか、光り輝いて眩しいのだ。いろいろ彼に対して思考を繰り返すうち気がつく、



「あいつ、どこかで見たような...」



光り輝く太陽と言ってもような存在が学園の中へと消えていった。その後ろ姿はとてもたくましく自信に満ち溢れているように捉えることができた__

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